第90話 ツマミはコレ
トッチーノを伸した後、宿屋に直行して寝直したが、正直ムカつきと苛立ちで中々寝れなかった。
こう言う時は他の事で気を紛らわせて落ち着こう。
この街に来て一応、炭酸ジュースは出来た。
後は・・・摘まめるもの・・・ツマミが欲しい。
そうポテ・チ・・・は薄く切れない気がする。
となるとフライドポテトか!
ジャガイモと油と塩があれば出来るだろう。
作り置きして『無限収納』に入れておけばいつでも食べられるだろう。
そう考えて食用油と野菜を売っている店を宿屋の親父に聞いて買いに行く。
久しぶりにインディとメルも連れてくか、散歩を兼ねてもいいだろう。
と言う事で散歩がてら店を回っているのだが、インディとメルが大分はしゃいでいる。
街中で従魔を連れ歩いていると目立つようで周りの目を引き注目を浴びている。
俺は気付いていない振りをして極力心の平静を保つ努力をしている。まぁ、現実逃避とも言うが・・・
インディとメルのはしゃぎっぷりを見るに、少々2匹をほぉっておき過ぎたかもしれない。と罪悪感を覚える為、その行為を止めかねている。
途中、『おっきなクマさんだぁ!』とメルにじゃれようとした女の子が何人か母親に止められたり、『わぁーでっかくてかっけぇー!』と男の子がインディに触れようとするのを母親に抑え付けられる姿を何度か見た。
と言うか、俺が店屋で物色を始めると周りに人集りができる。
久しぶりのお出かけにメルは踊る様にクルクル回っているし、その周りをインディが嬉しそうに走りまわっている・・・のが原因だと思うんだ。
店のおばちゃんもキョトンとしてる。
「す、すみません。ウチのペットが・・・」
「え?あ、いえいえ、こっちこそごめんねぇ。中々面白い見世物だからちょっと見入っちゃったわ」
そう言っておばちゃんも苦笑した。
俺は野菜を物色してお目当てのジャガイモを見付ける。
「お姉さん。これもっとないかな?」
相手がおばちゃんであっても『お姉さん』と呼ぶ。これが円滑な人間関係を築くコツだ。
「おや、このイモかい?これなら幾らでもあるよ。どれくらいいるんだい?」
おばちゃんも『お姉さん』と呼ばれてまんざらでもない様子だ。
「そうですね・・・これ一杯になるくらいですかね」
俺はそう言って大鍋を取り出して渡す。
「こりゃすごいね。ちょっと待っててね」
「はい、待ちますよ」
「あんた!ちょっとイモ持ってきて頂戴!箱で持ってくるんだよ!」
おばちゃんが店の奥に声を掛けると中から旦那だろうガタイの良いオッサンが箱を持ってきた。
「これでいいか?かあちゃん!」
「あぁ、ありがとさん。お客さん。これでいいかい?」
箱の中身を見せておばちゃんが確認してくる。
俺も中身を確認してOKを出して購入した。
値段はかなり安かった。
因みに俺の後ろではメルがインディの背中に乗って曲芸のような事をして観衆を湧かせている。
物凄く移動し辛い・・・
そんな事を考えながら観衆を見回すと見知った人影を見つける。
「うん?レーネさん?」
俺はつい見知った顔を見て声が出てしまった。
「え?あ!ラクタローさん・・・でしたっけ?」
あちゃぁ、向こうにも聞こえたか。
「え、えぇ、奇遇ですね。こんな所で会うなんて・・・」
「そうですね。と言ってもほぼ毎日お店に来て下さるじゃないですか!」
そ、そう言えばそうだ・・・
ほぼ毎日酒場に通ってる・・・これって駄目な人なんじゃ・・・
そう思うが良く考えたら俺、酒場に行ってるけど酒飲んでないや。
飯食って暴れ・・・ゴホンッ。降りかかる火の粉を振り払ってるだけだ。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、ふと思いつく。
酒場の厨房なら一気に作れるんじゃないか?
「あのぉ、どうかしました?」
「え?あ、あぁすみません。ちょっと考え事をしてしまいまして・・・」
「そうなんですか?」
「えぇ、それで少しお願い事があるんですが・・・」
「なんです?」
レーネは少し身構えたが、俺は構わずお願いする。
「お店の厨房を貸して頂けないかと思いまして、もちろんお金は払いますから!」
「えぇ?! そ、それは店長に聞いてみないとわかりませんよ?」
それもそうか。
「それなら仲介をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「それ位でしたら任せてください!」
快く引き受けてくれたようだ。
「ただ・・・私も1つお願いがありまして、あのパチパチシュワシュワした飲み物を飲ませて貰えませんか?」
・・・炭酸の魔力に引き付けられた同志が1人生まれていたか。
だがそれで厨房が借りれるなら安いものだ。
「良いですよ。酒場に着いてからでよろしいですか?」
「本当ですか!やったー!それじゃ早速行きましょう」
満面の笑顔で喜んでくれるとは、何だかこっちも嬉しくなってくるな。
「インディ!メル!行くぞー」
そう言って俺は従魔を呼び寄せるとインディの背中にメルが乗って走り寄って来た。
お前等、仲良くなってるのは良いんだが、よりファンシーな感じになって俺が近寄り難いんだが・・・
そんな事を思っていると、観衆から拍手が送られてきた。
・・・どうしろと?
そこでレーネさんを見て思いついた。
「レーネさん。少し失礼しますね」
「え?きゃぁ!」
俺はレーネさんをインディの背中に乗せてメルにしがみ付かせ、俺は観衆に一礼すると観衆の拍手を背にその場を後にした。
酒場に着いた俺はレーネさんに仲介を頼みマスターに話を付けるとあっさり了承してくれた。
マスター曰く、『チャンピオンからのお願いは断れない』だそうだ。
チャンピオンっていつなったんだと疑問に思っていると『乱闘場で無双してるじゃないか』とあっさり言われ否定できなかった。
幸い今日は仕込みが早く終わったそうで、時間も空いていたそうだ。
と言う訳でお言葉に甘えて厨房を借りてジャガイモを洗い始めるとマスターから声が掛かる。
「料理ってイモ料理なのか?」
「えぇ、そうですけど?」
なんか蔑まれた感じがする。
「チャンピオンは物好きだな」
「どういう事です?」
「イモってのは貧民の食い物って相場が決まってるんだよ。弱いが毒も持ってる。それに大して旨くないしねぇ」
ふむ、そうなのか?なんか、この世界独特の認識なのか?
食べ物に貴賤は無いと思うんだが・・・
「因みにどんな調理法があるんです?」
「はぁ?焼くか煮るかだろう?」
ふむ、その2択か。
だがどっちもそれなりに美味しく食べられると思うんだがな・・・
「まぁ、これから作るのは美味しいと思いますよ。酒のつまみにもいいと思うんで」
「ほぉ、それは試しに食べさせてくれるって事か?」
まぁ、どうせ作るところ見られるんだし良いか。
「良いですよ」
「よし、それじゃぁ、楽しみにさせてもらうよ」
そう言ってマスターは店のフロアの方に行き、掃除を始める。
俺も早速調理を始めよう。
「|好! 做菜吧!!《ハオ!ツォツァイバ! さぁ! 料理の時間だ!!》」
俺は『無限収納』から同じサイズ幅広の鍋を2つ取り出すと俺は厨房を見回し、丁度良い串を見付けた。
お、いいな。丁度良いサイズだ。
そう思い串に気を纏わせて硬度を高めると鍋の底に突き立てる。
普通なら串が折れるだろうが、俺の気と業を以ってすれば串で鉄鍋に穴を空けるのなんて訳もない。
そう思うが一応、鉄鍋に穴を空けられたことを確認し、後は繰り返して鍋の底に複数の穴を空けていく。
次は穴の開いていない鍋に水を張り、その上に穴を空けた鍋を乗っけて即席の蒸し器とし、洗い終わったジャガイモの芽をくり抜き適当なサイズに切って鍋に放り込んで蓋をして火にかける。
そうして蒸し上がるのを待ちながら深めのフライパンに油をタップリ入れて火にかけ、揚げる準備も進める。
即席の蒸し器から湯気が上り始めてから20分程で何となく「今だ!」と言う感じがしたので串でジャガイモの硬さを確認する。
串を刺すと皮をプツッと突き破り、ほとんど抵抗なく刺さる。
おし、頃合だ。
俺は手早く上の鍋を上げ、中身をまな板にぶちまける。
そうすると暖かいジャガイモの匂いが鼻をくすぐり、食欲をそそられる。
ここで塩を振って食べるのも有りだが、まだだ。
まだ終わらんよ。
俺は軽い誘惑に負ける事なくジャガイモから湯気が立ち消えるのを待ち、水気が切れたのを確認すると今度はジャガイモを油の入ったフライパンへと放り込む。
ジュワァァァァッと油の跳ねる良い音と共に俺は「あちっ!あっち!」と言いつつ跳ねた油に苦戦を強いられる。
少々苦戦したがこの芳ばしい香りが嗅げるのであれば無問題だ。
そうして表面がきつね色に変わりつつあるポテトを引っ繰り返そうとして気付く。
箸が無い!
他の代用品は・・・と慌てて辺りを見回し、串を見付ける。
・・・慌てる必要なかったな。
俺は串2本を箸のように持ち、ポテトを引っ繰り返していく。
そして揚がったポテトをボールに入れて塩を軽く降ってからボールを振り、ポテトに塩を塗していく。
そして器に乗っけると俺は試食とばかりにポテトを1つ串に刺して口に放り込む。
・・・美味い!
油で揚げた表面はカリッとしていて、それなのに中はふわっとした食感で噛むほどにジャガイモの旨さが広がって堪らない。
塩加減も絶妙で『料理4』スキル取っといてよかったと心の底から思えた。
気付くと最初に揚げたポテトの半分近く食べていた。
やっべ、止まんねぇ。
俺は頭を振ってまだ揚げていない残りのジャガイモに視線を向けると一心不乱に揚げ続けた。
そうしてフライドポテトの山を築き上げた俺は酒場の店の方に顔を出し、マスターとレーネさんに声を掛ける。
「マスター。レーネさん。出来ましたよ!」
俺が声を上げると丁度店の掃除を終えていたのか、片付けをしていた2人以外もこちらを見る。
今俺はフライドポテトを山のように盛った皿を持っている。
フライドポテトは揚げたてで湯気も出ていて良い匂いがする。
あちゃぁー。しまった。
こりゃ他の人にも食べさせない訳にはいかないだろう。
「おー!チャンピオン!出来たか!」
「えぇ、美味しいですよ!」
「でも元がイモじゃなぁ・・・」
「まぁまぁ、試してみてください。美味しいですから」
このマスターには美味いと言わせたい!
フライドポテトは俺のソウルフードの1つだからな!
「まぁ、試してみるよ」
「あ、ラクタローさん!例のものをくださいよ~」
あ、そういやレーネさんには炭酸ジュースを出す約束だったな。
「えぇ、わかってますよ。それにこれは例のモノと一緒に食べるとより美味しいですよ?」
「本当ですかぁ!?」
嬉しそうに寄ってくるレーネさん。見た目も相まってまるで子供のようだ。
他の従業員の方も興味本位で寄って来てるな。
「あー、皆さんも試食いかがです?」
「「「良いんですか?」」」
ホントは良くないがこう言うしかないか。
「えぇ、どうぞ」
そう言ってテーブルに皿を乗っけるとお店の従業員一同が寄って来た。
「まずは俺から行かせて貰うよ」
そう言ってマスターがポテトを1つ摘まんで口に放り込む。
ゆっくりと噛みしめるように口を動かしていたが、少しすると目をカッと見開いて一言。
「ウマい・・・」
うっし!見たかマスター!これがジャガイモのポテンシャルだ!
「でしょう?」
俺は目一杯のドヤ顔でマスターを見返す。・・・が、マスターは俺を一瞥もせずフライドポテトに指を伸ばすと、口に放り込んだ。
そしてモグモグと咀嚼する。
しばらくマスターを見ていると、黙々とフライドポテトを食べ始めた。
うん?どうした?
「て、店長!ズルいですよ1人だけ!」
そう言ってレーネさんもフライドポテトに手を伸ばし、口に放り込む。
しばらくモグモグしていたが、急に目を見開いたかと思うと満面の笑顔で一言。
「おいひぃーですー」
そう言って次々とフライドポテトに手を伸ばす。
あれ?
「2人だけズルいっすよー」
「私も食べさせてもらいますね」
「私もー」
そう言って次々と従業員さん達がフライドポテトを口にすると、皆無言でポテトを貪り食う。
・・・あれ?なんかおかしい?
そう思って棒立ちしているとマスターが最初に呻く。
「の、喉が渇く・・・」
そう言って喉に手を当てて苦しそうにするマスターが居た。
おっとそうだった。
フライドポテトにしろチップスにしろ食べ過ぎると喉が渇くんだよな。
俺は『無限収納』に作り置きしておいた炭酸ジュースをコップに注ぎマスターに渡す。
「マスター。これ飲んでみてください。ちょっとシュワッとした刺激がありますが美味しいですよ」
「あ、ありがとう」
そう言って炭酸ジュースを煽る様に飲むと店長は再度目を見開く。
「ウマーい!塩気と油で渇いた喉に甘くて爽やかな刺激が堪らない!」
そう言って残りをがぶ飲みすると再びフライドポテトに群がる。
「の、のどがぁぁ」
振り返るとレーネさんが先程のマスターと同じような事になっていた。
こちらにも炭酸ジュースを渡すと一息で飲み干して恍惚の表情になる。
「お、おいちぃー」
そう言ってレーネさんもフライドポテトにまた群がって行った。
こうして乱闘場のある酒場の従業員一同は生肉に群がるゾンビのようにフライドポテトに群がり、一心不乱に食べ尽くして行った。
そしてフライドポテトの信者が生まれた。
ジャガイモを蔑む者はここにはもう居ない・・・はずだ。
俺の心にも1つの達成感が生まれ満足した。
・・・
と思ったけど、俺食べる為に作った筈だよな?
どうしてこうなった?
あれ?
どこで狂ったんだ?