Ep. 29
人攫い、流血などの残酷描写を含んでいます。
ご注意ください。
四回目の起床後、わたし達は前日と同じように二人の図体のでかい男達に連れられて昨日掃除途中だった大きな一室に連れてこられた。
部屋に着くと同時に仕事に当たる。
濡れ雑巾で床を拭く人、箒を使う人、棚などの汚れを拭く人。
わたしは棚を拭く係りだ。
いつも不思議に思っていたのだが、今居る屋敷のような建物には、一つも窓が付けられていなかった。ので、もう数日以上はお日様や青い空を見ていないことになる。
人はここまで閉鎖的な所に閉じ込められると、体力的にも精神的にも極限まで追い詰められるというもの。
わたしと同じ鉄格子に入っている一人が、今朝熱を出してしまった。
それに気づいたのは、見張りの人間が先で。
女の人だったのだが、同じ女性のわたし達にも容赦はなく。熱を出した少女はすぐに連れて行かれ、それから二度と帰ってこなかった。
そのため、わたし達は今とても深刻な空気の中にいる。
みんな生きたいという気持ちの方が大きいのだ。生きて、また、家族や友人に会いたい。
もちろん、わたしも同じ気持ちだった。
その日の午後、すっかり寝床となった鉄格子へと帰る途中、わたしだけが何故か帰りの列から外された。足が酷く痛むので、今日は早く帰って座りたいと願っていた矢先の出来事。
それに気づいた少女達は顔を青くして、わたしを心配そうに見つめてくる。
わたしが何かしただろうか。
そこで思い当たったことが一つあった。
・・・・・あの、若い男が言った言葉。
彼はわたしを見て、かわいがってやるよと言っていた。半分冗談だと思って忘れていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
痛む足を引きずり、引き攣る手首を擦りながらわたしは案内人の男の後に続く。
やっぱり、若い男はかなり高い地位に居る人間のようだ。
通された部屋は、鉄格子などとは比べられないほど立派な部屋だった。まるで、城の一室にいるよう。ただ一つ違うのは、窓がないということ。
部屋に足を踏み入れると同時に背中を突き飛ばされ、前のめりになりながら部屋の床に倒れ込んだ。その後ろで、図体のでかい男が扉を閉める。
「・・・・痛い・・・」
もうボロボロだ。少し突き飛ばされて床に転んだぐらいでこんな痛みを感じるなんて。
着ている服は、所々穴が開いたり血が滲んだりしていたし、髪もグシャグシャで、顔もきっと腫れて血がついている。
足も手も血まみれで、多分見た目的にも酷い状態であると考えられる。
もしここで誰か助けに来ても、わたしが茉里であると分かる人が果たしているだろうか。
よかった、ここに居るのがわたしで。
もしこれがシナちゃんやシュリル王子だったならば・・・・。考えるだけで恐ろしい。
平均的な顔付きをしているわたしだからこそ、今の今まで体罰程度で収まっているのだ。いや、そう呑気に言っていられるのも今だけかもしれない。
もう、覚悟を決めるしかないのか。
今まで何度も何度も絶体絶命の危機に襲われた。それでも、運に恵まれていたせいか、こうして今まで無事に生きてこられた。
その運も、もう使い果たしてしまったと考えた方がいいのだろう。
後ろの扉のドアノブが回り、ゆっくり開いた。
「やぁ、久しぶり」
そこに現れた男は、先日見たときとまったく変わっていない。
憎々しいまでの笑顔でこちらを見てきた。
「大変だったみたいだねぇ。手加減しろって言ったのに、結局容赦なかったか」
やけに明るい口調で言われて、カチンときた。
「手加減してもしなくても、関係ないくせに」
わたしの言葉に、しばらく目を見開いて固まっていた彼は、しばらくして満面の笑みを浮かべた。その様子に思わずたじろいだ。
今どこに笑う要素があるという。
「やっと口利いてくれた。君の声を聞くのは初めてだ」
子供のような感想を述べてくる彼は、軽い動作でわたしを抱えあげると、わき目も振らずにある場所へと向かった。
そこには、大きなベッドがその存在を強く主張している。
「・・・・・っ」
ベッドの中央に落とされたところで、初めて恐怖が生まれた。
この窓のない建物に閉じこまれるようになって、初めて感じた恐怖だ。
「ふふふ、やっぱり、さすがに恐い?」
男が笑った。
彼が上に乗った事で、ベッドが軋み鈍い音を立てた。その音がわたしの恐怖を煽り立てる。
いやだ。なんだってこんな狂気にまみれた男なんかに。
男が徐々に近づいてきたので、わたしは条件反射のように後ろに引く。けれど、すぐに腕をつかまれた事で、無駄な鬼ごっこはすぐに幕を閉じた。
触れられた場所から、悪寒が走って、体全体に鳥肌が立った。
「何も恐がる事はないよ。今から、気持ちイイことをするんだから」
男の体が圧し掛かってきた。
「い、いやっ」
「嫌じゃない。不思議な香りがするねぇ、君。楽しめそうだ」
首元に生ぬるい何かを感じた。
それが男の舌だと感じたところで、自分の五感全てが一斉に機能を止めたと思った。もう、わたしは死んでしまうんじゃないかと、本気で思った。
知らない男に、犯される。
まだ、好きな人すら居ないのに。まだ、誰かを愛し愛された事さえなかったのに。
それをする以前に、わたしの体は汚されてしまうのだ。
そう認識した途端、体が痙攣した。
「い、イヤァァァァァァァァァァ!!!!」
どこから出したのか、心からの悲鳴が洩れた。
その叫びに反応するように、男の動きが止まる。
「グ、ガァッ!」
上に覆いかぶさっていた男が、いきなり口から大量の血を吐いて目を剥いた。
必然的に、目の前に居たわたしが、彼の体から噴きだした血を己の体をもって受け止める事になる。
「・・・・・・」
目の前を覆う、どす黒い赤。
己の手の平を見れば、気持ち悪いほど赤く染まっていて。
この鉄の錆びたような匂い。この鮮やかな色合い。前に一度、嗅いだ事がある。前に一度、見たことがある。それは、一生忘れられない残酷な出来ごとを思いださせるには十分で―――。
男の体が横に傾いだ。
真っ赤に覆われていた視界が開けたと思えば、目の前に立つ一人の人物。
目の前が開けても、視界の赤は消えなかった。
全身血塗れ彼は、つい先ほどまでわたしを襲おうとしていた男の背中から武器だと思われる槍を引き抜き、そしてこちらを向いた。
「・・・・・・ルイ、さん?」




