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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.17

調子に乗って二話目アップです。

その日、わたしは泣きながら眠ってしまったらしい。


 目を覚ませば、前日と同じ場所と位置に居た。セピアはわたしを起こさないようにするためか、まったく身動きをせずに床に座って居る。

 けれど、起きているようだ。

 そのことに気づいて、すぐに起き上がった。

 彼も一応生き物だ。きっと体が凝ってしまう事だろう。


「セピア、体大丈夫?」


 しがみ付いたまま眠ってしまったので、きっと自分の全体重をかけていたに違いない。心配に思って声をかければ、いつものように軽く吼えると甘えたように体を擦りよせてきた。

 うん、大丈夫みたい。


「・・クシュッ」


 毛布もかけずに寝てしまったからか、少し寒気がした。

 とりあえず、ドレスも皺がついてしまったし、一度着替える事にしよう。

 そう思い当たって立ち上がり、ドレスの詰まっているクローゼットに向かい手頃なものを一着取り出す。それからいつものように衝立の反対側に隠れて着替えを済ませた。


 昨日思い切り泣いて、それと同時に現実の厳しさを思い知ったせいか、今のわたしの心はひどく落ち着いていた。

 多分、納得してしまったのだろう。

 みんながわたしをどう思っているのかちゃんと実感して、そしてそれは本当のことだと理解できたから。


 もう、悩んでいても仕方がないと思う。


 嫌われてしまったからといって、自分から仲良くしにいくような、そんな小説のヒロインのような真似、わたしには無理。

 嫌われてしまったら、もうどうしようもない。ただ、何事も無かったかのように日々を過ごせばいいだけだ。


 これから一生を、この城で過ごすわけではないんだし。


「・・・あ」


 そこで思い出した。

 自分が今一番にしなければいけない大切なこと。

 着替えたドレスを、今着ているモノの代わりにクローゼットに仕舞って、部屋の鍵を開けた。

 どうやらまだ早朝のようで、ジュエリも誰も来ていない。


 今日からでも城下町に下りて、異世界について少なからず知っている学者さんの曾孫を探さないと。彼を探し出して話を聞かないかぎり、わたしは絶対に生まれ育った世界には帰れないのだ。

 先日知った変な力も、できるだけ使いたくなかった。

 すごく胸の辺りが痛くなるから。わたしだって、痛いのは嫌だ。


「セピア、誰に言えば、城から出られるんだろう?」


 廊下に出て、セピアの目線まで腰を降ろし、そう尋ねてみた。その際、彼の首周りの肉を軽く掴んでこねくり回してみた。やっぱり狼は犬に近いだけのことはある。セピアはすっかり気持ち良くなった様子で、まどろみ始めてしまった。


 わたしの質問にも完全に無反応。


 それでも、気持ち良さそうに目を細めるセピアがかわいくて、わたしはさらにグシャグシャに毛を撫でてやる。

 こんな些細な時間が、わたしにたくさんのモノを贈ってくれている気がするから、大切にしていたいと思う。のんびりとした空気がわたし達を包みこんで、また眠りにつきたくなった。というか、わたし自身まだ半分眠った状態なのかもしれない。


「あら、マツリさん」


 眠気と格闘しつつ、セピアとの一時に集中していたせいで、急に声を掛けられた時反応に遅れた。とりあえずセピアの肉を掴んだまま首だけを反転させて声の主を確認したところで、一気に目が覚めた。


「お、王妃様!」


 勢い良く飛び起きた後、不自然な動作頭を下げた。

 すると王妃は何がおかしかったのか、口元に手を当てて笑い出した。

 いきなり目の前で笑い出されて、こちらは困惑するだけである。確かに、わたしの一連の行動は非常に怪しいものがあっただろう。でも、笑いの要素は含まれていなかったはずだ。


 そんな気持ちが伝わってか、王妃が笑うのをやめて微笑みを向けてくれた。


「ごめんなさい。つい、あなたの父上のことを思い出して」

「・・・父、ですか?」


 何故ここで父がでてくるのだろう。

 そんな些細な疑問も、この後に続いた王妃の言葉で返答を得た。


「あなたのお父上ね、わたくしがこうして声をかける度に飛び上がっていたのよ、見ているこちらが驚くぐらいに」


 ひどいと思わない?と、王妃は続けた。


「ごめんなさいね。こちらから滞在するように勧めたのに、全然お話する機会が出来なくて」

「あ、いいえ、そんな」

 王妃自らの謝罪を貰って、こちらも恐縮する。

「マツリさん、せっかくだから、あなたの父上と母上の馴れ初め、聞いていかない?」


 笑顔たっぷりのその申し出に、わたしは二言で飛びついた。

 両親の馴れ初め、一度は聞いてみたかったのだ。




●  ●  ●  ●  ●  ●  ●



 王妃様に連れられて、わたしは彼女の自室に足を踏み入れた。

 セピアも護衛役として同行した。


 王妃の部屋は以外にもシンプルで、わたしは思い描いていたイメージをとは少しかけ離れたものだった。けれど、モノがあまりないだけで、使われている家具などは一級品のものばかり。


「・・・・・」

 正直言えば、腰が引けた。

「座って」


 先にバルコニーに出て、そこに置いてあった椅子の一つに腰をかけた王妃が、向かい側の席に座るように促してきた。


「・・・・し、失礼します」


 あぁ、これでまたさらにメイドさん達の反感を買ってしまうな。


 体は緊張でガチガチに固まってしまっていたけれど、思考の半分は冷静に今の状況を分析していた。こういう時、人間の脳って本当に便利だと思うし、それと同時に憎いとも思う。別に、そんな事知ったからといって嬉しいわけじゃないのに。


 わたしが椅子に座ると、そのすぐ隣にセピアが座った。

 その様子も見て、また王妃が小さく笑った。


「さて、何から話しましょうか」


 王妃が思案するように外を眺めつつ思案しているようだった。その瞳映る景色は多分、ずっと昔のものだろう。

 僭越ながら、もっとも知りたいと思っていた部分をわたしから質問してみる事にした。


「あの、王妃様」

「王妃様はよして頂戴。エカエラでいいわ」

「・・・じゃあ、エカエラ様。一つ質問をしてもいいですか」

「えぇ、もちろん」

 王妃は、思っていた以上に明るく接しやすい方だ。

「わたしの、両親と、王様やエカエラ様は、どういったご関係なんですか?」


 前に言っていたようだったけれど、衝撃の方が強すぎて、あまりよく憶えていないのだ。


 体を縮め込みながら、恐る恐る質問すれば、王妃が目を細めて目の前のわたしを見つめてきた。あぁ、まただ。また、わたしを通して両親を見ている。

 別にそれが嫌なわけじゃない。ただ、少し寂しくも思えるだけで。


「そうね。・・・・わたくし達四人はよく一緒に居たわ。王とターキトール様は師弟関係で、わたくしと王は幼馴染み。元から三人は顔馴染だったの」

「そこに、母が入ったと」

「えぇ。マユリはとても人見知りのする子だったから、仲良くするまでに時間が掛かったわ。けれど、一度仲良くなってしまえば、すぐに親友になれた。とても楽しかった、四人で過ごす日々は」


 エカエラ様はわたしから視線を外してまた景色を眺め始めた。

 その表情は、本当に懐かしがっている感じのもの。


「でも、どうやって、母がこの国の世界ではない・・・異世界の人間だと知ったんですか?」


 わたしの場合は、自分から言った。受け入れてもらうまでには長い時間を要したけれど、母の場合はどうなんだろうか。

 すると、エカエラ様の表情が少し翳った。


「マユリはね、ある日突然、空から降ってきたの。空から降ってきて、お茶会をしていたわたくしと王の目の前に落ちたのよ」

「・・・・・・・」


 それはまぁ、ひどく衝撃的な登場の仕方だこと。


「いきなりだったでしょ?もうお城は大騒ぎ。みんな彼女を怪物だと化け物だの言って、危うく処刑されるところにまでいってしまったわ。だって誰も彼女が人間である証拠を見つけられなかったから。それくらいみんな慌てたの。・・・・・ただ、あなたのお父上、ターキトール様だけが彼女を最後まで庇い通した。わたくしと王はすぐに危険だと離されて、そこはあまり知らないわ。けれど、牢屋に入れられそうになったマユリを庇って、すべての責任は自分で持つと言い切ったことだけは憶えてる」


 父の思わぬ勇姿を知らされた娘は、数度目を瞬かせる。

 そんなことされたら、誰だって恋に落ちてしまうに違いないじゃないか。


 断言しても良い。母はきっとここで父に恋をしたはずだ。これがもしわたしでも、きっと恋に落ちていたと思う。

父、かっこいいな。


 エカエラ様の話は、とても興味深いものだった。


「父は、どうしてそんな事を?」

 そんなわたしの質問に、エカエラ様は首を竦めて見せた。

「わたくしにもわからない。ただ、あの時のマユリは、酷く頼りなくて、幼く見えたんじゃないかしらね。誰かの力を必要としているんだと、直感で感じたんじゃないかしら。野生の感だけは、とても冴えていた人だったから」


 エカエラ様の父に対する言葉にはすごく親しみを感じた。

 きっと、とても仲がよかったんだろう。


「すべての疑いが晴れて、マユリが正式に城に滞在することが決まった時には、マユリとターキトール様はすっかり打ち解けてたわ。そんな彼を通して、ようやくわたくしと王は彼女に面会する事が出来た。とても可憐でかわいらしい人というのが、わたくしの最初の印象。これなら、ターキトール様も庇うわと酷く納得したのを憶えている」


 エカエラ様のその言葉に、わたしはなんとなく敗北感を憶えていた。


 あれか、つまり、母は綺麗だったから父が庇ってくれたと。という事は、わたしがサンジュ父さん達とあんなに悪戦苦闘したのは、一重にわたしの容姿が並かそれ以下だったからというわけで。


 ちょっと悔しいな。何その理由。


 すると、王妃の言葉が耳に入ってきた。

 

「マユリがあまりにも愛らしかったから。・・・・王は彼女に恋をした」

 

 


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