Ep.15
手元の原稿の方で、終わりのめどが立ったので、更新を再開させることにしました。
『お嬢様(仮)』同様長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
旅の一行の皆さんは、やっぱり偉い地位にいるせいか、いつも忙しいらしい。
セピア以外とはこの頃全然会っていない気がする。
朝起きて、いつものようにジュエリの挑戦的な視線から逃れつつ支度をして朝食を食べ終わった後、わたしはセピアと共に部屋を出た。
せっかく王様が貸してくれた部屋だけど、なんだか居場所がない気持ちになった。
今日のドレスは黄緑のシックなもの。タートルネックに細身の形で、動きやすさを重視したんじゃないかなと思わせる、軽めのデザインのものだ。
「みんな、忙しいんだろうねぇ」
当てもなくブラブラ歩きながら、呟いてみた。
隣を着いてくるセピアが、相槌とも肯定ともつかない小さな唸り声を上げる。
ここに猫型のある意味タヌキにしか見えない青いロボットがいれば、セピアの声を聞く事も可能になるんだろうなぁ。
それに、こんな風に異世界に飛ぶ事が可能ならば、果てしなく遠い未来に行ってみたかったかもしれない。
最近はこの世界にも慣れてきて心に余裕が出来たからか、色々な事を考えられるようになった。人間は着実に慣れていくものなのだ。それがどんなことだとしても。
庭に面している廊下を歩いていれば、途中で誰かの背中が見えた。
その背中は、日曜日に、誰にも相手にされないお父さんのような寂しげなモノ。
ゆっくりと近づくにつれて、その背が誰なのか確認した。
「・・・・シュリル、王子?」
「!?」
わたしにはまったく気づいていなかったらしい。
わたしがそう声をかけた時、王子は飛び上がらんばかりに驚いていた。そして、驚きすぎて座っていた廊下の段差から転げ落ちてしまった。しかも顔から。
「大丈夫ですか?」
「・・・す、すみませんっ」
手を貸して起こしてあげれば、すぐに土下座をせんばかりの勢いで頭を下げてくる。
「いや、あの」
「そ、その。僕、あの・・・」
どれだけ挙動不審なんだこの王子。
そのあまりにもオドオドした様子に、少し苛立ちを覚えてしまったのは、この際仕方がないことで。失礼だと思いつつ、わたしは王子の両肩に手を置いた。
そこで、彼はびくりと肩を揺らす。
「王子」
シュリル王子と初めてまっすぐ目を合わせた。
「落ち着いてください」
「………はい」
長い間を置いて、王子がようやく落ち着いてくれた。
セピアも、わたしの隣で呆れ気味である。
「とりあえず、座りましょう。いいですか、隣に座っても」
「も、もちろんです!」
もう、この喋り方は諦めよう。
わたしは王子と並んで廊下に座った。セピアはわたし達の前を陣取った。
「ま、マツリ、さん」
「はい?」
「あ、アイシャ、レラとは、その・・・仲が、いいんですか?」
「はい。仲良くさせてもらってますよ」
「・・・・そう、ですか」
シュリル王子が、どことなく項垂れたように俯いた。
そこで、彼が先日塔の中からアイシャの剣を練習を眺めていたことを思い出す。ここは、探りを入れてみようか。
今のわたしには、一つ確かめたい事があったのだ。
「・・王子は、先日塔から見てましたよね。アイシャのこと」
「!」
王子が目に見えて動揺した。
意味のわからない母音を並べながらわたしの方を見ないように顔を背け続けている。
「………」
そのあまりにも頼りない様子に、少し頭を抱えたくなった。
時期国王がこんな事でいいのだろうか。こんなに頼りなく、しかも隠し事が下手な人で。
思わず国の将来を憂いてしまいそうになる。
「じゃあ、アイシャの秘密、知ってるんですよね?」
王手をかけた。
その言葉に凍りついた王子だったが、しばらくして、ようやくわたしの方を見てきた。
「マツリ、さん、は、知ってるんですか?」
「何を?」
「その……アイ、シャレラが……」
「はい」
「本当は、その、禁じられて、いるのを……」
「例えば?」
「…………ぅ……その、剣、に」
わたしのはっきりしない返答に、王子の方が先に白旗をあげてきた。
知ってますよ」
この王子相手だと、まだわたしの方が駆け引きに向いている気がする。なんだろう。素直なのは良い事なのだろうが、素直すぎるのもまた困りもというか。
「王子、それが禁じられていることだって知ってますよね?」
「え、あ、はい」
恐々わたしを見てくる王子は、本当に女装させたら化けるだろうな。目の前の王子を見つめつつ、不謹慎にもそんな事を思った。
彼が女装をしてルイさんの隣に並んだら、きっとこの世界最高峰の美男美女カップルになれるんじゃないだろうか。
そこでまた、ルイさんのことを考えた。
あの日の夜の出来事から、どうもルイさんが気にかかる。小娘のわたしが、大人なルイさんの事を心配してもしょうがないことは承知している。けれど、様子がおかしくなったのが、もしも自分のせいならばと思うと、やっぱり気になってしまうのだ。
そういえば、ルイさんには恋人とか居るのかな。大人なんだし、彼ほどの人ならば周りも黙ってはいないだろう。カインやコウヤさんにしても、好きな人とかいないのだろうか。
アイシャも言っていた。彼らは女性達から人気があるのだと。
「……マ、ツリ、さん?」
「あ、はい」
思考が完全に遥か彼方に向かってしまっていたわたしは、王子の言葉で現実へと戻ってきた。
しまった、ついいつもの癖が。
「えーと、その、アイシャのしていることをどうして誰にも言わないんですか?」
これまでの応対で、わたしの疑問は確信に変わろうとしていた。
やっぱり、王子は。
「その、何故、と、言われても……」
「塔からアイシャを見ている時、すごく優しそうな笑顔をされてましたよね」
恋愛をした事がないわたしでも、あの見るからに甘い甘い笑みを浮かべてアイシャを見ていた王子の心境ぐらい察知できるというもの。
「………ぅ」
図星を差されてか、はたまたわたしのにやけた笑いに対してか、王子が少し引き気味にこちらを見てきた。
確信した。
「シュリル王子、アイシャの事好きですよね」
「!」
雪のように白い王子の顔が、一瞬でリンゴみたいに真っ赤になってしまった。
不覚にも、かわいいと思ってしまう。
「あ、あの」
「大丈夫です。誰にも言いませんから」
「ほ、本当に?」
「本当に」
これまでのことを踏まえてか、王子が念入りに確認を入れてきたので、わたしは苦笑しながらもちゃんと対応した。
「これは、わたし達だけの秘密にしておきましょう」
そう言えば、王子は今日一番の笑顔をくれた。
● ● ● ● ● ●
「それにしても・・・」
剣の稽古があるということで、王子と別れたわたしは、セピアと共に城の探索を再開していた。
その道のりの中で、考える。
身近なところで人が恋愛をしている事がこんなに新鮮に感じる事もそうあるまい。まぁ、わたしの場合、今までそういう事を考えてこなかったということが一番の要因ではあると思う。
今更思い返してみると、中学や高校時代、友人達がそういう話で盛り上がっていたこともあった。その頃のわたしは頑なだったから、右耳から入って左耳から抜けていった感があったけれど。
「恋愛、ねぇ」
果たして、わたしが人を好きになることがあるのだろうか。
今のままではまったく予想がつかない。なんて悲しい事だろう、青春時代の少女として。
考え事をしながら黙々を歩いていると、急に少し前を歩いてたセピアが止まった。それに合わせてわたしも止まり、俯いていた顔を上げる。
「……あの」
「あなたですわね?カイン様と馴れ馴れしくしている女性というのは」
「……」
なんなんだこの子は。
わたしは唖然と目の前に経つ女性を見つめた。仁王立ちともつかない実に嫌みったらしい格好で立つ彼女は、わたしと同い年ぐらい。
赤毛に緑の瞳の彼女は、アイシャやシナちゃんには及ばないまでも、中々に愛らしい顔立ちをしているように思える。
けれど、急に出てきて、偉そうな態度をとるのは人としていかがなものか。
まずは言うべきことがあるだろう。
「あの、あなた、は?」
わたしの質問に、少女は意味もなく胸を張った。
「カイン様の許嫁、カミラ・マルセーヌですわ」




