第120話 楽太郎の帰還
さて、地上に戻った俺は悪魔のダンジョン前にいる衛兵に声を掛けられた。
「おや、無事に帰還できたようですね。
おめでとうございます」
「え?あぁ、ありがとうございます」
そう答えていると後ろからキャシーとエマが転送されて来た。
なんか青白い光が出たと思ったらパッと現れたんだが、他の人とかと重なったりしないのかな?
そんな疑問を衛兵にすると「その場にいる生き物や建物なんかに被って転送された事は今まで一度も無いので安全ですよ」との事だった。
どうもそう言う事らしい。
原理は不明だがそれで納得する他ないと言う事だろう。
そんな事を考えていると衛兵に質問された。
「何階層まで進まれましたか?」
「それって言わなきゃだめです?」
「国の戦闘奴隷でなければお答え頂かなくても大丈夫ですよ。
ただ、悪魔のダンジョンに入った方には確認する決まりになっていますので、戻る度に同じ質問はされると思います」
「じゃぁ、ノーコメントで」
「そうですか、わかりました」
そう言って衛兵はキャシーとエマの方へ向かった。
そして俺にした質問をキャシーとエマにしていたが、彼女達の答えに驚いたようだ。
彼女達が40階層まで到達したのはそれ程驚く事なのだろうか。
まぁ、解毒対策が全く無い状態で30階層以降を踏破したのだから驚くか。
俺は2人をそのままに悪魔のダンジョンを後にした。
2人はダンジョンを出たら奴隷商の元に直行しなければいけないらしい。
俺は俺でボコポへの報告やダンジョンに潜っている間に何か変化が無かったか情報収集する必要もあるのですぐに奴隷商の元へ行くわけには行かない。
そう言った事情で2人とはここで別れて明日改めて俺が奴隷商の元に行く事になっていた。
まずは宿に戻ってインディとメルの様子でも見ておくか。
そう思い、宿に戻る間に出店で売っている串肉を幾つか買いながら戻る。
宿の店主に声をかけ厩舎の方へ向かうと2匹ともすぐにこちらに気付き寄ってくる。
インディは相変わらず俺の顔を舐めようとするのでそれを躱しつつ、串肉を与え、メルは俺に体当たりするように抱き付いて来た。
メルの体当たりも無難に避け、こちらには串肉にメープルシロップを掛けて与える。
2匹とも美味そうに食べるので俺も一緒に串肉を食べたが、中々に美味かった。
食べ終わると久しぶりなので2匹を連れて散歩がてらボコポの工房へと向かう事にした。
街中は特に変わった様子は見られない。
と言うより、俺が連れているインディ達に視線を奪われている様だ。
メルはインディに乗ってグテッとしているし、インディは俺の周りを小走りで駆け回る。
お蔭で良い見世物状態だ。
そんな感じで街中を歩きつつ街の様子を観察してみたが、悪魔のダンジョン方面の立ち入り禁止区域以外はほぼ日常を取り戻している様に見える。
街が落ち着いているのでホッとしつつ、ボコポの工房に入ると店番をしていたドワーフに奥の部屋へと案内されてしばし待つ事に。
暫らくするとドタドタと言う足音がしたかと思うと扉が勢いよく開けられる。
「ラク!無事に帰って来たか!」
ボコポが開口一番そう言ってきた。
「えぇ、無事に戻りました」
「良かった!
少し時間が掛かってたから心配したぜ」
無事な俺の姿を見た所為だろう。
ボコポは安堵の息を漏らす。
「それは申し訳ありません。
良さそうな素材を見付けたんで素材集めに精を出し過ぎました」
「ほぉ、何を見付けたんだ?」
「木材ですかね。家の建材にでも使えたらと思いまして」
「かぁ~、悪魔のダンジョンで木材集めとは・・・豪気な奴だぜ」
「まぁ、見晴らしも良くなるので魔物狩りの序でですけどね」
「見晴らし?」
「あぁ、気にしないでください」
「そうか。
それでダンジョンの方はどうだ?
どれくらい進んだんだ?」
「一応40階層まで進みましたよ」
「40階層だと?!」
そう言ってボコポはしばし絶句していたが「ラクなら有り得るか」とポツリと呟いた後、力のない笑いが漏れた。
「お前ぇの心配するのが馬鹿らしくなるな。
あっと言う間に40階層まで到達しちまうとは・・・」
「ダンジョン攻略を依頼しといてその言い草は酷くないですか?」
「ふははは、まぁ、それもそうだな!すまん!
まぁ、なんだ、ラクも無事帰ってきたことだし、今日は宴会と行こうぜ!」
そうボコポが声を上げると俺が反応するより先に扉の裏側に居たのだろうドワーフ達の歓声が聞こえてきた。
「お前ぇら!サボって何やってんだ!
さっさと仕事しやがれ!
定時までに仕事終わってなきゃ宴会にゃ参加させねーぞ!」
「「「すんません!親方ぁ!」」」
そう声を揃えて謝罪の言葉が聞こえるとドタドタと足音が遠ざかって行った。
「まったく!
すまんな、ラク」
「いえいえ、楽しい宴会になりそうで楽しみですよ」
「そう言ってくれるとありがてぇ。
それよりも、今回使った武器を出してくれねぇか?」
そう言われて俺は今回使った黒鉄製の槍をボコポに渡す。
ボコポは真剣な表情で穂先から石突までをじっくりと眺めると、感嘆の声を漏らした。
「素晴らしい・・・」
自画自賛か?
その槍はボコポが作ったんだろうに・・・
「あ?、あ!ち、違うぞ!
この槍を褒めたんじゃねぇ、お前ぇの槍の使い方、技量に驚いたんだよ!」
「使い方?」
普通に使ったんだがな?
「その槍で相当の数の魔物を殺しただろ?」
「それはそうですよ。
特に30階層あたりからは殆んどの魔物をその槍で倒しましたよ?」
「それなのに刃毀れどころか傷や歪みも一切ねぇ、一見するとまるで新品みてぇに見える」
早々壊れないとは思うが念のために気を纏わせて強度を上げてたからだろう。
「それに槍自身が強化されている? ようにも見えるんだが・・・気の所為だよな?
まぁ、これなら直すどころか研ぐ必要もねぇ、大丈夫だ」
ボコポはそう言って穂先を取り出した布で軽く拭くと槍を俺の方へと向けた。
なるほど、武器の状態を確認してくれたのか。
ありがたい。
「ありがとうございます」
俺は礼を言って槍を仕舞うと、ボコポに街の様子を聞く。
「まぁ、特に変わった事はねぇぜ。
強いて上げるなら、例の乱闘場の酒場でお前ぇの弟子達が暴れてるって言うか、楽しんでるぜ」
そう言ってボコポがニヤリと笑うが、俺は敢えて無視する。
「そうですか、他には特にないようですね」
「いやいや、チャンピオンとしてもちろんやるんだろ?」
楽しそうにそう言ってくるが、俺は乱闘場に用はない。
「特に問題なさそうですね」
「いやいやいや、だから例の乱闘場の酒場で「問題ないですよね?」」
ボコポの言葉を遮って営業スマイルでゴリ押しすると、ボコポが神妙な表情で言葉を連ねる。
「いや、ちょいと真剣な話なんだが、少しその乱闘場での騒ぎの所為で問題があってな・・・」
何とも歯切れが悪い。
「どういう事です?」
「実はな、お前さんが来るまでは殆んどがドワーフ同士の喧嘩がメインだったんだが、お前さんがほれ、いつだったかB級冒険者達を伸した事があっただろ?
あの辺から冒険者達が腕試しに乱闘場に来ることがちょくちょくあってな、まぁ、俺らドワーフと冒険者達の実力はそこそこ拮抗しておって中々に楽しかったんだが、お前ぇの弟子たちが来るようになったら俺らドワーフや他の冒険者では全く歯が立たなくてな、不満が出て来てんだよ」
うん?意味が解らん。
俺が乱闘場で闘ってた時も俺が一方的に蹂躙していたような気がするんだがな?
その事を指摘すると
「お前さんは良い意味で適度に手を抜いてただろう?
それに一方的とは言っても時々わざと攻撃を受けて痛くないアピールしたり、面白い技を掛けたりしてただろう?
それになんというか、お前さんと闘うのは楽しいんだよ。
いや、楽しい闘い方をしてくれると言った方が良いのか?
まぁ、そんな感じで絶対王者でありながらも親しみがあると言うか・・・
あー・・・説明が難しい!
とにかく!お前さんは戦い方が巧くて楽しいんだよ!」
なんか途中からおかしな感じになったが、要するに俺がプロレスを意識して闘っていた結果、俺との対戦はみんな楽しめていたので問題なかったと。
「それで?」
続きを促す。
「だが、お前ぇの弟子たちは容赦がない。
闘い方が徹底していて面白味もない。
と言うか、戦いを生業とする者からすればお手本みたいな戦い方なんだろうが・・・
俺らドワーフにとっての喧嘩は言わば余興と言うかコミュニケーションの一種と言うか、まぁ、そんな感じなんでな。
そんな殺伐とした戦闘術を見せられても詰まらんのよ。
それに他の冒険者も全く闘いになっとらんしな」
・・・そりゃ、あいつ等には本当の死線を潜らせ続けたからな、戦い方は殺伐としたものになっているだろう。
そもそも手加減なんてものは一切教えていないしな。
「割と本気で死なないようにLV上げしたので、職人やその辺の冒険者ではどうする事も出来ないですよ?」
「だからな、今それが問題になっていて、儂らドワーフは職人だからな、『ラクの弟子に負けるってのは仕方ない』とある程度は割り切れる。
ただ、俺らとしての要望は同じ弟子同士で闘うのなら乱闘場じゃなくて『他でやってくれ!』ってこった!」
「ご、ご尤もで・・・」
確かにドワーフの飲酒に伴う喧嘩を何とかする為に出来た乱闘場なのにあいつ等が占拠してしまったら意味が無い。
「まぁ、『強すぎるから喧嘩を売れない』なんてヘタレな事言いたくねぇんだが、流石にLV100オーバーの奴等相手だとな・・・」
ヘタレた事とは言えない。
ボコポでさえLV差40程あるのだ。
正直、無理だろう。
「わ、わかりました。
今日、宴会ついでに凹って説教かまします」
「・・・すまんな」
「いえ、弟子たちがご迷惑をおかけしました」
「儂らの方はそれで良いんだが、実は冒険者達の方が少し問題でな・・・」
「え?」
「実は冒険者ギルドの方からお前さんの貴族屋敷でのミノタウロス狩りの許可を出すよう領主に訴えてるらしい」
・・・馬鹿なの?
倒せるわけないよね?
死ぬだけでしょ?
俺の呆れ顔を見てボコポも困った顔になる。
「まぁ、お前ぇの言いたい事はわかる。
一応、モニカ達が領主を説得してるんだが、サムソンとか言う小僧がこの事を知ったら多分許可が出ちまう。
それが冒険者達の問題なんだ」
「それって、あの弟子たちがミノタウロスを狩ってLVを上げたからですか?」
「その話がどこかから伝わったんだろうな」
俺とボコポが溜め息を吐く。
「「全くもってままならない」」
意気消沈した様にがっくりと肩を落とした俺とボコポはしばらく悩んだが、逃避した。
いや、正確には別の話題に切り替えた。
「そう言えば、マルコム=スタンリーと言う方をご存知ですか?」
「あぁ?奴隷商のマルコムの事か?」
「知ってるんですか?」
「あぁ、スタンリー商会って言って代々続くこの街の奴隷商だぜ。
格式もそれなりにあって奴隷商だが中々きれいな商売をするところだ」
「へぇ、商人としては問題なさそうですね」
「あぁ、奴隷を買うなら奴の所が良いぜ。
他と違って奴隷の待遇もそれなりで優秀なのが多い。
なんなら紹介してやろうか?」
ニヤリとボコポが笑う。
「本当ですか?」
「あ?あぁ、顔見知りだからな」
俺が喰い付いたのを見て少し驚いてるな。
まぁ、気にしないでおこう。
「では明日でお願いします」
「明日か・・・まぁ、いいだろ、わかったぜ。
ラクもついに大人の階段を登るって事か?」
「違いますよ」
「あぁ、わかってる」
冷静に返すが、ボコポのニヤケ顔が崩れない。
「本当に違いますよ」
「だからわかってるよ」
ボコポがさらにニヤニヤと声なく笑う。
・・・ムカ!
「まぁ、揶揄うのはこれくらいにして、今日の夜は例の酒場に集合だぜ!お前さんの帰還祝いだ!」
振り上げたこぶしの落とし所が無くなった。
こうしてちょっとモヤッとした気持ちのまま夜の予定が埋まったのであった。