Ep.20
「行方不明?」
カシギの声で、遠くにあったわたしの意識が覚醒する。
慌てて執事さんに視点を合わせた。行方不明って、どういうことだろう。
膝の腕で手を合わせていた執事さんは、両の眉を下げている。彼自身もよくわかっていないらしい。だからこそ、こんなに困惑しているのだ。
女性がお茶を持ってきてくれた。
その紅茶を一口飲んだ後、執事さんがカシギの質問に答えた。
「我々にもさっぱりわからないのです。この屋敷を管理しているのは二人のご兄弟であり、我らの主達でございます。しかし、ある日突然二人共が姿を御隠しになりました」
「・・・・それをどうして城に言わなかった」
カシギの周りを覆う空気が数℃ほど下がったような気がした。彼の目つきはすでに騎士のモノ。
そんな視線に怖気づくこともなく、執事さんはカシギを見返した。その度胸に、わたしは賞賛の拍手を送りたい。
「弟君が月に何度か戻ってこられるので、わたくしどもも伝えようがなかったのです。彼はただ、何もないと言うだけで、詳しいことは何も申されません。それなのに、兄君の方はもう一年以上は屋敷に戻ってこない」
「確か、兄の方は城に仕えてたよな?」
「はい」
「じゃあ、弟さんの方は何を?」
会話に取り残されそうになったわたしはそう質問した。
彼らに用事があるのは、このわたしだ。そのわたしが、ただ黙って二人が話すのを見守るだけじゃ、少しかっこ悪いではないか。
「弟君は屋敷の方の管理を。後は、度々護衛などの依頼を受けていらっしゃいました」
「やっぱ、弟の方がしっかりしてるってわけか」
カシギは言えば、執事さんが首を横に振った。
「こう言ってはなんですが、弟君はとても無口な方です。・・・・だからこそ護衛の依頼を受けて仕事をなさるという事が性に合っておられたのかもしれません」
「そりゃあ、主が時々帰って来て何も心配するなって言うんじゃ、あんたらもどうにも出来ねぇわな」
「その通り・・・」
執事さんが肩を落として溜息をついた。
茶髪の所々に白髪が見えるけど、この人も苦労してるんだな。
「まぁ、いい。今日はちょっと聞きてぇことがあったんだ」
「聞きたいこと、と言いますと」
「なんだっけか?」
カシギがわたしを見てきた。
ここで、質問者をバトンタッチする。今度はわたしの番だ。
「あの、この家の出身の方で、アルバントゥ・ロンザルオという方が居たと窺っているのですが」
「えぇ、確かに」
「彼が何百年も前に異世界について発表されたとも聞いていて。もし、何か彼の所有品があるなら、見せて頂きたくて・・・」
その中にヒントがあるなら、ぜひほしい。
でも、主が居ないということもあってか、執事さんが難しい顔をした。彼だけの判断では、出来ない事なんだとか。資料はすべて大切に保管されていて、家人達は手が出せないらしい。
「では、執事さんは何か知りませんか?・・・その、古い遺跡の事とか」
「わたくしめには、まったく」
「・・・そうですか」
ここまで来たのに、収穫なしか。
正直に言えば、酷く落胆した。
「今はお答えしかねますが、もし、主が帰ってきた際にはお聞きしておきましょう。そして、許可が出た際は城の方に通達を出します」
「本当ですか!?」
「えぇ」
この執事さん、すごく良い人だ。
さっきまで落胆していたのが嘘のように、わたしの心は飛び上がった。
それから、主人が戻ってき次第書庫を見せてもいいかの確認をして、カシギに方に通達を送るという事で、今日の場はお開きになった。
執事さんに見送られて、わたしはカシギとセピアと共に門を出た。
カシギはさっきから何か考えごとをしながら歩いているらしく、黙ったままだ。わたし、何か彼に気にされるような事言っただろうか。
「なぁ」
しばらく歩いた所で、カシギがわたしを見てきた。ようやく考えが纏まったらしい。
自然と二人と一匹の歩みが止まる。
屋敷は街から少し離れた所にあるので、必然的に道行く人々の数が少ない。今は、誰も居なかった。
そのことを確認して、カシギがこちらを凝視してきた。
「マツリちゃんって、もしかしなくても、異世界の人間だったりするわけ?」
「・・・!」
しまった。カシギが本当のことを知らないこと、すっかり忘れてた。王妃が知ってるから、すっかり概念から抜け落ちていたんだ。
わたしは自分の顔から血の気がなくなっていくのを感じていた。
彼も気味悪がるだろうか。これまでの態度を変えてしまうだろうか。
初めて逢った時の、サンジュ父さん達のように。空から落ちてきた母を見た城の人達がしたように。
異世界人という、こちらの世界ではある意味不気味な状況にいるわたし達を初めから素直に受け入れてくれたのは、きっと父とセピアだけ。
それじゃあ、カシギは?
冷や汗を感じながら、ただ黙って目の前の彼を見つめた。
わたしの方からは、何も言えない。また、墓穴を掘ってしまいそうだったから。
しばらく見詰め合っていたわたし達だったけれど、カシギが大きな溜息をつくことでその場の空気が一気に軽くなった。
「ま、ロンザルオ家に話があるって聞いてた時点で、そっち系の話とは思ってたからさ、べつに今更だよな」
「・・・気持ち悪く、ないの?」
「気持ち悪い?なんでだよ。おれの前に居るお前はどこからどう見ても人間だ。頭がおかしいわけでもない。どこに怖がる必要があるってんだ?・・・しかも、お前まだ子供じゃねぇか」
あっけんからんと言い切ったカシギが、とても眩しく思えた。
王妃様がどうして彼をわたしの護衛にしてくれたのか、今、身に染みてよくわかった。
彼女は聡明な方だから、きっと気づいていたはずだ。
わたしの今置かれている状況や、人々の反応、そして、本当の事を知った時に皆が取るであろう態度を。だから、そんな事を心配しないで過ごせる人を傍につけてくれた。
さすがは、王に愛される女性なだけある。
「馬鹿だなぁ。お前、そんな事気にしてたの?」
「まぁ」
ここまで気にしないでくれると、逆に気にしているわたしが恥ずかしくなってきた。少し頬が赤くなってきた気がしたので、彼の居る反対側へ顔を向けることで、知られるのを阻止した。
足元には、セピアが座り込んでいる。
この話は長くなるだろうと思ったのだろうか。それとも、安心したからだろうか。彼が、いとも簡単にわたしを受け止めてくれたから。
「それにな、ほんと言うと、おれも少しは異世界ってやつを知ってた」
「え?」
「昔なじみが、そういうのを信じてたんだよ。で、そいつに話を聞かされるたびに、その話が満更でもない気がしてさ。信じる信じないって聞かれたら、多分、信じるんだろうな」
そいつとはもう全然会ってないけどな、とカシギは続けた。
少し寂しそうな表情で。
その後、わたし達は約束通り少しだけ店に寄ってご飯を食べた。もちろん、カシギの奢りだ。
「今日は、ほんとにありがとう」
城に着いたところで、わたしは深く頭を下げた。
「すっごく楽しかった」
「そいつはよかった」
わたしが満面の笑みで告げれば、カシギも満面の笑顔で返してくれた。
きっとまた、こうして街に降りる事もできるだろう。
そう思ったら、嬉しくなった。
「じゃあ、伝達が来たらすぐに知らせる。・・・・それに、おれ基本いつも暇だから、時々様子見に行く。そん時は、また外に連れてってやるよ」
「待ってる」
ちゃんと約束した後、わたし達は別れた。
城の中に入って、王妃様に会うたびに廊下を歩いた。街に行く許可をくれた事、カシギをわたしの護衛として選んでくれた事、すべてにお礼が言いたかったからだ。
歩いていて、思ったことがあった。
旅の仲間達との距離が離れている分、わたしは、新しい人達に会う機会がとても多くなった。シナちゃんを筆頭に、アイシャ、シュエル王子、エカエラ様、そしてカシギ。
この短期間で、結構な人達に会えて、そして交友関係が持てたと思う。
確かに、慣れ親しんだみんなに会えない寂しさはある。けれど、今はそんなに気にならなくなった。セピアは常にわたしの傍に居てくれるし、新しい友人達にも会える。
そう思えるようになったわたしは、着々と成長しているな。
少しいい気になって歩けば、すぐにエカエラ様の自室に辿り着いた。
深呼吸をして息を整えた後、軽く扉をノックした。
すると、すぐに返事が帰ってきた。その言葉に従い、わたしはゆっくりと扉を開いて中に足を踏み入れる。
「どうだった?久しぶりの外は」
「すごく楽しかったです」
「カシギから報告を貰ったわ。残念だったわね、探し人に会えなくて」
「いいえ、少しは希望が繋げました。それだけで、今日は十分です」
「そう?」
中に入った時、王妃は何やら探し物をしていたようで、自分の棚を漁っていた。
邪魔をしたんだと直感的に感じ、すぐに失礼しようと思った。
頭を深く下げて、お礼を言う。
「エカエラ様、街に行く事をお許しくださり、本当にありがとうござました。それと、カシギを紹介してくれた事、本当に感謝します」
「彼、中々面白いでしょ」
王妃が笑った。
その意見にわたしは深く同意する。
「はい」
確かに、今までに会った事がないタイプだといえる。
「彼なら、マツリさんと気が合うんじゃないかと思ったの。よかった、わたくしの読みどおりね」
「本当に、ありがとうございました」
もう一度頭を下げてお礼をした後、わたしは部屋から失礼するべく数歩後ろに下がった。
すると、今度はエカエラ様に呼び止められた。
探し物が見つかったらしく、手には小さな手帳のようなものが握られている。それを持ったまま、わたしの傍に歩いてこられた。
「これね、あなたに渡したくて、探していたのよ。よかったわ、丁度いいところに来てくれて」
そう言って差し出された手帳は、丁度日本でいう文庫本くらいの大きさと厚さだった。相当年季の入ったものらしいのだが、保存の仕方がよかったからだろうか、まだまだ綺麗だ。
「あの、これは?」
真っ当な疑問をぶつける。すると王妃はわたしの片手をとって自分の手の上に重ねると、大事そうにその手帳をわたしの手の上に乗せてくれた。
「マユリの・・・・あなたのお母様の日記よ」
「・・・・」
その言葉に、わたしは黙って視線を降ろした。
「この日記には、あなたのお母様の想いがすべて詰まっているわ。わたくしは、一度も開く事が出来なかったけれど、彼女の血を引く娘のあなたなら、これを読む権利があると思うの。・・・・・いいえ、読むべきだわ」
王妃から突然譲り受けた、思っても見なかった母からの遺品。
手にしたそれは、ずっしりと重かった。
果たしてその重さは、物理的なものなのか、それとも。




