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第118話 マルコムの苦悩 1

 私の名はマルコム=スタンリー。


 私は今、屋敷の外へ出る事が出来ずにいる。


 なぜそのような事になってしまったのかと言うと、それは・・・

 それは・・・

 全てあの女、カタリナ=スフォルツェンドに騙されたからだ!


 あぁ、今思い出しても忌々しい。


 これでも5代続く由緒ある奴隷商であり、裏のありそうな危ない奴隷は一切扱わず、真っ当に商売をしてきたつもりだ。


 なのにどうしてこんな目に・・・


 奴隷商として恨みを買う事は多々ある。

 なので呪いを受ける奴隷商も少なくないが、その殆んどは悪辣な奴隷商だ。


 まぁ、偶に逆恨みで呪われる場合もあるが・・・


 そういう訳で商売人は呪いを受けないように色々な護符や魔除けのアイテムを集めている。

 私も奴隷を扱う商売柄、人一倍集めていたが、あのクソ女の(もたら)した呪いには全く歯が立たず高価なアイテムが砕け散っただけだった。


 そうして商売人としては不名誉な呪い持ちとなった私はその事実を必死に隠した。

 呪いなんてものは汚名以外の何物でもないし、商売を生業とする者にとっては特に、信用に関わる重大な事件だ。


 そうして私は引き籠りになった。

 引き籠りつつ私は呪いを必死に解こうとあらゆる手を講じているが、今のところ成果はない。


 幸い、元々魔除けや呪い解除のアイテムを収集していたこともあり、今のところ周りの連中に怪しまれてはいないがこれ以上引き籠り続けると何かを勘ぐる輩も出て来るだろう。

 それにあのクソ女が何を仕掛けて来るかがわからない。


 そんな感情が私の中で渦を巻き焦燥に駆られる。


 そもそもあのクソ女がウェルズの街に赴任して来た時は余所の商売人。つまり商売敵で同業者であのクソ女の手下をこの街に増やそうとした為、商業ギルド内でかなり揉めた。

 ギルド長の権限を笠に着て強引な手を使って来たが、最近は私の様にからめ手で騙される者がそれなりに出ているようでこの街に元々いる商売人の顧客がジワジワと余所者に奪われている。

 その事実が更に私を焦らせる。

 まぁ、その強引な手段や詐欺紛いの悪辣な手口の所為で職人ギルドとの仲はかなり冷え込んでいるらしい。


 真っ当な手段ではなく裏でコソコソと動く魔族の様なクソ女だ。

 この国の商業ギルド本部は何を考えてあんなクソ女をこの街の支部長にしたのか・・・理解に苦しむ。


 いや、本部から放逐されたと考えると、納得できそうな気がする。

 もしそうなら相当厄介な人物なのだろう。

 なんとか排斥しなければ・・・とは思うが、あのクソ女に私の呪いの事をバラされでもしたらと思うと気が気ではない。

 一応、私の呪いの事をバラせばあのクソ女が呪いを掛ける事に加担した事もバレるからそれは無い筈だが、追い詰めれば死なば諸共とヤケクソになられるかもしれない。


 最悪私の呪いがどうにもならなければ、かなり早いが身代を我が子に移す事も考えねば・・・まだ5歳なのに!


 私は両手で頭を抱え、身悶えする。

 どうしてこんな事に・・・

 原因はわかっている。

 全てはあのクソ女が悪い。

 私はあのクソ女に必ず復讐する事を商売神のエービス様に誓う。


 誓う神が違う?私が信仰している神様に勝手に誓っているだけだ。

 本格的に復讐神に祈るのは怖すぎる。

 昔その手順のほんの触りだけ聞いたのだが、あまりの悍ましさに数日うなされたのだ。


 はぁ、気が滅入る。


 早く何とかならない物か・・・

 そう思い頭に当てていた手を眼の前に持って来ると、戦慄が走った。

 幾本かの髪の毛が指の隙間からハラハラと地に落ちたのだ。


「わ、私の髪の毛(親友)が?!」


 は、早く何とかせねば・・・

 何とかせねばストレス(戦い)に敗れた親友が全て散ってしまう!


 いっその事、髪の毛(親友)達が散る前に私が破滅覚悟であのクソ女に呪いを掛けられたことを告発するか?

 心が絶望に包み込まれようとしている最中、不意に扉がノックされた。


 心臓が飛び出しそうなほどの驚きを私は何とか押し殺し、務めて平坦な声を出そうとするが、どうしても上ずったような声になってしまう。


「な、なんだ?」


「旦那様、例のモノを手に入れてきました」


 その言葉を聞き私は喜色を浮かべるが、それも一瞬の事。

 表情を平静に保ち声が弾まないように注意して入室を許可する。


「そうか、良くやった。

 入って来なさい」


 そう答えると執事のジェロームが扉を開けて入室し、手に持った小瓶を目の前のテーブルへ置く。


「これは?」


「ソーヤ神国にある光神アラバルース様の本殿で清められた聖水です」


「おぉ!ようやく届いたか」


 私は喜色を浮かべ、小瓶を見詰める。


 手に入れるのに半年程かけている。

 これで忌々しい呪いとはお別れできる。


 聖水の入った小瓶を手に取ると、逸る気持ちを抑えて聖水を小瓶の半分ほどを飲み干す。

 そして暫らくすると何かが体の中で弾けるような錯覚を覚えた。


「これでどうだ?」


 そう言うとジェロームは戸棚から子供の拳位の水晶を取り出し私に手渡す。

 呪い看破の水晶だ。

 呪われていない者が持つと何も変化はないが呪われた者が持つと水晶が黒く濁る魔導具だ。

 私が握って暫らくすると水晶の中央に黒い靄が染み出すように出てくる。


「残念でございます」


「まだだ!」


 私は諦めきれず残った聖水を自身の頭部・腹部・左肩・右肩の順に振り掛ける。

 すると、先程と同じように何かが弾ける様な錯覚を覚える。


 そして素早く左手に握っている水晶を見るが黒い靄は消えることなく染み出し続け水晶が真っ黒に染まる。


「くそ!」


 そう吐き捨て、勢いのまま水晶を!

 と思うが『これは高い!』と言う思いが踏み止まらせた。

 そして右手に持っていた聖水が入っていた小瓶をじっと見てこれを!

 と振りかぶるが、なんかタイミングを逃したような感じでモヤッとした感じで叩き付けるのを辞めた。


 後の掃除も大変だしな・・・

 何とも言えない徒労感からため息が漏れる。


「本当に残念でございます。

 ですが、アラバルース様の聖水でも解けないとなりますと、どこかの神殿か教会に赴き直接解呪をして頂かないとどうにもならないのでは?」


「・・・わかっている。

 わかってはいるんだ。

 だが、呪われた経緯を説明する事が出来んのだ。

 私が説明してしまえば説明された者にも呪いが掛かるのだ。

 それでもし呪いが解けなかったらどうする?

 その神殿や教会に迷惑を掛ける事になる。

 そうなればこのスタンリー商会の看板に傷が付いてしまう」


「旦那様、ならば例の奴隷共を売り払ってしまえば良いのでは?」


「それは出来ん!

 私は腐ってもこのスタンリー商会の会頭なのだ!

 お客様に呪いが掛かる商品を売る事は代々続いたスタンリー商会の看板に泥を塗る行為だ。

 そんな事は私の誇りに掛けてする事は許さない!」


「坊ちゃま!立派になられましたな」


「坊ちゃまは止めて」


「すみません旦那様!」


 30歳の私を時々坊ちゃま呼ばわりするが子供の頃から私を支えてくれているのだ。

 時々なら仕方ない。

 そう思うが、50過ぎのオッサンがそんなに簡単に泣くのはどうかと思う。


「ですが旦那様。売ることが出来ないとなると経費が嵩むだけでございます。

 あの2人を抱えた程度ではビクともしない我がスタンリー商会とは言え、無駄に経費を浪費されるのも面白くありません」


「ふむ、確かにそうだが・・・

 あの2人の出自を考えると粗雑に扱う事も出来んのだ」


 あのクソ女め!

 とんでもない厄介な奴隷を押し付けおって・・・


「そこでございます!

 その出自をお教え願えないでしょうか?」


「駄目だ!教えればお前も呪われてしまう」


 私は慌てて否定する。


「構いません!

 それ位のこと、私は厭いませぬ!」


 覚悟を決めた表情でジェロームが答える。

 気持ちはありがたいのだが、それを許容する事は出来ない。


「お前まで呪われたら誰が私の代わりに表に立つのだ?」


「・・・セラスは?」


「あいつは確かに経理に於いては無類の才能を発揮するだろう。

 しかし商談を纏める為の話術はお前の足元にも及ばない」


「マイルズでは?」


「マイルズか、確かに経理はそこそこ出来、話術も中々のモノだと思う。

 だが奴には人望が無い。故に部下を纏めることが出来ない」


「では・・・」


「もう良い、お前以外の者ではそれぞれ欠点があるのだ。

 もっと時間を掛ければ私の代わりを務められるだけの才能はあるだろうが、今に限ればお前以外に私の代わりが出来る者はいないのだ」


 そう言うと悔しそうにジェロームは下を向いた。

 納得はできないのだろうが、現状はどうする事も出来ない。


「しかし、確かに経費だけが嵩むのは問題だな・・・」


 そうポツリと呟くとジェロームが顔を上げる。


「そこで1つご提案があるのですが、よろしいでしょうか?」


「ほぉ、何か良い案があるのか?」


「現状あの2人は戦闘奴隷以外には扱う事が出来ない。

 そう言う事になっているのですよね?」


「あぁ、それなりの教養も持っているが書類仕事やメイド等をやらせることも出来ん。

 それにあれだけの美貌を持っているのに性奉仕も不可能だ」


 本当にもったいない奴隷だ。

 本当に呪いさえなければと思うが、本当に厄介な奴隷だ。


「ならば戦闘奴隷として悪魔のダンジョンへ向かわせてはどうでしょうか?」


「なんだと?!

 それにどんな利点があるのだ?」


 悪魔のダンジョンへ戦闘奴隷を向かわせる。

 その事自体はありふれている。

 何せこの国は戦闘奴隷を定期的に買い上げ、それなりの数を悪魔のダンジョン攻略に向ける事で魔物を減らし、悪魔のダンジョンから魔物が溢れ出さないようにしているのだ。


 この国の有名な政策の1つである。

 だが、個人が悪魔のダンジョンへ戦闘奴隷を向かわせると言うのは無意味でしかない。

 奴隷を私刑に掛けているようなものだ。


 私が疑問に思っているとジェロームが説明する。


「旦那様、我々スタンリー商会はゴルディ王国から戦闘奴隷を悪魔のダンジョンへ向かわせるよう依頼を受けています。

 それは確かですね?」


「あぁ、その通りだ。

 国からも金銭を貰っている。

 だから今回見繕った戦闘奴隷20人を悪魔のダンジョンへ向かわせる。

 昨日そう決めただろう?」


「はい、その通りです。

 その20人の内、2人を例の奴隷に変えるのです」


「なんだと?

 そんな事をすれば呪いが次の主にも及んで・・・」


 と、そこで思い出す。

 国に売り払う戦闘奴隷の主人はその商会主にすること。

 国との契約ではそうなっていた。


 何故主人が奴隷商の商会主なのかと言うと、理由は簡単で奴隷の主人の書き換えが面倒だからだ。

 1人2人と言った単位であればすぐに終わるのだが、国は数十人単位で各奴隷商から買い取る事になる。


 そうなるとすべての奴隷の書き換えだけで数日~数週間はかかるのだ。

 しかもその戦闘奴隷の大半は悪魔のダンジョンに入れば数週間も経たずにほぼ全滅する。


 つまり国にとっては消耗品なのだ。


 そんな消耗品に手間暇を掛けるのは馬鹿らしい。

 そう言う考えの元、奴隷の主人は書き換えず悪魔のダンジョンに向かわせた際、入口で奴隷のLV(レベル)と主人を確認する事でその商会から買い取った奴隷の数と金額を比べて釣り合う事を確認され、問題なければ納品完了となる。

 もちろん生きて戻って来た際は奴隷の名前と主人の名前、攻略階層を記録され余程の負傷が無い限りは3日以内に又悪魔のダンジョンへ放り込まれるのだ。

 因みにこの時、問題が起こる場合が多々ある。


 奴隷が悪魔のダンジョンの攻略階層を更新する事でLVが上がり奴隷商が改めて買い戻しを要求する事があるのだ。

 運よくLVを上げて高レベルになった奴隷を使い潰すのは勿体無い。

 そう考える奴隷商は少なくない。

 そして奴隷商たちがごねた結果、国が買い取った奴隷の買い戻しを認める条件が出来た。

 その条件は、金銭での買戻しではなく、新たな奴隷を国が要求するのだ。

 勿論LVの上がった付加価値は金額に上乗せした上で他の奴隷を複数(・・)要求するのだ。


 国としての方針はダンジョンの魔物が溢れ出て来ないようにすることを第一とし、ダンジョンの攻略は二の次と言う考えなのだろう。

 なので上層部の魔物を間引きできれば問題なく、下層の攻略はあまり考えていない対応だ。


 おっと、話が脱線してしまった。

 元に戻そう。今ここで重要なのは奴隷の主人を書き換えなくても良いと言う事だ。

 つまり奴隷の主人が私のままで問題ないと言う事だ。


「なるほど、確かにそれなら問題はない・・・問題はないが・・・」


 そう言いつつ、私はあの奴隷達の出自がヤバい事を思い出す。


 もし私があの2人を悪魔のダンジョンに入れて始末した事があの国に知られれば・・・

 きっと私の命は無いだろう。


 だが、この2人が奴隷となった事を知る者は呪いが掛けられている。

 つまり、誰もその事を漏らすことが出来ない。


 私ですら解呪することが出来ないのだ。

 それ以前に進んであの2人の出自を暴露する馬鹿は居ないだろう。


 何故なら暴露した時点で己が真っ先に破滅するのだから。


 あの2人には気の毒だとは思うがこれも商売。


 思考を切り替えるとジェロームに伝える。


「ジェローム、その提案を受け入れよう」


「わかりました」


 そうして私とジェロームは奴隷のキャシーとエマのいる奴隷部屋に向かった。



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ホラーが大丈夫な人はこちらの短編もよかったらどうぞ。
ナニかがいる。
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