第106話 荒行
翌日、俺はボコポに挨拶し、先日頼んでおいた鎖を受け取ると『無限収納』にしまい、幾つか報告と確認を済ませて工房の裏庭に回ると既に冒険者達が待っていた。
「おや、早いですね。私、遅れましたか?」
「「「いえ、遅れておりません。我々が教官殿を待たせるのは失礼と思い、早めに集まらせて頂きました!」」」
ふむ、昨日の仕置きで懲りたのだろうか?
「まぁ、それなら大丈夫ですね。それじゃ改めて、おはようございます」
「「「はい、おはようございます!」」」
さて、早速始めようかと思ったが数人、疲労の色が濃いようだ。
「エリアハイヒール」
「「「?!」」」
驚く奴等を余所に俺はサクッと『リフレッシュ』を人数分掛けて行く。
「おぉ?」
「あぁぁ」
「はぁぁ」
「ひゃぁ!」
「な、なにこれ?」
『リフレッシュ』を掛けられた側は驚いているがどの顔も気持ち良さそうな顔をしていた。
「さて、それでは今日の訓練を説明しますよ」
そう前置きして説明する。
今日は昨日ボコポに頼んで貴族屋敷での狩りの許可を貰ったのでレベルの底上げをする予定だ。
ただ、俺1人で10人の面倒を1度に見るのは厳しい。
そこで冒険者達は丁度2パーティなのでパーティ単位で底上げをする。
そして狩りをしていないパーティには空気椅子と新しい型の素振りを只管繰り返させる予定だ。
狩りに参加していない間は直接見る事は出来ないが終わった時の疲労度と技の完成度で判断すれば大丈夫だろう。
と言う事で説明を終え、それぞれに新しい型を教え込むと俺は貴族屋敷へと10人を連れて移動した。
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貴族屋敷の門前へと赴くとそこにはキュルケ教のトッチーノとルインに他数名がおり、挨拶をしてきた。
俺としては無視したいが、そう言う訳にも行かないだろうと社交辞令として挨拶を返す。
「どうも、おはようございます」
そう言うとトッチーノ達は挨拶されるとは思っていなかったのか、驚きの表情になる。
なんて失礼な奴等だ。
そう思いつつ、門前で冒険者達に指示を出す。
「えー、最初に中に入るのは1~5番とします。
残りの6~10番はここで空気椅子と素振りを繰り返して頂きます。
人目のある場所での修練は奇異の目で見られることもありますが、そこは我慢してください。
羞恥に晒され耐える事も精神修養の一環です。
物事には限度と言うものもありますが、騒ぎを起こした際、私が情報収集した結果あなた達に非があると判断した場合は・・・わかっていますよね?」
そう言うと全員が「はい!」と息の良い返事を返してきた。
俺はボコポから受け取った鎖を『無限収納』から出し、軽く強度を確かめると腰に吊るし、黒鉄製の槍を取り出して準備を整える。
そして1~5番にも戦闘準備を促した。
「では、1~5番は私について来てください。くれぐれも気を抜かない様にして下さい。気を抜くと死にますからね?
残りの6~10番は他の方の迷惑にならないように修行を開始してください」
そうして俺は1~5番を連れて貴族屋敷の中へ入ろうとすると、「ノインお姉ちゃん?」と言う声がかかる。
声の方を向くと、そこにはルインが居た。
「ルインさん?」
「あ、すみません。ラクタローさんの連れて来た人の中に姉が居たものでつい・・・」
そう言って8番に視線を向けるルイン。
「姉?8番。そうなんですか?」
俺がそう言って水を向けると、8番が説明する。
「そこにいるルインは私の妹です。私はこの街のウェイガン神殿に所属しておりますが、現在見聞を広げる為に冒険者をしております」
「ふむ、姉妹なのに異なる神に仕えているようですが、仲が悪いのですか?」
「仲が悪い訳ではありません。
どちらかと言うと仲は良いと思います。
ただ、私は今ラクタロー様のお情けで指導を受けさせて頂いている身なので私語は慎ませて頂いています」
ふむ、昨日失態を犯した身で勝手な行動を取るのはヤバいと感じたのか。
よく見ると確かに目や鼻筋が良く似ている気がするな。見た目は似ているがそれだけ・・・いや、そうでもないか、姉妹揃ってやらかしているのだから俺としては8番にもあまり関わらない様にするべきだろう。
ルインの方を見ると普段とは違う振る舞いなのか、ノインに戸惑っているような感じがする。
まぁ、身近な人間の勤勉な態度と言うものは見慣れないのかもしれない。
そんな事を考えていると遠くにレイラの姿が見えた。
うん?あ!?不味い!
「そ、それじゃさっさと入りますよ!」
俺は慌てて貴族屋敷の中へと入り、それを追って冒険者5人が後を追って来た。
危ない危ない。
俺がこいつ等の修行をしていると知ったらレイラがどういう行動に出るか・・・それを考えると頭が痛くなる。
俺は近日中に起こるだろう未来を予想して気落ちすると、取り敢えず忘れる事にして現実逃避をした。
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貴族屋敷の敷地内に入ると入口から離れ、敵性反応が無い壁際の一角へと移動する。
「それでは雑魚を1匹釣って来るんで此処で待ってて下さい」
俺が小声でそう言うと無言で頷く5人、流石に実戦となると真剣になるようだ。
俺は「隠密」を発動し「地図」スキルで5人が安全である事を確認しつつ近くにある敵性反応が3つ固まっている所へと向かう。
ミノタウロスを視認できる距離まで近づくが、ミノタウロス達は全く気付かないので俺は一匹の背後に回ると後背刺突でサクッと1匹を仕留める。
残った2匹は突然出現した俺に驚き一瞬硬直する。
俺はその隙を逃さず横の1匹の首を刎ねる。
此処でようやく硬直が解けた最後の1匹が逃げようとしたところを腰に吊るした鎖を首に引っ掛け鎖を手繰り寄せるが、ミノタウロスも命懸け、必死になって抵抗する。
力では圧倒出来るんだが、殺さず引っ張るのは中々に難しい。
暫らく不毛な引っ張り合いをした結果、俺はミノタウロスの背後からローキックを一発入れると、堪らずミノタウロスが悲鳴を上げる。
そこを賺さず鎖を引くとミノタウロスはアッサリと引き倒されたので、俺はミノタウロスが抵抗できないように素早く引き摺って5人の元へと向かった。
そして冒険者5人の元へミノタウロスを引き摺って行くと、5人が緊張したような顔つきで出迎えた。
「何かありましたか?」
そう聞くと1番がおずおずと答える。
「申し訳ありません。ミノタウロスを見るのは初めてでして、まさかこれ程の魔物だとは・・・」
そう言って喉を鳴らすが、俺は呆れたように答える。
「何を言っているんですか、今この貴族屋敷には掃いて捨てる程ミノタウロスがうろついていますよ?」
そう言うと5人は更に表情を硬くする。
「まぁ、最初はこの1匹と5人で戦って貰います」
そう言って鎖を引き寄せると立とうとしていたミノタウロスが転がる。
「む、無理よ!」
そう言ったのは昨日俺に楯突いて来た2番だ。
「昨日の威勢はどうしました?
この程度の魔物にビビるとはあなたらしくないですよ?
昨日はこんな雑魚とは比べ物にならない程の強者にも楯突いたのに、やる前から逃げるのですか?」
そう言ってやると2番は恐怖で顔を引き攣らせた。
「まぁ、冗談はここまでとして真剣に戦う準備をしてください。
本気で戦えばあなた達の今の実力なら倒せます。
ブラック=カンパニーに鍛えられた実力を信じなさい」
そう言うと5人共真剣な表情で息を飲み、冷静さを取り戻したようだ。
地獄のような訓練でも思い出したのかな?
「準備は良いですか?」
そう言うと5人それぞれが得物を握りミノタウロスと対峙する。
「あなた達の実力ならこいつ1匹位なら十分倒せますから、頑張ってください」
そう言うと俺はミノタウロスに掛けていた鎖を解いた。
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そんな感じで戦いが始まったのだが、結果から言うとやはり勝てた。
1番が上手くミノタウロスの攻撃を捌き、2番と4番がミノタウロスの後方に回りながら攻撃を加え、3番が魔術を駆使して大技をぶち込む。
5番が捌ききれず手傷を負った1番を癒し、防壁を張ったりと全体をサポート。
チマチマとダメージを受け続けたミノタウロスが怒り狂って暴れた時は2番が不意を突かれて吹き飛ばされたが命に別状はなく、多少危うい時もあったが大きなミスもなくミノタウロスを撃破した。
俺は地面にへたり込んでいる5人に声を掛ける。
「やはり倒せましたね」
そう声を掛けると、歓喜に満ちた表情で5人は顔を輝かせたが、俺の次の一言でドン引きする。
「それじゃ、次を連れてきますね」
「「「え?!」」」
「修行なんですからドンドン逝きますよ」
「ま、待ってください。もう私達には体力が残って『リフレッシュ』ひゃぁぁぁ!」
俺は5人全員に「リフレッシュ」の魔法を掛ける。
「はい、これで体力は回復しましたね?」
「待ってください、私は魔力が尽きかけています。十全には戦えません」
「常に十全の力で戦えるとは限りません。
出来るだけ余力を残して戦う術を身に付けてください。
それに格上を倒したのでレベルが上がっているでしょう?
次はそれ程苦労しませんよ。頑張ってください」
「・・・」
「地獄を見せると言ったでしょう?」
「「「?!」」」
「これからですよ、本当の地獄はね!」
そう言い残し俺は次の獲物を捕らえに向かう。
こうして格上との戦闘エンドレスと言う冒険者達の地獄が始まった。
仕事で休みが無くなる度に思う。
早く人を増やして欲しい。




