Ep.26
その後、部屋に戻って母の日記を読みながらセピアと戯れつつ時間の流れをやり過ごしていたわたしだったけれど、午後になってアイシャとシナちゃんが遊びにきてくれた。
天気が良かったのもあって、みんなで庭に行こうという話になった。
その際、セピアも一緒に来るように誘ったのだが、彼はまるでお爺さんが孫を見送るような暖かい目でわたしを見つめ、三人でいくように促してきた。自ら留守番を買って出てくれたようだ。
狼相手にこんな事を思ってしまうわたしは、まだ大丈夫なのだろうか。色々な意味に置いて。
最終的に、セピアに留守番を頼み、わたし達は城の外を回る事にした。
迷うことが恐ろしくなってしまったわたしは、彼女達が居ないとあまり遠くに行く事が出来ないのだ。それがもしも城の中であっても。
だって、嫌なところに遭遇してしまいそうだったから。ちなみにこれは経験談である。
しばらく歩いた所で、大きな庭に出た。
芝生の敷き詰められた地面が広がっていて、けれど中央は綺麗な円形に切り取られている。そこには、大きな噴水があった。
三人の女神らしき女性が一つの大きな瓶を支えている像。その瓶から水が溢れている。女性達の足元には二人の男の子と一人の女の子が戯れていて。
「へぇ、こんな所あったんだ」
「ここが、まぁ、いわゆる玄関みたいなところかしらね」
その割には、わたし、ここに一度も来たことがないんだけれど。
廊下を出て、噴水の傍に行こうと足を踏み出したところで、わたの視界の片隅に入ってきた二つの影。その一人がよく知っている人だったせいか、自然と動きが止まり、視界全体で彼らの姿を確認する。
「あ、サンジュ父さんだ。・・・・女の人と一緒!?」
「・・・・何隠れてるの」
自分でもよくわからないうちに、身体が勝手に近くの白い大きな柱の後ろに移動してしまっていたようだ。
アイシャが呆れたように、そしてシナちゃんがにこにことしたいつもの笑顔でやってきた。二人共、わたしに付き合ってくれるらしく、わざわざ柱に隠れてくれる。
「いや、なんとなく」
良い友達だと思いつつ、目を逸らしてアイシャの質問から逃れようとした。
『アナシアさん』
「アナシアさん?」
「あぁ、城の厨房に勤めている女官のことよ。あの女の人」
シナちゃんが見せてくれた言葉を復唱して、首を傾げれば、アイシャが補足を加えてくれる。
再び何かを話し込んでいるサンジュ父さんとアナシアさんを見つめる。
「へぇ」
アナシアさんは、あいにく横顔しか見えない。
女性らしい方で、話が盛り上がっているのだろう、時々サンジュ父さんと笑い合っていた。雰囲気的にサンジュ父さんより少しだけ年下なのだろうか。
サンジュ父さんが女性と話すところなんてあまり見慣れないことだったから、やっぱり少し違和感がある。アイシャも思ったのだろう。ポツリと呟いた。
「でも珍しい。将軍が女性と一緒にいるなんて」
「・・・・・あれは、恋をしている目ですわ。アナシア、将軍に恋をしていますわよ」
「「『!!?』」」
いきなり聞こえた第三者の声に、わたし達三人は完全に反応に遅れた。一斉に肩を飛び上がらせる。
「なんであなたが居るのよ」
振り返った先にいつの間にか居たカミラを見つめ、アイシャが眉を寄せた。
すると、カミラが鼻で笑う。まるでアイシャを挑発するように。
「たまたま通りかかっただけですわ。わたくしだって、あなた方に好きで話しかけているではございません」
けれど、アイシャは至って冷静に返答した。
「だったら行けば?わざわざここにこないで」
「まぁっ!」
挑発されたのは逆にカミラの方だった。
だが、ここで喧嘩になれば、確実にサンジュ父さんに見つかる。
「はいはい、どうどう」
わたしが牽制のためにアイシャとカミラの肩を叩く。
「あなたにそんな事を言われる云われはございませんことよ」
そう言って顔を顰めつつも、わたしの手を振り解かないのは、ここに友情が生まれつつあると思ってもいいのかな。
『落ち着いて』
シナちゃんもこの友情に加わった。
ここで形成される、四人の友情の形。
考える事がずれそうになったので、急いで話題も戻す。
「・・・・で?なんでまた恋なの?」
まったくわからないのだが。
「・・・・これだから恋をしたことのない半端者は困ります」
「半端者で悪かったわねぇ」
「アイシャ!」
ほんとに、アイシャも大人気ない。彼女を半端者というのなら、わたしだってそうだ。
「瞳を見なさい!アナシアの瞳を」
カミラがなにやら熱く語りだした。
「瞳?」
「あれはわたくしがカイン様を慕う時の瞳。まさに、恋する者の瞳ですわ!」
力説する彼女には申し訳ないのだが、半端者のわたしにはよく理解出来ないでいた。それより気になったのは。
「・・・・はい、一つ質問」
「なんですの?」
「なんで自分で自分の瞳の事がわかるんですか。・・・もしかして」
『鏡?』
シナちゃん、人の心を先読みするのがとても上手だ。
「へぇ」
アイシャが見下すように笑った。完全に馬鹿にしている目だ。
「何を想像されているのかは存じ上げませんが、変な考えでわたくしを汚すことはお止めください。仮にも上級貴族の一人娘なのですよ、わたくしは」
「・・・あなたより位の高い娘がここには二人居るんですけどね」
『?』
「シナマレリーンには意識が足りません。彼女は神出鬼没ですわ」
「どの口がそれを言う」
思わず突っ込んでしまっていた。
だって、ついさっきその神出鬼没さを披露したのは、他でもないカミラなのだ。
「と、とにかく!アイシャレラもシナマレリーンも、もう少しおしとやかでなければ、将来相手が居なくて惨めな思いをするだけですわよ」
「別に、興味ないわ」
カミラのある意味親切な忠告を、アイシャは短い言葉で粉々に粉砕してしまった。
「本当の私を受け入れられない男なんて、一緒になる価値すらないわ」
「・・・ほぉ」
思わず相槌を打った。
アイシャの言葉を聞いて、すぐに彼女に恋するこの国の王子のことを思い出したのだ。
よかったね、その点王子はクリアしてるよ!ちょっとはと望みがあるみたい!
「それに私、自分より弱い人を夫にする気なんてまったくないもの」
「・・・・本当にあなたが昔からそればかりですわね」
「・・・・・・」
先の言葉を却下させていただきます、シュリル王子。あなたの想いが届く確率は、半々かそれ以下。どう考えても、アイシャの方が剣の腕は高そうに思える。
またもや不毛な喧嘩を始めたアイシャとカミラだったが、もうわたしにはそれを止める気はなくなっていた。やるならやってくれ。
溜息をついて天気の良い空を見上げる。
今日は本当に快晴だ。
じっと雲の動きを眺めていると、シナちゃんがわたしの腕を突付いてきた。
「?」
まずシナちゃんを見て、それから彼女の見ている方向に顔を向ける。
「・・・・・・・・うぁ」
その先に立っていたのは、真っ青な顔をしたシュリル王子。柱に隠れつつ、それでもこちらが気になっている様子で顔をのぞかせている。ばればれだ。
・・・それにしても、なんて間が悪い人なんだ。
彼はアイシャとカミラの会話を聞いていたようで、見るからにショックを受けた顔をしてその場に立ち尽くしている。
「そんな性格を直さないかぎり、誰もあなたのことなど相手にしませんことよ!」
「いいわよ別にっ。一生結婚しなければいいだけの話でしょ!?」
アイシャ達の言い合いが良く聞こえるなぁ。
これ以上聞かせたら、本気で王子が戦闘不能になりそうな気がしてきた。今も十分やばい状態なのに。
「ねぇシナちゃん、王子を連れてわたしの部屋に戻ってくれる?わたしもすぐに行くから」
『了解』
シナちゃんが軽く駆け足で王子の元へ向かい、すでに使い物になっていない王子を引きずっていった。
王子と並ぶと、シナちゃんの方が頼もしく見える。それはとても摩訶不思議な出来事だった。
さて、わたしもとりあえずこの場を納めよう。
「昔っから、あんたは私のする事が気にいらないのよね!」
「えぇそうですわ。いつだってわたくしがしようとする事をあなたが横取りしようとなさるんですもの!・・・あの時だって、先王がせっかく・・・」
だめだ、これは止めないかぎりどんどん話が逸れていく。
でも、正直、友人の喧嘩を止めた経験なんて今まで一度もないから、どうすればいいのかわからない。とりあえず、大声を出せばいいのかな。それとも、話を中断させればいいのか。
考えた結果、どうにかして話を中断させることにした。
「アイシャ、カミラ、落ち着いて!」
二人の名前を呼びながら、後ろからアイシャに抱きついてみた。
「「・・・・・・」」
途端、二人がいきなり大人しくなってしまった。
先ほどまで大声で口喧嘩をしていた事さえ忘れさせるように、一気に音がなくなる。
思っていた以上に効き目があったため、わたしの方が驚いた。
目を瞬かせて二人を見れば、二人もこちらを見つめていたところだ。
「え、なんかした?」
「・・・・・あ、ううん。なんでも」
アイシャが何故か振り返ってわたしの事を抱きしめてきた。その隣にやってきたカミラは、口元に手を当てて目を細めたままこちらを見つめてくる。
どちらも、なんとなく様子がおかしい。
「どうかしたの?」
そう言うと、アイシャの首に回る手に力が篭った。
「別に。・・・・ちょっと、昔のこと思い出しただけ」
「昔?」
「数年前にも、わたくし達の喧嘩を止めた友人がおりましたの。あなたそっくりの子が」
「わたしに?」
「いいの。あなたが知る必要ないから。それより行って来たら?シナマレリーンもう行っちゃってるみたいじゃない」
「う、うん」
わたしに似てる子って、どんな子なんだろう。
もっと知りたい気がしたけれど、これ以上は聞けない気がしたし、シナちゃんや王子を待たせてあるので、早々に退散する事にした。
去り際にこっそりアイシャ達の方を見れば。
二人並んで空を見上げていた。後ろ姿だったから表情まではわからない。けれど、その背中はとても寂しげな色を宿していた。




