Ep.10
翌日、わたしはリファと一緒に姐さんの元を訪れた。
本当は二―ルくんも連れて行こうと思ったんだけど、コウヤさんが買い物に連れていくと言ってくれたため、ありがたくお言葉に甘えさせてもらった。きっとわたしとリファが共に居るのを見て気を使ってくれたに違いない。
彼は本当にできる男である。
他のみんなも、それぞれの仕事があるということで、わたしのお供にはセピアがついてくれた。
「マツリ、久しぶりだね」
「姐さん!」
店に着けば、姐さんが相変わらずのお色気フェロモンを撒き散らしつつ出迎えてくれた。
それがとても懐かしくて、思わず抱きついていた。すると、姐さんも笑いながら抱きしめ返してくれる。
彼女も、今のわたしを支えてくれた大切な恩人だ。
「・・・その子は?」
しばらく抱擁を交わしていたけれど、後ろにいるリファに気づいた姐さんが、わたしの背中から手を離しつつそう尋ねてきた。
彼女を見上げながら、リファを紹介した。
「偶然旅の途中で知り合って、目的地が同じだから、一緒に来たんだ。リファっていうの」
「は、始めまして!」
リファが頭を下げる。
年下からの受けがいい姐さんは、頼れる姉貴の笑顔を浮かべてリファに近寄っていった。それから、自然な動作で彼女の頭を撫でる。
「こちらこそ、始めまして。本名はマリンデールだけど、好きなように呼んでもらって構わないよ。そちらは・・・リファ、でいいかい?」
「は・・・はい!」
案の定、リファも、姐さんの色気にやられてしまったらしい。
少し頬の色を染めた。
それが、一番最初のわたしと被る。・・・・いや、最初はわたし、姐さんに胸揉まれたんだっけ。
「お二人さん、今日はどこかに行く用事でも?」
自己紹介が終わって、姐さんが聞いた。
するとリファが小さく頷いてわたしを見た。
そういえば、と思い出す。確か、お使いで来たんだと言っていた。
「リファ、確か、用事があるっていってたよね」
「はい」
「わたしの事はいいから、行っておいでよ。わたし、ここに居るからさ」
「いいですか?」
他人の用事にわざわざついていくような野暮なこと、わたしはしない。
「うん」
わたしの了承の言葉を聞くと、リファは先ほどから抱えていた白い大きな封筒を持ったまま店を出て行った。もちろん、また後でくると約束して。
「・・・それで?今回はまた何か面白いことでもあったのかい?」
手を振ってリファを見送っていたわたしの背に、姐さんが声をかけてきた。
後ろを振り返れば、非常に妖艶な笑みでカウンターに頬杖をついた彼女がわたしを見つめていた。うむ、完全におもしろいものを見つけたみたいな顔をしておられる。
「面白いこと、といいますか」
「ん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・る、ルイさんの、事で・・・その・・・」
「という事は、奴も言ったのかい、ようやく」
長い長い心葛藤の末に搾り出した言葉に、姐さんは少しだけ目を見開いてそう言った。
反応はそれだけである。
もっと驚くと思っていたけれど、どうやらコウヤさんが話してくれたことは正しかったらしい。つまり、みんな(わたし以外)知っていたわけだろうか。
「姐さんも、その、知ってたの?」
「もちろんだよ。アタシは、逆に気がつかないお前さんに驚いていたくらいさ」
「・・へぇ」
口元が引き攣った。
「で、でも、どうやって?」
わたしが今まで気がつかなかったのはきっと、ルイさんがそれらしい素振りを見せなかったせいだ。うん、絶対そう。わたしが悪いわけじゃない。
そう心を奮い立たせようとしていると、質問に答えるように姐さんが言葉を紡ぐ。
「そりゃあ、あれだけ嫉妬心曝け出してれば、誰だって気づくさ。マツリが迷子になった時は血相を変えて探し回っていたし、あんたに近づく男が居れば、脅迫じみた真似もしてたしねぇ」
「・・・・・」
そこまで言われて、わたしはようやくそれらしい出来事を思い出した。
例えば、わたしがカインと仲良くしていると、ルイさんの笑顔が恐くなったり。わたしが少しでも危ない事をすると、すごく怒ったり。
時々、甘ったるい笑顔を見せてくれる事もあった。
カシギに告白された時だって、魔王様の逆鱗に触れていたではないか。・・・・・・だからか、あんなに怒っていたのは。
「―――・・・・・・っ」
「おや」
過去の出来事を思い出して、わたしは思わず顔を覆った。
顔に血が集まる。火照っている様が、顔に当てている手からも伝わった。
わたし、なんで気がつかなかったんだろう。あんなに、彼は・・・・。
「・・・・・・っ」
カウンターの端に手をつき、もう片方の手で顔を覆ったまま、わたしは思わず床にしゃがみ込む。恥かしくて恥かしくて、死にそうだ。
「なんだい、あからさまな好意に気がつかなかった自分がそんなに恥かしいのかい?」
姐さんの具体的な指摘に、わたしは言葉を使わず、首肯した。
「ね、姐さん・・・」
「今度はなんだい?」
まだ顔の赤みは取れないけれど、今はそれよりも大切なことがある。
カウンターに、まるでつい先ほどまで溺れかけていた人間が救出された時のように身を預けながら、わたしは息も絶え絶えに姐さんを呼んだ。
本当に溺れかけていたみたい。
いや、確かに、自分の恥かしい思い出に溺れかけてはいたけど。
「マツリ、とりあえず座りな」
カウンターの隣に、もう一つ椅子を並べてくれた姐さんの進めで、わたしも大人しく座り込む。なんだか、保健室のお悩み相談室みたいだ。
姐さんが保険医だったら、きっと男子高校生達は、保健室に入り浸る事になりそうだけど。
「・・・・で?」
また変な想像をしていたわたしは、姐さんに促される事によって思考を元に戻す。
そうだ、わたしはここで大切な問題を解決しなければいけないんだった。
心もち少しだけ姿勢を正して、姐さんを見つめる。
「・・・・わたし、どうしたらいいのかな?」
「ルイに聞きな」
「・・・・・・」
あっれー、ここ、お悩み相談室じゃなかったっけ。
無残にも一刀両断にされた質問を受け取って、わたしは首を傾げた。
もちろん、姐さんの言う事も一理あるだろうさ。それが、このお悩みの一つの解決策だという事もわかる。
でも、それが出来ないからこんなに悩んでいるんじゃないか。
「い、いや、それは・・・」
「ルイには聞けないって?」
「・・・・聞けないっていうか、まだ、本当にルイさんがわたしのこと・・・・その、好きなのか、確証がなくて」
「ルイは言ってないのかい?」
そうだ、肝心なこと忘れていた。
わたしは、前に寄った村で起きた出来事を話してきかせた。
その話を聞いていた姐さんは、その瞳に、どこか呆れた色を宿した。
「それは、もう、あんたが好きだって言ってるようなもんだよ。なんで悩む必要がある?・・・・確かに、性格にはちょいと問題はあるかもしれないが、外面はあんなにいい男なんだ。そんな男に惚れられた自分を褒めてもいいと思うけどねぇ」
姐さんが感慨深げに呟いた。
「バーントに惚れられた時、アタシはアタシを褒めたよ。あんな男に見初められるって事は、アタシもまだまだ捨てたもんじゃないんだってね」
少し得意げに言い放った姐さんの言葉に、またもや引き攣り笑みが出てきた。
「そ、それは姐さんだからであって・・・」
わたしは姐さんみたいに自信なんて持てない。
シナちゃんやアイシャ、リファみたいな子が回りに居たら尚更。
すると姐さんがいやに真剣な顔つきでわたしを見つめてきた。
「じゃあ聞くけど、マツリ、あんたはルイのこと、どう思う?」
思わず絶句してしまった。




