第97話 害獣駆除
自宅前でバリケードを築いている連中に「よぉ、ご苦労さん」とボコポが声を掛けると、バリケードを守っている責任者らしく人物が驚いたように声を上げた。
「うん?あ!ボコポ様。このような危険な所に何故来たのですか?」
ふむ、ボコポが職人ギルドのギルドマスターだと知っている様だ。
「ちょっとな、この屋敷の持ち主が帰って来たんで連れて来たんだ」
「それは気の毒な・・・」
そう言ってこっちに気の毒そうな視線を向ける。
正直同情されるのはあれだが、同情されるだけの事情があるから仕方ない。
「初めまして、楽太郎と申します」
俺が自己紹介すると彼も自己紹介をする。
「私はキュルケ神殿に使える武僧でマイルズと言います。ここの警備を一任されています。
いまこの屋敷がどういう状況なのかお聞きしていますか?」
キュルケ神殿関係者と知ってちょっと引く。
なんでこいつ等なんだよ?!
そう思うが表情にはおくびにも出さずに受け答える。
「一応、この屋敷から魔物が出たと聞いています」
正直に答えるとマイルズは補足説明をしてくれた。
「その通りなのですが、この屋敷は周りを高い塀で囲われているので現在入口を封鎖して魔物が出て来れないように封鎖しています。そして先程我が神殿長を含めた高レベルの悪魔のダンジョン攻略組が魔物討伐に向かいました。その為、魔物の殲滅が済むまで立ち入り禁止にさせて頂いています」
・・・魔物討伐の為とは言え、人の家に勝手に入って好き放題。
キュルケ神殿じゃなきゃ納得できたんだが・・・
そんな内心を押し殺してマイルズに声を掛ける。
「そうですか、しかしここは私の家なので勝手に入られるのも困りますね。まぁ、湧いた魔物の駆除と言う事で緊急事態だったことを加味して不法侵入は不問としておきましょう」
そう言って屋敷の封じられている入口に向かう。
大分上から目線になっちまった。
マイルズも少し不機嫌そうに顔を顰める。
「ちょっと、どこ行くんですか!」
「家に帰って害獣駆除するんですよ」
問いかけるマイルズに気楽に答えると「こいつ大丈夫か?」と言った顔をされたが、無視する。
「マイルズ。ラクは大丈夫だから中に入れてやってくれ」
そう言ってボコポが仲介に入る。
「いや、ボコポ様。そうは言われましてもこちらにも事情がありまして・・・」
「どうせモニカに『誰もここを通すな!』とか言われてんだろぉ?」
そう言うとマイルズは困り顔で頬を掻く。
「大丈夫だよ。この屋敷の所有者はラクなんだ。本来キュルケ教が街中で個人の屋敷を封鎖することは許されてねぇ。あくまで緊急事態だから許されているだけだ。だから持ち主が家に帰ると言えば後は自己責任だし、止める権利は無ぇ。だからモニカにも怒られねぇ様に俺が話し付けてやっから通してやってくれ」
ボコポがそう言うと同時に屋敷内から何かが爆発するような音が響き渡った。
「な、なんだぁ?」
そんな間抜けな声を上げたのは誰だろう。
そしてこちらに数人の男女が掛け寄って来ていた。
俺は気配察知で敵が数匹いるのを察知したので行動に移す。
「失礼!」
そう言って体を屈めると封じられた門に向けて跳躍し、門を飛び越えて中へと入る。
「ちょ、ちょっと待ってぇ!」
「だから大丈夫だ!」
慌てるマイルズをボコポが押し留める。
そうして2人のやり取りを背にしつつ門から先へ進むと必死にこちらへ逃げて来る男女が4人視界に入った。
一心不乱に駆け寄ってくる者達には目もくれずその先からこちらに寄って来ている牛面の魔物。ミノタウロス5匹に視線を向ける。
「鑑定」スキルを使い素早くレベルを確認すると85、80、89、87、82と中々の高レベルだ。
そいつらが一斉に追いかけて来る様は中々の迫力がある。
「こいつ等が俺の家を荒らしているのか」
ボソリと呟き怒りを溜める。
そして俺は天秤棒を構えてミノタウロス達を迎え撃つ。
ミノタウロスは2足から4足に変更し、頭を低くするとまるで猛牛の突進のような構えで突っ込んで来る。
まるで某漫画のハリ○ーン○キサーのような動きだが、集団戦闘に慣れている様で5匹が重ならない様にタイミングをずらして向かってくる。
その迫力はかなりのものだが、俺は怖気ずに静かに待ち構える。
そうして1匹目と交差する瞬間。俺はミノタウロスの頭に天秤棒を振り下ろすとまるでトマトを潰したような感触と共にミノタウロスの頭が弾けた。
頭は弾けたが勢いはそのままに突っ込んで来るので俺は横に滑る様に移動して突進を避け、次いで2匹目の突進に合わせて前足を払ってやると綺麗に宙に舞ったので仰向けになった腹に天秤棒を叩き付ける。
無様な泣き声が聞こえたが天秤棒を叩き付けた時点で俺は次の獲物に目を向けていた。
3匹目が突っ込んで来るのが見えたが体勢を立て直すのが間に合わないので反撃は諦め避けるに留める。1アクション減らした事でなんとか整った体勢で4匹目の頭に天秤棒を叩き付ける。
そして返す刀で5匹目の頭にも・・・と思ったら5匹目は俺じゃなく後ろに逃げて行った奴等を追い掛けて行った。
不味いか?
そう思って後ろを振り返ると2匹の猛牛が爆走する後ろ姿が見えた。
このままなら逃げた奴等が華麗に宙を舞うな・・・
そんな事を一瞬呑気に考えたが自分の家で人が死ぬなんて縁起が悪い。
そう思い直して俺は慌てて追いかけるが最後尾にいた女性は間に合わず天高く搗ち上げられていた。
そのまま地面に叩きつけられたら大惨事間違いなし!って勢いだったので俺も急いで跳躍して空中で女性を受け止めると天秤棒を走り続けているミノタウロスに投げ付けて頭を砕く。
そして残り1匹。
そいつはこちらを見上げて前足で何度か土を蹴っている。
恐らく俺の着地に合わせ突っ込んで来るんだろう。
そう予測するがこちらは空中で体勢を立て直すのも一苦労。
なので「無限収納」から小石を取り出しタイミングを計っているミノタウロスに投げ付ける。
投げ付けられたミノタウロスもこちらを見ていたのでサッと小石を躱すが、その直後に小石が爆発する。
小型爆弾が発動しただけだが、タネを知らないミノタウロスがそちらに気を取られた隙にもう1個小石を投げ付けると今度は命中し、後ろ足の1本にダメージを与える。
悲痛な雄叫びを背に着地と共に女性を背に庇いミノタウロスと対峙すると、後ろ足を無くしたミノタウロスはそれでもこちらへと突進をしてきた。
怒りを湛えた牛面を正面から見据え、迫る牛面に生えた角を両手で掴み突き出すように力を入れるが体格差の所為で足が後ろに滑る。
なので身体を沈めて足の指にも力を入れ、しっかりと地面を掴むようにしつつ掴んだ角に目一杯力を入れて捻る。
抵抗は最初の一瞬だけで後は車のハンドルを捻るくらいスムーズに回りゴキリと言う音と共にミノタウロスが横倒しになり動かなくなる。
取り敢えず動く魔物が近くにいない事を確認して地面に刺さっている天秤棒に手を伸ばし、軽く振って血糊を飛ばすと俺は後ろに庇った女性を見て暫し固まった。
「ルイン・・・さん?」
「ら、楽太郎さん?」
『なんでこいつが?』と言う思いと『またこいつか』と言う思いで俺のテンションが一気に下がる。
こちらが固まっているとルインが問い掛けてくる。
「どうしてラクタローさんがここに?」
「どうしてって・・・ここは私の家なんですが?」
そう答えるとルインは言葉を失うが慌てて言葉を連ねる。
「そ、そうなんですか?!・・・って、そうじゃなくて!今ここは危険な魔物で溢れているんですよ? なぜそんな危険な場所に来たんですか?!」
咎める様な言い様に俺は呆れて言葉を発する。
「そう言う台詞は助けられて言う言葉ではないと思うんですがねぇ」
俺の指摘にルインは気不味い表情をするが、俺は気にせず続きを話す。
「まぁ、何故と言われれば家に害獣が出たと言うので駆除に来たんですよ」
俺がそう言うとルインは呆れたように聞き直してきた。
「害獣駆除とは魔物討伐の事ですか?」
「えぇ、取り敢えず家の敷地内から色々と面倒な連中にご退場願おうと思いましてね」
「そ、そうですか」
俺は暗に魔物以外の者の排除も告げたのだがルインには伝わらなかったようだ。
さて、どうしよう。
ルインの仲間がまだいる様だが、どう追い出そうかね。穏便に済ませるのが一番だが多分無理だろう。
俺が出て行けと言って素直に出て行くとも思えない。
ふーむ、それなら強制的に退去させるか。
そう決断すると後は行動あるのみ。
俺は倒したミノタウロスを「無限収納」に仕舞うと正門に向かって歩き出す。
「あのぉ?どちらへ行かれるのですか?」
「ちょっと必要なものを取りに戻るんですよ」
そう言うとルインは慌てて俺の後を追って来た。
と言う事で正門から出直して来た訳だが、ルインが不満そうな顔でついて来ている。
「あのぉ、これ、本当に必要なんですか?」
「えぇ、とても重要ですよ」
そう言ってルインが牽いている荷車を見る。
俺が取りに戻ったのは荷車を持って来る為だったのだ。
正直、ミノタウロスのレベルは少々厄介だ。
インディやメルもレベルを上げてはいるがまだLV60程度なので荷車を牽かせていると敵の攻撃に対処できない可能性がある。
敵がどれだけいるかわからない上にたった5匹相手にしただけだが、守り切れずにルインが撥ねられると言う事態も起こっているので最初は俺が1人で荷車を牽きながら害獣駆除を始めようとしたのだが、ルインがそこで待ったをかけた。
「1人では危険だ」とか「私もキュルケ神殿に仕える人間だ。街を守る義務がある」とか「私にも手伝わせて欲しい」等、色々とボコポ達の前で熱弁を振るい捲られ、面倒臭いからと衆人環視の元で武力行使させる訳にもいかず、仕方なく以下の3つの条件を出したんだが、あっさりと了承して念書を書きやがった。
1つ、自分の命は自分で守る事。例え死んでも自己責任とする事。
2つ、今回の件に関しては山並 楽太郎の指揮下に入り、命の危険が伴う命令であろうとも従う事。
3つ、上記の条件を守れなかった場合、即刻キュルケ教から脱退する事。
と言う事で荷車を牽かせている。
因みに先に逃げたルインの仲間達だが、レベルが30台でしかも心が折れていた。
その所為で俺に白羽の矢を立てたんだろう。
迷惑な話だ。
そんな事を考えつつ進んでいると「気配察知」に敵性反応が出た。
「ルインさん・・・いや、面倒なので敬称付けや敬語をやめてもよろしいですか?」
「え?えぇ、構いません」
「ありがとう。それじゃ早速だが、敵を見付けた。だから少しここで待て」
「わかりました」
そう答えるが表情は不安そうに翳る。
まぁ、ルインからすれば敵地の真っただ中に一人取り残されるような思いなんだろう。
普通はここでフォローするんだろうが、敢えて無視する。
変なフラグが立っても面倒だ。
俺は俺の目的である俺の家で好き勝手暴れてる奴等を仕留めるだけだ。
俺は「隠密1」を発動すると敵性反応に向かって行った。
そんな事を数回繰り返した後、敵性反応が1つとそれ以外が入り乱れている場所が見つかった。
恐らく交戦中なんだろうが、他の敵性反応が徐々にそちらに近付いているように見える。
「どうやらこの先でルインのお仲間さんが交戦中のようだ」
「え?本当ですか?! 早く助けに行きましょう!」
「待て。敵の数が多い。だから簡単に作戦と言うか役割を決める。良いな?」
「・・・わかりました」
「ザックリと言うが、俺が突っ込んで敵をルインの方に吹っ飛ばす。そうしたらお前は止めを刺せ」
「はい?」
「聞こえていなかったのか?全く。俺が突っ込んで敵をルインの方に吹っ飛ばすから止めを刺せ」
「・・・あのぉ、それのどこが作戦なんですか?」
「あんたが生き残る可能性を上げる作戦だよ。なんなら俺の代わりに突っ込むか?」
そう言うとルインが蒼い顔をしながらも頷きそうになったので慌てて止める。
こいつ、本当に面倒臭い奴だ・・・
下手すりゃ狂信者になる可能性が高いぞ。
誰かなんとかしてやってくれ。
「これは役割分担なんだよ。俺が敵を引き付けて吹っ飛ばす。余力がある奴は俺に向かってくるだろうが弱った奴は逃げる可能性がある。もし逃げられたら増援を更に呼ばれる可能性が出てくるし、屋敷の正門に行かれて街に出られたら被害が出る危険がある。だから弱って逃げる敵をルインが確実に仕留めるんだ。わかったか?」
俺が作戦の内容を細かく説明するとようやく理解できたようでルインは納得した。
これがレジー君なら説明しなくても「わかりました」で済む話なのに・・・
内心で溜め息を吐きつつ、そのフラストレーションを敵にぶつける事にした俺は荷車を少し離れた場所に隠してから戦場へと近付いた。
「おい!トッチーノ!右から来た新手は任せるぞ!」
「無茶振りだぞモニカ!?」
トッチーノは盾越しにミノタウロスの突進を受け止めつつ答える。
「大丈夫だ。右から来る新手は私が受け持つ!」
そう言いつつトッチーノが受け止めている眼前のミノタウロスに鉄槌を振り下ろしながらモニカが叫ぶように言い返す。
受け止めていたミノタウロスから圧力が消え、一息吸うとトッチーノは気合を入れ直してパーティメンバーに声を掛ける。
「マッシュ!エリ!サンズ!右からの新手3匹は俺とマッシュで抑える。エリとサンズは動きが止まった奴から潰してくれ!」
「「「了解!」」」
「フリッツ!エーナ!足止めしろ!止まったら私が潰す!リーナとシェーナは二人の援護を!」
「「「「はい!」」」」
声を掛け合いお互いを励ましながら暫らく戦い続けているが、敵の方が明らかに強い。
モニカのパーティと組んでようやく1匹仕留めたが別れてそれぞれで叩くのは難しいだろう。
恐らくモニカも同じことを感じているだろうが敵は待ってくれない。
左右から現れたたった2匹のミノタウロスが倒せない。
恐らくトッチーノとモニカにもう1人盾役がいれば1匹は仕留められるだろう。
だがその間にフリーになったもう1匹が他の仲間を殺す可能性が高く、仲間を見殺しには出来ない。
ミノタウロスの突撃はトッチーノでさえもマトモに喰らえば死を免れないだろう威力がある。
そんな事を考えているとミノタウロスが早速とばかりに突撃体勢を整えトッチーノ目掛けて突っ込んで来る。
トッチーノは盾をしっかりと構え大地を踏みしめると衝突の瞬間に備え、力を溜める。
ガァンッと盾にミノタウロスの角が突き刺さる。
幸い盾が厚かったお蔭で怪我はしていないが衝撃で腕が痺れる。
盾を持った左腕を支えるように右手で押さえ、押し出すように踏ん張るが動きを止められず後方へと押し込まれる。
トッチーノは堪らず助けを求める。
「エリ!サンズ!攻撃しろ!マッシュは俺を支えろ!」
支持を出すが仲間が動き出す頃にはミノタウロスは首を捻ってトッチーノを振り払う。
「しまった!?」
トッチーノはそう声を出すがもう遅い。
空高く打ち上げられたトッチーノは見る事しか出来ない。
トッチーノを打ち上げ、次の獲物を求めるように首を回し、エリへと視線を向けるミノタウロス。
心なしか嫌らしく嗤っているように見える牛面に射竦められたのかエリの動きが一瞬止まる。
そしてミノタウロスはエリに向かって右手を振り上げ殴りつける。
何かが潰れるような音に一瞬遅れて悲鳴が上がる。
トッチーノにはミノタウロスの攻撃がスローモーションのようにハッキリと見えた。
ミノタウロスが右手を振り上げ振り下ろされる。
そしてエリの肩に当たるが右手の動きは何の障害物も無いかのように振り下ろされ、エリの右肩はまるで粘土のように拉げ、潰れ、もげた。
勝てない。
そう感じた瞬間トッチーノは撤退を指示しようとして固まった。
空高くから見下ろした結果、続々とミノタウロス達が自分達の方に集まってきているのが見えたからだ。
これは助からない。
絶望に染まりかけるトッチーノではあったが、何とか心を奮い立たせる。
トッチーノにはこれまで何度も絶望しかけた経験があった。
悪魔のダンジョンで自分以外が全滅した事もある。
無二の親友を失った事もある。
その都度絶望を味わったが、それを乗り越えても来た。
その自負が諦める事を拒否させた。
一瞬でも一秒でもいい。時間を稼ぐ。
「モニカ!倒すのは無理だ!撤退、いや逃げろ!」
「なんだと?!」
「敵はここに集まってきている!個で勝てないのに数でも負けつつある!囲まれて逃げ道が無くなる前に逃げろ!殿は俺がやる!バラバラになって逃げろ!」
「うぅぅ、わかった!皆逃げろ!」
モニカの逡巡は一瞬。
即座に決断したモニカは叫び、鉄槌で目の前の地面を叩く。
「塵爆陣!」
腹に響く様な轟音と共に土煙が盛大に舞い上がり辺り一面を覆い尽くす。
モニカは煙幕代わりに砂塵を巻き上げ倒れているエリを担いで逃げ出す。
他のメンバーも一目散に逃げ出しに掛かった。
そしてトッチーノは砂塵舞う戦場に残り、ミノタウロス2匹の足止めに全力を尽くす。
そして砂塵を尻目にモニカは必死に正門へと駆け出して行った。
そのモニカの背後からはミノタウロスの雄叫びだろう声が響き渡っていた。
むぅ?戦場に動きがあった。
どうやら最初の敵は倒したようだが今度は2匹同時か。
そんな事を考えつつ足早に近付くが、戦場はまだ先だ。
そして他の敵も集合しつつあるので戦場より近い敵を排除していく事にした。
そしてミノタウロスが視界に入ると俺は「隠密1」を発動し、足早に敵に近付き敵の頭に天秤棒を振り下ろす。
頭蓋が割れる鈍い音と共にミノタウロスが倒れ、俺はミノタウロスを片手で掴み「無限収納」へと仕舞い込む。
一応何かの素材が取れるかもしれないし、オークみたいに肉が売れるかも知れないからな。
ストレス解消とお金稼ぎを兼ねた一方的な虐殺を何度か行いつつ戦場に更に近付くと敵性反応以外の反応が戦場から逃げ出すように離れて行く。
いや、1つだけ残っている。
・・・これってかなり切羽詰った状況なのかもしれない。
不味い。
そう思うと同時に嫌な汗が背中を流れる。
キュルケ教やサスティナ教と言った異世界の宗教家は大嫌いだが、見殺しにするのは俺の良心が咎める。
助けられたのに・・・そう後で後悔するのは嫌だ。
俺の小市民の心を守る為に先を急ぐことにした。
幸いこちらに逃げてくるのが2つある。
俺との間に多分ミノタウロスだろう敵性反応が1つあるが俺が走れば問題ない。
「ルインさん。少し状況が悪い方に傾いたようなんで急ぎます」
そう言うと顔を一瞬強張らせた後、ルインが「わかりました」と答えるが、その時には既に俺はいなかった。
俺は返事を待たずに全力で駆け出していたのだ。
トッチーノを殿にして逃げ出したモニカは目の前に居るミノタウロスに一瞬狼狽えるが、背負ったエリを思い出し、そっと下ろすと覚悟を決める。
ここで戦い、少しでも時間を稼ぐのだ。
そう必死の思いでミノタウロスと相対する。
少しでも離れればあの突撃がやってくる。
そう思いモニカは接近戦を仕掛けたがミノタウロスは接近戦も強かった。
モニカが振るう戦鎚を軽々と避け、時には受け止め、反撃を加えてくる。
その度にモニカは吹き飛ばされるがなんとか立ち上がる。
と言うより立ち上がれる程度に加減されていた。
ミノタウロスは理解しているのだ。モニカとの実力差が圧倒的である事を。その上でモニカで遊んでいるのだ。
なんて悪趣味な魔物なんだと思うが、これだけ実力差がある所為でモニカは逃げられない。
既に死は確定している。そんな絶望的な状況でもモニカは諦めない。
それが生き残る為の唯一の方法だと知っているからだ。
悪魔のダンジョンに潜り、数多の困難に立ち向かったモニカだからこそ、どれだけ無様でも、みっともなくとも諦める事だけはしない。
その覚悟の差が生と死を分けると本能で知っているからだ。
そんな一方的な暴力が暫らく続いた後、流石にモニカも立てなくなった。
地面に倒れ伏し、ボロ雑巾のように土に塗れ汚れたモニカの姿にミノタウロスも満足したのか止めを刺そうとモニカへと近付いて来る。
これはダメだ。
もう無理だ。
トッチーノ、ごめん。
エリは守れなかった・・・逃がしてやれなかった。
それでも最後まであのクソッタレのミノタウロスには屈しない。
最後にそう決意し、顔を何とか持ち上げ、自分を殺すであろう死神を視界に捉え睨み付けた瞬間。
ミノタウロスの頭が爆ぜた。
「・・・はぁ?」
何が起きたのか理解できなかった。
「自分の視線で死んだのか?」なんて馬鹿な考えが一瞬頭を過ぎるがそれは無いと自己否定する。
それではなんだ?と思いミノタウロスを見ると、一瞬で姿が消えた。
今度も理解できなかったが、消えたミノタウロスの後ろに1人の男の姿を見付けた。
その途端、助けられた。助かったのだと頭が理解すると同時に涙が溢れた。
そして一言「あ、あじがどぉ」と言ってモニカは意識を手放した。