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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.18


 王妃が、そう口にしたとき、部屋の扉が叩かれた。


 多分、誰かが朝食を届けにきてくれたんだろう。

 わたしは知らず知らずの内に身を引き締めていた。これは条件反射というやつで、言い方を変えれば戦闘態勢とも言える。


 「どうぞ」


 王妃の言葉を受けて、扉が開かれた。

 それと同時に、カートを押して入ってきたメイドさんが一人と、彼女のサポート役としてだろう。後二人の女性が部屋の中に入ってきた。


「急に二人分頼んでしまって、ごめんなさいね」

「いいえ、王妃様」 


 三人の女性が、手馴れた様子ですぐに朝食の準備をしてくれた。

 さすがは、王妃様付きなだけはある。みんな、公私をきっちり分けているようで、わたしに対しても節度を持って対応してくれた。


 ただ一人、見習と思われる若いメイドさんを除いて。彼女は明らかにわたしを、羨みと憎しみの篭った目で見つめてきたのだ。


 少しの間だけその視線に耐えれば、三人はすぐに出て行ってしまった。


「・・・・ふぅ」


 王妃に気づかれない程度に、軽く息をついた。戦闘体勢中、実は息をしていなかったのだ。


「さぁ、頂きましょう」

「は、はい」


 一国の王妃と向かい合って一緒に食事をする。しかも異世界で。

 こんな事をした人間が、わたしの生まれた世界に果たしているだろうか。いや、居ない。絶対わたしだけだ。


 こんなに貴重な体験をさせてもらっているんだ。

 メイドさん達に反感を喰らっても、何も文句なんていえたもんじゃない。


 未来の自分にエールを送りつつ、エカエラ様に言われた通り、朝食を頂く事にした。


 今朝のメニューは焼きたての香ばしいスコーンに、スクランブルエッグ。焼きたてのウィンナ―やハムがあったかと思えば、色とりどりのクッキーもあった。

 さすが王妃様の朝食だな、と変な所で関心した。


 わたしのいつもの朝食も結構豪勢だけれど、ここまではない。

 ・・・・比べる事の方が間違っているか。


「さて、どこまで話したかしら?」


 エカエラ様がスコーンを二つに割って、一つ一つにそれはもう優雅にジャムを塗りながら、話題の修正を図ってくれた。

 どう会話を開始したらいいのか迷っていたわたしは、その一言にほっとして返答する。


「王が、母を好きになったと」

「そうね」


 王妃がおかしそうに笑った。

 今だからこそこうして笑えるのだろう。少なからず何があったのか想像できたわたしはそう思った。


「気づいていると思うけれど、ここで複雑な関係が生まれたの。今だからこそ、笑い話にも出来るのだけれどね」


 思った通りだ。


「王はマユリを好きになったわ。でも、わたくしは幼い頃から王が好きだった。王から想われていたマユリもまた、最初から自分によくしてくれたターキト―ル様に少なからず想いを寄せていたの」


 ここで生まれる三角関係。いや、この場合四角関係?

 そこで一番大切なのになるのは父なんだけれど。


「そしてまた更に複雑なのが、ターキトール様の気持ちよ」

「・・・父はその時、まだ母の事は・・・」

「あの人はいつも飄々としていて、本心を読むのがとても難しい人だったから、よくわからなかった。でも、一つだけいえるのは、その時ターキトール様には、恋人とも友人ともつかない女性が居たという事」

「え・・・」

「マユリがターキトールに想いを寄せる事は、ある意味無謀に近かった。年齢的に言えば、その時マユリとわたくしが二十歳。王が二十二歳。そしてターキトール様が三十三歳」

「二十と、三十三」


 十三歳の年の差は、少しきついかもしれない。

 王妃の言いたいことがなんとなく分かった。


「二人は一回り以上年が離れていたし、ターキトールは貴族出身で出世街道まっしぐらだった。それにあの容姿と明るい性格のせいで、たくさんの女性に想いを寄せられていたの」


 二人の恋の道は険しかったんだ。


「マユリは、わたくしが王を好きだということは知っていたから、王が自分に想いを寄せていることを知っても、その想いに答える事はなかった。彼女自身、自分の恋についても酷く悩んでいたものよ。自分はいずれ元の世界に帰る身だからって。ここで大切なモノを作ってしまったらだめなんだって。だから、途中から彼女は自分の世界に帰る方法を調べる事に集中して、無理にでも他のことを忘れようとした」


 あんなに穏やかだった母の過去に、こんな事があったなんて不思議だ。

 もしかしたら、辛い事がたくさんあったからこそ、穏やかな笑みを浮かべる事が出来たのかもしれない。


「そうしている内に、マユリとターキトール様の間に小さな距離が生まれた。マユリが故意に生み出したものだから、彼女としては願ったり叶ったりだったのかもしれないわね。でも、その日以来、マユリはあまり笑わなくなってしまったわ。・・・・皮肉よね。苦しい思いをするたびに、彼女は色気を持ち始めて、女らしくなっていったわ。それに気づいた騎士の人間達も、少しずつ、この不思議な女性を意識するようになった」

「・・・・」


 それは皮肉だ。本当に好きな相手と結ばれる事はないと分かっているからこそ、苦しい思いをしているはずなのに、それは自分をさらに綺麗にさせていくきっかけを作って。

 好きな人に相手にされなければ、他の人間に好意を寄せられても嬉しくないだろう。


 恋愛経験が薄いわたしでも、なんとなく想像はできるもの。


「そんなマユリの前に、ある男性が現れたの。ターキトール様の親友でもあり、よきライバルでもあった人。彼もまた、例外ではなくマユリに想いを寄せた。そして、マユリは彼が現れたことで、少なからず気持ちに揺らぎが出来た。年齢差を意識して、消極的だったターキトール様とは対照的に、その友人はとても積極的だったから」


 たくさん話をしているにも関わらず、王妃様はもうすぐ自分の分の朝食を食べ終えようとしていた。口直しのためか、少しだけ紅茶を口に含み飲み干した後、彼女は話を続けた。


「わたくしは、マユリとターキトールはもう終わったものと思っていたわ。でも、ある日すべてが覆った。その日の事は、わたしもよく知らない。わたくしや王がいくら問いただしても、マユリもターキトールも一度も口を割ろうとはしなかったから。・・・ただわかっている事は、マユリと彼女に片思いをするターキトール様の友人が出かけたまま一日帰って来なかったこと。それを知ったターキトール様が二人を探しに出かけて、それから三日後、マユリとターキトール様だけが共に帰ってきた事。その友人は、遅れて帰ってきたんだけれど、城に戻るなり辞職届けを出して、今はもうどこにいるのかわからないわ」


 王妃様が、今度は静かにわたしを見つめてきた。

 その瞳はとても静かで、何を考えているのか読むことは出来ない。

 彼女はゆっくりと口を開いた。


「そしてそれから数週間後。・・・・・・・・・マユリに子供が出来た。ターキトール様との子が」

「・・・・・・え、それって」


 いきなりの言葉に、口を閉じるのも忘れて、目の前の母の親友を見つめた。

 王妃はその静かな瞳で笑った。


「そう、マツリさん、あなたよ」

 

 ―――わたしが生まれたのは、確かに地球という星だ。しかし、わたしが実際に生を受けたのは、本当はこの地だったのだと、今、初めて知らされた。

 




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