Ep.25
『カシギは、若いのに実力があるから、結構色んな人達に一目置かれてるの』
『若いって?』
『彼、私達より一つ上よ』
『・・・・・・』
先日のアイシャとの会話が、今だ耳鳴りのように耳の中に残っている。
まさか、あのカシギがわたしと一つしか違わないなんて。
渡り廊下から庭に続く段差の隅に座り込んで、その事実に呆然としていた。人はこの反応を大袈裟だと言うかもしれない。けれど、あの長身でがっしりとした体付きで十九歳のわたしを遊ぶような人が、実はそんなに歳が離れていないなんて。
あの人、絶対わたしを実年齢より幼く見ていると思う。そんな確信があった。
「そんなの絶対いやだぁ」
「なにやってんだ、こんなとこに一人で蹲って」
噂をすればなんとやらである。
現実を思い知って頭を抱えていれば、後ろから声がかかった。
低い中に若々しい何かが詰まっている独特の声音。ある意味特殊なこの声は、いつまでも耳に残るようなものだ。
そんなの、一人しか居ない。
「うるさいやい」
「おぉ、いつになく反発的だな」
昨日、サンジュ父さんに相当扱かれた名残か、カシギの顔にも少し疲れが見えていた。
「カシギに質問」
「おう」
わたしと会話をするためか、カシギが極自然な動作で隣に腰を降ろしてきた。質問しようとしているこちらとしても、その方がありがたい。
二人顔を合わせて、会話モードに入る。
「わたし、いくつに見える?」
「え、」
唐突な質問に、カシギは不意を突かれたような顔をした。いきなり何を聞き出すんだこいつ、みたいな言葉が表情から読み取れた。
わたし、結構背が高いし、どちらかといえば中世的な顔付きなので、そこまで年下にも思われていないはず・・・・だ。
「えー、いくつかって?」
カシギが珍しく言葉を選んでいるようだった。
それがわたしの嫌な予感を煽ってくる。
「・・・・・十五か十六・・・とか?」
「そんな気はしていましたけどもね!!」
考えた末に出たであろうその答えを聞いたわたしは思わずいきり立って、カシギの胸元を締め上げていた。
半分馬乗りの形でカシギの上半身に体重をかけながら、胸元を前後に揺らした。
「最悪!よく歳上に見られるけど、そんなに下に見られたことないんだけどっ」
「じゃ、じゃあ何歳なんだ」
胸元をガクガクと揺さぶられながら、カシギが尋ねてくる。
「十九!もうすぐ二十っ!」
「・・・・・」
目を見開いたまま固まってしまった
本当に驚いているようだ。
その反応がさらにわたしの勘に触る。
胸元を揺さぶる速度を早くしてやった。
「ひどい!そんなに子供と思ってたわけ!?カシギとは一つしか違わないんだよっ。・・・そりゃあわたしだって、すごい歳上かなとか思ったりしたけど、そんなに子供扱いしてたなんて・・・・っ」
「おぅ、おぅ、うぇ」
揺さぶられるテンポに合わせて、カシギが奇妙な声を漏らした。
「・・・・何してんだ、お前ら」
カシギのあまりの失礼千番な態度に抗議をしていると、誰かの声が聞こえた。その引き気味な声はわたしのよく知っている人のようで。
手の動きを止めて恐る恐る振り返る。
わたしの予想が外れていればいいなと思いつつ声の持ち主を確認したところで、体の温度が何度か下がった気分になった。
「・・げ・・・カイン・・・・・」
「マツリちゃん、おれ、気分悪くなりそう」
引き攣り笑顔でカインと見つめ合っていると、下からカシギの情けない声が聞こる。
ギクシャクとした動作のまま彼から離れるが、カインの視線はわたしに向けられたままだ。非常に気まずい。
だいぶ前にわたしの方が一方的に彼を怒鳴りつけてしまって、泣きながら彼を置いて走っていってしまってから、一度も会っていなかったのだ。
ようやく会えたと思ったら、わたしは彼の同僚の胸倉を掴んで説教をしていたわけで。
「えーと、元気、だった?」
「・・・・・あ、あぁ。まぁ」
うわぁ、絶対怪しまれてるよ。
なんだか彼の纏う雰囲気がやや固いもん。
「マツリ、こそ。・・・その、大丈夫か」
「え?わ、わたし?・・・うん、全然元気だし!」
カインがようやく立ち上がったカシギを見つめながら声をかけてきてくれた。一体その心内で何を考えているのだろうか。・・・・・考えるのは止めよう。
「すまないな、最近は全然会いにいけなくて。バーントや団長達もお前のことを気にかけてた」
「そうだね。最近が全然二―ルくんにも会えてないよ」
「あいつは今姫と同行して別荘に行っているから。じきに帰ってくるだろ」
「そっか」
「本当に、大丈夫か?」
カインが畳み掛けるように聞いてきた。最近はみんなちょっと過保護だよ。
わたしは笑う。
「大丈夫だって。みんな良くしてくれるし、カシギだって、まぁ、やさしいしね」
「なんだよそれ。なんか含みのある言い方じゃね?」
後頭部を掻きながらカシギが、わたしの言葉にそう切り返して来た。
カインと久しぶりに会ってみてわかった。どうやら、最近一緒にいるカシギとの方が話しやすくなっているという事に。一週間以上も会わなかったから、なんとなく距離感がわからないのだ。
あれだ、夏休みに一回も会わなかった友達と、新学期登校初日に出会って気まずくなるあれ。
バーントさんなんて、最初に夕食を食べた日から一度も会えてない。
なんか、恐いな。わたし、ちゃんと話せるかな。
カインもわたしと同じ事を考えているようで、先ほどから目のやり場に困っているようだ。一生懸命話題を見つけようとしているみたい。
そこで思いついた話題があった。
それは、カミラの事。一応顔馴染みのようだし、会ったということを伝えておかなければ。
「カイン、この間ね、カミラって子に会ったよ」
「い!?」
変な声が聞こえた。
もちろん声の主は一級騎士のカインさん。
「・・・何か、言われたのか」
「ううん。特には。あ、でもカインの婚約者さんなんでしょ?いい子だよね」
「・・・・いや、別に、婚約者では」
カインの額に汗が見えた。
「もういいんじゃねぇか?諦めろよ」
「え?」
急に話に割り込んできたカシギだったが、それが非常に意味深な言葉だったため、思わず聞き返していた。
「二人が婚約者なのは、カミラの思い込みってやつ。でもさ、カインもすっげぇ小さい時に、大きくなったら嫁に来いってカミラに言ったわけだから、あながち間違いでもないってこと」
「へぇ」
額にあった汗が、本格的にカインの顔を伝っていったのを見守る。
「カミラ、意外に純情な子なんだ。小さい頃の約束をずっと覚えてるんなんて」
「だろ?ここでカインが忘れてたりしたら、最悪だけどな」
「そ、そんな事は・・・」
「そりゃあ、カインが忘れるわけねぇよな」
そう言ったカシギは、なんとなく笑いを堪えているようにも思えた。
何がそんなにおかしいんだろう。
「それよりも、カシギ、また団長から集まるようにだと」
「はぁぁぁ!?さっきまで訓練受けてたんだぞっ!あれでも足りねぇってか」
「違う」
カインの声音が一オクターブ低くなった。
目つきも真剣なものへと変わる。
「例の件だ」
「・・・・・・・・わかった」
例の件というのがなんなのかまったく検討もつかなかったが、とりあえず深刻な事なのだということはわかった。
カシギもいつも以上に顔付きが鋭い。
さて、邪魔者のわたしはさっさと去ることにしよう。
「じゃあ、わたしそろそろ行くね。セピアも多分待ってるだろうし」
「わかった」
「じゃあな。また遊びに行く」
「うん」
そう言って二人と別れた。




