Ep.27
流血や喧嘩などの残酷描写が入ります。
ご注意ください。
「ご、ごめん。待ったっ!?」
アイシャ達の奇妙な空気から離れた後、わたしは自室まで全速疾走した。
部屋について中で待っていたシナちゃん達に声をかけた時には、もう息も切れ切れである。
「ま、マツリさんっ!?だ、だ、大丈夫ですかぁ!?」
「・・・・うん、大丈夫だから落ち着いて」
しまった、王子が情けない人間だって事すっかり忘れてた。
胸を抑えて浅い呼吸を繰り返すわたしをシュリル王子が泣きそうな顔で看病してくる。といっても、ただ背中を擦ってくれるだけだが。シナちゃんの方はさすが医者の兄を持つ身。特に慌てた様子もなく、どこからか水まで持ってきてくれた。
いや、別に走りすぎて息切れしただけなんだけれども。
「シュリル王子、さっきの話聞いてたよね」
「・・・・・はぃ・・・」
呼吸が一定になってきたところで、会議の内容に移ってみた。
王子は、何も知らない第三者から見ても慰めてあげたくなるくらい肩を落として溜息をついていた。わたしの考えはまったく予想通りだったようである。
「いや、でも、王子に希望がないわけじゃないでしょ?」
「で、でも・・・・」
「だって、王子はアイシャの良い所ちゃんと受け止めてる」
「・・・・・あ、アイシャは、自分より弱い人は・・・嫌だって・・・」
シュリル王子の声が涙声になり始めた。
「ちょ、泣かないで下さい!」
「ず、ずびまぜん・・・」
鼻水を拭くためのティッシュを渡しながら、わたしが批判すれば、すぐに泣くのは止めてくれたようだ。
本当にこの王子は。
「ぼ、僕は、本当に、だめな人間です・・・。こん、なんだから、父も会議に僕を参加させてくれないし、た、大切な事も、何も言ってくれない・・・・ん、です」
頼むから、彼氏に振られた彼女のようなか細い涙声で語らないでくれないかな。本当に、冗談抜きで女装させたくなるから。
とりあえず、王子にはもう少し自信と強い精神力を持ってもらわないといけない。
そこで一つ思いついたことがあった。
「そうだ!」
この方法なら、わたしやシナちゃんも楽しい思いが出来るし、シュリル王子の弱点も少なからず克服できる。
『「?」』
静かにわたしと王子の会話を聞いていたシナちゃんと、女の子顔負けのかわいらしさで鼻をかんでいた王子が首を傾げながらわたしに注目した。
「ねぇ、明日さ、みんなで街に降りない?店を廻って知らない人達とたくさん話せば、シュリル王子の根性も少しは強くなるだろうし、わたし達も買い物出来るしさ」
「・・・はぁ」
「一石二鳥でしょ?」
反論は認めない。
● ● ● ● ● ●
「こりゃあ、また、珍しい顔ぶれだことで」
翌日、さっそく街に降りるために門の前に集まった。
もちろん、護衛はカシギに頼んだ。けれど、今日は王子やシナちゃんも一緒なためか、もう二人護衛が居た。
どちらも一級騎士のようだが、思っていたよりは優しげな人だ。大よそカインがカシギのように意地悪を言うような人達には見えない。
「我が侭言ってごめんね。でも、これも王子のためだから!王子、カシギからちゃんと男らしさ学んでよ!」
「よ、よろしくお願いします」
「おれなんかでよければ・・・・」
半分以上は話のわかっていないカシギがとりあえず王子に軽くお辞儀していた。
いつも以上に動き易さ重視の服を着て、マントを羽織ってフードを被る。
王子とシナちゃんの顔はすごく綺麗だから、狙われやすいかもしれないという配慮だった。もちろん、そんな心配のないわたしは被っていない。
それは護衛の皆さんも一緒。
もし狙われる人が居るとすれば、それはすっごく綺麗な二人だろう。
「迷子にはならないでくれよ」
「分かってるって」
カシギと軽口を言い合いながら、わたし達は出発した。
シナちゃんはしっかりわたしの手を握り、彼女のもう片方の手はシュリル王子の手と繋がれていた。
街を歩きながら、わたしはシナちゃんと話していた。
もっと具体的にいうならば、わたしがシナちゃん話しかけて、彼女が首を縦に振ったり横に振ったりするわけだが。
わたし達の両隣を二人の変装した騎士さんが歩いていて、そんなわたし達の前をカシギと王子が歩いている。二人で男というものについて話し合っているらしい。
自分よりも明らかに男らしさ溢れている兄貴分を見て、シュリル王子は瞳を輝かせていた。下手すれば、彼の言う事一言一言を紙に書き記していきそうなくらい、熱心に話しを聞いている。
「ねぇシナちゃん、昔、わたしに似た子が友達に居た?」
『・・・・』
普通に話しを振ったはずなのに、その質問を聞いた途端、シナちゃんの瞳の色が凍った。
わたしの方に顔を向けたまま、そこから一切の表情が抜け落ちる。
やっぱり、この質問は禁句だったのか。
すぐに話を逸らさないと色々まずいかも。
「ごめん変な事聞いて。今言ったことは忘れてね」
『・・・っ』
わたしが質問を取り消すと、彼女は何かを言いたそうに口を何度か開けたり閉めたりしていた。けれど、喋る事のできない彼女の口から声が漏れる事はなく。
シナちゃんは泣きそうな顔をしてこちらを見上げてきた。
「・・・なんで泣きそうな顔するの?わたしは別にそんなに知りたかったわけじゃないし。あ、ほら、かわいいお店があるよ!入ってみよう」
シナちゃんの手を今度は握り直せば、強い力で握り返された。それはまるで、最初にわたし達が出会ったときのようで。
彼女は今もわたしを頼りにしてくれているんだと思ったら胸が温かくなった。
―――この時、もっと深く物事に考えを巡らせておけばよかったんだ。なんでカシギ以外に二人も護衛がついたかだとか、前回のカシギとカインの間で交わされた『例の件』がなんだったのかとか。もっと考えて行動しておけば。
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「シュリル王子、なんか変だよ」
「・・・・マツリ、さんも、そう思いますか」
シュリル王子が彼らしくないほど低い声で、そう返してきた。
明らかに、周りの様子が違う。さっきまでの賑やかな場所は今はなく、わたし達はどこかの黒い路地裏に迷い込んでしまっていた。
さっきまで話していたカシギ達が居ない。
どう考えても、急にこんな状況になるはずがない。
シナちゃんの手を強く握って、シュリル王子ももう片方のシナちゃんの手を握る。
「誰か、居る」
わたしがそう呟いたと同時に、誰かに腕を掴まれた。
「!?」
「捕まえた」
「・・・っ」
わたしの腕を掴んだのは、見知らぬ男。その瞳は虚ろで、顔色も青白い。
言いようのない悪寒が背中を走り抜ける。
『!!』
シナちゃんが隣で息を詰まらせたようだった。
見れば、彼女の足を男が掴んでいた。
彼もまた、気持ち悪いほどおかしな人相をしていた。目は白目を剥いていて、口元からは大量の涎を流している。
よく見れば、わたしはそんな男達に四方八方を囲まれていた。
腕を掴む男を振り切って、シナちゃんの足を握る男の手を蹴り上げた。
シュリル王子も持っていた剣を取り出して、近くにくる男達を払いのけている。少し怯えているのか、顔色が悪かったけれど、それでもちゃんと動いていた。
何気に本番に強い人なのかもしれない。
わたしもサンジュ父さんから貰った短剣を取り出して構える。
シナちゃんを守るように前をわたしが、後ろをシュリル王子が囲む。
けれど、どう考えても、わたし達に勝てる要素は一つもない。
さっきから頭の警報が鳴り続けている。第六感が告げているのだ。
こいつらはヤバイと。
短くない期間旅をしてきたわたしの六感は、当たる筈。それに、今掴まれば最後、三人共どうなるかわからない。
「・・・くっ」
もう一度こちらへ腕を伸ばしてきた男の腕を避けながら考える。
考えるんだ、何が一番適切か。
旅で培っていたものを、今こそ発揮するべきなんだ。
体を動かしながら、頭も動かしつづけた。
そして一つの結論に辿り着く。
「・・・・」
今まで出会った人々の顔が脳裏を通り過ぎる。わたしは、自分の命を無駄にはしないと決めた。生き続けると。
けれど、もう、選択肢は残っていない。
今危機に陥っているのはわたし、シナちゃん、シュリル王子。
シュリル王子はこの国の時期王で、本当に大切な人。そして、シナちゃんも上級貴族の娘さんでルイさんの大切な妹。
―――でも、わたしは?
ここでわたしが男達を寄せ付けて、その間に王子とシナちゃんが逃げることさえ出来れば。シュリル王子はそれなりに剣も出来る。シナちゃん一人ぐらいなら守る事も可能だ。
一人は犠牲にならなければ、この場は突破できない。そして、国の被害を最小限に止めることができる犠牲は、わたし以外に居ない。
「ぐっ!」
シュリル王子の片腕から血が流れた。シナちゃんもパニックに陥っているようで、頬から幾つもの涙を流している。
もう、話合っている余裕さえない。
大切な人達が傷つくのを、黙って見ていられるほどわたしも強くなんてないのだ。
わたしはきっと誰よりも臆病者で。
だからこそ、誰かを守りたいと思う気持ちは人一倍強くて。
「シェリル王子!シナちゃんと一緒に逃げてっ」
「マ、マツリさん!?」
詳しく話している暇なんてどこにもない。
これまでサンジュ父さんに教えてもらったことすべてをここで使わなくて、どこで使う。
短剣を構えて走りこむ準備をした。
「わたしが突破口作るから、そこから走り抜けて。いいね?」
「嫌ですっ!」
シュリル王子は首を振ってその場から動こうとしない。
その間に、男達の数が増えていく。今行かなければ、本当に三人で掴まってしまう。
「王子!しっかり考えてっ!」
叱咤を送った。
「あなたは時期王です、今の状況を考えて対処するなら、三人一緒に掴まるよりも、社会的地位がないわたし一人が掴まった方が被害は少ないんです!」
わかりますかっ!と半ば叫ぶようにして言った。
「だけど僕は!」
いよいよ状況は切羽詰ってきた。
不毛な言い合いをしている時間もなくなってきた。
こうなったら実力行使に出るしかない。
「王子、もしこれ以上わたしに反論するのは無しです。ここで男達の中に飛び込みますからね、ちゃんと後ろからついて来てください・・・ねっ!」
語尾を言い終わる前に、わたしは飛び出していた。
体勢を引くくして、男達の腹元を狙う。
一番先に接近した腹に向かって横一文字に短剣を振り、その次の二人には縦一線の傷をお見舞いしてやった。
すべてこの国の将軍直伝の動き。本番で使うのはこれが初めてだったけれど、ここは火事場の馬鹿力で、思った以上に動けた。
周りの五、六人の男達の腕や腹に短剣を振るう。
それから体当たりして小さな空間を空けた。
「か、必ず応援を連れて戻ってきます!だから、絶対無理しないで下さいっっ!」
涙声のシュリル王子の声が耳元に届いて、遠ざかっていく。
よかった、ちゃんとわたしの言う通りにしてくれた。
安心して彼らの走り去る方向に顔を向けて瞠目した。
男達は、ここだけに集まっていたわけじゃない。
「シェリル王子!シナちゃん!!」
絶望の色が篭った声で彼らの名前を叫んだ。
嫌だ、もうこれ以上わたしの大切な人達を傷つけないで。もう、大切な人達が目の前から居なくなっていくのを見たくないの。
そう強く願った時、胸が鋭い痛みを持った。これは、わたしが前に感じたものと同じ。
「っ!」
胸を抑えて前かがみになる。
今回は前の熱さを感じなかった。でも、どうしようもなく胸の奥が痛い。体の一部が焼け付くような痛みとは、まさにこのこと。
でも、よりによってどうしてこんな時に。
そう思って顔を上げた時、黄色い炎が眼前にいるシュリル王子とシナちゃんを包んだことを目に止めた。完全に光が二人を包み込んだ瞬間、脳裏に城の中の様子が浮かぶ。
旅のみんなが一同に揃っているお広間だ。
「・・・・・あ」
もう大丈夫。あの二人は、もう無事に城に行った。
「・・・・!」
ほっと息をつこうとしたその時、後頭部に激しい衝撃を感じた。
目の前が一瞬にして真っ黒になる。
わたしは抗うこともなく、その場に静かに崩れ落ちた。




