Ep.31 ルイ視点
人攫いが城下町で多発しているという報告を受けた私達は、今後の対策に関して詳しい会議していた。参加しているのは王や彼の側近達数名。
もちろん、旅の仲間達は二―ルとマツリ以外全員参加だった。
マツリは今頃、カシギ達護衛と共に城の一番近くにある街で楽しんでいることだろう。できることなら、私も共に行きたかった。
「・・・・昔から厳重に監視を置いていたことで、我らも安心しきっていた部分があったのだろうな」
机の上に肘を乗せ、両手を組み合わせたまま静かに目を瞑っていた王が、唐突に切り出した。彼の表情は優れない。
それはこの場に居る全員が同じだった。
まかりなりにも、この国を治め守る身。
国の状勢が悪くなると言うことは一重に私達自身にも非があると言うこと。
「最近では若い娘達を中心に人攫いが多発。それは今や街の中心にも押し迫っているとの事。・・・・・我らも何かしらの手を打つ必要があるかと」
右大臣であるバーントが、まとめた結果を元に説明をする。
私達はそれを苦肉の思いで聞いていた。
人攫いというものは、排除しようとしてもそう簡単になくなるものなどではない。人身売買はどの時代でも行なわれてきた。人々が誰しも王の命を聞くわけもなく。
人とは情けよりもまず、欲に動いてしまうものなのだ。
けれど、この時私達はマツリがその人攫いに襲われていたことも、ましてや王子や妹を逃がすために己の身を犠牲にしようとしていたことなどまったくもって予想すらしていなかった。
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「今動いているのは厄介な人間達だ。若い娘ばかりを狙い、その目的は売りに出すというより、己の配下で働かせるというものらしい。目に適った者は己の欲の捌け口にするとも」
「おいおい、えげつねぇな」
バーントの言葉に団長が反応した。
彼は元々卑怯な手口や外道なやり方を嫌っている。そのため、眉を寄せて苦々しい顔をした。
それになにより、己の娘のように可愛がっているマツリも若い娘であるため、さらに嫌悪感が増したのかもしれない。
「やはり、拠点を調べた方がいいでしょうか」
隠密行動のすべてを取り仕切っている立場にいるコウヤが静かに言った。
それが今出来る唯一のことなのかもしれない。
けれど。
「人攫いの集団はたくさんいる。それ全部のアジトをすべて潰す事は不可能だ。せめて、どこか一つか二つに絞らなければ・・・」
「それで他の人攫い達が行動を牽制してくれれば言うことなしなのですけどね」
私もつい溜息をついていた。
例え大きな出来事がなくとも、この国には小さな問題がいくつもある。
その中の一つ一つを解決するために、私達は今旅をしているのだ。そうでなければ、私達のように位の高い位置にいる者が長い間城あけるわけがない。
皆が黙り込んだその時、室内の一箇所が突然目も眩むような眩しい色を放ち始めた。それが黄色の炎だと察するには、そう時間はかからなかった。
王を守る立場に居る団長とカインが、すぐさま剣を抜いて王の周りに立ちはだかる。
けれど、二人共どことなくぎこちない。
それは私も、バーントもコウヤも同じだった。
「・・・これ、は」
バーントが無意識に呟いた。
彼の言いたいことはなんとなく察しがついた。私も、同じ感想を胸に抱いていたのだから。
この色を私達はよく知っている。
これは、前に、マツリの体から放たれたモノとよく似ていた。黄色の眩しい、炎とも光ともつかぬ不思議なもの。
いきなりその眩しく輝く光の中心に穴が現れ、それと同時に二人に人間が室内へ飛び込んできた。どうやら穴の中から現れたらしい。
その人物達が誰なのか悟り、私は慌てて駆け寄った。
「シナマレリ―ン!」
「シュリル!?」
王の息子を呼ぶ声が響いた。
「おい、どうしたっ。一体何があった!?」
団長の声が響く。
妹は涙を流したまま私の腕を掴み、何かを言おうと口を動かしていた。その様子が尋常ではなく、私にもわけがわからなかった。
彼女がここまで取り乱した事など、一度として見たことがない。
「王子!そのお怪我は・・」
とりあえず己を失っている妹を胸の中に抱きこみ落ち着かせようと試みた。その際隣に視線をやれば、シュリル王子が片腕から血を流しているのがわかった。
その手には剣が握られており、服も異常に乱れていて。
いよいよ何かが起こったのだと悟る。
「ち、父上!マツリさんが・・・マツリさんがっ!」
次の瞬間、彼が告げた言葉に、その場が沈黙に包まれた。
「人攫いの人間につかま・・・って!!」
彼の口から発せられた事実に、私達は一瞬聞き間違えたのかと思った。一同はその場に棒立ちになり、ただ必死に何かを伝えようとする王子を見つめた。
「街に出てっ、いきなり変な男達に囲まれて・・・っ!最初は、僕達も応戦していたのですが・・・!」
シュリル王子は息も切れ切れに言葉を続けた。私達が今一番聞きたくない言葉を。
「僕と、シナマレリーンを逃がすために、マツリさんが・・・囮になって、男達の手に・・っ!」
そう言って、王子は泣き崩れた。
団長の手から滑り落ちた剣が、床に転がった。その虚しくも聞こえる鈍い音を聞いて、私達は我に還った。
「コウヤ、お前はすぐに部下達を城下町に送れ!何日かかってもいい。今はできるだけ早く、マツリ殿が掴まった人攫いの集団の情報を集めるのだ!!」
王の命を受け、まずはコウヤが出て行った。
団長とカインも剣を仕舞い、部屋を出ようと歩き出す。
「私はいつでもでられるように隊を立て直します。カイン、お前はカシギに連絡を取れ。今、あいつが一番近くにいるはずだ」
「はっ!」
二人も姿を消した。
私も、自分の仕事をしなければいけない。
「王子、傷の手当てをいたします。すぐに医務室へ」
「ぼ、僕はっ!」
王子の考えていることはよくわかる。けれど今は彼の腕の手当てをする事が先決なのだ。シナマレリーンを抱きかかえ、王子について来るように促して、私もまた部屋を出た。
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マツリの居場所を突き止めたコウヤが、そのことを報告しに来たのは、それから三日後の事だった。
相手は、数日前に私達の話題に上った集団。最近勢力を上げ始めた、若い娘だけを捕まえるという非道な者達。
相手に私達の存在を気づかれるのは避けなければならない。
そのため、まず十数人の腕利きの人間が中へ押し入り、状況を把握する。その間に建物を完全に包囲するという作戦を取る事にした。
捕らえられているはずの娘達を確実に救い出すことがなによりも先決だった。
最初に建物に入る人間を決めるための話合いが行なわれた。
団長とカインは決定で、状況をもっとも把握しているコウヤも共に行くことになった。
もちろん、私も中に入る事を選んだ。六人の騎士と四人の隠密部隊の人間も団長とコウヤに推薦され同行する。
護衛であったにも関わらず、王子達から目を離したとして、謹慎処分を申し付けられていたカシギもまた、自ら王に願い出て、同行することが決まった。
そして、本当は自分が守らなければいけなったはずのマツリを守れなかったと責めつづけていたシュリル王子も同行を希望した。
その時の彼の態度が、いつもの弱気な彼ではなかったことを受けて、王は息子の願いを受け入れた。
「十六人か・・・」
準備を整えた私達が王座の前に揃った。
人数を今一度確認し、王が目を伏せる。
「皆の者、十分に気をつけて・・・」
王の言葉終わる前に、広間の扉が大きな音をたてて開いた。
「王!わたくしも同行を願い出たくっ!」
扉を開けた先に居た人物を見て、私達は言葉を失った。
灰色の長い髪を後ろで一つに括ったその少女は、貴族の娘だった。
上級貴族出身であるアイシャレラは、背筋を張って歩き、王の前に跪いた。
その腰には、細身の剣も備えられている。
服装もまた、騎士が着るような動きやすさを重視したもので。
娘である彼女が身に纏っていても、まったく違和感がなかった。
王の前に肩膝をつき、腰の剣を流れる動作で自分の隣に置いた彼女は、今まで見たどんな女性よりも清い気高さを持っており、本気なのだと察した。
そして、彼女がこの国では禁じられているはずの剣を扱えるという事も、確信した。
「・・・アイシャレラ。そなたは」
意外そうに瞳を細めた王は、頭を下げたまま動かない少女を見下ろす。
女である彼女が同行するのは不可能だ。誰も、彼女の腕を知らないのだから。
すると、彼女の隣に同じように膝をついた人間が居た。
「王!私からもお願い致しますっ。彼女の、アイシャレラの同行の許可を!!」
王子だった。
意外な人間の言葉に私達は再び目を見開き、アイシャレラもまた驚いた様子で隣に跪くシュリル王子を見つめた。
「お前は、何故」
「彼女の剣の腕は、私が保証いたします!私よりも、遥かに王の願いに沿うことができるはずです!!」
その言葉はまるで今まで見ていたかのようなものだった。
そこで、私は、王子の心の内を知った気がした。彼は、きっと彼女を。
「王!私は、もう、自分だけ安全な場所でただ友の帰りを待つだけは嫌なのです!守れる者は、私自身の手で守りたい。どうか、お聞き届けをっ!」
「王っ!」
必死に頭を下げるシュリル王子とアイシャレラを前に、王は一度目を閉じた。
彼もまた、葛藤の中にいるのだろう。
この国の古来からの掟と、彼によって少しずつ変わっていく遥かなる理想の狭間で。
再び目を開けたとき、彼の目は目の前にいる二人の少年少女に注がれていた。その瞳は静かで、王の威厳を感じさせる鋭いもの。
「アイシャレラよ。・・・・・・・・命の保証はしない。それでもいいと言うのならば、シュリルと共に行け」
女が戦闘に加わるという前代未聞の命が、今ここに下された。
その時、唐突に思いだした事があった。
シナマレリーンが己を忘れるほど取り乱したのは、これが初めてではない。昔、一度だけ同じような事があった気がする。
その時は、アイシャレラもまた、妹と同じように取り乱していた。
理由は確か。
すべてを思い出した時、私は静かに目を閉じた。その中に因果を感じて、何故か酷く焦燥感を感じた。
あれは五年前の出来事だった。
妹やアイシャレラ、同じく貴族の娘であるカミラと親しくしていた少女が、人攫いに襲われ、そして殺されたのだ。
数日後に発見された少女の遺体は、見るに耐えないほどひどい有り様で。
そういった物には見慣れているはずの私でもそれから幾日か魘された。
―――今更ながら思い返す。少女は、人目を惹いて放さないほど、とても鮮やかな青い髪をしていた。
―――そして、先日初めて出逢ったリディアスという男もまた、夜闇でもわかるほどの青い髪を持っていた。
果たしてこれは、偶然か。




