Ep.7
「・・・ツリ、おい、マツリ」
「ぅん」
誰かに声をかけられて、体を揺すぶられた。
でも、今いる場所が気持ちよくて、中々目が開けられない。体半分を覆うフワフワの何かに、人肌よりも暖かく感じる温度。
抱きしめられているみたいだった。
その何かに体を摺り寄せて、再び意識を沈下させようとしたわたしを、誰かが引っ張った。
「起きろって言ってるだろ!こんなところに寝やがって、風邪引くぞっ」
「・・・・カイン・・?」
腕を引っ張られて、半ば強制的に上半身を起き上がらせたわたしは、後ろに憤慨した様子で立っているカインを見つけた。
瞬きを数回繰り返して、それから変な悪寒を感じて、思わず体を竦ませた。
「さむ・・・っ」
「当たり前だ!もう秋も終わるって日に、なんだって外でうたた寝してるんだ、お前は」
カインがすごく怒っているのも久々で、さらに自分は寝起きで頭が半分覚醒していないということもあり、わたしはただぼんやり彼を見つめる事しか出来ないでいる。
「おい、聞いてるのか?」
もう半分目が寝てしまっているわたしを見つめながら、カインは眉を寄せた。
それから溜息をついた後、いきなりわたしを横抱きに抱え上げ歩き出す。
「・・・ん~」
「眠いんだろう。わかったから。今日はもう寝てろ」
「ぅ~」
今日のカインは異様にやさしくないか。
けれど、彼の体温が暖かくて、寒いわたしには非常に良い湯たんぽである。そのことを実感したわたしは、普段なら出来ないような行動を取った。
「あったか~い」
「ぅわっ!?」
カインの首に、自分から抱きついたのである。
首の後ろに手を回して、体を摺り寄せた。寒かった体が、服越しではあるけれど温まっていくのがわかった。
突然のことに、カインも驚いていたけれど、わたしがただ暖かさを求めてやったことだと分かると、呆れたような溜息をついていた。
「マツリ、お前、ここのところまともに寝てないだろ。その疲れが一気に出てきたんだ」
「・・ん~?」
返事を返すのも億劫で、不思議な言葉を返してみた。
すると、カインは特に気にした様子もなく話を続ける。
「オレ達がわからないとでも思ったか?最近変だったぞ」
「・・・」
「妙に上の空だったり、変に緊張感持っていたり。・・・・オレ達が何かしたか?」
小さく首を振ることで返事をした。
カインの話のせいで、少しずつ自分の意識が覚醒していくのがわかっていた。けれど、なんとなく顔を合わせづらくて、そのまま眠っているふりをする。
「お前が何をそんなに不安がっているかは知らないが、あまりを心配させるな。頼むから」
「・・・・ん」
「よし」
カインはどこまで気づいて、そんな事を言っているのだろう。
「特にルイには、ちゃんと話しておけ。あいつの心配の仕方は異常だ」
その言葉の返事は、あえて無視をしておいた。
今のわたしにはとても勇気のあることだ、それは。
というわけで、完全に寝たふりをさせてもらう事にする。
全体重をカインに預けて、五感のすべてを閉じることに集中する。ただ機能しているのは聴覚のみ。
「おい、寝たのか?」
「・・・」
カインの言葉も、右から左に流していく。
それからしばらくの静寂の後、火の始める音と無数の人の気配を感じた。どうやら、移動車の近くまで来ていたようだ。
何度かその場所を通っているせいか、目を閉じていても鮮明に瞼の裏に思い出される木々の位置や移動車の場所。
「マツリ!?」
サンジュ父さんの声がする。なんだかすごく心配している声音で、近寄ってくるのがわかった。
それは他のみんなも一緒のよう。
今更ながら、寝たふりをするのが恥かしくなって、寝返りを打つふりをしてカインの胸板に顔を埋めてみた。
カインの胸の鼓動が早くなった気もしたけれど今は関係ない。
「寝ているだけです」
報告を聞いたみんなは、一斉に安心したような息を漏らした。
もう今更起きているなんて顔を上げることはできない。気まずすぎる。
心の中で、謝罪を含めた色々な事を考えていると、急に誰かの腕がわたしの体を抱え上げたのがわかった。
カインじゃない他の人の腕。
それが誰なのか、会話に耳を傾ければすぐに分かった。
「じゃあ、ルイ、後は頼んだ。秋空の下で寝ていたから、体温が下がってる」
「あぁ、わかったよ」
・・・・・・マジですか。
とりあえず、心の中で思い切り絶句した。よりによってカインは、わたしをルイさんの手に委ねてしまったのか。
「・・・・」
思い起こしてみれば、こうしてルイさんと密着するのは初めてで、意外と力があったんだと、変な所で感心してしまった。
見た目はすごく細いのに。
彼の心臓の音が物凄く近くで聞こえてくる。自然と息をつめ、体を固くしてしまったのは、きっと今までに色々な事があったから。
わたしを抱えなおしたルイさんは、移動車の中に入るために歩いていく。
移動車の扉を器用に開けて、彼はわたしをソファーの上に寝かせてくれた。
それから何枚か毛布を持ってきて被せてくれる。まだ少し薄ら寒かったわたしは、自然と毛布を体に巻きつけるように丸くなる。
今、ルイさんがどんな表情をしているのか知りたいと同時に、知りたくもなかった。ただひたすら目を閉じて、彼が出て行くのを待つ。
今は夕食の時間だ。きっとすぐに出て行ってしまうだろう。
でも、それはわたしの思い違いだった。
しばらく視線を感じていたけれど、途中で彼はソファーのすぐ傍に座った気配を感じたのだ。
それによって、更に瞳を開け辛くなる。
きっと彼は気づいているはずだ。なのに、あえて気づかない振りをしている。だから、わたしも動けない。
ルイさんの手が、わたしの前髪をサラリと撫でた。
「・・・・君が何を不安がっているかはわからないけれど、何かあったらちゃんと言ってくれないかな。そうじゃないと、私達には何も出来ない」
ルイさんの声がすぐ傍から聞こえた。
「ただ黙って不安げな顔をされるだけじゃ、こっちが参るんだ。・・・・私達は、誰よりも君の事を心配しているから、余計に」
カインが言った事、そしてそれ以上のことを、ルイさんが言う。
頭を撫でてくれるその手が、とても暖かくて。胸の中が何か暖かいもので一杯になるにつれて、これ以上タヌキ寝入りをしていられなくなった。
「・・・ルイ、さん」
「ん?」
やっぱり、彼は気付いていた。わたしが目を開けて彼の名前を呼んでも、大して驚いた様子もなくこちらを見てきた。ようだった。
曖昧なのは、移動車の中が薄暗くてあまり見えなかったから。
「わたしね、不安だった」
ルイさんと同じ目線になるように、ソファーの上で上半身を起こす。
薄暗くて、逆に都合がよかったかもしれない。そう思いながら、頭の上に乗っていたルイさんの手を両手で握った。
こんな事いうのは恥かしいけど、でも、言わないと伝わらない。
「すごく幼稚な事だって事はわかってる。でも、今までわたしのしてきたことを、いとも簡単にこなしちゃうリファに嫉妬して、居場所を取られた気分になってた」
自分の事ばかり考えていたせいで、他のみんなが何を思っていたのか考えもせずに。
「ちゃんと言えばよかったね。・・・ごめんなさい。わたし、自分の事しか考えてなかった」
俯いて謝罪した。
後で、サンジュ父さん達にも言わなくちゃいけない。
すると、ルイさんの腕が背中に回る。
そのまま引き寄せられて、わたしはルイさんの胸板に頬を預ける形になった。
「マツリはマツリだよ。今まで私達と旅をしてきたのは、他でもない君なんだ。誰も君の代わりにならないんだから、悩むことなんてないよ」
「・・・そう、だよね」
ルイさんの腕の中に居るのに、不思議と恥かしさは感じなかった。逆に、安心感さえ憶えるその腕は温かい。
自然とルイさんの背中に腕を回していた。
「大丈夫。君は、元の世界に戻るまで、ずっと私の傍に居るといい」
ルイさんの呟きは微かに聞き取れるほど小さかったけれど、わたしの耳にはちゃんと届いた。
「うん、ありがとう」
心の底からの感謝の言葉を告げた時、ルイさんの腕の力が強まった。顔を上げてルイさんの表情を見ようとしたけれど、あいにく暗くてよくわからない。ただ、わたしを見下ろして小さく笑ったような気がした。
耳元に口を寄せられる。
「マツリは、私が守るよ。・・・・・これから先、何が起きても」
そんな声が聞こえて何かが首筋に当たると同時に、わたしの意識はゆっくりと落ちていった。




