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第100話 ボコポの覚悟

 しばらく呆然と立ち尽くした俺だったが、虚しさを通り越し、怒りが沸々と湧き上がる。


 そして俺は怒りのまま地面に天秤棒を振り下ろすと爆音が響き大地が裂ける。


 周囲の者は俺の憤怒に体を震わせ硬直している。

 中には腰を抜かしている者もいた。


 そして怯えた視線が俺を囲んでいた。


「はぁ、クソが・・・」


 俺は息を吐くと共に脱力するとその場を離れる。


「ら、ラク・・・?」


 俺の背にボコポが声を掛けるが振り返る事はしなかった。

 この時点で俺はもうこの街に見切りを付けていたからだ。


 そうしてその場を立ち去ったんだが、すぐにボコポに捕まった。


「ラク、すまねぇがちと付き合ってくれ」


 真剣な表情で俺に話しかけるボコポに違和感を感じたが、こっちはやる気駄々下がりで徒労感が半端ない。


「・・・少しだけなら」


 そう言うとボコポは俺を工房へと連れて行った。











 ボコポは工房で人払いをすると地面に頭を打ちつけるように土下座をした。

 ゴスッと鈍い音がしたことからかなりの勢いがあったのは間違いないだろう。そんな姿を呆然と見ているとボコポから「すまねぇ!」と謝罪の言葉が飛んだ。


「何についてですか?」


「お前に勧めた屋敷がこんな事になるとは思わなかったんだ。本当に申し訳ねぇ。この後転がる覚悟も出来ている!」


「転がる・・・?!」


 そう呟いて思い出す。

 ルインがやっていた奇行を・・・


「ウェ、寝下座(ウェイクル)は結構です!」


「そ、そうか?」


 慌てた俺の対応に少しホッとするボコポだったが、何処かぎこちない。


「それで用件とは謝る事ですか?」


「そ、それだけじゃねぇ。楽には本当に申し訳ねぇと思ってる。

 思っているが、どうしても頼みてぇんだ!」


「・・・何を頼みたいんです?」


「なんとか、なんとかこの街を救ってくれねぇか?」


 そう言われて俺は驚いた。

 まさかボコポからそんな提案をされるとは思ってもいなかったからだ。


俺に(・・)ですか?」


「あぁ、お前にだ。いや、お前じゃなきゃ救えねぇ」


 何かを確信したようなボコポの言に俺は問いかける。


「どうしてそう思うんです?」


 そう聞くとボコポは語り出した。


 最初神のダンジョンで俺と会った時、何も感じなかったそうだ。

 普通、一流の冒険者にはそれなりの雰囲気があり、ボコポもそれなりに経験を積んでいる自負がある。

 そんな彼からしても俺の最初の評価は初心者だったらしい。


 ただ、言葉使いが丁寧で身形(みなり)も良いため、それなりの良家の出だろうと当たりを付けて無難な受け答えをしていたそうだ。

 まぁ、その評価は黒鉄(ブラックアイアン)ゴーレムを素手で倒した時点で霧散した。

 常識的に考えて有り得ない現実を突き付けられ、ボコポの常識に罅が入った。


 そして俺からの申し出(武器の作成依頼等)が次々とボコポの常識を殴りつけ、跡形もなく砕いてしまったそうだ。

 俺個人としてはそんなつもりは無かったんだが、俺からの話は有り得ない内容が多かったらしい。

 まぁ、そんな感じで常識が常識として機能しなくなったんだが、ボコポはそれが心地良く感じられ、面白いと感じたそうだ。


 それからは突拍子の無い相談や依頼にと大変ではあったが充実した日々を過ごせる事が楽しかったそうだ。

 それにボコポ自身も職人としての腕だけでなく、ドワーフとしても成長していることを感じられた。


 そして家の話になった時、実は冗談半分で例の巨大な貴族屋敷の事を持ち出したら俺が思いの外喰い付いた。

 あんなデカい物件を買うって事はこの街に腰を据える可能性が高い。

 そう判断したボコポは自身の成長を促進させてくれた俺との縁が切れない様に出来得る限りのコネを使って売買の話を進めたそうだ。


 その結果、商業ギルドの怠慢が発覚し、俺と商業ギルドが不仲になったり、貴族屋敷を買った後にダンジョンの変遷が起こり魔物が溢れた。

 ボコポが性急に事を進めなければ俺が買う前にダンジョンの変遷が起こり買う所じゃ無くなっていただろうとの事だった。



 ボコポとしては自身の利益優先で動いた結果、俺と街との縁が切れてしまったと考えたようだ。

 だが俺からするとボコポは楽しいと思う仕事を最優先でしただけだ。

 ボコポに落ち度はない。

 結果が悪かっただけとしか言いようがない。


 それにもし俺が貴族屋敷を買う前で魔物が溢れる様な事件があったなら、恐らく俺はサッサとこの街を去っていただろう。


「厚顔無恥な頼みで汗顔の至りなんだが、ラクタロー!お前ぇに頼みがある!」


 ボコポの独白にどう返そうかと思案していると、真剣な表情のボコポから声が発せられる。


「・・・なんでしょう?」


 若干気圧されつつ訊く。


「この街を救ってくれ!」


 そう言ってボコポは再び土下座するとそのままの勢いで寝下座へと移行した。


・・・


 本人は至って真剣なんだろうが、俺としては巫山戯ているとしか思えない。

 これが異世界の常識なのか・・・

 戦慄を(おぼ)えるな。


 しかし、この街を救えってのは悪魔のダンジョンを攻略しろって事か?


「具体的に何をして欲しいんですか?」


「・・・一番良いのは悪魔のダンジョン攻略だ。

 それが駄目なら魔物が溢れている現状を治めるだけでもいい」


 寝下座を止めて真剣な表情でボコポは答える。


 ・・・まぁ、そうなるよな。


「なぜ俺に頼むんですか? 悪魔のダンジョン攻略に国が動くと言われたじゃないですか?」


「国が集めた連中じゃ歯が立たねぇ」


「どうしてそう思うんです?」


「キュルケ教やウェイガン教の連中が一体どれだけの年月を掛けたと思ってるんだ?

 300年だぞ?300年。

 それでも攻略できなかったのが悪魔のダンジョンなんだよ。

 国主導になったって変わんねぇよ。

 それに今回は下層からショートカットと抜かしてやがる。

 この街の神殿関係者(トップPT)が全滅寸前の所をお前ぇに助けられて這う這うの体で逃げ帰って来るのがやっとだったんだぞ?

 俺の勘じゃ、ダンジョンに辿り着く前に全滅だ」


 お手上げと言った感じでボコポが滔々と語る。


「だが、お前ぇだけは違う」


 ギラリとした眼光で俺を射抜く。

 俺は面倒臭そうに「その視線は止めてくれませんかねぇ」と言うがボコポはそのまま俺に語りかける。


「お前ぇだけは平気な顔で何でもなさそうな顔で戻って来た。

 いや、それ以前にお前ぇが苦戦したり死にそうな目に遭ってる所を想像できねぇんだ。

 そんな奴を見るのは初めてでな。お前ぇならなんとかしてくれると感じるんだ。

 それに暴動(スタンピート)以外で街中に魔物が溢れるなんて言う未曽有の事態が発生したこの時にお前ぇのような強者が街にいる。

 こんな偶然なんてあり得ねぇ」


 そう言って確信に満ちた目を向けられたが、何と答えて良いのかわからない。


「ボコポさん。正直に話しますが、もうこの街を出ようと思ってます」


「?!」


 ボコポがやはりと言った感じの苦い顔をする。

 やっぱり気付いていたから呼び止めたのか。


「私は確かにこの街に拠点を置こうと考えていましたが、これだけ問題を山積みにされたら逃げるに決まっているでしょう?」


「そこを伏して頼む。俺にできる事なら何でもする」


「なぜそこまでするんです?」


「ここが俺の街だからだ。

 生まれも育ちもこの街で家族もダチもこの街に住んでる。

 この街が俺の全てと言っても過言じゃねぇ!

 そんな街だからこそ守りてぇンだ!

 だから頼む!

 助けてくれ!」


 恥も外聞もない言葉に真剣なボコポの表情。

 茶化すのも躊躇われる本気の頼み。

 こう言うのが一番厄介だ。


 ボコポには色々と世話になっている。

 俺だって家族や友人に危険が迫っている時、それを助けられるかもしれない人が居れば縋るだろう。

 それに命の危険が掛かっていなければ俺だって二つ返事で受けられる。

 それなりに世話になったボコポからの頼みだからこそ断り辛い。

 そんな様々な考えや思いが駆け巡り、感情と理性がせめぎ合う。

 そうして1つの結論に達する。

 少しボコポを試してみるか。

 その結果に委ねよう。


 俺は一息つくと返事をする。


「その依頼を受けるにあたり私から1つだけ条件を出します。

 よろしいでしょうか?」


「あぁ」


 そう答えるとボコポはゴクリと喉を鳴らす。


「あなたの右腕を切り落とさせてください」


「?! お、俺の右腕を・・・だと?!」


「えぇ」


「何故だ?」


「あなたとの縁を切る為ですよ。

 私には目的があります。

 それ以外に命を掛ける気は全くないんです」


「・・・」


「命を掛ける気は全く無いんですが、この街ではあなたにとても世話になりました。

 それこそ命懸けになるだろうあなたの頼みを聞いても良いと思える位には感謝もしています」


「・・・」


「だが、そんな人物だからこそ、こういった頼みが次もあるかもしれない。

 なのであなたとの縁を切りたいんですよ」


「・・・理由はわかった。だが、俺の腕を切り落とす理由にはなってないんじゃねぇか?」


「理由になりますよ。

 あなたはとても腕の良い職人です。

 他に代えが利かない程の鍛冶職人としての腕を持っています。

 そんな腕を持たれたままでは私が縁を切り辛い。

 なので私の未練が無くなるよう職人の命である腕を捨てて頂きたい。

 それに私に命を掛けてくれと頼むのなら腕の1,2本くらい切られても問題ないでしょう?

 死ぬ訳じゃないんだし」


 俺は冷酷に見えるように表情を作る。


「・・・わかった」


 暫し瞑目していたボコポが一言告げると右腕を俺に突き出した。


「俺の腕。持ってけ!」


 ボコポは俺の眼を見据え、静かにその時を待つ。


「わかりました」


 俺はそう言うとボコポに作ってもらった黒鉄製の十文字槍を取り出す。


「ではあなたの作品でその腕を貰い受けましょう」


「あぁ、頼む。一思いにやってくれ」


 そう言うとボコポも緊張するのか体を小刻みに震えさせる。

 震えさせるが腕は差し出したままだ。


「わかりました」


 俺は言葉を発し、殺気を放つとボコポの身体が強張るが俺は構わず槍を振りかぶる。


「行きます!」


 そう言うと俺はボコポが認識できる速度で槍を振るう。














 そうして暫し静寂が訪れ、それをボコポの荒い息が打ち破る。


 俺はボコポを見る。

 荒い息を立てていたがようやく落ち着くと、俺に対する疑問が浮かんだのか視線をこちらに向けてくる。


「ど、どうして切らないんだ?」


「・・・はぁ、負けました」


「なにが?」


 心底不思議そうにするボコポに説明する。


「あなたを試したんですよ。

 右腕を切るのを嫌がったり、私が槍を振るう際にあなたが腕を引っ込めたりした場合、私はあなたの頼みを断ったでしょう。

 ですが、あなたは覚悟を見せてくれました」


「・・・」


「あなたの頼みを聞きましょう」


 俺がそう言うと呆気に取られた表情のボコポが「ほ、本当か?」と問いかけてきた。


「えぇ、私の家を取り戻すついでにこの街を救ってやりますよ」


 『街を救う』何故だかその一言を発するのがとても恥ずかしく感じ、顔が熱くなる。


「ついでかよ!」


「えぇ、ついでに(・・・・)ですよ」


 やっぱり中二病患者って偉大だな。

 あんな恥ずかしい台詞をスラッと言えるんだから・・・












 とまぁ、そんな感じで例の酒場でどうやって街を救うかをボコポと議論することになったんだが、一番手っ取り早いのは貴族屋敷の隠し通路を潰す事だろうってのが結論だった。


 ただ、これが実行できるかと言うと国からの、つまり御上からの通達が実行を妨げている現状では実行不可となる。

 そうなると問題が2つになる。

 1つは悪魔のダンジョンを攻略しないと貴族屋敷が俺の元へ帰ってこないという問題。

 もう1つは現在貴族屋敷の敷地内を闊歩する魔物が敷地外へと出てくるかもしれないと言う問題だ。


 この2つについて、前者は国が用意したダンジョン攻略組が到着するのを待つのが1つの手だ。

 ただし、攻略できる可能性は限りなく低いだろう。それが俺とボコポの見解だ。


 もう1つは現状で1番の問題だ。

 なにしろ魔物が強すぎてこの街の2トップのキュルケ教とウェイガン教の最高戦力でも歯が立たない事が証明されたばかりだからだ。


 俺が歩哨に立ってもいいが、その場合ダンジョン攻略が出来ない。

 かと言って俺がダンジョンに潜っている間に魔物が出てきたら対処ができない。


 堂々巡りで大分思考が鈍って来ていた。


 御上の下知を取り下げさせるために王族を脅すのも駄目で殺すのも駄目。

 そうなると実際に目に見える被害を出して国に悪魔のダンジョン攻略が出来ないって事を理解してもらう他に方法が無くなるんだが、俺の家で人死にを出すのは看過できない。


「結局どう頑張っても貴族屋敷の隠し通路を潰してダンジョン攻略が1番良い方法なんですよね」


「それはわかってんだよ。それを実現できないから困ってんだろう?」


「いっその事、夜陰に乗じて屋敷に忍び込んで隠し通路を潰しますか?」


「いや、それは不味いぜ。現状じゃあの中を気楽に移動できるのはお前ぇしか居ねぇんだ。すぐバレて問題になる」


 ・・・変に実力がバレてる所為で動き辛くなってる。

 もう、無理じゃないか?


「はぁ、手が足りない」


「俺・・・じゃぁ無理か?」


「えぇ、ボコポ程度の実力じゃ戦力になりませんよ。せめて私がもう1人いれば・・・」


「そんなのいる訳ねぇじゃねぇか」


 呆れた顔でボコポが言うが、俺そのものじゃなくても俺の代わりが出来る戦力が居れば可能・・・なんじゃないか?

 俺と同等じゃなくてもそれなりの実力者が複数いれば・・・


 そう考えた自分の発想に顔を顰めてしまうがこの際仕方ない。

 俺は思いついた事をボコポに伝える。


「ラク、そんな短期間で出来るのか?」


「まぁ、何とかなるでしょう。あと、国が用意したダンジョン攻略組を(ふるい)に掛けます」


「篩?」


「えぇ、ちょっとした意趣返しの意もありますが短期間で技術を伝授するんです。それなりに見込がある者だけに絞らないと時間の無駄です」


「そ、そうか・・・そうだな。わかった。頼むぜ」


「それに伴いボコポにはちょっとしたものを用意して貰います」


「ちょっとしたものだと?」


「えぇ、私達は共犯者なんですから・・・」


 そう言って俺がニヤリと笑う。


「共犯者って、何をやらせるつもりなんでぇ?!」


 そうボコポは言い、嫌そうな顔をするが拒否せず引き受けた。





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