Ep.33
体の外傷は治ったけれど、中々頭の傷は治らず、しばらくベッドの上での生活が続いた。
ルイさんは念のためと言って、すっかり直った体に包帯を巻いた。
わたしが捕まって、尚且つ気を失って眠っている間に、色々な事が起こっていたようだった。
サンジュ父さん達はもうすでに旅の準備を始めていたらしく、自分達の仕事の引継ぎなどをしていて。いつもの事らしいので、誰もそんなに深刻にはしていないけれど、メイドの皆さんは酷くざわついていた。
どうやら、旅に戻る大きな要因がわたしの怪我のせいなんだと噂されているようで。
またもや反発を喰らう事をやらかしてしまったらしい、わたしは。
けれど、そんな嫌な事を吹き飛ばすほどの大事件が起きていた。
「え!?アイシャ、剣できることみんなに知られちゃったのっ!?」
シナちゃんとアイシャレラはいつもお見舞いに来てくれる。時々カミラや王子も来てくれて、病室はいつも賑やかだ。
わたしがアイシャの事件を知ったのは、ちょうどシナちゃんとアイシャ、そして王子が遊びにきた時だった。
ベッドの端に腰をかけているアイシャは、特に困った様子もなく頷いた。
「そう。あなたを助けに行きたくて、王に同行させれもらえるように志願したの。それで、まぁ、普通は使えない剣が使えるって知られちゃったわけ」
「・・・・ごめん、わたしのせい、だよね」
「そんな事ないわよ。確かに両親にはすごく怒られたけど」
『勘当される?』
「え」
シナちゃんの掲げて見せた言葉に息を止めた。
それを見たアイシャが眉を顰めた。
「・・・・あなた、どこからそれ聞いた?」
ということは、本当なんだ。
血の気が引く。
どうしよう、アイシャ、わたしのせいでアイシャが親との縁を切ることになってしまったら。謝罪してもし切れない。
「そんなのあるわけないでしょ。確かに、母がそんな事言っていたけれど、父が止めていたし、大丈夫よ。・・・・将来は結婚出来ない事は、視野に入れておかないといけないかもしれないけれど」
アイシャがそう言いながら笑えば、今まで存在を消していたシュリル王子がいきなり立ち上がって彼女の前に歩いていった。
そうだ、彼も室内に居たんだったっけか。
「そ、その時は、ぼ、ぼ、僕があなたを妻に貰います!!」
「・・・・え?」
王子の唐突過ぎるプロポーズに、アイシャは完全に出遅れてしまっていた。
黙って目の前のシュリル王子の顔を見つめ、とりあえず首を傾げている。
そんな二人を、わたしとシナちゃんは固唾を呑んで見守った。わたし達は一応シュリル王子の恋心を知っていて、とりあえず応援はしていたのだから。
それに、本音をいうと、この構図はなんとなく面白い。
「・・・・」
赤くなって黙りこんでしまった王子を前に、意外と鈍いアイシャもどうやら気づいたようだ。
「え、・・・・え?」
さて、どう反応する、アイシャレラよ。
彼女の顔も少しずつ赤く染まってきた。かわいらしい事だ。
「そ、の、・・・・シュリル王子、私が、その剣をすること知ってましたよね?」
「・・・・は、はい」
「ずっと見てたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すみません」
「それで、あの時、一緒にお願いしてくれたんですね」
話はよく見えないが、どうやら王子がアイシャの剣の腕を知っていたといこともバレてしまっているようだ。王子はいつものように項垂れた。
さっきまでかっこよかったのに、またいつもの彼に戻ってしまいそう。
すると、そんな王子を見ていたアイシャが小さく笑った。
「戦ってる時の王子、とてもかっこよかったです。正直、情けない人だと思ってたんで、ちょっと吃驚しました。私なんかよりも、ずっとお強くて」
「「『・・・・・』」」
アイシャ以外の全員が動きを止めた。
そうだ、彼女は勝気な人間だが、決して意地っ張りでもわたしの世界でいうツンデレでもない。素直に気持ちを言う少女だ。
ということは。
「私、自分とちゃんと理解してくれて、自分よりも強い男性に惹かれます」
「・・・・それは、その・・・」
思いもよらない展開に、今度は王子の方がしどろもどろになる番だった。頬を赤く染めて、その顔には軽く汗の粒が見える。
その恥かしがり方に、見ているこっちまで恥かしくなってきた。
「あの時、私の一緒に王に頭を下げてくださった時、すごく嬉しかった。・・・・・・これからもっとあなたの事を知りたいです」
「!」
王子が沸騰した。ボワッという効果音がつきそうなほどに。頭から湯気が出てきそうなくらいに沸騰した。
「おめでとう!!」
わたしが大きな声でお祝いの言葉を叫び、シナちゃんがニコニコしながら拍手を送った。
「「!?」」
大きな声に反応してか、アイシャと王子が一斉に肩を震わせた後こちらを向いた。
それからわたし達の姿を確認すると、二人が同時に顔をトマトと同じくらい赤くさせて、それからすぐに逸らしてしまった。
どうやら、わたし達の存在を忘れてしまっていたらしい。二人だけの世界に入り込んでしまっていたようだ。
「・・・お母さん、すごく嬉しい・・・」
「マツリ、誰が母親よ」
「だって、王子がこんなに逞しくなって・・・」
「あ、そっちのね」
「マツリさん・・・」
感動を体で表現するために毛布で目元を拭いながら感想を述べれば、すぐに手厳しい突っ込みが入った。でもその後に続けた言葉を聞いた王子が、とても感動したようにわたしを見つめてきた。
それからしばらく四人で楽しく盛り上がっていたけれど、途中王に呼ばれた王子が出て行ったところで、病室に沈黙が訪れた。
別に、この沈黙が嫌いなわけではないので、黙って外を眺めていた。
その静けさを破ったのはアイシャだった。
「マツリ、あなたに、聞いて欲しい話があるの」
「はい」
彼女の眼差しがとても真剣だったこともあり、わたしも自然と姿勢を正していた。アイシャの隣に座っていたシナちゃんの表情が翳り、今から聞く話は決して良いものではないのだと悟る。
「あなたが、私とカミラの言い争いを止めた時、私言ったわよね。昔、あなたに似た子が居たって」
「・・・うん」
「その子はね、貴族の娘ではなかったけれど、よく城に遊びに来ては私達と一緒に遊んでいたわ。マツリにみたいによく笑う、女の子」
その瞳に、哀しみの色が宿った。
「その女の子、イシャナは、五年前、今回のあなたと同じように人攫いに攫われて、そして殺された。攫われた、二日間の間の出来事だった」
「・・・・・」
「イシャナは、一緒に居た私とシナマレリーンの代わりに連れ去られたの。あなたと同じようにね」
だから、アイシャは、剣の修行をしていたのか。
『無力のままじゃ、守りたいものも守れないでしょ?』
最初に聞いた言葉の意味を、今理解した。
「マツリ、あなたのしたことは、確かに正しい事だとは思うわ。こうしてあなたも助かったわけだし。・・・・でもね、それは運があったからなのよ。少しでも間違っていれば、きっとあなたはここには居ない。それを、ちゃんと理解しておいて。運と正義だけでは、うまくいかない事だってあるの」
アイシャが言う。とても苦しい顔をして。
「もっと自分を大事にして。あなたの大事に思う人達のために」
そう言い募った。
ここで、言うべきなのかもしれない。本当のことを。
わたしが、どれだけ運に助けられてきたかということを。
「アイシャ、シナちゃん。わたし、二人に黙っていた事があるの」
「・・・黙っていたこと?」
『?』
今まで以上に、心が穏やかなのはなぜだろう。
息を整えて、二人を見つめた。
「わたしは、この世界の人間じゃない。こことはまったく違う異世界から来た人間なんだ」
「・・・え?」
二人が驚いたように目を瞬かせた。
「突然この世界に飛ばされたわたしを、サンジュ父さん達が拾ってくれて、旅に加えてくれたおかげでこうやって生きてきたの。もしあの時、サンジュ父さん達に会わなければ、きっとわたし、今頃死んでた」
笑えるのは今があるから。
二人共余計な口を挟まず静かに聞いてくれる。
今までの旅の話もした。
十年前に両親が死んで、祖母に引き取られて育った事も、その祖母も少し前に亡くなってしまった事も、全部話した。
「でもね、お城に来て、わたしの父がこの世界の人間だって事も知ったし、母もわたしと同じようこの世界に来ていたってことも知った。父は、サンジュ父さんの実の兄なんだって」
「え、それって」
「うん。サンジュ父さんとわたし、本当に肉親だった。・・・・すごく嬉しかった。もう居なくなったと思ってた血の繋がった人が、すぐ傍に居てくれたから」
すべてを振り返ってみて、改めて思う。
「わたし、今まで何度も最期を感じたことがあるよ。絶対にもうだめだって思ったことも。でも、それでもこうして生きてる。すべて運だって片付けることも出来るかもしれないけど、もしそうなら、わたしは本当に運が良いっていうことになると思うんだ。アイシャやシナちゃんみたいな素敵な友達も出来て。・・・・大丈夫、わたしは強いから・・・・強くなったから」
そんなに心配することなんてない。
「わたしはマツリだよ。イシャナって子に似てるのかもしれないけど、生き方も考え方も全然違う、別人だよ」
そして、同じことをサンジュ父さんにも言った。
これから先何があったとしても、わたしは、茉里として歩き続けよう。
「・・・・そうね」
アイシャが笑った。
シナちゃんも笑った。
二人共、わたしが異世界からの人間だと知っても、態度を変えなかった。
「でも、昔一度だけ聞いた事があるわ。変な所から来た女性の話。・・・確か、イシュナが生まれて間もない時だったかしら。異世界から来たっていう女性がよく彼女の家に遊びに来てたって」
「え?でも、イシャナさんはわたし達と同い年なんじゃ」
『一つ歳上』
「・・・・・・」
きっとその女性は私の母だ。
そこで、母の日記を思い出す。
彼女はよくロンザルオ家にお世話になったと書いてあった。夫婦には、二人の息子と一人の娘が居たとも。
「ね、ねぇ。イシャナさんの髪って、何色だった?それと、苗字分かる?」
わたしの質問に、アイシャは首を傾げていた。変な質問だと言うことはわかっている。でも、知らないと。
今わたしが考えている事が、すべて杞憂であればいい。
「あの子は、目を見張るほど綺麗な、青い髪をしてたわ。お兄さんの一人も同じ色で。・・・・姓は確か、ロンザルオ、だったわね」
「・・・・」
息を止めた。
なんて因果なんだろう。
ロンザルオ家は、わたしに深く関わりがあるように思えた。
「じゃあ、その青い髪のお兄さんの名前、わかる?」
多分、これに関してはわたしの考え過ぎだと思う。
偶然は、そんなに続くわけでもない。
「さぁ、そこまではわからないわ。彼、すっごく無口な人間だったから」
『静か、無表情』
「そうそう。何考えてるかわからなかったし、そんなに関わりがあったわけでもないから」
「そっか・・・」
取り越し苦労であればいいと思う。
けれど、もしも、もしもすべてが繋がってしまった時、事実はわたしに、何を示してくれるのだろうか。




