第124話 面倒なお話
ホクホク顔の俺は上機嫌で宿に戻るとついて来たノイン達を部屋へと招き入れる。
「さて、悪魔のダンジョンについての相談とはなんですか?」
「えーと、その前に後ろの2人の紹介をしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、すいません。気が急いてしまいました。
私も自己紹介をしましょう。
私の名前は山並 楽太郎と言います。
一応冒険者として各地を転々としています。
そちらのノインさんとは少しだけ縁があり武芸の指導を少々させて頂きました」
俺がそう言うとノインの後ろに控えていた者の1人が一歩前に出て自己紹介を始める。
「私はビーン=ストークと申します。
ウェイガン神殿にて司祭をしております。
以後お見知りおきください」
そう言って恭しく礼をし、1歩下がり元の位置に戻る。
その振る舞いには先程酒場でビビっていたとは思えない程の余裕、優雅さとでも言おうか、そんなものが備わっている気がしてなんとなくお偉いさんなのかな?と考える。
次にその隣りにいた女性が一歩前に出て自己紹介を始める。
「お、お初にお目にかかります。
マシュー=マロンと申します。
ウェイガン神殿の侍祭をしており、現在悪魔のダンジョン攻略を担当しています。
よ、よろしくお願いします!」
少し緊張しているような感じで初々しさがあるが、悪魔のダンジョン攻略の担当ってことはそれなりに戦うことができる人材ってことか?
俺は少し警戒すると、マシューが少し怯える。
・・・なんか敏感だな。
「こちらこそよろしくお願いします」
俺は微妙な表情をしていたのだろう。
自己紹介を終えた2人は苦笑していた。
「さて、自己紹介も終わりましたから、本題に入っていただけますか?」
俺はノインに先を促す。
俺としてはさっさと用件を終わらせてドリンクサーバーを試したい。
「わかりました。
では、お話します。
実は悪魔のダンジョン攻略についてなんですが、300年前より攻略が遅々として進んでいないことはご存知でしょうか?」
ノインはそう切り出すと、先日ウェイガンから聞いた内容を説明し始める。
流石に「もう聞いたから」とは言えず大人しく聞く羽目になったが、要約すると、「攻略が中々進まないのでウェイガンがご褒美を用意することにした」という事だ。
「それで何が問題なんです?」
「はい、悪魔のダンジョン攻略の暁にはウェイガン様御自らが作成された武器を下賜されるとの事ですが、我々ウェイガン神に仕える者の意見としては、それでも攻略を加速させることは困難だと考えています」
ふむ、よくわからんな。
「よくわかりませんね。攻略に乗り出す者が増えれば攻略速度は上がると思いますが?」
その答えを聞き、ノインが説明を始める。
「ご説明します。
確かに攻略人数が増えれば攻略速度は上がります。
ですが、それは未攻略であることが前提です。
しかし、悪魔のダンジョンについては我々ウェイガン神殿とキュルケ神殿の者が長年をかけて攻略しており、序盤は既に攻略済みなのです。
本当に攻略を進めるのであれば最前線で戦える戦力・知識が必要です。
ですが、現状最前線を攻略している我ら神殿の者がレベルも経験もこの街で1番なのです」
なんとなく言いたいことがわかった。
つまり、実力が劣る冒険者が攻略に乗り出しても最前線で戦える即戦力とはならないから意味がないと言うことか。
「ふむ、言いたい事はわかりましたが、それでも長期的に見れば悪魔のダンジョン攻略に乗り出す切っ掛けとしては充分ではないですか?」
「どういうことです?」
「ウェイガンさ・・あなた方の主神の考えでは悪魔のダンジョン攻略については短期的にではなく長期的に見ているんじゃないですか?
流石に300年も攻略されていないダンジョンです。10年20年と言った長期的な攻略を見越してのご褒美だと思いますよ?」
「そ、そうでしょうか?」
「そもそも神様なんですから、我々とは時の流れ方や感じ方が大分違うと思いますからね、我々が「早く」と言うのと我々の数十倍、数千倍長く生きている神様が言う「早く」は大分差があると思いますよ」
「・・・そうなんでしょうか?」
ノインは考えながら答える。
「あなたの主神に『早く』と言われたとしても我々は無茶をせず攻略を進めれば良いと思いますよ?
下手に焦って被害甚大では攻略が更に遅れますからね」
「は、はぁ、そういうものでしょうか?」
「そういうものだと思いますよ、ビーンさんもそう思いませんか?」
俺はノインの後ろにいる男性に意見を求めてみる。
なんとなく話に加わりたそうにしていたからね。
「そうですね、我々も今までサボっていた訳ではありませんし、今回ウェイガン様がご下知くださった件についても我々の攻略速度を上げろと言う意味ではなく、神殿関係者以外の攻略者を増やすことが目的。とも取れます。
それに我々に対してであればウェイガン様の御神託内容を公開するという指示はなかったでしょう」
ビーンはそう言ってノインに視線を向ける。
「そ、そうですか。
ではこの件はまず王都のウェイガン神殿へ伝えてそこから国に奏上することにしましょう。
それと同時にこの街の冒険者ギルドと商業ギルドへも告知します」
「それが良いでしょうね」
「そうですね」
俺の相槌にビーンが乗っかる。
マシューは緊張したまま直立不動だ。
「さて、用件が終わったのならそろそろお引取り願えませんかね?」
「あ、それともう1つあるのですが・・・」
「はい?もう1つ?」
「えぇ」
はぁ、今度はなんだ?
俺は視線でノインに先を促す。
「もう1つの用件はお師匠様のお屋敷なんです」
「・・・はい?」
唐突な言葉に俺は驚く。
「現在、お師匠様のお屋敷にミノタウロスが発生しているという情報は、この街の上層部では周知の事実として認知されているのですが・・・」
ノインの言葉の歯切れが悪い。
俺は無言で続きを待つと、観念した様にノインが言葉を継ぐ。
「冒険者ギルドがですね、ダンジョンとして解放しろと要求して来ているんです」
「はぁ?!」
俺は言葉の意味が呑み込めず間抜けな声を上げる。
「どういう事ですか!」
「そのぉ、どうも先程の酒場でケイブリス達がやり過ぎたようで・・・」
要領を得ない話し方に焦れる。
ノインは俺の顔色を窺いながら視線を外しながら続きを話す。
「実はケイブリス達が先程の酒場でドワーフだけでなく冒険者達も圧倒的な強さを見せつけて叩きのめしていたのです」
・・・なんとなくわかった。
「ひょっとして、冒険者達は『ケイブリス達が強くなったのは私の貴族屋敷でレベルアップしたから』とか考えて冒険者ギルドに訴えたとかですか?」
「は、はい」
・・・頭の悪さにイラッと来る。
「「ヒィッ」」
おっと、いかんいかん。感情が漏れたようでノイン達が悲鳴を上げた。
俺は慌てて表情を取り繕う。
「はぁ、全く。ケイブリス達が倒せたからと言って自分達も倒せるなんて思い上がりも良いところだと思うんですがね?」
「全くです。私達にはお師匠様が付いてくれていましたが、あれほどの地獄に叩き込まれたら普通は生きて戻れませんよ♪」
そう言って両手で自身の身体を抱くようにして身震いするノイン。
ん? なんか、若干喜んでないか?
いや、気のせ・・・気の所為だよな?
「そう言った訳でして、我々神殿関係者は反対したのですが、冒険者ギルドに商業ギルドも乗っかる様に支持してしまい。
王都から来られたサムソン殿が許可を出してしまいました」
苦々しい顔でビーンがノインの言葉を継いだ。
ノインは未だに震えている。
震えている・・んだよな?
「そうなると私の貴族屋敷はかなり危険な事になりそうですね」
「えぇ、なのでご迷惑をおかけしっぱなしの所、申し訳ないのですが暫らくお屋敷の方の警備を厚くして頂けたらと思いまして・・・」
「ふむ、ノイン達にお願いしている警備体制を強化して欲しいと言う事ですか?」
「えぇ、一応その為の依頼料も持ってきました」
そう言って皮袋を俺の前に置く。
ふむ、どうしよう。
ノイン達に依頼すればいいと思うんだが、なんで俺に話すんだ?
ひょっとしてノイン達が俺と契約してるからビーンだっけ、こいつの依頼を受けられないのか?
「ひょっとして、ノイン達が私からの依頼を受けているのでそちらからは依頼できないのですか?」
そう聞くとビーンは困ったような顔をする。
「まぁ、基本的には他の依頼を受けている最中に他の依頼を受けると言う事はしませんね。
するとしても先に依頼された仕事に支障が出ない事が前提となります。
今回ですと、既にラクタロー様の警備依頼を受けられているのですが、我々ウェイガン神殿としましては更なる警備の強化をお願いしたいと思い、依頼の上乗せをお願いしたいのです」
「ふむ、しかしそう言われましてもノイン達には既に私が警備を依頼していますし、彼女達にも休息は必要です。
それに神殿関係者の方々も警備には気を使われていますよね?」
「えぇ」
「でしたらこれ以上の強化は必要ないと思いますが?」
「ですが、私共が把握している情報ですと、あの魔物達に対抗できるのは今現在ノイン達『誰がために』と『スピードスウィング』の2PTしか居ないのです。
それに現状の警備体制でもドワーフの方々から苦情が出るくらい力が有り余っているようなので、更なる警備の強化をお願いしても問題ないと思ったのです。
それにラクタロー様にもご助力願えればと・・・」
中々痛い所を突いて来るな・・・
まぁノイン達は自業自得だが、俺は無理だ。
「申し訳ありませんが、私は警備に参加できません。
私は既に悪魔のダンジョン攻略に乗り出していますから・・・
あと、ノイン達に依頼される分には私からは何もありません。
彼女達が更に警備を強化するのであれば私の依頼も変わらずに遂行されることになりますからね。
後はノイン達と直接交渉すればよろしいのではないでしょうか?」
「それでよろしいのですか?」
ビーンが確認する。
俺からすれば特に問題ない。
むしろノイン達からすれば同じような依頼を2つ受けてもう少し警備に力を入れれば良いだけだから仕事はそんなに変わらないだろう。
それで報酬が増えるのだから良い事尽くめなんじゃないか?
俺としても貴族屋敷から魔物が出て来ない。もしくは出てきても対処して街に被害が無ければ問題ないわけだしな。
「私の依頼は簡単に言うと私の家から魔物が出た場合の撃破と貴族屋敷の警備です。
そちらの依頼と殆ど同じだと思いますが、細かい事はボコポさんに任せていますので、一応そちらで確認をして頂けますか?
そちらでも問題なければ私は依頼を重複させても問題ないと思います。
どうですかね?」
「それでいいですか?」
「えぇ、なのでこれは仕舞ってください」
そう言って皮袋をビーンに返す。
「ありがとうございます。
では明日にでもボコポ氏に確認をさせて頂き、問題なければノイン達に依頼を出させて頂きますね」
そう言ってビーンが皮袋を仕舞うと礼をする。
ノインはまだ震えているので俺は軽く咳払いをして注意すると思い出したようにこちらに意識を向けてきた。
「あら、申し訳ありませんでした。お師匠様」
そう言って頭を下げるノインにビーンが苦笑する。
マシューはその間も終始無言のままだった。
この娘大丈夫か?
まぁ、俺には関係ないだろうが、これで用件は終わりかな?
「これで終わりですかね?」
そう聞くと肯定の返事が返ってきた。
「では、長々とお時間を割いて頂きありがとうございました」
そう言ってノイン達は俺の部屋から出て行った。
ふぅ、これでようやくドリンクサーバーを試せるぜ!
俺は周りに人の気配がない事を確認すると『無限収納』からドリンクサーバーを取り出すのだった。