Ep.24
『あんな顔して、意外にやるんじゃない?』
『あぁ、床の方で?』
・・・・・・・・もろ聞こえなんですけれど。
わたしはその場に立ち尽くしてしまった。
いや、別にショックだったからというわけではない。ここまで堂々と自分の悪口を言われてしまうと、なんだか傷つくのも馬鹿らしくなってくるというもので。
よかった、さっきルイさんと別れていて。
大人になったわたしは、メイドさん達の心配をしてしまった。
それにしても、どうして気がつかないんだろう。人が―――というか本人がすぐ傍に居るのに。こんな事をバーントさん達お偉いさんに聞かれたら、彼女達きっとクビになっちゃうんじゃないかな。
その場に立ったままそんな事をループのように考えていたわたしの横を、誰かが横切っていった。
「あ」
深紅のドレスに、あの偉そうな歩き方。そして、サラサラしている赤毛。
彼女は間違いなく。
「あなた達のような頭のない人間がいるからこそ、この城の格が落ちてしまうんですわ。それをご自身でお分かりになれなくて?」
「「「「!?」」」」
いきなり声を掛けられたからか、メイドさん達が目に見えて飛び上がっていた。
「・・・・・」
あれ、この子、何言ってんだろう。
「本人の前で堂々と言えない悪口なんて、口に出して言うほどの価値もございません。それに、陰口なんて。・・・・・愚か者の言う言葉です。他人のことを悪く言う前に、ご自身の顔を鏡でご覧になるのですね」
これってもしかしなくても、わたしを庇ってくれている・・・?
「まぁ、あなた方の場合、本人の前で堂々と言っていたわけですし、陰口、ではないでしょうけれど」
そう言いながら、カインの婚約者さんはわたしを振り返った。
そこでようやくメイドさん達はわたしが居た事に気がついたようだ。見る見る肌の色が白くなっていった。そんな彼女達を見下すように、カインの婚約者さんが言葉を続ける。
「次から人の悪い所を言うのであれば、その本人を目の前にしていうのですね。それも出来ないような根性のなしは、本当に使いモノにならないガラクタですわよ」
すげぇ、この子、すごい事言ってるよ。
人間相手にガラクタって。
「「「「も、申し訳ございませんでしたっっ」」」」
メイドさん達が深く頭を下げてこの場を離れようとした。すると、そんな彼女達の背に止めの一言が加わった。
「あなた達、自分が明日この城に残れるように祈っておきなさい。・・・・まぁ、無駄なことだとは思うけれどね」
「アイシャ、シナちゃん」
最後の一言が背後から聞こえてきたかと思えば、アイシャとシナちゃんが丁度並んで歩いて来たところだった。最後の言葉はアイシャが言ったんだ。
「あら、アイシャレラではございませんか」
「久しぶりね、カミラ」
思い出した。このカインの婚約者さん、名前はカミラだった。
「また容赦なく自分の価値観を押し付けたみたいで」
「本当のことですわ。それに、あなたにだけは言われたくありませんわよ」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる」
今、わたしの前にブリザードが吹き荒れている。
その発生源は二人の少女。アイシャとカミラ。二人共、薄笑いを浮かべたまま、激しいスノウダストを振り撒いているのだ。
「・・・あの」
どうしよう。ここは止めた方がいいのだろうか。
当事者はわたしなんだし。
悩んでいると、服を引っ張られた。見れば、シナちゃんがいつものスケッチブックを掲げているところだった。しかも、随分文字が多い。
もしかしなくても、これを書いていたから、さっきまで静かだったんだろうか。
わたしはスケッチブックの説明を読む。
「えっと、アイシャとカミラは幼馴染みで、会えばいつも喧嘩ばっかりしてるから、放って置いた方がいいと。二人共お互い譲らないから、気が済むまでやらせてあげてと」
自分なりの解釈で言葉を紡げば、スケッチブックを掲げたままのシナちゃんがコクコクと頭を立てに振った。この子、体格が小さいから、本当にこういう一つ一つの動作がかわいらしいんだよね。
それにしても、なんとなくアイシャとカミラの関係性がわかった。
二人共、似ているから、余計衝突してしまうんだろう。
シナちゃんが再び何かを書き込んでこちらに見せる。
『変に関わると、巻き込まれる』
「・・・・・わかった」
過去に、誰か巻き込まれた事があったんだろね。
その忠告に従って、わたしはシナちゃんと共に、静かにアイシャ達の口喧嘩を見守る事にした。
「だからあんたは昔からカイン様に相手にされないのよ!」
「んま!カイン様のことを知りもせずになんて失礼なっ。そんな事ばかり言っているから、あなたには友人が居ないのですわ!こうやって話し相手になるわたくしに存在を、少しはありがたくお思いなったらどうせですのっ」
「あんたのありがたさを感じる時は・・・・この世界が滅びる時よ!誰も仲良くしてなんて頼んだ覚えはないっ」
彼女達のやり取りが、もはや、元の喧嘩内容から遥かに遠ざかっている気がしてならない。
これがいつものことなのか、隣にいるシナちゃんは一人でお絵かきを始めてしまっている。それにしても、いつまで続くんだろう、この不毛なやり取りは。
「シナちゃん、いつもこんなに長いの?」
経験者に尋ねてみると、一拍の間を置かずして返答が帰ってきた。それは首を縦に振るという一番分かりやすいもので。
「マツリ!」
「は、はいぃぃ!?」
アイシャが喧嘩腰で声をかけてくるものだから、思わず返答が裏返った。
しかし、彼女が気づいた様子はない。
こっちに歩いて来たかと思えば、肩を掴まれて、前後に揺さぶられた。やられる方は堪ったものではない。さっきまで直っていた吐き気がまたぶり返しそうだ。
「あんた、カミラに何か酷い事されなかった!?」
「アイシャレラ!あなたは先ほどから何故わたくしを悪役にしたがるのですかっ」
「悪役でしょう!」
カミラの叫び声に、アイシャは怒鳴り声で返していた。
「い、いや」
とりあえず、肩にあるアイシャの腕から逃れて、シナちゃんの元に逃げ込む。
シナちゃんは心よく自分を盾にする事を許してくれた。お兄さん、ごめんなさい。妹さんを盾にしてしまいました。心の中でルイさんに謝罪した。
「カミラは、わたしの事庇ってくれたんだよ」
事の経緯を説明しようと口を開けば、アイシャがすぐに動きを止めた。そして、目を見開いたまま己の幼馴染みを振り返る。
カミラはいつものように踏ん反り返っていた。きっとこれが彼女の素の立ち方なんだ。もう、何も思うまい。
「か、庇った?」
「うん。色々言ってくれたんだよ」
「カミラが?」
「わたくしはただ、本当の事を言ったまでのことです。あなたに感謝される謂れなどございません。それより、先日言った通り、カイン様からは離れてくださいませね」
そう言い残して、また、カミラはさっさと行ってしまった。
なんて個性の強いお嬢様なんだろうか。彼女は、わたしが想像するお金持ちの娘そのままだった。
それに素直に他人の好意を認めないところがカインにそっくり。
確かに、二人は意外にお似合いだな。
「はぁ・・・」
カミラの後ろ姿を見送っていると、アイシャの溜息が聞こえた。振り返れば、酷く疲れた顔の彼女が立っていた。シナちゃんがスケッチブックをうちわのように振って、アイシャに風を送っている。
「大丈夫?」
声をかければ、少し頬を赤くした彼女が目の辺りを片手で覆った形でこちらを向いた。
「だめなのよねぇ、あの子とはいつも喧嘩をしちゃうの。昔っから、やる事が同じでそれが気に入らなくて。場所も人も関わらず派手に喧嘩して、後で後悔するのよ。カミラも、きっと今頃顔を赤くしてるわよ」
ということは、二人共一応自覚はありってことか。
「いい事なんじゃないの?喧嘩する相手が居るのは」
「そうだといいけれどね」
「そういうもんだよ。喧嘩するほど仲が良いっていうし」
「・・・・言わないわよ。断言するわ。私は決してカミラと仲が良いわけじゃないんだから!」
アイシャの全否定の仕方がかわいらしくて思わず笑った。
わたしの場合、喧嘩相手と聞いてすぐに思い当たるのはカインだけど。それを、カミラに知られるのはまずいのであえて黙っておいた。
『私も、よく喧嘩をする』
話に入りたいらしいシナちゃんが、スケッチブックを見せてきた。そこに書いてあった意外な言葉にわたしとアイシャは目を瞬かせる。アイシャにとっても初耳だったらしい。
「誰よ」
こんなにかわいくて、天使のようなシナちゃんが喧嘩をするって、意外すぎる。
『兄』
「・・・・・・・うそ」
『本当』
「ルイシェル医師と何を喧嘩することがあるっていうの」
『色々』
「「・・・・・・・・・」」
想像していなかったその言葉の数々に、わたしもアイシャも沈黙した。
兄妹喧嘩は普通だけれど、その兄妹がルイさんとシナちゃんだと、驚かざるを得ない。
『今も、喧嘩中』
「いや、これ以上はいいわ。聞きたくない」
シナちゃんがさらに何かを書こうとしたので、アイシャが止めに入った。
わたしも、聞きたくない。なんとなく、聞いちゃいけないような気がしたからだ。
「まぁ、兄妹喧嘩なんて普通だし、仲がいいってことだよ」
アイシャが無理矢理繋げたところで、喧嘩の話は終わりになった。
というか、わたしが強引に話題を変えたからだ。
それからしばらくの間、わたしは今日、カシギに聞かされたセイレスの話をアイシャ達に聞かせてあげた。




