第91話 それぞれの奇行
はぁ、昨日は大変だった。
フライドポテトの第1陣を全て平らげられた俺は自分用に第2陣・第3陣を揚げ始めたのだが、お店の人一同に狙われ続ける事になった。
第2陣を気分よく蒸して揚げ始めると何処からともなく湧いて来ては塩を振り終わる頃に二言三言声を掛けられサラリとつまみ食いをされる。
それが3人目となった時、俺も流石に悟る。
ここは危険なデンジャーゾーンとなった事に・・・
そこからは声を掛けられた瞬間に振り返り、油の中にあるポテトを掬う振りをして器を持ち上げ、油と揚がったポテトを視界に納めつつ言葉を交わす。
すると相手も特に用事が無いので直ぐに離れる事になる。それに頻繁に厨房に来るのも不自然である為、厨房に来るにも限界はある・・・筈だ。
こうしてしばらくは防衛に成功していたのだが、敵も然るもの、今度は厨房に用事の振りして入って来ていきなりポテトを摘まんで口に入れると「ゴメン。さっきのが美味し過ぎてついつまんじゃった♪ ゴメンね!」と明るく謝罪された。
このパターンで来られるとなんとも困る。男が相手なら普通に「ゴメンじゃねぇよ?!」とか言ってワンパン入れられるんだが、女性が相手だとお手上げである。
こりゃ試食させたのは早計だったかもな・・・
軽く後悔したが、既に手遅れだ。
メルとインディに守らせようとしたがマスターに「厨房にペットを入れないでくれ!」と止められたので、俺は仕方なくポテトを揚げると手早く半数を「無限収納」にしまう事にした。
全部しまうと器に何も残らないのであまりにも不自然だ。
正直、揚げた数の半分をしまうのも多少不自然な気もするが、仕方がない。
俺だって、俺だって食べたいんだよ!
そんな感じでポテトを揚げながら店員さんとの攻防も繰り広げる事になったのだ。
そうして気付くと買ったジャガイモ全部を揚げていた。
結構な量を揚げたんだが、「無限収納」に収めた分以外で俺に残されたフライドポテトは大き目の器に乗った小山程度であった。
あっれぇ~?! ほとんど喰われてない?
ちょっと腹が立ったが、調理器具をしまい始めた俺に店のマスターが声を掛けて来て「うちの子達が申し訳ない」と言ってジャガイモと塩の代金を渡して来たので溜飲は下がった。
その後にレシピを教えてほしいとマスターに請われた。
俺はジャガイモを馬鹿にされた事を少し根に持っていたので、ちょっと意地悪をして店の乱闘場を親指で示して「あそこで私に勝てたら教えましょう」そう言ってニヤリと笑ったら、「わ、わかった。約束だぞ」そう言って真剣に言って来たので俺はマスターの心意気に感動した。
正直「それはちょっと・・・」と逃げ出すと思っていたのだ。
そして俺はここが酒場と言う事を忘れかけていた。
マスターは「そろそろ店を開ける時間だから勝負はもう少し待ってほしい。その代わり食事は私が用意しよう」と言って来たので俺は素直に待つ事にしたのだ。
店でマスターの料理に舌鼓を打ちながら待っていると、ドワーフと冒険者が次々と入ってくる。
この店は俺も美味い店だと認識している位だから結構繁盛しているのだろう。
俺はふと思いつきでメルとインディにもフライドポテトを食べさせてみた。
インディは一応食べはしたがあまり興味を示さなかったが、メルは今一つ味が足りなさそうな顔で食べていた。
いや、獣の表情がわかる訳じゃないけど、何となくね。
そこでメルの好物であるメープルシロップを掛けて食べさせてみると、実に美味しそうに食べ始めたのだが、運悪くレーネさんにメープルシロップを掛けている現場を見られてしまった。
彼女は近付いて来ると「それ、何掛けたんですか?また美味しくなるんですか?」と興味津々といった表情で語りかけて来るので仕方なく少し食べさせると「あ、甘じょっぱくてサイコォー!」とか言って大声を上げ、周りの従業員にも気付かれてしまった。
お蔭でメルが泣く羽目になったのは言うまでもない。
ゴメンな。こんなフライドポテト狂信者を量産してしまって・・・
そんな一騒動を起こした結果、ここでフライドポテトを食べるのは危険と判断して断念し、普通に食事を済ませた頃。ボコポが飲みに来た。
「おう!ラクじゃねぇか!また乱闘に来たのか?」
「いや、全く違います。今日はちょっと厨房を借りて料理をしてたんですよ」
「料理?」
そう聞き返すボコポに偶々近くを通った店員のお姉さんが返事を返す。
「えぇ、ラクタローさん。とっても料理がお上手なんですよ!」
その話を振るな!お前、絶対フライドポテト狙ってるだろ?!
「ほぉ、それ、旨いのか?」
「とっても! 試食させて頂いたんですが、もう手が止まらなくなっちゃうくらい美味しいんですよ。ね!」
そう満面の笑みで答え、俺の方を見る店員のお姉さん。
いあ、試食方向に持って行くな。
「ならラク!俺にも喰わせてくれよ!」
「いやぁ、でも先程全部食べ切っちゃったんですよね。残念」
そう言って空になった器を見せるとボコポじゃなく店員のお姉さんがガッカリした顔をする。
いあ、お前さんがいるから断ってるんだよ?
「ならしょうがねぇか。代わりに乱闘場で遊ぼうぜ!」
「いやいやいや、ボコポさんは呑みに来たんでしょう?」
「そうだけどよ、まずは素面で闘っとかねぇとよ。それに最近審判ばっかしてる気がするからな。お前の決闘の時とかな」
ぐぅ、乱闘場での借りは乱闘場で返せと言う事か。
「はぁ、わかりましたよ。あ、お姉さん。メルとインディに何か美味しい肉を出して貰えます?」
「はい!喜んで~!」
そう言って厨房へ向かうお姉さんを尻目に俺は乱闘場へと向かい、いつも通りドワーフと冒険者の挑戦を次々と受ける事になったのである。
そうして夜中に差し掛かる頃、乱闘場は死屍累々となり俺はかなり眠くなってきた。
その頃になってようやくマスターが動き出す。
「ラクタローさん。お待たせしました。客足も落ち着きましたので、勝負と行きましょう」
そう言ってエプロンを外し、上着を脱ぐと、筋骨隆々の身体を見せ付けるようにして乱闘場へと入ってくる。
「マスター。結構鍛えてますね」
俺がそう言うとまんざらでもないと言った顔をして言う。
「こう見えても荒くれ者が集う酒場を切り盛りしてるんですよ? それなりの強さが無ければやっていけませんよ。 特にここではね!」
そう言っていきなり襲い掛かってくる。
「開始の合図がまだですが?」
「乱闘場ではそんなもの必要ないでしょう?中に入ったらそこはもう戦場デス!」
・・・語尾がなんか怪しいんだが。それもそうか。
「そうデスね!」
と返してドロップキックを喰らわせ、ロープにぶち当たって反動で返ってきた所をラリアートで出迎えようと待ち構える。が、ラリアートが決まる寸前でマスターが止まる。
あれ?と思った瞬間マスターの拳が襲い掛かって来たのでバックステップで躱す。
「惜しい。当たったと思ったんですがね」
そう言うと、マスターは実にいい笑顔を浮かべる。
お前も戦闘狂か?!
「今のは?」
「何、ロープに当たった時にロープを掴んで勢いを殺したんですよ」
俺の問いにさも当たり前のように答えるが、その前の俺のドロップキックを喰らって平然としている時点で何かおかしいよ?
幾ら手加減しているとはいえ、あれを喰らえばボコポ・・・は耐えられるが、他のドワーフなら普通にラリアートまで持って行けるだろう。
つまりボコポ並と考えて良いって事か。
そう考えて俺はギアを上げる。
と言った感じでバトルを展開してマスターと戦っていたんだが、結構粘られた。
「打つ」・「投げる」・「極める」の3身一体の技でも倒し切れず地獄の断〇台まで出す羽目になったのは誤算であった。
そうして止めを刺した時には30分程経っていたんじゃないかな?
最後に「む、無念・・・」と言っていたが、レシピの為にここまで出来るマスターなら教えても良いだろう。
と言うか、30分間ストレス解消するようにボコボコに出来たので意外と満足した。
なので回復魔法を掛けてレシピを教えたらすごく感謝された。
それとジャガイモの毒についても説明した。
ジャガイモは芽に毒があるので芽が出ていたらそこを取り除けば良い事、保存は冷暗所が良い事。日の当たるところに保存すると皮が青くなるのでその部分も毒があるので削る事。
大体この3つを伝えた。
これでフライドポテト狂信者共の相手はマスターがしてくれることだろう。
と言った感じで結構濃密な時間を過ごし、休日に当てた筈が、余計仕事をしているような気がする休みであった。
はぁ、今日も一日頑張るか。
そう思い日課の柔軟体操をしようと部屋の扉を開けると、そこには女性が蹲っていた。
「はぁ?!」
俺が声を上げると、女性は顔を上げ土下座をする。
「申し訳ありませんでした!」
そう言うと今度はそのまま腹這いになってうつ伏せで寝転がり両手を合わせて左右にゴロゴロと転がり始めた。
その時顔が見えたんだが、この珍妙な動きをしたのはルインであった・・・
思考停止した俺は暫し見詰めた後、部屋に後退り扉を閉める。
・・・なんじゃこりゃぁ?!
おっさんはホイホイされたでしょうかね?