第116話 悪魔のダンジョン攻略 裏1
何とか更新しました。
遅くなり、大変申し訳ありません。
時は楽太郎が悪魔のダンジョンへ入る日まで遡る。
高さ3メートルは越えているだろう壁に囲まれた貴族屋敷の正門は外側から閂が掛けられ中からは開けられないようにされており、その上すぐには通行できない様に逆茂木でバリケードも築かれていた。
まるで籠城でもしている城門の様な様相を呈している貴族屋敷の正門前だが、強力な魔物が徘徊する貴族屋敷との隔たりとしては心許無い処置だろう。
そんな場所にキュルケ神殿の神殿長であるモニカは自身の率いるPTを勢揃いさせていた。
表向きは「この屋敷に現れた魔物を逃がさないように門を守っている」と言う事になっているが、実際は強すぎる魔物に歯が立たない為、外に出ないように監視しているだけである。
実際、魔物が中から出て来たらモニカ達にはどうする事も出来ないだろう。
精々悪あがきをして時間を稼ぎ、住民が避難する時間を稼ぐ程度しか出来ない。
そんな現実を思い、以前の様に魔物の討伐を豪語する事も出来ずにモニカは遣る瀬無い感情に捕らわれ深いため息をついていた。
そんなモニカの様子をPTメンバーも気になるのかチラチラ見ていたが、声を掛けるのも憚られ、何とも言えない空気が流れていた。
そんな暗い空気が漂う正門に職人ギルドのギルドマスターであるボコポが冒険者の一団を引き連れて来たのは早朝の事であった。
「よう、調子はどうだ?」
そう言って軽い挨拶をするボコポに対してモニカは不機嫌そうな顔で答える。
「むぅ、ボコポのオッチャン。何しに来たんだ?
ここは危ないって言っただろ?」
「だから助っ人を用意してやったぜ。
こいつ等は強いぜぇ」
不機嫌そうなモニカにボコポは上機嫌に答えたが、ボコポが連れて来た冒険者の一団を見たモニカの顔が更に顰められる。
「助っ人ってそいつ等はラクタローの手下だろ!」
「手下じゃねぇよ。
ラクが一時的に鍛えていただけで、弟子ってわけでもねぇ。そうだよな?」
「「「はい!我々はブラック=カンパニー様の弟子です!」」」
「・・・」
ボコポの後ろの集団から肯定の言葉が紡がれると、モニカは黙った。
「モニカ、言いたい事はあるだろうがこの街の為に俺がラクに頼んで雇った護衛だ。
ハッキリ言うが、こいつ等はお前等よりも強いし、中の魔物が出てきてもこいつ等なら死なずに対処できる。
こいつ等を追い払った事でキュルケ神殿やウェイガン神殿に被害が出るのはお前も望まねぇだろう?」
実際は楽太郎が後顧の憂いを断つ為に鍛え、護衛を依頼したのだが楽太郎が面倒臭がったので表向きはボコポからの依頼として冒険者達を雇ったと言う形になっている。
モニカも頭ではわかっているのだろうが、感情が邪魔をする。
「・・・だが、私はあの男が嫌いだ!」
そう言ってモニカはそっぽを向く。
それを見てボコポは苦笑すると、モニカがキッと睨んだ。
「・・・仕方ねぇだろ?
ラクに断られたんだからよ」
モニカは貴族屋敷でミノタウロスに伸された後、楽太郎に弟子入りしようとしたのだが素気無く断られていたのだ。
楽太郎からしたら迷惑を掛けられ続けたキュルケ神殿のトップなんて問題外と言う事なのだろう。
モニカの方も闇討ちを狙っていた手前、断わられるのも仕方ないと感じていたが、そのすぐ後に冒険者達を鍛える楽太郎を見て冒険者達に嫉妬していたのだ。
「だけど・・・そいつらは弟子にしたじゃないか!」
そう言ってモニカは歯を剥いて威嚇するが、昔馴染みのボコポからすると子供が虚勢を張っている様にしか見えない。
ボコポが苦笑交じりに説得する。
「こいつ等はラクの弟子じゃなくてラクの兄弟子の徒弟なんだよ。
兄弟子の都合で一時的に預かっているだけだってラクも言ってただろ?」
「それは・・・そうだけど、だけど・・・ズルいぞ!」
「ズルくなんかねぇよ。
こいつ等は縁あってラクと同門になれた。
だからラクに鍛えて貰えた。
そしてモニカ、お前ぇはラクに弟子入りを断られた。
だから鍛えて貰えない。それだけのこった。
俺みたいな職人だって弟子入りを断る事はよくある。
むしろ弟子にすることの方が少ねぇ。お前ぇだってわかるだろ?」
そうボコポに諭されるとモニカは悔しそうに俯いた。
「取り敢えずこいつ等はこれからこの貴族屋敷の護衛に就くことになったから、とにかく問題は起こさず仲良くやってくれや」
そう言われモニカは頭では理解するが、感情では納得していない。
そんな釈然としないような複雑な表情で唸り、それを見てボコポは更に苦笑する。
そうしてボコポはモニカ以外にも声を掛けて冒険者達を紹介していった。
そんな感じで冒険者達は楽太郎の家の護衛に就いた。
山並のお師匠様が悪魔のダンジョンに潜ってから早3日、お屋敷の門は中から開けられる事も無く平穏無事のままだ。
平穏なのは良い事なんだろうが、あれだけハードな生活をしていた俺としてはこれで良いのかと疑問が浮かんでくる。
「ライナ、どうしたんです?ぼーっとして」
「うん?あぁ、山並のお師匠様からこの屋敷の警護の依頼を受けたのは良いんだけど、中と違って外だとこんなに何もないとは思わなくてさ、これでいいのかな?ってちょっと考えちまったんだよ」
俺は声を掛けてきたロブルに答える。
正直俺は拍子抜けしていたのだ。
今目の前にある屋敷の中が地獄である事を知っているだけに壁一枚を隔てただけのこの場所がこんなに平穏だとは・・・
初日は自分の力が試せると思い息巻いていたが何もなく、2日目も何も起こらなかった。
そして今日3日目。
あれ?なんか、思ってたのと違う?
そんな感じで肩透かしを食らった感じだったのだ。
「ははは、私達が暇で退屈なのは山並のお師匠様にとってもこの街の住民にとっても良い事なんですから、それをこそ喜ばないといけませんよ」
ロブルが正論を言うが、俺もそれ位はわかっている。
「まぁ、それはわかってるんだけど、あれだけの修行をしたのにさぁ、使い所が無いと言うかなんと言うか・・・」
うーん。上手く伝えられない。
どう伝えれば良いんだ?
なんともモヤッとした感情が頭を擡げさせる。
「ふむ、なんとなくライナの言いたい事はわかりますよ。
要するにライナは力試しがしたいんじゃないですか?」
その言葉を聞いて「あぁ、それだ!」と思わず声を上げてしまった。
俺の声にロブルは苦笑しつつ答える。
「まぁ、一旦引き受けた以上はこの仕事をしないといけませんが、幸いここはダンジョン都市ウェルズです。
後4日もすれば『誰がために』と警護を交代できますから、そうしたら神のダンジョンにでも潜って力試しでもしましょう」
ロブルの言葉に同意し、俺は警護の仕事に専念した。
因みに『誰がために』とは俺達と一緒にブラックのお師匠様達に鍛えられたパーティで、俺達の先輩PTでもある。
4日が経ったが特にこれと言った変化は無かった。
そして警護を『誰がために』と交代する時が来た。
「何か問題はあったか?」
『誰がために』のリーダー。ケイブリスにそう聞かれ、俺は「何もなかったよ。寧ろ無さ過ぎて暇だった」と答える。
それを聞いてケイブリスは納得して警護の引き継ぎを終えた。
さぁ、これで7日は時間が空いた。
久しぶりに冒険者ギルドに行って神のダンジョン内での依頼を見繕う。
「みんな、これから冒険者ギルドに行って依頼を見繕おうと思うんだけど良いかな?」
そう聞くとメンバーから異論が出た。
義賊のリイナからは「えー、やっと仕事が終わったんだから今日・明日は休みたいんだけど?」と言われ、
魔術師のリサからも「私も新しい魔法を覚えたいんで依頼を受けるのはちょっと・・・」と言われる。
ぬぅ・・・
「俺もどっちかと言えば休みたい。
金も山並のお師匠様から貰ってるから困ってないし、何よりお師匠様から頂いたこいつを磨いてやりたい」
そう言って漆黒のバスタードソードを愛おしそうに撫でるマッシュの言葉が止めとなってダンジョンに潜る案は却下された。
俺達『スピードスウィング』は基本、多数決で依頼を受けるか決める。
なので今回は3人が反対したので却下されたのだ。
「それなら明後日からダンジョンに潜るって事でどうです?
7日後にはまた警護の仕事に戻りますから、潜るのは4日と言ったところでしょうか」
落胆している俺を見兼ねてかロブルがそう提案すると3人も「それなら良いよ」と言ってくれた。
ロブルの気遣いに感謝を述べて俺は早速冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドに着くと俺は早速掲示板で手頃な依頼を見付けようと張り出されている依頼書を眺めた。
眺めたんだけど・・・依頼内容が大分偏っている気がする。
黒鉄採掘依頼に魔銀採掘依頼。
果ては黒蒼鋼採掘依頼や火廣金採掘依頼に真鋼採掘依頼なんてものもある。
この街を離れて1年程しか経っていない筈だが、こんな莫迦みたいな超高級素材の採掘依頼なんて達成できるわけがない。
一体この街で何があったんだ?!
そう戦慄していると声を掛けられた。
「ライナじゃねーか、久しぶりだな!」
振り返ると、ケイルがいた。
こいつは俺と同期の悪友で気心の知れた相手だ。
「なんだケイルか」
「なんだとはずいぶんじゃねーかよ」
「すまん。それよりちょっと聞きたいんだが、この掲示板は何かの冗談なのか?」
そう言って目で掲示板を示すとケイルもそちらを見て納得する。
「うん?あぁ、笑っちまうくらい無茶苦茶な依頼だろ?」
「なんでこんな事になってるんだ?」
そう聞くとケイルは声を潜めて教えてくれた。
「実はな、それ全部商業ギルドからの依頼なんだよ。
なんでも1月くらい前に職人ギルドで黒鉄と魔銀が出回ってたんだが、商業ギルドには全く回らなかったんだよ」
「はぁ、それでなんでこんな無茶な依頼になるんだ?」
「今、職人ギルドじゃ黒鉄と魔銀を取り扱っているんだが、商業ギルドでは扱えていないってのが問題らしいぜ」
「どういう事だ?」
「なんでも商業ギルドも扱えないのは困るから職人ギルドに黒鉄と魔銀を売るよう要請したらしいんだが、断わられたらしい。
まぁ、職人ギルドとしちゃぁ自分達が使う物なんだから商業ギルドから買う事は有っても商業ギルドに売るなんて問題外なんだろう。
それに商業ギルドのギルド長が変わってからこの街の職人ギルドへの仕事の斡旋が減ったり、安く買い叩こうと圧力を掛けてきたりと細々とした揉め事が続いているのも原因なんだろうな。
うちの親父も商業ギルドが余所の街の職人に仕事を斡旋する所為でお飯の食い上げだって愚痴ってたし」
そう言えばケインの親父は鍛冶屋だったな、と思いだす。
「まぁ、そんな訳で街にある商業ギルドなのに希少金属を扱えないって言う事態が発生して、商業ギルドが面子を保つために躍起になって採掘依頼を出した結果があの掲示板って訳だ。
中々笑えるだろう?」
そう言ってケインは笑ったが、俺は1つ確認する。
「依頼は出ているが、達成されてるのか?」
「されると思うか?」
「だよな~」
ケインと一緒になって乾いた笑いが漏れたが依頼どうしよう?
ケインと雑談しながら神のダンジョンでの依頼を1つ見付けた。
30階層で黒鉄ゴーレムが出たらしい。
その所為で25階層~35階層の通行が規制されているとの事だ。
30階層だとメインは金ゴーレムだったはずなんだがな、どっかの馬鹿が欲に目が眩んだか?
まぁいい。
今の実力を試すには丁度良さそうだ。
そう思い依頼書を剥ぎ取ろうとすると待ったの声が掛かった。
「おいおい、ライナ。その依頼、お前等じゃ無理だろう?」
驚いた顔でケインが止めてきた。
「いや、大丈夫だ」
「いやいやいや、死ぬって!マジで!
それとも死にたいのか?」
「死ぬ気なんてねーよ!腕試しがしたいんだ」
「それなら金ゴーレム・・・は今無理だから、銀ゴーレムで良いじゃねーか」
本気で驚かれたが、良く考えると山並のお師匠様に鍛えられる迄は黒鉄ゴーレムなんて出会ったら即撤退以外に選択肢が無いくらい弱かったからな。
今思うと、あの程度の実力で自分が強いと自惚れていたのかと恥ずかしくなる。
しかし、俺は幸運にもブラックのお師匠様と山並のお師匠様に鍛えて貰えた。
だから今は違う。
「大丈夫だ。今の俺達なら多分倒せる。
倒せないとしても逃げるくらいは余裕で出来る」
流石に『絶対倒せる』とは言えないが、逃げるくらいは楽勝だ。
そう考えていたんだが、ケインは忠告を更に続けて来る。
「いやいやいや、幾ら強くなったとしてもこの街離れてから1年しか経ってねぇんだ。
それにお前は俺より弱かっただろ?」
その言葉に俺はカチンときた。
「お前は俺より弱かっただろ?」
「そうだ」
「1年前までは確かに、若干、ほんの僅かだがケインの方が少ぉ~しだけ強かっただろう。
それは認めよう。
だが、今は俺の方が強い!それも圧倒的に強い!」
「?!な、なんだとぉ・・・ライナ!お前喧嘩売ってんのか?」
ケインが俺の徴発に乗って来る。
「俺は弱い者イジメはしない事にしているんだ」
「てめぇ・・・
いいだろう。お前、腕試ししたいって言ってたよな?」
「あぁ」
「訓練場に行こうぜ。
俺がお前の腕試しの相手になってやるぜ。
まぁ、腕の1、2本は覚悟して貰うがな」
「はっはっは、いいだろう」
俺は生暖かい視線をケインに向けつつ、訓練場へと向かった。




