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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.28

人攫いや人身売買、流血などの残酷描写を含みます。

ご注意ください。

 頭が酷く重い。

 体が思うように動かせない。

 そう実感したと同時に、わたしは一気に目を覚ました。


「・・・ぅ」

「やっと目を覚ました」


 気持ち悪い。


 何か食べたわけでもないのに、胸焼けを起こしているようだった。変な匂いが鼻に入ってきて、この匂いのせいだと知った。

 地面は小さな砂のせいでジャリジャリする。顔も含め、体全体に纏わりついてくるその感触がさらに気持ち悪くさせる。


 何もかもが気持ち悪いと思った。


 誰かが目の前に居る。

 薄っすらと目を開けた先に靴が見えたのだ。


「こいつ生きてんの?死んでんの?」

 頭上で声がしたかと思えば、目の前に見えた靴で、頭を軽く蹴られた。

 このままじゃ、本気で蹴り飛ばされそうな予感がしたので、起きてみる事にする。

 くらくらする頭を手で押さえたまま上半身を起こしたところで、手首に何か重いものを感じた。


 とりあえず、今の現在状況を把握しよう。


 自分の両手首に感じる重みと、両足首に感じる重み。これはどれも同じ物で。どうやら、わたしは何かに繋がれてしまっているらしい。


 というか、両手首と足首に巻かれた鉄の紐の先に重りがついているようだ。


 こういうの、漫画内でしか見たことがなかった。

 まさか、自分が経験するとは夢にも思っていなかった。


 冷静に自体を受け止めているのはきっと、まだ死んでいないという事に安堵したから。


 静かに佇むわたしを見ていた男は、俗語でいうヤンキー座りをしてわたしと視線を合わせてきた。興味深そうにわたしの瞳を見つめてくる。


「あんた、恐くないの?」

「・・・・」

 答える気力さえ、わたしにはない。

「ねぇ、聞いてる?」

 俯いたまま黙り込むわたしに痺れを切らしたのか、若い男はわたしの髪の毛を遠慮なく掴んで無理矢理顔を上げさえた。

「ふぅーん、恐がってないみたいだ。珍しいね」

 あんまり遠慮がないもんだから、一瞬本気で毛が全部引きちぎられるかと思った。

「あぁ、ごめんごめん」 

 苦しそうな顔をしていたんだろう。彼がようやく髪の毛から手を離してくれた。


 でも、すぐに頭が落ちそうになったので、今度は顎を捉えられて上を向けさせられた。

 正直、まだこっちの方が楽ではある。


「ごめんねぇ、あんた掴まる時抵抗したでしょ?何人か怪我しちゃってさ、これ以上暴れられると困るから鎖で繋がせてもらったよ」

 若い男はケラケラと笑う。


 近くで見るその瞳はどこまでも澱んでいる。きっと彼は幹部か何かだ。

 なんの反応も示さないわたしにイラっときたのか、男がぐいっと顔を近づけてきた。

 お互いの息がかかる距離にまで、顔が近づく。けれどわたしは、この狂った男の吐く息を感じるのが嫌で、息をするのを止めた。


「よく見れば中々見れた顔はしてるね」

 男が笑う。綺麗な顔に、歪んだ笑みを浮かべて。

「よし決めた。あんた反応が他の人間は違うし、後で思う存分遊んでやるよ。とりあえず今は、大人しく他のみんなと一緒にいな」 

 そう男がいうと同時に、誰かにお腹を思い切り殴られた。


 あまりに勢いの良さに、お腹に激痛が走って口から血が出たのがわかった。


「おいおい、ちょっとは手加減してよ。使いもんにならなくなったらどうするの」


 そんな事を言いつつ、男はそこまで気に止めたようではなかった。

 ここは狂っている。

 誰かに担ぎ上げられ、問答無用で連れて行かれながら、わたしはそう思った。




 

 連れて行かれたのは、さっき居たところより数倍は暗い場所。

 よく見れば、そこは牢屋のような場所だった。

 明りは鉄格子の間に一つ一つある蝋燭しかない。どこかのホラー映画に出てくるワンシーンみたいだ。

 わたしはその中の一つに無造作に押し込められた。


「いったぁ・・・」


 というか今更思ったのが、わたしを担いできた男が重くなかったのだろうか。女一人分の体重に加え、四つの重り。

 人間業じゃない。


 鉄格子の中には、人の気配がたくさんした。


 痛む後頭部を擦りつつ、中の様子を確認する。

 自分でも恐ろしくなるほど、今のわたしは冷静だ。今まで乗り越えてきた苦難の末に、少しは神経が図太くなったのかな。


 嬉しいやら悲しいやら。


「・・ぁ、あなたも、連れてこられたの?」 

 女性のか細い声がした。 


 明りが弱いためよく見えないので、目を細めて声のする方を見てみた。

 そこに居たのは、身を寄せ合って固まっている数人の若い女性。


 みんな体の所々から血を流していて、見ているだけで痛々しい。・・・いや、わたしもさっきお腹を殴られた衝撃で口から血が出たし、鉄の鎖が擦れて手足から血が流れている感じがするけどさ。


「あなたもって、皆さんも」


 どうやら彼女達はわたしほど抵抗したわけじゃないらしく、誰も重りは付けられていなかった。

 少女達は頷く。


「ここは、どこなんですか?」

 すると少女達は一斉に首を振った。わからないのか。


「でも、この鉄格子の中に押し込まれた人間はみんな、人買いに捕まえられた者達ばかりです。皆、売られるか、殺されるか、そうでなくば・・・・」


 野蛮人に喰われるか。


「最近は人攫いが多発していると、あれほど注意されて、あたしも注意していたのに・・・」

 少女の一人が歯を食いしばる。


「人攫い・・・」


 カイン達が前に言っていた「例の件」って、もしかしなくてもこの件だったのだろうか。だから、警戒するために護衛が強化されたのだろうか。


「・・・・」


 自分が捕らえられたのはもしかしなくても自業自得なのかも。

 わたし達が居るのは地下だ。今が朝なのか、掴まってどれくらい経ったのか何もわからない。

 今はただ、サンジュ父さん達が来るのを待つしか、ここから脱出する術はなかった。



●  ●  ●  ●  ●  ●


 

 鉄格子の籠に入れられてから、三度起床と就寝を繰り返した。といっても、そんなに生暖かいものではない。


 起こされるのはいつも冷たい水を全身に浴びてからだし、寝るのは過酷な労働が終わってから。

 わたしなんか、腕の重りは外されたけれど足はまだあるので、最近は肌が擦りむけて血が止まらなくなってきた。


 一緒の鉄格子に居る少女達が、自分の服を破って手当てをしてくれるのだけれど、それでも血は止まるのを止めなかった。


 労働は苦しくて、始めにあった少女達が何故あんなにボロボロだったのかよくわかった。

 わたし達の仕事は主に部屋の掃除。

 けれど、ただの部屋の掃除じゃない。

 人攫いの団体は綺麗好きらしく、少しでも埃が残っていたりするとその場に居た全員が思い切り殴られるのだ。相手は女であったり男であった。


 もしも男で、しかも図体がでかい奴だった場合、一発殴られるだけで相当の血が出る。


 しかし、誰もその傷を手当てするものは居らず。

 わたし達はただ放置するしかなかったのだ。

 食事も一日二回、固いパンと味の薄いスープ。

 わたし達はまだいい。若いから。


 もしもこれが老人や幼児だったらと思うと、寒気が治まらなかった。


 今のところ、連れ去れているのは年頃の娘だという。理由は、よく売れるから。

 今でもこの世界の裏では、人身販売が盛んなのだと、一人の少女が何の感情も感じられない無機質な声で話してくれた。


 


 わたしは今まで、この国の明るい部分しか見て来なかった。けれど、どんなに煌びやかで明るい所でも表と裏はあるもので。

 こうして、国の裏の汚い部分をこの身を持って体験している。

 その経験はあまりに過酷で、そして残酷なもの。けれど何故だろう。この国が好きであることに変わりはないのだ。

 すべてのモノには、良い部分と悪い部分が存在する。それは幼い頃からよくわかっていた。

 例え今わたしを苦しめているのが、自分が守りたいと思っていた国だとしても。これだけが世界のすべてじゃないのだから。


 この国にはちゃんとやさしい人が存在する。

 道に迷っていたわたしを救い上げてくれた人が居る。今だってこうして、この国の少女達と苦しみを分かち合っているのだ。


 それを知ってるから、この国をこの国の人達を嫌いになることなんて出来ない。


 悪い部分だけを見て己の考えを固めるより、全体を見通して良し悪しを見極めなければ、きっと人間は他人の悪いところばかりに集中してしまうだろう。

 物事の良い所よりも、悪い所にばかり注目してしまうのが人間の性というものだから。

 

 確かな信念を持っているわたしは、どうにか絶望の淵に行く事だけは免れていた。






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