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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.30

お待たせしました。

不定期更新にはなると思いますが、少しずつこちらの連載も進めていきたいと思います。


人攫い、流血などの残酷描写を含んでいます。

ご注意ください。

「ルイ、さん・・・・」

 目の前の血塗れの人を見つめて、わたしは呟いた。


 違う。ルイさんじゃない。

 面差しはルイさんにそっくりだけれど、彼は。



 ―――なんて悲しく澱んだ瞳を持つ人なんだろうと思った。



 その姿形を表すなら、まさしく修羅の鬼。

 冷たく凍った瞳に感情はなく、返り血の赤を美しくその身に纏う美しきその立ち姿。


 わたしの知っているルイさんは、こんなに悲しそうな暗い顔をする人じゃない。暗い表情を見せる事なんかほとんどなくて。

 人を誤魔化して、遊んで、面白がるような人。


「マツ、リ・・・」

 あぁ、声もそっくりだ。


 彼は、間違いなくルイさんなんだと確信した。


 雰囲気も見てくれも、普段とはかけ離れているけれど、わたしを心配して呼んでくれる声音はよく知っているモノ。


 きっとこれが、ルイさんの本当の姿なんだ。


 鬼のような姿であるにも関わらず、その姿は目を奪われるほど美しく。

 顔の半分まで返り血に覆われているルイさんは、ベッドの端に立ったまま、それ以上は近づいてこない。ただ、黙ってわたしを見てくるだけ。


 でもわたしにはわかった。彼の体が、小さく震えているという事に。己の狂気を自覚した彼はきっと、己の姿を見て、怯えている。


 鼻につく、錆び付いた血の匂いは、幼い頃の記憶を呼び起こさせる。


 そのせいで、呼吸が止まった。

 けれど今は、ここで立ち止まっている場合じゃない。

「る、ルイ、」

 痙攣の止まらない体をどうにか叱咤して、ゆっくり前進した。時々足の重りが体に響いて、意識が遠のきそうになる。 


 色々な意味で、限界なんだと実感した。


 すでに事切れている男の背中を通り越す。

 真っ赤に染まった大きなベッドの上を、懸命に前進した。体を奮い立たせて、ようやくルイさんの傍に辿り着く。


 彼は長身だけれど、わたしは今ベッドの上に居る。ベッドの上で膝立ちになれば、ちょうどルイさんと同じ目線になれた。


「・・・・・・」

 ルイさんはじっと目を見開いたまま、動かない。


 その瞳には何も映っていなくて。きっとわたしが目の前に居る事さえわからないんじゃないだろうか。


 痙攣する体をそのままに、両手でルイさんの頬を包み込んだ。

 手の平に、べっとりと真っ赤なモノがつく。それでも今は気にならなかった。

 

 ただ、目の前のこの人を、助けたくて。


「ルイ、さん」 

「・・・・・っ」

 ルイさんの瞳の焦点が、わたしに向けられた。

 近くにあるわたしの顔を見て、驚いているみたい。それでもどちらも何も言わず、わたし達は静かに見つめ合った。


 最後の気力を振り絞って、ルイさんに笑いかける。

「助けに来てくれて、ありが、とう・・・・・・」

「!」

 

 後のことは覚えてない。

 突然目の前が真っ白になって。

 唯一憶えているのは、その直後に暖かく力強い腕に抱きこまれた事と、耳元で小さな嗚咽が聞こえたことだけ。



●  ●  ●  ●  ●  ●

 

 ・・・・・・・・・暖かな水の中で、当てもなく漂いつづけているような気分だった。行き先など決めず、水の動きに合わせて揺れている、そんな感じ。


 少し前まで感じていた苦痛もなにも感じられない。

 海の浅瀬にでも沈んでいるのだろうか。


 明るい日差しが体中を照らしているようで、暖かさを感じる場所が時間ごとに変わっている。

 目を開いて、場所を確認しようとは思わなかった。 


 もう、このままここでこうして何もせずに漂っていたい。悲しい事も、苦しい事も、痛い事もすべて忘れて、ただ一人こうして。


 けれど、近くでも遠くでもない場所に人々の気配を感じた。

 何かを言っているようだったけれど、声が小さくて聞き取れない。手や頭を触られている感じがしたけれど、感触が小さすぎて感じ取れない。


 唇に何か暖かなものが触れた気がした。

『愛してる』

 小さな声が聞こえた。


 

 ・・・・・・帰らなくちゃ。


 唐突にそう思った。

 人が居るはずの、近くでも遠くでもない場所に帰らないと。そこに、わたしを待っている人達がいる。

 

 そう思った瞬間、両手を引っ張られた気がした。誰かに体を引き上げられたような、そんな感覚に襲われた。



●  ●  ●  ●  ●  ●


「・・・・・・・・・・・ぅ」

 まるで水から引き上げられ、酸素を求めて苦しがる魚のように、暖かな水の中から引き上げられたわたしは忘れていた痛みを一気に受け止めた。


 それでも、頭が響くように痛いだけで、体全体からはそう痛みを感じない。


 視界を真っ白なものに覆われ、自分がとても柔らかいものに包まれていることを悟った。ベッドの中にいるのだろうか。


 痛む頭を押さえつつ、体を起こした。手を触れた先に布の感触を感じて、包帯が巻かれているのだと思った。

 刹那、何か小さなものに思い切り突進されて、再びベッドの中に逆戻りする事になる。よかった。後ろがベッドで。


「お姉ちゃんっ!!」

 声を聞いただけで、突進してきたものがなんなのか理解する。

「二―ルくん」

「気がついたかっ」

「おい、早くルイを呼べ!」


 ゆっくり目を開いて一言発した所で、部屋の中全体にあらゆる人々の叫び声が響いた。


 ・・・・・・・・うわぁ、頭に響く。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん大丈夫っ!?」


 もう一度上半身を起こして状況確認をしようと目を開けば、隣に座る二―ルくんが涙をその瞳一杯に溜めてこちらを見上げていた。


 彼に会うのは随分と久しぶりだ。

 会って早々泣かれてしまうなんて、わたしもいけない大人になってしまった。


 苦笑しながら本格的に泣き始めた二―ルくんの頭に手を乗せ、ゆっくり撫でてやった。そうすれば、彼は黙って腰にしがみ付いてくる。


 どうやらわたしは、ベッドの上に居るようだった。

 すべて白く覆われたその部屋は医務室のよう。


 明るい木漏れ日が窓から部屋を照らしていて、久々に見た太陽に心が癒される。もちろん、わたしを心配し過ぎたせいで泣き出してしまった二―ルくんにも癒されていたけど。


「マツリ!?」

「大丈夫か!」

 静かなだったのはほんの一瞬。


 いきなり扉が激しい音を上げて開き、次の瞬間にはたくさんの人が部屋の中に傾れ込んできた。

 それはみんな見知った顔ぶればかりで。

 自分は、自分の居るべき場所へ戻って来られたんだと実感した。


「マツリ・・・・」

 サンジュ父さんがいつも以上に情けない表情をしていた。そんな顔、将軍である彼に似つかわしくない。その原因がわたしだとわかっているから、責めるような事をしなかったけれど。

「みんな、迷惑かけてごめんなさい。・・・・・わたしは、大丈夫だよ」


『・・・っ』

 またもや、誰かに突撃され、ベッドに仰向けに倒れた。

 目の前を覆う杏色の髪。

 シナちゃんだ。


「大丈夫だって。わたし、頑丈だから」


 見上げた先にあったシナちゃんの顔は涙でグシャグシャ。目の周りはすっかり赤く腫れていて、涙の後がくっきり残っている。

 この様子だと、わたしが彼女を逃がしてから、ずっと泣き続けていたのだろう。

 わたしの上に馬乗りになっているシナちゃんを、誰かが持ち上げた。


 ルイさんだ。


 彼は何も言わない。

 静かな瞳でわたしを見つめ、その瞳には今まで見たことがない色が宿っていた。その感情を読み取る事ができないまま、彼は視線を外した。


「包帯を外すから、シナマレリーンは出ていなさい」

『・・・』

 シナちゃんは首を横に振った。

「行くんだ」

 兄は妹の願いをきっぱりと断った。


 今の彼には逆らわない方がいいのだと感じとったらしいシナちゃんは、もう一度わたしを見て、それから出て行ってしまった。


 今部屋の中に居るのは旅のみんな。


 バーントさんもサンジュ父さんも、カインもコウヤさんもセピアも二―ルくんも、ルイさんもみんな居た。


 その事実を知って、笑みが零れる。

「また、みんな揃ったね」

 やっぱり、彼らの傍に居る事がなによりの幸せなのだと、今更ながら思い知った。


 深い意味はなく、ただ思ったままを口にだしただけなのに、わたしのその言葉を聞いたみんなは一斉に苦しい顔をして顔を背けてしまった。


「え、どうしたの?」

 もしかしなくても、自分自身を責めているのだろうか。わたしが危ない目にあってしまった事を。

 そうだとしたらお門違いだ。これは全部自分が招いた結果。

「・・・みんな、なんでそんな顔するの?全部、わたしの責任だよ。ごめんなさい、また、危ない事して・・・」


「包帯を外すよ」

 ルイさんが一言断りを入れ、腕に巻いてあった包帯を取りにかかった。

 布が外されていく。

「やっぱりね」


 捕まっていた時は完全に頭から抜け落ちていたが、わたしには異常なまでの治癒能力が備わっていたのだ。だから、どんなに酷い傷を受けても数日すればしっかり完治する。


 包帯の下から現れたわたしの皮膚は、元通りの綺麗なもの。


「馬鹿だな、お前は」

「?」

「マツリ」

 バーントさんが苦しい顔を消して苦笑いを浮かべた。その隣にいたサンジュ父さんがこちらを向いた。


「俺達が浅はかだった。・・・・お前の怪我が完全に完治し次第、また城を出るぞ」

「え」

「だから、今は怪我の手当てに専念しろ」 

 そう言い残して、彼らは去っていった。

 ルイさんも、残りの包帯を解き終わり、怪我の状況を確認すると、みんなと同じように部屋を出て行った。


 

 あまりにも呆気ない再会に、目をぱちくりとさせてしまった。 

 残されたのは、わたしと二―ルくんとセピアだけ。

 




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