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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第六章:未来への道標
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Ep.6


「え」

 リファの口から零れた地名に、仲間達の代わりに、わたしが驚きの声を出した。


 なんという偶然。


「カラナールにお使いに行くの?」

「はい」

「ねぇ、サンジュ父さん」

 リファの目的地を再確認して、わたしはサンジュ父さんを見た。その視線を受けて、彼は頭を振った。そして隣に視線を移す。

 バーントさんをみたのだ。


 この一座の団長はサンジュ父さんだけれど、本当の意味で指揮を取っているのはバーントさんなんだと、城から出た時から思っていた。


 次に行く場所や、いつその村を出るのかとか、すべて決めているのは彼だから。


 わたしとサンジュ父さんの視線に、他の人たちも加わった。

 今や全員で彼を見つめている。


 しばらくそれらに耐えていたらしいバーントさんだったけれど、その後、肺が空になるんじゃないかと思うくらい大きな息を吐き出した。

 ゆっくりと顔を上げてリファを見る。


「その、牧師からの使いとはなんだ」

「・・・食料配達の量を増やすように頼んでもらう事と、後は、援助要請、です」

「援助要請?」

 ルイさんが胡乱げに聞き返す。


 彼と目が合ったためか、リファはほんの少しだけ顔を染めた。


 かわいらしいなぁ。


 少し不自然にルイさんから顔を逸らしつつ、彼女はちゃんと応え様とサンジュ父さん達を真っ直ぐに見つめる。


「その、里親を探す、という意味で」

 その言葉に、二―ルくんとセピアとわたしを除くみんなが瞠目した。

「まさか、君」

 ルイさんがリファを凝視したまま続けた。

「ラズルの・・・」

 その言葉に彼女は小さく頷いた。


 途端に静まり返る移動車内。


 話がわかっていないのは、確実にわたしと二―ルくんだけだと思う。セピアは意外に分かってそうだからこの際何も言わないでおこう。


「・・・・わかった。カラナールまで送ってやる。どうせ俺達も行く予定だったからな」

 バーントさんが、観念したように言った。

「それに、ラズルまで行く用もあった。しばらく俺達と行動してもらう事になるが、いいな」

「は、はい!」

 リファが、本当に嬉しそうに笑った。

「よかったね」


 こうして、リファという少女を加えた上で、わたし達はカラナールに向けて出発した。


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


 そもそもの発端は、その日の夕食作りだったんだと思う。

 

 二―ルくんとセピアとリファと談話しながら、移動車の中での時を過ごした。

 彼女は本当にいい子で、どこかシナちゃんと被る。

 華のような笑顔や、少し大人しい女の子みたいな性格とか。あぁ、こんな子を少女っていうんだなと、漠然と思ってしまうくらい。


 カラナールまでは少し距離があるので、その日はやっぱり野宿という事になった。


 リファには、サンジュ父さん達の素性は明かしていない。そもそも、ラズルって所に行くまでの間柄だし、言う必要もないだろうというバーントさんの決定だ。

 彼女はわたし達を、普通の旅一座だと思っている。 


 その事実を知っているわたしは、何故か変な気分になっていた。なんというか、リファの知らない事をわたしが知っていて、それは本当に大事な事で。


 とても、嬉しいのだ、なんでかはわからないけども。


 でも、今までそんな気分味わった事がなかったから、凄く不思議な感じ。

 この感情を、人はなんと言うんだろうか。


 けれど、いつものくせで、わたしはそんなに深く考えずにその感情を心の奥に押しやった。


「よし、今日はここで野宿だな」

 前に乗っていたサンジュ父さんが、移動車の扉を開けて外に出るように促しながら宣言する。


 日も暮れかかっていて、辺りは一面オレンジ色。

 もう冬も近いせいか、最近は随分と日が短くなってきたものだ。


「マツリさん、夕食の準備をしましょう」

「あ、はい!」

 コウヤさんに促されて、わたしは移動車の後方に回る。すると、リファもついてきた。

「?」


 何故だろうと首を傾げれば、彼女は笑った。


「お世話になっている身です。ワタシでできることはお手伝いしますよ」

「あ、ありがとう」

 リファの申し出はすごく嬉しいはずなのに、何故か素直に喜べなかった。

「リファさんは、料理がお上手ですね」

「はい。家事全般はワタシの仕事になっているので」 

「えぇ、すごくおいしいですよ」

「・・・・・」


 リファとコウヤさんの会話を聞きつつ、わたしは黙々と火を消さないように薪をくべ続けた。時々、その上に乗っている鍋の中をかき混ぜる。


 それが、今のわたしにできる仕事だった。


 実はとても料理がうまいことが判明したリファが、わたしの代わりに料理をしてくれているのだ。

 そんな彼女をコウヤさんが褒めているというわけで。

 なんとなく居た堪れない気持ちになっていた。やる事をすべて取られたようで。コウヤさんと夕食作りをするのはわたしだって決まっていたのに。


 ・・・・・あぁ、なんて嫌な人間なんだろう、わたしは。


 自分の愚かさに吐き気がした。


 別にリファは、わたしの仕事を取ろうと思ってしているわけじゃない。ただ純粋に、お世話になっている恩返しにしているだけの事で。


 体操座りをしたまま鍋の中をかき混ぜる。


「どうしたんだい、浮かない顔して」

「わっ」

 急に後ろに人が立ったような気配がして、それと同時にルイさんの顔が目の前に現れた。わたしは驚いて声を上げると、体操座りのままバランスを崩しそうになった。

 すぐにルイさんが支えてくれてから、鍋をひっくり返す事も、わたしがひっくり返る事もなかったけれど。


「大丈夫かい?ごめん、そんなに驚くとは思わなくて」

「あ、うん、大丈夫大丈夫」

 肩を支えてくれていたルイさんの手からさり気なく逃げつつ笑顔で無事を知らせた。

「もう、ご飯できましたよ」


 リファが帰ってきた面々を振り返りながら言った。

 まただ。また、胸の奥で何かが蠢いた。


 その言葉は、本来なら、わたしが言うはずのモノなのに。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


 リファが来て三日が過ぎた。

 カルナールに着くまでには後二、三日は要するという。

 

「・・・・はぁ」


 セピアを連れて小高い丘の上に登っていたわたしは、そこでゆっくりと息を吐き出した。それは傍目からすれば大きな溜息をついているのと同じこと。


 今回の野宿はこの丘を降りた所だった。


 みんなそれぞれに自分の仕事をやっていて、誰もわたしの存在がない所で支障が出ることはない。一応バーントさんとサンジュ父さんに、ここに居る事は伝えてあるので、心配をかけるなんて事も考えないでいい。

 この三日で、わたしの定位置だった料理作りは完全にリファに任されることになった。


「もう!」

 一声上げて、丘の上に大の字に転がった。


 頭と胸の中がごちゃごちゃで、何もしたくなかった。なんでこうなるか、もう、ちゃんと分かってるから、余計に。


 ―――わたしはただ、リファに、嫉妬しているだけだ。


 幼稚なことなのかもしれない。でも、自分の居るべき場所を取られてしまった気がして、酷く胸がざわついていた。


 だって、今リファが居る場所が、わたしにできる唯一の役割だと思っていたから。

 コウヤさんのお手伝いがなくなれば、わたしが旅の一行に居る意味がなくなる。何もしないわたしは、ただのお荷物だ。


 異世界からやってきて、先のわからない目的地を探している、酷く重いハンデを背負ったお荷物。


 夕時を知らせる風が丘を登って、その上に居るわたしの体を通り抜けた。

 最近の風は非常に寒い。


 風を受けたわたしの体に、一気に鳥肌が立つ。寒いと思っても、まだ、移動車には戻りたくなかった。

 後少し、このままで。


 でも寒いものは寒い。思わずマントを掻き合せて体を丸めた。


 すると、しばらくわたしの行動を見つめるだけだったセピアが小さな唸り声を上げて顔を寄せてきた。地面に伏せをしてわたしを見上げてくる。

 彼のフワフワな毛並が、風に揺れている。


 きっと彼自身は暖かいんだろうなと思っていて、ようやく気がついた。

 彼が居る場所は、ちょうど風が吹いてくるところ。つまり、自分を使って風除けをしてくれているんだ。

 人じゃないのに、こうして誰よりもわたしの事を守ってくれる。


 セピアが居るだけで、どうしてこんなに心強く感じられるのだろう。


「・・・セピア・・・」

 涙が出そうになって、慌ててセピアの背中に抱きついた。思い切り抱きしめて、彼の毛に顔を埋めて、切なさをやり過ごす。


 いつだってそう。

 いつだって、セピアはわたしの傍に居てくれる。まるで、それが当然だとでも言うように。

 わたしにとって、旅のみんなが居る事は、セピアが傍にいてくれる事は、本当に奇跡のようなことなのに。


「ごめんね・・・」

「クゥン」

 何に対しての謝罪の言葉かはわからない。

 けれど、わたしの謝罪の言葉に反応するように、セピアが小さく返事を返してくれた。


 まるで、『僕は何も見てないよ』と、言ってくれているみたいで、なんだかすごく泣けてきた。






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