Ep.8
「マツリさん、大丈夫ですか?」
「・・・・ん、よく寝た」
翌朝、リファの顔をドアップに、わたしは久々にすっきりとした目覚めを味わっていた。
隣にはいつの間にか二―ルくんが居て、ソファーの下に落ちないように必死にわたしに擦り寄っている。それが意識のない中での行動のようで、彼はまだ小さな寝息を立てていた。
しっかり握られている服の裾を見ると、自然と笑みが零れた。落ちないように、二―ルくんの体を引き寄せる。
ここにもう一つ、わたしの居場所を教えてくれる人が居たじゃない。
二―ルくんは、他の誰よりも、わたしをお姉ちゃんと呼んで慕ってくれている。これは、誰でもないわたしだけの特権。
「リファ」
「はい?」
二―ルくんのずれ落ちた毛布を掛け直してくれている少女を見つめて、静かに声をかける。彼女が純粋な瞳でわたしを見つめてきた。
「・・・・・・昨日、せっかく作ってくれたご飯、食べられなくて、ごめんね」
最初は、もっと別の言葉を言おうと思っていた。けれど、リファの瞳を真正面から見返していると、自然と別の言葉を発していた。
すると彼女は柔らかに笑う。
「いいえ、マツリさんがゆっくり休まれたなら、それが一番ですよ。・・・それに、サンジュさん達もすごく安心されているようでした。すごく大切にされてるだなぁって、見ていてすごく感じました」
「そう、かな」
「はい。特にルイシェルさんは」
リファの言葉により、昨日の一件を思い出す。結構恥かしいことをしたような気もあって、顔が火照った。
「リファにも居るでしょ?すごく心配してくれる人」
話を変えようとリファに問い掛ければ、彼女は再び笑顔を見せてくれた。
「はい」
「牧師さん、だっけ?」
「父上様もそうですけど、他にも、たくさんの子供達が一緒です」
「え、牧師さんってお父さんだったの?」
父上発言に驚いて質問すると、リファは笑いながら首を振った。
「いいえ。生みの親というわけではないです。育ての親というか・・・。ワタシは、物心ついた頃には教会にいて、一緒に住んでいる子供達もみんなそうなんです。そこの牧師さんが、自分の事を父と呼ぶように言っていて。それで、みんな父と呼んでいるんです」
リファの話からなんとなく察する事は出来た。
彼女には親が居ないんだ。
わたしと同じだけれど、リファは親の記憶さえないようだった。
深く息を吐いて、そして新たな空気を飲み込む。
それから前を向いた。
「わたしね、最近料理初めて、料理の腕まだまだなの。・・・リファみたいに色々作れないんだ」
「そんなの、ワタシも一緒ですよ。最初から、うまくできる人なんで居ないと思います」
リファの笑みに、わたしも笑った。
「じゃあ、料理の事、色々教えてくれる?」
「はい、喜んで」
● ● ● ●
「お、コウヤ。なんだ、暇みたいだな」
「団長、稽古は終わりましたか」
「あぁ・・・ん?」
「暇でもありませんよ。彼女達の様子を見守っているのも、中々楽しくもありますし」
「へぇ、即席料理講座ってとこか」
「カインも終わったのかい?」
「大方な」
「バーント、お姉ちゃん達楽しそう」
「そうだな」
みんなの会話が、少しだけ聞こえてきた。
けれど、もっと集中しなければいけない事があるので、あえて見ることはしない。
わたしは目の前のフライパンに集中している。
その中には四匹の魚。
そしてわたしの隣には、料理の師になってくれたリファ。彼女の手にもフライパンが握られて、四匹の魚が焼かれている。
「片方が焼けあがったら、この二つのハーブを入れてもう片方の上に乗せてひっくり返すんです。ちょうど鍋と魚の間に挟まれるように」
「こ・・・う?」
「マツリさん、最近始めたって言ってましたけど、意外に手馴れてますよね」
「まぁね」
リファの褒め言葉に曖昧に返事をした。
もちろんだ。
この世界の料理の経験が浅いわたしでも、日本ではそれなりにしていたのだから。
「でも、どうして片方だけにハーブを敷くの?両方じゃなくていいの?」
ふと疑問が浮かんだ。
「いいえ、これを両方にすると、味が濃くなんてしまうからだめです。片方だけ味をつけて、盛り付ける時に身を解すと、良い感じに味が広がるんですよ」
「あー、なるほどね。うん、おいしそう」
「でしょう?子供達にもすごく人気で、四日に一回は作ってくれってせがまれるんです」
「作ってあげるの?」
「もちろん作りません。最低でも七日以上はあけます」
「子供達がかわいそう」
「しょうがないですよ。みんなの健康のためですから」
「もう、どこにでもお嫁に行けるね」
魚が焼きあがるのを待っている間、軽く談笑する。
「そうですか?」
「うん。かわいいし、やさしいし、料理はうまいし、気配りができるし、子供達の扱いも慣れてるみたいだしね」
リファの長所を上げると、照れたように笑った。
「え・・と、ありがとうございます」
頬がほんのり染まった彼女は慌ててフライパンの蓋をとった。それがどこか話題を逸らすような仕草に見えて、笑いが漏れた。
「大体魚が焼きあがったところで、最後にもう一回ひっくり返して、味付けします。その後火を消して、少し蒸らせば、この料理は完成ですよ」
「はい」
言われた通りの手順で料理を進める。フライパンの魚を蒸らし始めたところで、リファがポツリと呟いた。
「・・・本当は、ワタシと同じ年頃の女の子達は、みんなお嫁に行ってしまったんです。父上様はワタシもそろそろどうだって声をかけてくださるんですけど、どうしてもよそに行きたくなくて・・・」
「どうして?」
「笑わないで聞いてくれます?」
「うん、もちろん」
僅かに涙目になったリファを見つめ、わたしも真剣になる。
しばらく目線を泳がしていた彼女は、ようやく口を開いた。
「・・・・・異性を好きになるって、どういう気持ちかわからないんです」
「・・・・・・・・・へ?」
「みんな、好きな人が出来たから結婚していくんです。でも、ワタシ、その好きって気持ちが、よくわからないので、嫁ぎようがないんです」
正直、目が点になったと思う。
「え、だって、ルイさんは・・・・」
好きだったんじゃないのだろうか。
するとリファは困ったように目尻を下げる。
「綺麗な方で、吃驚していたんです。・・・でも、正直どう思ってるのかわからなくて。笑顔がやさしい人だとは思うんですけど」
「・・・・」
言葉が出ない。
「変だって思いますよね」
肩を落とすように呟いたリファを無言で眺めていたわたしだったけれど、次の瞬間すごい勢いで彼女の手を握り締めていた。
「わかる、わかるよ!」
「え?」
「・・・・実はね、わたしも、好きな人って居なくて。正直、人を好きになるってどういうことなのかわかんないの。恋をしてみたいとは思うんだけどさ」
その告白に、リファも驚いたように目を見開いた。
「マツリさん・・・」
「リファ、カラナ―ルに着いたら、逢いたい人が居るんだ。その人に聞いてみたら、少しはわかると思うから、よかったら一緒に行かない?」
「お、お願いしますっ!」
お互いの両の手を握りしめて、見詰め合ったその瞬間、わたし達は何か深い絆で結ばれた気がした。
「・・・・盛り上がってるところを申し訳ないが」
「「!?」」
第三者の声が聞こえて、驚いて手を離した。
いつの間にかみんなが集まっていた。揃いも揃って複雑な顔をされている。
特にカインとサンジュ父さんの表情は凄まじい。
声をかけたのはバーントさんのようだ。わたしと目が合うや否や素晴らしい速さで目を逸らしてくれたけど。
「マツリさん、その話は、後でゆっくりとされてはいかがでしょうか。まずは夕食にしましょう」
「は、はい!」
「すみません!」
コウヤさんの言葉にわたしが返事をすれば、リファが慌てて頭を下げた。
それからわたし達は顔を合わせると、同時に苦笑しあった。




