第95話 ウェルズの異変
目的の森に辿り着いた時にはウェルズを出て6日経っていた。
ほぼ直線で道なき道を突っ走ったが、ここまで早く着くとは思わなかった。
ただ、帰りは荷車で戻る事になるので同じ道?は使えない。どうしても遅くなるだろうけど。
それと途中立ち寄った町や村で賊が増えている理由を聞いてみるとなんとゴルディ王国は今全体的に食料不足に直面していると言う事だった。
なんでも元々はゴルディ王国は豊富な鉱物資源が売りで農業や畜産等はあまり盛んではない土地柄らしい。
それにドワーフは物作りに掛けてはエルフと並んでとても優秀なので隣国のミルス共和国と神聖王国サスティリアとの交易で食料不足を補っていたらしい。
それがここ1年程前から神聖王国サスティリアに向かった商人達が帰ってこない。定期的に交易をおこなっていた神聖王国側の商人達が来ない。と言った事が多発しており、神聖王国サスティリアとの交易がほぼ途絶えている状況らしい。
この話を聞いた時、俺はゴブリンキングやオークキングの影響でカーチス防風林に連なる街道が壊滅していることを察した。
まぁ、そんな感じで残りのミルス共和国との交易で神聖王国サスティリアから得られない食料を補おうとしたらしいがミルス共和国側も急にそんな大量の食料を供給する事は出来ないので貧しい村々の住人が食うに困って野盗になる事が急増しているらしい。
本当に神聖王国サスティリアは碌な事をしていない。
まぁ、この国の食料自給率の低さも問題なんだろうけどな。
そんな事を考えていたがふとウェルズで食料に困った覚えが無いのでその事を聞いてみるとウェルズや鉱石の取れる都市や街は優先的に食料供給がされているそうなので影響が少ないとの事だ。
そうなるとそれ以外の村々にかなりの皺寄せがある気がするが所詮他人事なのでご愁傷様と言う感情しか湧いて来ない。
さて、気分を変えて俺は目の前のサトーカエデの木を見詰めながら考える。
持って帰るとして、荷車に乗せる都合上あまり大きな木は持ち帰れない。
かと言って若木であれば収穫が数年は見込めないだろう。
それと根っこの問題だ。
根を切ると植物は腐るか枯れる可能性が高くなる。
だがすべての根を掘り出す事も難しい。
だが俺は1つ実験してみたいと思っている事があった。
この世界に遭って地球には無かったもの。そう、魔法だ。
[地魔技]で木の周りの土を退かし、大本の根を残して他の細かい根を切る。
そして回復魔法を掛ければ意外と大丈夫なんじゃないか?
そんな感じで大雑把ではあるが思いついたので森の適当な木で何度か試してみると根っこは結構な量を残さないと再生されない事がわかった。
うーむ、こうなると持って帰れる木の数は8本と言ったところか。
レイモンの木を3本、サトーカエデの木を5本・・・と言ったところか。
そんな事を考えているといつの間にかメープルベア達に囲まれていた。
うん? なんかしたか?
そう思いつつ戦闘態勢を取るとメープルベア達が一斉に腹を見せた。
・・・服従のポーズって奴か。
俺はどうしたものかとメルの方に視線を向けるとメルが「ガウガウ」と何度か吠えると他のメープルベア達は服従のポーズを解いて散って行った。
何が起こっていたのかよくわからないがこれなら作業に支障はないだろう。
そう思い木の選定に移ることにし、これから3日ほど俺は選定と収集に勤しんだ。
誤算だったのは殆んどのサトーカエデの木にはメープルベアの爪の痕があり植樹に向かない物が多く、選定に時間が掛かった事だろう。
そして俺はレイモンの木とサトーカエデの木が載った荷車を引くインディと荷車で寝転がるメルを連れて洋々とウェルズの街に戻って来たのだが、街門の警備が物々しくなっている事に違和感を覚えた。
街を出て1カ月程しか経っていないと思うんだが、何かあったのか?
街門では身分証の確認の為の列が出来ているが以前来た時よりも大分少ない。
その代わりと言って良いのかわからないが、街から出てくる人の数が大分多いように感じる。
それに門番をしている衛兵の格好も何か重装備に感じる。
前は確か皮鎧に槍を持っている程度だったはずだが、今はフェイスガードや小手等も付けている。
単に支給される装備が一新されたと言えばそれまでだが、それだけじゃないような雰囲気がある。
「お疲れ様です門番さん」
「おう、兄ちゃんはこの街初めて・・・って、前にも来たよな?」
おや、確か最初にこの街に来た時も門番をしていた人だ。
「えぇ、よく覚えていましたね」
「そりゃ、あんな従魔を従えてたら嫌でも印象に残るからな」
そう言って荷車で寝ているメルを視線で示され納得する。
「そう言えば1月ほどこの街から離れていたんですが、何かあったんですか?」
「あぁ、実は悪魔のダンジョンで変遷があってな、その所為でちょっと問題が発生したんだ」
「変遷?」
「あぁ、ダンジョンが進化したんだよ。つまりダンジョン内が拡張されて階層も更に増えたらしい」
「らしい?」
「らしいってのは大分前からダンジョンの最深部まで到達出来ていない状態で変遷が何度も行われているから正確な階層がわからないんだ」
なるほど、だが発生している問題の方が気になるな。
「因みに変遷で起きた問題って何かわかります?」
「いや、どういった問題かはわからないが悪魔のダンジョン付近の一部地区の立ち入りが禁止になっている」
な、なんだと?!
それって結構な問題なんじゃないのか?
そう言えば俺が買った貴族屋敷も悪魔のダンジョンに近かったはず・・・封鎖されてたらどうしよう。
「それは大変ですね」
「まぁ、あの辺は貴族や富裕層が屋敷を建てていたからな、今回の件で避難するってんで街から出る人が増えてるんだよ」
そう言って街から出て行く人の波を指す。
釣られてそちらを見ると街から出て行く馬車や荷車に混じり護衛役だろう武装した集団や旅装の人達が次々と街から出て行った。
なんか、ヤバそう・・・
背筋に嫌な汗をかきながら街門を潜った。
街門を抜けるが街の中はどこか緊張をはらんだ空気が支配しているようで街中を歩く人々の表情もどこか暗く、警邏中であろう衛兵の数もこの街に来た時より増えている気がする。
なんというか、前とは大分街の雰囲気が違う気がした。
そんな中をゴロゴロと言う音を鳴らしながら荷車と共に貴族屋敷方面へと向かう。
予定通りであれば入口から本館までが手入れされ、本館も住める状態になっているんだけど・・・
そう思って暫らく進んでいくとあともう少しで到着と言ったところで通行止めになっていた。
道に柵が取り付けられ衛兵が立っている。
「すみません、この先に行きたいんですけど良いですか?」
そう声を掛けると衛兵は少し困ったような表情で答える。
「悪いがここは通行止めだ」
「いや、この先に自宅があるので帰りたいんですが?」
「この先にだと?!」
うん?やっぱり封鎖されてるのか?
嫌な予感がほぼ確信に変わる。
「すまない。この先には今はいけないんだ」
「理由を聞いても?」
「それも申し訳ないが言えない」
こうなると押し問答になってどうにもならない。
仕方ないのでボコポの所に行って情報を仕入れるか。
「わかりました。今は引きます」
そう言って踵を返すと申し訳なさそうに衛兵が謝って来た。
なんとも腰が低い衛兵さんでこちらが申し訳なくなって来るな。
なんというか、久しぶりに日本人を見た気がした。
そんなちょっとした感動を覚えつつボコポの工房に顔を出す。
店に入ると店番をしていたドワーフが「ラクの兄貴じゃないっすか!親っさんですか?」と言って来たので頷くと「ちょっと待っててくだせぇ」と言って店の奥に走って行った。
そうして暫らくするとボコポが顔を出した。
「ラク!遅ぇじゃねぇか!」
そう言って少し怒っている様だが、こちらとしては身に覚えがない。
「遅いと言われましても街を離れる事は伝えていた筈ですが?」
そう、俺は街を出る際にボコポやセドリック等、自分が仕事を依頼している人達には街を暫らく出る事を伝えていたのだ。
「むぅ・・・あぁぁぁぁ!しょうがねぇ!」
ボコポも八つ当たりである事を自覚したのか一旦言葉を吐き出すと落ち着く。
「ふぅ、すまねぇなラク。色々と問題が山積みになっててつい当たっちまった」
「はぁ、まぁそれは良いんですが、例のモノは出来ました?」
俺は黒鉄製の武器制作について聞くとボコポはニンマリと笑った。
「おう!最高の出来栄えだぜ!ちょっと待ってろ」
そう言って店の奥に走って行くと武器を複数抱えて戻って来た。
十文字槍が1本と天秤棒のような2メートル位の棍が1本。
それともう1つの武器だが、見た目は閉じた扇子が近いだろうか。ただ、サイズは全長が1.5メートル程あり、かなり大きい。
最初の2つは俺が注文した武器だ。残りのバットはメル用の武器。
どれも黒い光沢が美しいと感じる程に洗練されており一種の美術品のような雰囲気を纏っている。
十文字槍は素材そのものを活かした無骨な作りではあるがそれが逆に優美に見えてしまう。
天秤棒のような棍は先端に金の輪をあしらった様な装飾があり、シンプルでありながら金と黒のコントラストが絶妙の美しさを醸し出している。
そして巨大扇子。こいつも独特の雰囲気を持っているが、こいつにはちょっとしたギミックを仕込んで貰っているので色物の類だ。注文通りにできているかをボコポに確認する。
「これって注文通りに?」
「おう、一応言われた通りにしておいたぜ」
「それじゃ、少しこれらの武器を試してみても?」
「おう、こっちに来い」
そう言って店の奥へ案内して貰いそれぞれの武器を試す。
「こっちに的を用意しておいたから確認してみてくれ」
見ると巻き藁に鎧が掛かっている。
「これ、壊してしまっても大丈夫なんですか?」
「あぁ、そいつは弟子の作品で売りモンになんねぇ作品なんだよ。だから溶かして素材に戻すから試し切りで刻まれたりボコボコになっても問題ねぇぜ」
その言葉を聞き俺は遠慮なく試すことにした。
最初は十文字槍からだ。
槍を構えてみるとしっくりくる感じがする。手に馴染むと言うか長年使いこんだ道具を手にする様な感覚に近い・・・かな。
握りに満足し、鎧に向けて突きを放つとあっさりと鎧を貫通する。
そこから横薙ぎに払うと鎧が裂け、連撃を放つと鎧が穴だらけになる。
そして俺は槍の穂先を確認するが、先程と変わりなく欠けたり変形したりと言った事も無かった。
「素晴らしいですね」
「いや、お前ぇの技の方がよっぽどすげぇと思うんだが・・・普通そんな無造作に鎧を貫通したり斬り裂けねぇよ?」
呆れた声をボコポが上げる。
「いやいや、これだけ良い武器なら出来て当たり前だと思いますよ?それに欠けたり変形したりと言う事も無いみたいですし」
「そりゃ俺が作ったんだ。それこそ当たり前だぜ!」
そう言って自信満々に答える。
そんな感じで棍を試したり巨大扇子を試してみたがどちらも素晴らしい出来栄えだった。
それを伝えるとボコポも嬉しそうに笑った。
「おっと、これも渡しとくぜ」
そう言って槍の穂先の鞘とメルが背負えるように巨大扇子を吊るすバンドをメルに付けてくれた。
俺は礼を言って槍を「無限収納」に仕舞い天秤棒を手に持つことにした。
「これで取り敢えずラクの依頼は終了だな」
「えぇ、素晴らしい出来栄えでした」
そう答えるとボコポも満更でもない顔をするがすぐに表情を引き締める。
「ラク、今、この街がどういう状況なのか知ってるか?」
「あぁ、それを聞きたかったんですよ。家に帰ろうとしたら途中で止められて帰れなかったんですよ。なんでも悪魔のダンジョンで変遷があったとか聞きましたが?」
「あぁ、大変だったぞ。それにちょっと問題があってな、お前にも関係する問題なんだが・・・」
どうにもボコポの歯切れが悪い。
俺にも関係するってどういうことだ?
気になり先を促すとボコポは話し始めた。
「実はな、お前が街を出た日に変遷の合図である地震が起きたんだ」
そう言えばあったな。ただ地震大国日本に住んでいたので全然気にしなかったが・・・
「それでだな、今回起こった変遷は悪魔のダンジョンの方だったんだ。神のダンジョンの変遷が起こる場合はキュルケ神殿かウェイガン神殿のどちらかに神託が事前に下りるからどちらの変遷かはすぐにわかったから皆を避難させたんだが、今回予想外の事態が起きてな・・・」
どうにもボコポの様子がおかしい。
「予想外の出来事とはなんです?」
「・・・すまねぇ。まさかこんな事になるとは思ってなかったんだ」
そう言って謝るボコポ。
本当に何があったんだ。凄い気になる。
「謝罪はいいので教えてください」
「・・・実は、お前の買った貴族屋敷の敷地内から魔物が出て来たんだ」
「はぁ?!」




