Ep.16
「わたくしは、カイン様と将来を誓い合った仲ですの。これ以上、彼の周りをうろつくのは止めてくださいませんか」
「・・・・・」
何故、わたしが一方的に攻められなければいけない。
この理不尽な状況に、ある意味驚いていた。というか、どう対応していいのかわからなかったからかもしれない。こんな事、生まれて初めてだったから尚更。
「帰って来たときも、お二人だけでお話されていたようでしたし?・・・・カイン様は誰にでもやさしいのです。ご自分だけだと思わないで下さいまし」
「・・・ぁ」
彼女の言葉で、唐突に気がついたことがあった。
もしかしなくても、彼女だろうか。初めてこの城に来た時、パーティ会場でカインと話していたわたしを見ていた殺気の篭った視線の持ち主は。
そうだとしたら、すごく納得がいく。
この人、少し話しをしているだけで殺気送ってきそうだ。
「とにかく、わたくしはちゃんと忠告しましたわ。もしもこの忠告を聞かないのであれば、それ相応のご覚悟がおありということになりますわね」
言いたいことだけ言い残して、カインの許嫁を語る少女は去っていった。
残されたわたしは、ただ黙って彼女の後ろ姿を見送る。
他に何も言いようがなかったのだ。
急にカインに近づくなと言われてしまった。わたしだって、あの日カインに父の肖像画を見せてもらっていらい一度も会ってないというのに。
「・・・・はぁ」
なんだか異様に疲れた。
「帰ろう、セピア」
「ワフッ」
セピアに案内をしてもらって、部屋に戻った。
けれど。
「・・・・マツリ様」
部屋にはベッドのシーツを取り替えていたジュエリが居た。しかも、彼女の手伝いをしている子がもう一人。
ジュエリは、いつもの嫌悪感を隠そうともしない目線でわたしを見てきたし、もう一人の子も同じような表情をしてきた。
すでに部屋に入っていたわたしだったけれど、何か瞳に込み上げてくるものがあって、思わず回れ右をして部屋から出てしまった。
ここはわたしの割り当てられた部屋である事に間違いなく、今はわたしの部屋なのだ。けれど、城勤めが長いジュエリ達と、何も知らないわたし。
比べなくても、気持ち的にわたしの方が弱いに決まっている。
居た堪れなくなったわたしは、気がつけば逃げていた。
廊下をいつものように当てもなく歩き、そしていつものように行き止まりに直面した。
今日はセピアがいるからいつでも戻れると思って安心していれば、現在地が今まで来た事がない場所であるという事に気がついた。
見知らぬ場所だ。
部屋がたくさんある、綺麗な所。
『・・・・ぃ・・・』
人の声が聞こえた。
それは、廊下から聞こえてくるもので、知らず知らずの内に聞き耳を立てていた。気かなければ、いいのに。どうせ良いものではないはずだから。
その声の持ち主は、休憩中のメイドの女性達だった。
『あの子、本当になんなのかしら』
『見た目なんて、あたし達より劣るのよ?なのに、なんで右大臣達とあんなに馴れ馴れしくできるのか理解に苦しむわね』
『あれでしょ。あの子、この国の出身じゃないそうよ』
『・・・うそ』
『聞いた話、あの子、戦争のことも知らないみたい。ルイシェル医師達と旅をしている内にどれだけ悲惨なのか知ったんだって』
『余計憎々しいわね。それ』
『ほんと、ジュエリが可哀想だわ。あの子、昔からルイシェル医師を尊敬してたでしょ。なのに、突然見知らぬ子が彼の傍に居て。しかもその子の下で働く事になるなんて』
『そうね』
本当に、わたしはどうしてこうも好き好んで自分を追い詰めたがるのか。
一通りメイドさん達の言葉を聞いたわたしは、静かにその場を立ち去った。
セピアが、気遣わしげにこちらを見上げてくる中、再び部屋に戻れば、ジュエリ達は去った後だった。
その事にほっとしつつ、部屋に入り、扉を閉める。そして、同じように鍵をかけた。
一つの空間の中に入ったと認識した瞬間、わたしの体から一気に力が抜けて、そのまま床にへたり込んだ。もう、立ち上がれない。力が入らない。
「・・・・・・っ」
わかっていたことじゃないか。
出会う人みんなが自分を好きになることなんて不可能な事ぐらい。どんなに良い状況にいても、誰かは必ず自分を嫌ってしまう事ぐらい。そして、悪口を言われる事だって。
わかっていたはずなのに。
「・・ぅ・・・」
涙が出てくる。
抑えても抑えても、生理的にでてくる涙は止まらない。
あそこまで露骨に自分の悪口を聞いたのは初めてだったから、より衝撃的だった。
というより、サンジュ父さん達を仲良くなれてから、親しくなる人みんなにやさしくされたから、心を守る盾がもろくなっていたのかもしれない。
誰もかれもから好意を持たれるわけがないことは知っていたはずなのに。
口を抑えて、声を殺す。
すると、セピアが寄り添ってきた。
彼を見れば、どこまでも穏やかな顔付きでわたしを見ている事に気づいた。それはまるで、泣いてもいいよと促してくれるようで。
「・・・セピ・・・ァ」
彼の首元に顔を埋めて、涙を流した。
サンジュ父さん達は忙しくて会えない。今まで一番頼ってきた人達に会えなくて。
シナちゃん達も今は居ない。ようやく出来た友人達にさえ会えないのだ。
ようやく、彼らに受け入れてもらえたと思っていたのに、今度はこの国の人達に認められなくて。
わたしはまた、自分の居場所を無くしたような気分になっていた。
ただ、抱きしめるセピアのぬくもりだけが、わたしがこの世に居ることを教えてくれた。




