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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.19


「マユリが行方不明になった三日間の間に、何かがあったとしか考えられないの。でも、誰も真相は知らない。知っているのは、当人達だけ」

「・・・・」


 驚きすぎて、言葉が出てこなかった。

 もしも、わたしがこの地で生を受けたのなら、何故、地球という星で生まれ育ったのか。


「それから一ヶ月ほどして、マユリの体に変化が起きた。ある日いきなり、彼女の体が光り出して、マユリは胸を抑えて苦しみ出した。そして、泣きながら言うの。『お母さんが待ってる。私はこの世界で生きるべき人間じゃない。だから、帰らないと』って。後はもう、すべてが呆気なかった。突然マユリの足元に穴が出来たかと思えば、彼女はその中に落ちていって、そして、居なくなってしまった。・・・永遠に」


 王妃が教えてくれたその状況は、先日わたしが体験した事をまったく同じもの。

 エカエラ様が悲しそうに笑った。


「マユリは一方的に別れを告げて、行ってしまった。前触れもなく、急に現れたかと思えば、また急に消えてしまったの」

「父は、一緒じゃなかったんですか?」

「さすがのターキトール様も、吃驚しすぎて身動きが取れなかったのよ。彼女、ターキトール様に言ったの。『お腹の子は、私が大事に育てるから心配いらない。今までありがとう。さようなら』とね。ある意味、すごい別れの言葉じゃないかしら。ターキトール様、それから数週間、使い物にならなかったわ」


 母も、中々の大物だったと言える。

 いや、もしかしたら、もうすでにわたしがお腹に居たから、だから、そんなに強い事が言えたのかもしれない。

 母は強しということわざもあるぐらいなのだ。


「父は、その後?」

「長いこと考え込んでいたわ。多分、悩んでいたんじゃないかしら、自分が本当にやりたいことっていうのを。でも、結局、あなたの知っている通り、ターキトール様は、この世界で自分のために生きることよりも、身も知らぬ世界で、愛する人のために生きる事を選んだ」

「でも、どうやってあちらの世界に行くことが出来たんですか?」


 気になるところは、そこだった。気がつけば、質問していた。


「あなたも、その方法で、あちらの世界に帰りたい?」


 質問に質問で返されて戸惑ったけれど、とりあえず素直に頷く。それが、隠しようもない本心なのだから。


「誰も知らないけれど、この世界のどこかにある一つの場所。そこには、不思議な力が宿っていて、すべての条件が満たされた時、その人の心からの願いを叶えてくれるといわれている場所。奇跡が起きる場所なの」

「・・・・・・奇跡が、起きる、場所」


 胸に残った言葉を、繰り返してみた。


「誰もその真相は知らない。知っているのは、ロンザルオ家の人間だけ」

「あの!」


 予感はしていたのだ。多分、その名前が出るだろうということは。

 だから、悪いとは思いつつ王妃様の話を中断させるように声を上げた。朝食はもう食べ終えていた。


「わたし、その人を探しているんです。だから、城下町に降りたいと思っています。どうか、お許し願えませんか?バーントさんやサンジュ・・・父さんにも、全然会えなくて、誰に言ったらいいのかわからなかったんです」


 頭を下げてお願いした。

 この機会を逃したら、またしばらく出られなくなりそうで。だから、出すぎた真似だとは承知しつつ、王妃様に許可を貰いたかった。


「・・・・・あなたも、やっぱり、元の世界に帰りたいのね?」


 思ってもみなかったその質問に、思わず顔を上げて目の前の女性を凝視した。


「エカエラ・・・・様」

「いいわ、返事をしなくても。もちろん、城から出る許可を出します。けれど、一つだけ条件があるわ」

「はい」


 何かしら言われるだろうなとは思っていたので、条件があるといわれてもそんなに驚きはしなかった。ただ、どんな条件なのかと緊張はしたけれど。


「城下町に出る際は、護衛を付けます。絶対に彼から離れない事を条件にするならば、今日からでも行っていらっしゃいな」

「・・え、いいんですか」


 いきなり願い出たのに、すぐに許可がもらえるとは思っていなかった。

 すると王妃様は最後の紅茶を飲み干しながら茶目っ気たっぷりにウィンクをくれた。


「ずっと城の中に居るのも、退屈でしょう?」


 

●  ●  ●  ●  ●  ●  ●



 軽装に着替えて門の前に来るようにエカエラ様に言われたので、言う通りした。

 他の仲間達にまったく会えないためか、今のわたしにはいつもセピアがついてくれていた。だから、今回も例外なく彼もついてくる事になった。


 セピアの案内の元、城の門に辿り着いたわたしの目に飛び込んできたのは、一人の長身の男の人。

 彼は、城の人らしからぬ街人のような格好をしていたので、すぐに誰なのか検討がついた。きっと彼が、王妃がわたしのために付けてくれた護衛さんだろう。

 待たせているような感じがしたので、少し小走りに近づいていけば、すぐにこちらに気づいてくれたようだ。


「うっす」


 片手を上げて声をかけてきて、くれた。


「・・・・・・・・は、始めまして」


 そのあまりに軽い口調に、一瞬言葉を忘れてしまった。


「こっちこそ、始めまして。おれはカシギ。一応騎士団の隊長だけど、今日からあんたの護衛になった。まぁ、よろしく頼むわ」

「マ、ツリです」


 カシギさんは褐色の肌をした体格のいい人だった。髪の毛は今までに見たことがない色。・・・・紫だった。褐色と紫。それは色んな意味で注目を集めそうな絶妙な色合い。


 まるで、リディアスみたいだ。長身の彼を見上げながら、そう思った。


 この国で会う人達はみんな白い肌の人ばかりだから、彼のその肌の色は少し新鮮に思える。それに、かっこいい人ではあるけれど、ルイさん達のように卓越した美しさではないため、どちらかと言えば落ち着けた。


「マツリちゃんだっけ?そろそろ行くか」

「あ、はい。カシギさん、今日は一日よろしくお願いします」


 当初の目的を思い出したところで、わたしはもう一度頭を下げた。とても軽い感じのする人だけど、彼は曲がりなりにも一級騎士。つまり、カインと同じくらい偉いわけだ。ここは失礼がないようにしないと。


 そんなわたしの社会的意識は、やっぱりどこまでも軽い感じのカシギさん本人によって打ち砕かれた。


「カシギさんなんて固い。おれの事は呼び捨てにしろよ。そっちの方が気が楽だし」


 カシギさ・・・カシギはそう言ってわたしの頭をグシャグシャにしてきた。


「カインからも時々話しに聞いてたけどさ、あんた案外面白いらしいじゃん。全然会えないあいつに自慢したいし、普段通りにしてくんない?」

「・・・う、うん」


 カシギの言葉遣いからしても、もう尊敬するところもないかなと思い始めていた。

 すごく楽しそうな人だ。


「それじゃ、行きますか」

「うん!」


 ようやく、城から出ることが出来た。



「ロンザルオか。まぁ、有名っちゃ有名だわな」

「知ってるの?」

「その家の人間はほとんど学者で、しかもほとんどの人間がおかしな事ばっか研究してるって聞いた。つまり、おかしな家系ってことだ」


 街を歩きながら、わたし達は意見を交換し合っていた。といっても、どちらかといえばわたしがカシギに質問して、彼が答えてくれるのがほとんどだったけれど。


「でもな」


 歩きながら、ずれたマントのフードを被り直していると、カシギが言葉を付け足してきた。言い忘れていた事があったようだ。


「今の王になって、あの家は出世したぜ。確か、あそこの長男坊、城に務めてたはずだ」

「長男?」


 って、誰だ。


 わたしは胸元に仕舞っていた紙切れを取り出して、探している人物の名前を思い出す。


「長男って、ラシュアス・・・・・ロンザルオって人?」

「あぁ、そうだ、そいつ」


 その人が、お城に勤めてるって事か。

 以外な情報だった。


「おれは基本そっち方面には興味がねぇから、詳しい事はあんまり知らん。まずは、直接尋ねてみんのがいいだろ」

「そうだね」

「腹減ってねぇか?後でなんか食ってくか」

「・・・・いいの?」

「お近づきの印ってやつだ」


 カシギがお日様のように眩しい笑顔をくれた。


 話易いし、以外に世話好きみたいだし。この人、コウヤさん以上に兄貴タイプかも。

 どんどん一人で喋ってくれる彼の話を聞きつつ、そっとその横顔を盗み見た。


 褐色且とても健康そうな肌に、がっしりとした体付き。肩幅も肉付きもしっかりしているみたい。そして、薄い唇に高い鼻。小さくも大きくもないその瞳は髪の毛を同じ紫色のようだった。


 サンジュ父さんと並ぶくらい、男性的な人だと思った。

 こんなに明るくて元気な人が騎士で、しかも一級だって事が少し意外だ。なんとなく、農業とかをやってそうな感じがする。


「ほれ、着いたぞ」


 考え事をしていたおかげで、あっという間にロンザルオ家に辿り着く事が出来た。

 カシギがすでにベルを押していたようで、すぐに門の中に入る事が出来た。


「・・・以外と大きいね」

「だな。おれも来るのは初めてだ」


 学者の家だから、もっとこじんまりしているかと思えば、意外にもきちんとした綺麗な家だった。


「あれだ、多分こういう社交的な事は次男がしてんじゃねぇのか?兄が頼りないと他の兄弟がしっかりするっていうし」

「え、その人兄弟居るの?」


 カシギは本当にその時その時に情報をくれるから、聞いてるこっちはその情報を知るたびに驚かなくちゃいけない。


「長男っつったら、次男も居るだろうよ」


 基本的なことだろうという表情でこちらを見られたので、少しカチンと来た。 

 この時にはもう、互いに容赦なくなっていたから、わたしは遠慮なく彼の爪先を踏ませてもらった。


「イテッ」

「常識な事知らなくて、すみませんでしたね」


 痛さに顔を顰めるカシギを置いて、わたしはセピアと一緒に綺麗に手入れされた花壇を通り過ぎる。そして、家の玄関に辿り着いた。


 しばらく待っていると、執事さんらしき年配の人が扉を開けてくれた。


 その時にはもう、復活したカシギも隣に居た。

 出てきた執事さんはすごく困った顔をしてわたし達を見つめた後、中に入るように促してきた。その言葉に素直に従って家の中に入り、居間に通された。

 そこにある向かい合わせのソファーの一つに、わたしをカシギが腰かければ、その反対側に執事さんが座った。


 それから静かに、その執事さんが言った。


「せっかく尋ねてこられて、こう言ってはなんですが。・・・・・・・・・・・・・旦那様達は、半年以上、行方不明なのです」


 わたしとカシギは、言葉を失ってしまった。




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