Ep.23
「大丈夫か?」
「・・・・・・・・・とりあえず生きてる」
ようやく帰ってきた頃には、わたしの気力は根こそぎ奪われてしまっていた。お馬さんの鬣のあたりに上半身を預けたまま、心配そうに声をかけてくるカシギに返事を返す。
自分の発した声にすら、いつもの覇気がないようにも感じる。
途中で息がつまりそうになるわ、顔も痛いわで、なんだかどっと疲れた。
「カシギさんの阿呆」
「すまんすまん」
「馬に乗り慣れてないって知ってるくせに、全力疾走なんてして」
「ついな」
悪びれてない様子で頭を下げてくるカシギのお腹をど突いてやった。もちろん肘で。
でも、やっぱり騎士なので、そんなにダメージを受けた様子もない。それを知って心の中で思わず舌打ちをしてしまった。
馬小屋について、まずカシギが先に降りる。
なんだか酔ってきた感じがあったので、わたしはしばらくお馬さんの上で休憩させていただきたい。とりあえず、今わたしを動かしてくれるな。
そう頼めば、快く了承してもらえた。
馬の上にうつ伏せのまま吐き気が止まるのを待つ。
「暇があれば、馬の乗り方でも教えてやろうかと思ったけど。無理みてぇだな」
「・・・・違う。全速力で走らなければいいだけの話でしょ」
こいつは、何故わたしがこうなったのか、知っているくせに知らない振りをしているな。
「もう大丈夫か?」
そう言ってカシギが腕を伸ばしてきたので、遠慮なく彼の腕に移った。そして、自分の全体重をかけてやる。
「重いな、マツリちゃんは」
お姫様抱っこの状態で彼に抱えられれば、カシギは失礼なことを言ってきた。
「当たり前。全体重かけてるんだから」
「なるほど」
口で言う割に、カシギはあまり重たそうにしていない。
涼しい顔をしてこちらを見てくるのがなんとも憎々しい。
あれか、一級騎士の皆さんはほとんどこんな人達なのか。
カインにしろカシギにしろ、どうしてこうもこちらに喧嘩を売っているとしか思えない態度ばかり取るのだろう。
「降ろしていいよ。自分で歩ける」
「ほんとか?」
「うん」
ようやく眩暈も治まってきたところで、自分の足で立つ事にした。
彼もまぁ、変な所で世話焼きだと思う。わたしが自分で立った後、さりげない動作で体を支えてくれた。
喧嘩を売ってくる所はカインに似てるのに、こういう世話好きなところはコウヤさんみたい。
「・・・・」
どちらも、今非常に気まずい状態である事を思い出して、顔が青くなった。
「やっぱ、部屋まで送ってくわ。顔、青白いぜ」
「いや、ちょっとある事を思い出して」
ほんと、どうしよう。
その時、耳馴染んだ声が聞こえた。
「やぁ、こんにちは」
声をかけてきた人物は、ルイさんだった。
実に一週間と数日振りの再会。
といっても、彼の美しさはまったく損なわれていない。笑顔で彼にあいさつをした。
「ルイさん、久しぶり」
「久しぶり。・・・・・それにしても珍しいね。カシギがマツリといるなんて」
そうか、彼は知らないのか。カシギがわたしの護衛を務めているって事。
カシギも同じ事を思ったらしい、いつもの笑顔でルイさんを見た。
「いや、おれさ、マツリちゃんの護衛になってよ」
「へぇ、護衛に」
ルイさんの笑顔がすごく眩しく輝き始めた。
これはもしかしなくても、何かに怒ってる?
「じゃあ、二人共結構親しくしてるわけかい?」
「うん。さっきも馬に乗せてもらってたんだ」
笑顔で近状報告をすると、カシギも合わせてくれた。
「でも、おれが全速力で走りすぎたせいで、マツリちゃん馬に酔っちまって」
「少しは治まったけどね」
「カシギ、将軍が呼んでいたよ。なんでも、お前一人だけに良い思いさせてたまるかって、少し興奮気味だったけれど」
「うげぇ。絶対マツリちゃんと遠出したって聞いたぜ、将軍」
ルイさんの言付けを聞いたカシギが変な顔をして顔半分を手で覆った。
サンジュ父さんは知ってるはずだもんね、カシギがわたしと親しくしてくれてるってこと。
「がんばって」
「・・・マツリちゃん、その笑顔が今のおれには逆に悲しく思える」
「いってらっしゃい!」
「おっしゃ!おれも男だ。受けて立ってやらぁっ」
「おぉ」
急に男気を出したカシギを拍手をして送り出した。
サンジュ父さん、一体何をする気なんだろう。一応予想がつかないこともないが、もし当たっていたら、自称暇人のカシギにとっては大変なことだと思う。
「マツリも、随分彼に懐いてるみたいだね」
「うん。だって、面白いし、やさしいし」
カシギが去った後、わたしは久々にルイさんと二人で話すことが出来た。
けれど、はたと思い当たる事が。・・・・・・確か、ジュエリはルイさんが好きだとかなんだとか、この間のメイドさん達の話で聞いたな。
この状況は、少しまずいのだろうか。
「そうだね。彼は誰とでもすぐに親しくなれる。ある意味羨ましい才能だよ」
シュエリのことも気がかりだったが、今はさらに気がかりな事があった。
ルイさんの言葉の一句一句が非常に威圧的に感じるのだ。彼の表情も、声のトーンもいつもと一緒なのに、なんでこんな事感じるんだろう。
「・・・・ルイさん、大丈夫?」
「何が?」
「だって・・・」
ルイさんを見つめても、彼は一向に変化を見せない。いつもこうやって誤魔化すから、彼の本心が全然見えない。本当の彼が一体どこに居るのかさえ、わたしにはわからないでいた。
もしも、腹黒魔王が彼の本性なら、それはそれでいい。いつも意地悪く笑うのが本当の彼ならば。でも、わたしにはそうは思えない。もっと、もっと奥深くの、誰にも見えないような所に、本物のルイさんがいるような気がして。結局それが何かはわたしにさえわからないけれど。
「カインから聞いた。カシギ、君の出生についても、特に何も言わなかったんだって?」
半ば強制的に話題を変換させられたと思った。
「うん、そう」
わたしは特に蒸し返す事なく、彼の話題に乗った。
今日、久しぶりに会った。ルイさんが急におかしくなったあの日から。
「やっぱり、彼はすごいよ。本当に、羨ましい」
ルイさんがそう呟いた。
その瞳のどこかに黒い濁った色を見た気がして、ぞっとした。
「羨ましがる事ないよ。みんなだってちゃんと受け入れてくれたでしょ」
前まで気にならなかった事が、気になるようになってしまった。
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
ルイさんはそう言って笑った。
わたしとルイさんの間に、前までなかった何かが割り込んできてしまったのだと、話をしながら思っていた。だから、前みたいに楽しく話せなくなってしまった。
ねぇ、ルイさん。
何かあるなら、言って下さい。そうじゃないと、きっとわたし達の距離は広がるだけ広がって、もう二度と、戻れなくなる。
途中、研究があるからと言う事で、ルイさんとは別れた。
最初は、わたしの方向音痴を気にして一緒に部屋まで送って行くと言ってくれてのだけど、もしも部屋にジュエリが居たら、色々まずい気がしたので丁寧に断った。
わたしだって、一人で部屋に帰れると主張してみたら、明らかに信用していません的な視線でわたしを見た後、少し溜息をついて去っていった。
あの溜息の意味をぜひ今度会った時に聞いてみたいと思う。
ルイさんを見送って歩き出す。
ここで一つ、大きな問題があった。
道のりはちゃんとわかる。けれど、わたしの記憶が正しければ、その通り道にメイドさん達がよく井戸端会議を開く場所があったはずだ。
そこを一人で通らないといけないと思うと、それはそれで気が滅入った。
でも、悩んでいる時間はない。
その場所を通る以外に、わたしは部屋までの道を知らないのだから。
意を決して歩き出す。
すると、案の定。
『あの地味な子、今日カシギ様と遠出しに行ったんですって』
『ほんと?いやぁねぇ、今の若い子は手が早くて』
『このままじゃ、城のお偉い人達みんなあの子に奪われちゃうかもよ』
『どんな方法使ってるのかしら』
数人のメイドさん達が立っていた。
そして、明らかにわたしの悪口を言っていた。
さて、どうしよう。




