Ep.9
「じゃあ、その方は、マツリさんのお姉様のような方なんですね?」
「うーん、そうなるかなぁ。色々な事を教えてくれる人で、わたしも『姐さん』って呼ばせてもらってる」
「ワタシも早くお会いしたいです」
「絶対好きになるよ。わたしが保証する!」
移動車の中で、わたしはリファと女の子トークで盛り上がっていた。
先日の会話以来、わたしはリファとの距離を一気に縮めることが出来た気がする。
理由はもちろん、お互いの似ている事を知る事が出来たから。
「リファは、泊まる宿はあるのかい?」
ふいにルイさんが声をかけてきた。
いつものようにソファーには座らず、奥にある椅子に座っている彼は、少し遠い場所にいた。そして、二―ルくんはそんな彼の足元に、セピアと一緒に座って居る。
そんな彼らの隣の椅子にはコウヤさんも居る。何かを読んでいるルイさんとは対照的に、コウヤさんは書き物をしていた。
この三人と一匹が一緒にいるのって、ある意味珍しい光景だ。
というか。
「・・・・・なんでみんなそっちに居るの?」
リファが質問に答える前に、思わず尋ねていた。
わたしとリファはソファーに座って居るけれど、それでも周りには広いスペースがある。わざわざ奥にいく必要もないだろうに。
「気にしないでいいよ」
ルイさんに見事にはぐらかされてしまったけれど。
「それで、私の質問の答えは?」
あ、そうだった。
わたしはリファを見る。
すると彼女はいつものように柔らかな微笑みを浮かべた。
「はい。父上様のご友人のお宅に」
「そこはどこに?」
「確か、市場の近くの果物を売る店だったと思います」
「まずは私達の宿に行くことになります。もう宿は決まっていますし、何かあった時のためにあなたも場所を知っておいた方がいいでしょうから」
コウヤさんが確認するようにこちらを見てくると、リファは当然の如く頷く。
すると、隣にいたルイさんが、ほんの少し黒いオーラを出しつつにっこりと笑う。
分かる人には、彼の背後にちらつく黒い何かに気づく事ができるだろうけど、そうじゃない人にはただ綺麗に笑っているだけに見えるある意味特殊な笑顔。
わたし自身が前者であることは、果たして良い事なのか。
もちろん、リファは後者である。
そんな多種多様な見え方をする笑顔を貼り付けて、彼は言った。
「迷子になった時の目印にもなるし、ね」
―――ルイさんなんて嫌いだ。
● ● ● ● ● ● ●
コウヤさんの明言した通り、わたし達は旅の一行が泊まる宿で移動車が止まった。
前に来たのは、真夏の暑い時期。けれど今は、秋の終わりを感じさせる肌寒い季節。わたしがこの世界に来て、もう半年近くが経とうとしている。
街の雰囲気も、前に来た時と少し違う。これが真冬になれば、もっと変わるんだろうな。
必要なモノを入れた小さな袋を肩にかけて、わたしとリファは移動車から降りる。入口を紐で縛るタイプの皮袋の中には、下着とか櫛とか、その他の入用なものが入っている。もちろん、プレゼントに貰った匂い袋や日記なども入っている。母の日記ももちろんあった。
「じゃあ、リファ、また明日ね」
「はい」
リファも、しなければいけないことがあるので、ここで別れる事になった。もちろん、明日になれば会える。
何度もわたし達旅の一行に頭を下げて感謝の言葉を述べていた彼女は、背を向けて歩き出す。途中でまた何度も立ち止まっては後ろを向いて頭を下げて。
結局、わたし達が見送っている間はずっとそんな事をしそうなので、サンジュ父さんに促されるがままに宿の中に入った。
「リファ、本当にいい子だね」
「そうですね」
わたしの呟きに、コウヤさんが相槌を打ってくれた。
バーントさんとサンジュ父さんが部屋をとる交渉をしている間、わたしと二―ルくん、セピアとお兄さん三人はロビーで待つ。
「やっぱり男の人って、あぁいう女の子!って子がいいのかなぁ」
花も恥らう少女達を思い出して、わたしはそんな事を考えた。
わたしはどうしても可憐とは言い難いし、花だってわたしなんかを前にしても恥らう事なんてしないだろう。
すると、その呟きを聞きとがめたお兄様達が、一斉に胡乱げな表情をした。もちろん、コウヤさんの顔はいつもと同じだけど。
同じだからこそ、何を考えているかわからないもので。
わたしも、そんなコウヤさんの性格は百も承知だったのに。
「マツリさんも、愛らしくて十分魅力的ですよ。最近は益々美しくなられて。私は、あなたのような方に女性の魅力を感じます」
「・・・・!」
コウヤさんから、何かが放たれた。
ある意味直接攻撃に近いそれは、わたしにとっては大ダメージだ。受身も取れない状態だったため、わたしのHPは限りなくゼロに近い状態にまで追い込まれる。
「な、な、なっ」
舌がうまく回らない。
「コウヤ、お前」
カインも、コウヤさんの大直球に口を開いたり閉じたりしていた。
何を言ったらいいのかわからないという事を、体全体で表現している感じ。
一方のルイさんも、笑顔のまま凝固している。思いもよらなかったのだろう。
「それは、カインもルイも同じだと思いますが」
「「「!」」」
またしても繰り出される玉を、わたし達は捕らえる事が出来なかった。
見事にストライクを喰らってしまったのだ。しかも間が悪い事に、直球且速いその球をキャッチャーが取り落としてしまう感じ。
「まぁ、否定はしないけれど」
「る、ルイさん!」
「お前は」
わたしは真っ赤になって、カインも真っ赤になって、二人で口をパクパクさせた。
コウヤさんは完全に素だとしても、ルイさんのは絶対に計算だ。
計算だとわかるから、この際目を瞑ろう。
しかしコウヤさんは。
「・・・・どうかしましたか?」
「・・・い、いえ」
完全に無意識の内の行動という事で、彼のことも、もう目を瞑るしかない。いや、言い直そう。瞑らざるを得ない。
彼の一言一言を深く考えていたら、頭痛を引き起こしそうだ。
「お前等はまた、何をやっているんだ」
バーントさんの声が後方から聞こえた。
わたしは自分の眉間を押さえていた手を離しつつ後ろを見やる。カインも、深い溜息をついて頭を振っていた。
大方雑念でも追い払っていたのだろう。
こういう所、わたし達はよく似ている。だからこそ、喧嘩が多いんだろうな。
「部屋は二つしか取れなかった。俺とマツリ、セピアと二―ルは一緒だが、一つの部屋に四人は手狭だろ」
サンジュ父さんが二つのカギを揺らしながら言った。カギ達がぶつかり合うたびに、小気味の良い音が鳴る。
「ですが、我々がマツリさんと同じ部屋というのは」
「気を使わせるのでは」
コウヤさんとカインが申し出た。
正直わたしはどうでもよかったりする。
「お前はどうしたい?」
バーントさんの言葉に、わたしは素直に返答した。
「どっちでもいいよ。移動車の中じゃ、みんな一つの部屋に寝てるようなものでしょ?今更じゃないの?」
正論だ。
「それも、そうだな」
バーントさんが唸る。
「うんうん」
わたしも肯定するように何度か頷く。
サンジュ父さんに至っては何故か爆笑していた。
周りのお兄様方はなにやら複雑な表情で考え込んでいるようだ。
けど、わたしの言ってることは正論だと思う。
「・・・じゃあ、俺が行く」
バーントさんが自分から申し出てくれた。うん、きっとこれが一番妥当な配置だと思うな。
というわけで、今回のお泊りは、わたしと二―ルくん、セピア、そしておじ様方の四人と一匹が一部屋。
そして、三人のお兄さん達が一部屋と言うことで決定が下った。




