Ep.4
しばらく、先ほど感じた胸の痛みについて悩んでいた。
何か悪いものでも食べたのか、風邪の予兆かと考え、静かに黙想して己の体に問い掛けてみる。しかし、どうやらそうでもないらしい。
「ま、いっか」
旅をして、一瞬だけでも足の痛みや手の痛みを感じることはある。というかしょっちゅうだ。
今回も同じような類のものだろう。
そう結論付けた所で、いくつかの人の気配を感じた。
「マツリ!」
聞こえたのはサンジュ父さんのわたしを呼ぶ声。
「みんなこっちっ」
立ち上がって声を上げ、居場所を教える。
やってきたのは、サンジュ父さんとルイさんとカイン。セピアが最初にわたしの元にやってきた。すぐにその頭を撫でて褒めてあげた。
その間に、サンジュ父さんが少女を軽々と抱き上げてわたし達を振り返った。彼の腕の中でぐったりしている少女を、ルイさんが軽く診察しているようだ。
持っていた聴診器らしきもので鼓動を確認した後、脈を計る。
「過労と栄養失調だね」
「大丈夫なのか」
カインが少女の様子を窺いながら問えば、ルイさんは安心させるように笑った。
「しばらく寝かせて、目が覚めてから栄養のあるものを食べさせれば快復するよ」
「よし、じゃあ戻るか」
サンジュ父さんが歩き出した。
カインはわたしと一緒にいくつもりのようで、しばらくその場にいたが、わたしが先に行くようにお願いすると、サンジュ父さんの後に続いた。
当然、残されるのは。
「・・・・あの、別に、後ろからついてくる、よ?」
「一緒に行くよ」
ルイさんの笑顔がいつも以上にやさしく感じるのは、先刻のことがあったからか。
つい意識しすぎて、顔に熱が集まってくるよう。その事に気づいて、わたしは慌てて彼から顔を逸らしてタオルを抱えた。
今は一刻も早くこの奇妙な空気から抜け出したい。
だってルイさんは、もしかしたらわたしの事を・・・なのかもしれないし、けれどわたしは彼の気持ちにどうやって答えたらいいのか検討もつかないでいる。
今まで『旅の仲間』だった彼を、いきなり一人の男性としてみるには少し時間が必要だ。
そこで、体の動きが止まった。わたしの思考はこれまでの出来事を物凄いスピードで思い返していた。
わたしはこれまで、ルイさんを『旅の仲間』としてしか見てこなかった。・・・・・本当に?
脳裏に浮かぶ一人の美しい鬼。彼を見たとき、わたしの中の何かが動いた。だから、助けたかった。彼が一人にならないように、自分が傍に居ると伝えたかった。・・・・・けど、なんで?
「ほら」
自分の気持ちが理解できずに固まっているわたしの頭に、何かが被せられた。
ルイさんがまだ真新しいタオルを乗せてきたのだ。
「ちゃんと乾かさないと、今度は君が風邪を引くよ」
「・・・・」
そう言ってやさしく拭いてくれる。
笑顔を浮かべて世話を焼いてくれるルイさんが、いつも以上に綺麗に見えて、何故かドキドキした。だめだ、わたし、意識しすぎている。
「だ、大丈夫だから、早く行こう」
このままではまずいと思って、彼の手から逃げ出した。
タオルを頭に被せたまま歩き出す。
後ろをセピアとルイさんがついてくる気配がしたけれど、わたしは後ろを振り向けなかった。
だって、すごく顔が赤いことに気づいていたから。
なんでこんなに恥かしいのか、まだ、全然わからない。
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「まだ寝てる?」
移動車に戻った頃には、顔の赤みも取れ、精神的にも少しはマシになっていた。
先に運び込まれた少女の容態を確認しようと、移動車の中に入れば、彼女が静かな寝息を立てていた。暖かな場所で眠っているせいか、その表情は先刻よりも幾分かやわらかいようにも見える。
「一応彼女の荷物は確認させてもらったが、変なものは見当たらなかった。大方道に迷った娘か何かだろう」
バーントさんが腕組みをしたままそう言った。
つまり言外で、しばらく彼女をここに置いておくと言っているのだ。
「大丈夫、わたしちゃんと見ておくから」
同じ女であるわたしが彼女の世話をするのは必然になるので、前もって宣言しておいた。拳を胸の位置に置いて必要以上に胸を張ってみる。
どんと任せておいてくれ、なんてね。
しばらくわたしの顔を見つめていたバーントさんは、そんなわたしを華麗にスルーして腕組みを解く。
「マツリ、明日の朝にはここを出るから、そのつもりでいてくれ」
「え?」
確か、この村には後二、三日は滞在する予定だったはず。
その思考を読み取ってくれたのか、バーントさんが視線を合わせてきた。少女の様子を、ソファーの隣で膝立ちのまま窺っていたわたしは、必然的に彼を見上げる事になる。
「予定変更だ。この村も、思っていたよりも復興は進んでいる。カラナールにいくぞ、色々やることが出来た」
そう言った彼の手元には大きな封筒が二三通抱えられていた。
それが城からなのだと予想するのに、あまり時間は掛からない。
「じゃあ、姐さんに会えるんだ」
すぐに連想した女性の名前を上げると同時に口元が綻んだ。
「あぁ、マリンデールも、早く連れて来いとうるさいんでな」
そういいながらバーントさんが微笑んでいるのは、きっと久しぶりに最愛の恋人に会えるからだ。
でも、よかった。
ちょうど姐さんに相談したいことが山ほどあったのだ。この機会に相談しまくってみよう。そう思いついて、軽くガッツポーズをすれば、傍に居たカインに怪しい目で見られた。
それから夜が来て、みんないつもの場所で眠る。
けれどわたしは、少女が起きても恐がらないようにソファーの隣の床に眠る事にした。もちろん二―ルくんも一緒に。
二―ルくんの寝場所は元々決まって、そこにわたしがお邪魔している形なのだが、今はもうわたしの隣が二―ルくんの寝場所になってしまっている。
セピアがわたし達の枕代わりをかって出てくれたので、ありがたくその好意を受け取る事にした。
セピアの腹を枕に、二―ルくんを抱きしめて寝る。
こんなに幸せな図が他にあるものか。
でも、こうやっていると本当に心の底から癒されている感じがして、少しだけ涙が出そうになった。幸せなのに、どうして涙がでるのかわからない。でも、胸の奥がすごく暖かくて、それと同時に酷く切ない想いにも駆られて。
頭と腕に柔らかなぬくもりを感じていると、すぐに眠りにつくことができた。




