Ep.22
母の日記を王妃様から貰ってから、一週間が過ぎようとしていた。
相変わらず、サンジュ父さん達には会えていない。一週間以上が経ったのに、たったの一度も。
それでも、寂しく思うのは止めた。
シナちゃんやアイシャがいつも一緒に居てくれたし、暇な時はカシギも遊びに来てくれた。
そして今日は、カシギは馬に乗せてやると約束してくれた日だった。
「お、気合い入ってんな」
「もちろん、馬に乗る事なんて滅多にないからね」
馬に乗ったのはきっと、リディアスにお世話になった時の数回だけだと思う。
約束の場所である、城の馬小屋に行けば、すでにカシギが馬の用意をして待っていてくれた。わたしも今日は、動き易いようにとドレスではなくズボンを穿いてきた。
セピアはお留守番。
「んじゃ、行きますか。お姫様」
滅多に見られないカシギの騎士服に見蕩れてたなんて言える筈もなく。気取った感じで手を差し出してきた彼の姿に少しドキドキしたって事も、言えるわけが無い。
「似合ってないよ」
照れ隠しのように感想を述べれば、彼は少し拗ねた顔をしてくる。
「うるせぇ」
まずはわたしがカシギの手を借りて白馬の背に跨る。その後ろに、カシギが飛び乗った。
「ちゃんと手綱、握っとけよっ」
「わぁっ」
何の前触れもなく、勢い良く馬が走り出した。
走っている馬に乗ったことがなかったわたしは、顔面にかかる風に思わず目を閉じた。耳の隣を風がすごい速さで駆け抜けていって。
もしも後ろからカシギが支えてくれなかったら、きっとわたしは問答無用で馬から振り下ろされている。絶対に。
「ほら、目開けろよ」
「む、無理だってっ」
耳元で聞こえてきたカシギの声に、半ば叫ぶように返答すれば、後ろで笑い声が聞こえた。
うわ、こいつわたしの必死な様子に笑ってるんだ。なんて意地悪な。
結局わたしは、馬が速度を落とすまでの間、ずっと目を閉じていた。
「そんなに恐いかぁ?」
「恐い恐くないと言われたら、恐い」
目的地に着いて、馬の速度を落としたところで、ようやく目を開く事ができた。
カシギが頭をかきながらそう質問してきたので、あくまで素直に答えてやった。
「でも、気持ちよかっただろ?」
「うん!」
確かに、勢い良く走り抜ける様は爽快だった。今回は馬の上に直に乗って走り抜けた感があったから、移動車の時とはまた違う感じで。
やっぱり乗る場所によって、風の感じ方は違うんだと実感した。
「あ、カシギ、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
カシギは後ろから馬の手綱を握って馬を操っているので、必然的にわたしは彼に抱きこまれる形になっていた。もしも、今が秋でなければ、すごく暑かっただろう。
幸いにも、今日はどちらかと言えば肌寒い日なので、これくらいの方が丁度いい。
前を向いたまま話すのもあれなので、わたしは顔を少し傾けて、カシギの顎の辺りを見ながら会話を進めることにした。
「カシギの髪の毛って、紫でしょ?この国は、そういった珍しい髪の色の人が多いの?」
その質問に、カシギは笑ったようだった。
「あぁ、これ?そういえば言ってなかったよな。おれは、この国の出身じゃねぇよ」
「他の国の人ってこと?」
「マツリちゃんは知ってるよな、この大陸の仕組み」
「えーとね、確か。・・・・アルゼンテン、セイレス、カオラズス、ロンデの四つの国で構成されてるんだったよね」
「そうそう」
「で、カシギはどこの国の人なの?」
「おれはセイレスってとこから来た」
「・・・・セイレス」
「アルゼンテンは、どちらかと言えば、落ち着いた髪色の奴らが多いな。金とか、茶色とか、灰色とかさ。カインでも、深緑ってどちらかといえば落ち着いてるだろ?」
アイシャの髪の色も灰色で、シナちゃんも杏色。杏色も、そんなに強い色でもないし。
「じゃあ、セイレスは?」
「そりゃあ、おれみたいな結構特殊な色が多い」
自分の髪の毛先に手をやりながら、彼は言った。
「紫やら、青やら、真緑やら。見たら吃驚するような色ばっかだぞ、よく考えてみれば。おれのお袋なんてピンクだ」
「すごいね」
「でも、いい国だ。別名水の都とも呼ばれてる。セイレスっていうと、結構清らかなイメージが大きいかもしれねぇな」
水の都。
なんだかすごくかっこいい。
「それでいうと、カオラズスは黒っぽい髪色が多いって聞いたぜ。おれも行った事ねぇからよう知らんが」
「・・・・水の都」
「あれ?おれの話きいてる?」
「かっこいい。・・・・ねぇどんなとこなの?やっぱり水に囲まれてるの?船で行き来するの?」
「おぉ、変な所であんたの興味を引いたみてぇだな」
セイレスの別名を聞いたわたしは、思わず質問攻めをしてしまった。その勢いに呑まれつつ、カシギが苦笑しながらわたしの頭を撫でてきた。
「だってすごく綺麗な名前だし!」
「そっか」
自国を褒められたからだろうか。カシギは照れ笑いを浮かべていた。
「セイレスはな、きっとマツリちゃんが想像する通りの国だ。道とかも普通に水に溢れてるから、人は船を使う。それに、その道には魚も泳いでるぜ」
「マジですか」
それから、カシギはセイレスの話をたくさん聞かせてくれた。
彼の語る自国の話は、わたしの興味をもっと引くには十分な要素をたくさん含んでいた。
カシギは幼い頃は旅をしていたらしく、他の国のこともよく知っていた。もちろん、カオラズスを除いて。
ロンドは山に囲まれた雪国だけれど、冬にはそのたくさんの雪を使って祭りを開くのだという。それに、寒い国だから、人々の肌は白くて、この世界で一番美人の確率が高いんだろうだ。
その話を聞いた時のわたしの表情は、凄まじかったとカシギが教えてくれた。何かに怒っているのかとも思ったそうだ。
確かに、この国の美男美女率も半端ないのに、この上を行く国があるのかと一瞬思ってしまったけれどさ。それがもろに表面に出てしまっていたようだ。
「セイレス、行きたいなぁ」
「行きたいか」
「うん、だって」
日が暮れかけてきた頃、わたし達は城への帰途についていた。行きの事を考慮してだろうか、カシギはゆっくり馬を進めてくれる。
「だって、ロンザルオ家の弟さんもいつ帰ってくるかわかんないでしょ。それに、サンジュ父さん達には全然会えないし、何もする事がないし」
街にだって、カシギが居ないと降りる事もできない。
シナちゃんやアイシャも四六時中一緒に居られるわけじゃない。
正直いえば、暇を持て余していた。
「・・・・行きたいか」
カシギが何かを考えるかのように同じ台詞を繰り返した。
「?」
「気にすんな」
「ぇ・・・わっ」
また、いきなりカシギが馬を走らせた。
しかも今度は全速力で。行きの時よりスピードが速くなってるよ、これ。
下を噛まないように口をしっかり閉じた。目にゴミが入らないようにしっかり瞳も閉じた。
早すぎて息が止まりそうになるし、風が鎌イタチみたいになって顔面に衝突してくるので、すごく痛い。
帰り道は散々だった。




