Ep.34
このお話で、第五章は終了です。
次からは第六章として、また旅の一行の日常をお送りしたいと思います。
しかし、現実とは厳しいもので。
結局ロンザルオ家の主は屋敷には戻ってくる事なく、執事さんの謝罪の手紙が、カシギから渡された。しかも、それは、旅に出るための最後の支度を整えている時の出来事だった。
懐かしの移動車を前に、とても感慨深い思いが膨らんだ。
サンジュ父さん達も最後の調整に入っている。
「怪我の方は・・・」
「ううん、全然平気だよ。だってわたし「マツリ、移動車の中の確認をしてくれ」
王子が眉をハの字に曲げて気遣ってくれた。その気持ちを嬉しく思いながら、わたしは腕を振り回す。いまだ包帯は取ってもらえない。
わたしの傷が治ったことは、旅のみんな知っているはずなのに、どうしても許してもらえなかった。
バーントさんに言われて、移動車の中に入る。
全然変わっていなかった。
乗っていない間も、誰かが掃除をしてくれていたようで、車内はとても綺麗。
何を確認すればいいのだろう。
一通り見回した時、自分の棚に目がいった。
そうだ、写真を取ろうかな。
中からカメラをとって、再び外に出た。
そこには主だったものが揃っている。王の配慮か、他には誰も居ない。
王の側近の人に、カメラを渡した。
彼は異世界の事を少なからず知っているようだったから、少し使い方を言えば、すぐに了承してくれた。
インスタントのものだから、操作は簡単。
「大丈夫ですか?」
念のため確認すれば、彼は微笑を浮かべた。
「はい。昔一度だけ、同じようなものを使ったことがありますので」
「・・・それは」
その言葉ですぐにピンときた。
「あなたのお母様が持っておられました」
やっぱり親子だからか、考えている事が似ているんだな。
今この場には旅のみんなはもちろん、王や王妃様、王子に姫、カミラも居る。写真をとるには絶好の場面だと思うんだ。
「マツリ、元気で」
「アイシャ」
『体に気をつけて』
「二人もね」
「・・・・・これを、差し上げますわ」
カミラが何かを差し出してきた。
受け取ったモノは、小さな包み袋。でも、良い匂いがする。
「私達からの餞別品。匂い袋よ」
『みんなで合わせた』
「あなたには女としての自覚がないと思いましたので、この匂いを纏えば少しは女性らしくなるのではないかと思いましたの」
「マツリに似合う匂いを集めたから、きっと気に入ると思うわ」
いつものように憎まれ口を叩くカミラをフォローするようにアイシャが言った。
黄緑色の小さな袋の匂いを嗅いでみる。
鼻を近づけなくても、匂いが漂ってきた。
その匂いは、やさしくてそれでいて爽やかで。決して甘い感じの女性らしさはないものの、凛とした華やかさのある匂いだった。
これは、モノで表現できる匂いなんかじゃなかい。
これが、アイシャ達のわたしに対するイメージなのかと思うと、すごく恥かしい。
「あ、ありがと。大事に、する、ね」
お互いの体をしっかり抱きしめ合った。
抱擁が終わったところで、王妃と王がやってきた。シュリル王子もシンディ姫も共に。
「マツリ殿、短い間だったが、城での生活はいかがだっただろうか」
王と話すのは久しぶりだ。
「は、はい。すごく楽しかったです」
「それはよかった」
王が笑う。
すると、その隣に居た王妃が包みを差し出してきた。
「これをあなたに」
「開けても?」
「えぇ」
包みの中身は、日記帳だった。
母が持っていたものと同じ、けれどこれは赤ではなく深緑だった。
「あなたも、これからの日々を綴っていくといいわ。これを読み返すことで、きっと何かの力になるはずだから。マユリも、そう言っていたものよ」
王妃も笑う。
これまで接していて思った。彼女は本当に、わたしの母の事を大事に思っていてくれているんだ。
もう二度と逢えないと知っていたとしても。いつまでも、王妃様の中での母の親友の位置は変わらない。
いつまでも。
「マツリ、さん。僕も、とても楽しかったです。あなたに会えて、少しは、変われた気がします」
「うん」
シュリル王子は言葉に詰まることが少なくなったと思う。
彼もまた、一本の羽ペンとインク瓶をくれた。
「これで、日記を書いてください」
「ありがとう」
「・・・・・二―ルのこと、よろしく頼むわ」
初めてまともに、シンディ姫に話かけられた。
「あの子、あなたの事本当に好きみたいだから。・・・・・これからも、仲良くしてあげて」
ませた言い方がかわいらしい。
「はい。任せておいて下さい。シンディ姫」
頭を下げて返事を返すと、姫は王の後ろに隠れてしまった。
「マツリ!」
「うわぁ!・・・び、びっくりした」
貰った物を移動車の中に置きに行こうと振り返った時、いきなり目の前に現れた巨体に驚いて、思わず一歩下がった。
その巨体はカシギで、彼に会ったのは実に久しぶりだ。
「カシギ、久しぶりだね。どうしてたの、今まで」
「彼ね、自主謹慎ってやつをしてたみたいだよ」
「謹慎?」
「もちろん、君から目を離していた罰さ」
荷物を運びながら笑うルイさんはいつも以上に黒い。すごく敵意の篭った目でカシギを見ている。しかし、カシギは気づいていないようだった。
おめでたい奴め。
「本当に、本当に悪かった!・・・おれは、おれは・・・・っ!」
腹を切りそうな勢いで謝罪を繰り返すカシギに、たじたじになる。
「そんな、別にカシギが悪いんじゃないよ。わたし、元々よく迷子になるし」
笑ってカシギの肩に手を置く。
すると、なにやら含みのある瞳で見つめられてしまった。
カシギさん?
「・・・・マツリ、お前、ほんとに良い女だよな」
「へ?」
「「「「・・・・・・」」」」
辺りが一斉に静まり返ったのは気のせいか。
その原因となっているのは多分、魔王様。だって、こんな感じのこと、前にも何度かあった気がするもん。
しかしおめでたい奴は全然気づいていない。
「ずっと黙ってたけどな、おれ、お前に惚れてたんだ」
「・・・・は?」
「マツリが、好きだ。一人の女として」
さっきからこの人は一体何を言っているのだろう。
初めての告白に思わず口をあんぐりと開けてカシギを見つめた。
「る、ルイ!落ち着けっ!」
カインの声が聞こえる。
「王の前だぞ!」
サンジュ父さんも焦ってるみたい。
「余のことは気にするな」
王の笑いを含んだ声がした。
絶対後ろは見ないぞ。
目の前で、カシギが真面目な顔をしてくる。
「おれ、これからホントにがんばるわ。今度は、マツリをちゃんと守れるように。・・・・今まで以上に、鍛えようと思う」
「武者修行?」
「む?・・・お前の国の言葉で言えばそうなのかもな。腕だけを上げても仕方ない。もっと精神面でも鍛えたいと思う」
「へぇ」
これ以上に、何を言えばいいのか分からず、適当に相槌を打っておいた。
カシギが笑う。
「それとこれ。おれからの餞別」
カシギがくれたもの、それは護身用具である短剣だった。
「王子から聞いた。意外に短剣使えるってさ。だから、おれが昔使ってたやつやるよ。手入れは十分にされてるから、切れ味は抜群だ」
「あ、ありがとう」
彼がくれた短剣は、サンジュ父さんがくれたものよりも高そうなものだった。
紺色の鞘に綺麗な細工がされている鍔。首にかけられるように、紐もついていた。これから、本当の意味で肌身離さず持っていられる。
「大事にするね」
そう笑った瞬間、カシギの顔がドアップで視界に入り、気がついた時には唇の端に暖かい何かが触れていた。
「「「「・・・・・・・」」」」
「か、カシギ!?」
「へへ」
得意げに見えるカシギの笑顔が憎たらしい。
「ひどい!わたしの初めてのキスをっっ」
「おぉ、ほんとか」
「・・・・・」
一箇所に、酷いブリザードが吹き荒れている場所がある。
「る、ルイさん」
その冷気の中に立っているルイさんの姿は冷や汗ものだ。
「マツリ」
「は、はい!!」
ルイさんに名前を呼ばれて、背筋が勝手に真っ直ぐになった。恐るべき魔力。
「カシギ、残念だね。・・・もしかしたら、マツリの初めては君ではないかもしれないよ?」
「・・・・・ぇ、え!?いや、ちょっとまって!は、始めてですよ!?」
ルイさんの意味ありげなその笑みが恐ろしい。
「ルイさん!な、何ですかその笑みは!?」
意味深な笑みを浮かべたまま、わたしの質問に答えることもなく、彼は移動車の方へ歩いていった。
彼は一体何を。
「久々に楽しいものを見たな」
「本当に」
王と王妃が笑う。
その二人の笑みが、姐さんの笑みと重なったように見えた。
「マツリ、たまには手紙書くのよ」
「うん!」
『兄をよろしく』
「・・・・が、がんばる」
『マツリにしか出来ないから』
「え?」
シナちゃんの笑みには深い意味が込められているようだったけれど、それが何か、わたしにはわからなかった。
ただ、ちゃんと頷いて返した。
「くれぐれも、カイン様の迷惑にならないように気を付けてくださいませ」
「・・・はーい」
「なんですの!その気のない返事はっ!」
「いいじゃないカミラ、あなたが一番迷惑になってるんだから」
「アイシャレラ!なんて失礼なことを・・・」
「ふ、二人共~」
「王子、がんばってね」
アイシャとカミラの言い合いの中オロオロしている王子を見て、わたしはシナちゃんと笑っていた。
「皆さん、そこに並んでいただけますか」
側近さんの声がかかった。
「写真を取りたいので、二列に並んでください」
わたしがみんなの位置を誘導する。
前の列に、左から順にカミラ、シナちゃん、アイシャ、私、二―ルくん、シンディ姫、シュリル王子が並ぶ。後ろには、左から順にサンジュ父さん、カイン、カシギ、王、王妃、コウヤさん、ルイさん、バーントさんが並んだ。
そして、わたしの前にはセピアが涼しげな顔で陣取った。
「では、みなさん笑ってください」
側近さんの声と共に、シャッターの音が聞こえた。
それからわたし達は移動車に乗り、出発した。
―――この時が、今までの中で、そしてこれからの中で一番綺麗に輝けた瞬間だったのかもしれない。




