Ep.14
「・・・・・」
わたしはここに来て、何度罪悪感に襲われたり自分自身を恨めしく思ってるだろう。
コウヤさんに部屋までの道のりを案内してもらいながら、わたしはまたしても顰め面のまま腕を組んでいた。
少し前を歩くコウヤさんの視線を時々感じるけど、今は彼の瞳を見返す勇気がない。
だって、彼をひどく傷つけたと思うから。
「マツリさん」
いつの間にか、わたしを彼の位置が逆転していた。
後ろから名前を呼ばれたので驚いて振り返る。どうやら、コウヤさんが立ち止まったことに気づかずに歩いていたようだ。
「マツリ!」
「・・・アイシャ」
コウヤさんが立ち止まった理由は、どうやらアイシャとシナちゃんを見つけたからだったらしい。
彼は、わたしが彼女達と仲良くしていることを知っているから。
『?』
「どうしたの?」
二人の顔を見たら、ひどい安心感を憶えた。
その安心感と同時に涙腺が緩みそうになるので、慌てて押しとどめた。
「ではマツリさん、私はこれで」
まるでわたしの心を読み取ったかのように、コウヤさんが一礼をして去っていった。
そんな彼を見送った後、アイシャがずいっと近づいてきた。思わずわたしの体が反り返る。いきなりのことだったので、目を白黒させながら迫ってきた彼女を見つめている内に、反り返る背中が痛くなってきた。かと思えば、途中で背中に誰かの手が添えられた。
振り返れば、少し上目使いでわたしを見つめてくるシナちゃん。どうやら、彼女なりのフォローをしてくれているらしい。なんとも健気な子だ。
彼女はわたしやアイシャよりも小柄なので、支えとしては少し重いのではないかと思う。
けれど、今はそんな事を考えている場合ではない。
「アイ、シャ?」
何を定めようとしているのか、アイシャは怖い目つきでわたしを至近距離から見つめていた。
恐る恐る声をかければ、彼女はゆっくりと離れていった。ようやくお互いの顔を一定の位置から見られるようになった時、アイシャが腕組みをして再びわたしにするどい視線を送ってきた。
仲良くなったからわかったけれど、アイシャは一直線な性格をしていると思う。気に入らなければその場でズバスバ言うし(もちろん、時と場所は選ぶけど)、隠し事をするより相手に伝えることをモットーとしているよう。この性格のせいで、あまり同姓の友人は居ないのだと、この間聞いた。
対してシナちゃんはというと。
口が利けないのは一つのハンデかもしれないけれど、それさえも受け入れられる深く広い心を持っている少女だ。しかも、結構お転婆なのに、わたし達が目を瞠るほど純粋で無垢な子でもある。これは一重に兄であるルイさんの努力の賜物なのかもしれないなと、その無垢さを垣間見るたびに思った。そんな彼女はどんなに嫌味な人間でも必ずどこかにいい所があるという事をモットーにしているようだ。このおかげで、皆に好かれているある意味天使のような存在。
二人共、性格は違えど、色んな意味で裏表のない少女達。
だからかな。
元いた世界では、人に裏切られる事が怖くて特別親しい友人は作ってこなかったけれど、二人は違う。
二人を知っていくうちに、きっと彼女達はわたしを裏切らないと確信できたから、彼女達は今ではわたしの初めて出来た身近な大切な友人になっている。
「何、辛気臭い顔をしているの?」
「え?」
ふいに尋ねられたその質問に、反応が遅れた。
質問の意図を掴めずに首を捻りつつ、その質問者を見れば、彼女はまだ渋い顔付きでわたしを見ていた。
「また、何かあったの?」
重ねるように問われて、目を瞬かせる。
ようやく肩につくかつかないかくらいの長さまで伸びた自分の髪の後頭部に手をやって、苦笑いをしながら男みたいに軽く掻いてみた。
話を逸らしたいけれど、きっと無理だろうな。
「マツリはいつも一人で暗い顔するんだから、たまには相手する人間も必要でしょ」
『さんせい』
シナちゃんもいつの間にか取り出したスケッチブックにそんな事を書いて、それを掲げて見せた。
「・・・・」
またもや涙腺が緩みそうになってしまった。
わたしは女だから、男性ばかりの旅の一行のみんなに言えないこともたくさんあった。そんな時は、姐さんに手紙を送ったりもした。
でも、やっぱり、同性で同世代の子っていうのも大事だと思っていたんだ。
「じゃあ、聞いてくれる?」
心の底から信頼できる友人が居るのって、こんなに幸せなことなんだなぁ。
にっこり笑って、二人を見た。
涙腺は緩みっぱなしだったけれど、涙は出てこなかった。
● ● ● ● ● ● ● ●
「なるほどね」
『納得』
廊下で立ち話もなんなので、場所を丁度空いていた談話室に腰を落ち着けたわたし達は、それから長い間話をしていた。
両親の話をする人達への嫉妬心、コウヤさんやカインを傷つけたことも言った。
すべて打ち明けられたおかげか、随分心が楽になった。話すだけでこんなに楽になることって本当にあるんだなと、しみじみ感じる。
ルイさんの変な行動については、言わなかった。実の妹であるシナちゃんの前で、言っていい事とは思わなかったから。
そういえば、あれ以来ルイさんと会ってない。
「ねぇ、最近ルイさん見かけないんだけど、どこに行ったの?」
『研究』
わたしの質問には、シナちゃんが答えてくれた。
「研究って?」
さらに疑問が湧く。
「そっか、マツリは知らないのよね」
「何が?」
「ルイシェル医師長の仕事」
無知なわたしに、アイシャが答えてくれた。シナちゃんは、隣で相槌を打つかのように頷いたり、スケッチボードで付け加えたり、色々してくれる。
「この国はね、医療関係にかけては他の国々よりも進んでいるの。難病の治療法とか猛毒の解毒剤とか、色々あるのよ。で、それはすべてこの国でも選りすぐりの医師や研究員達が集まった医師団のおかげ。彼らは日々研究に励んでいてね、そのおかげで医療は少しずつだけど着実に進歩しているの。その筆頭医師がシナマレリーンのお兄様のルイシェル医師長。若いながらにその座についたのは、彼が天才だったからよ。しかもあの容姿でしょ?もう、使用人や城に勤める者達の注目の的」
そういう割に、アイシャはルイさんに対してそんなに注目しているわけではないらしい。語尾では呆れたように溜息をついて首を振っていた。
きっと、使用人達に対してだろう。
でも、少し気になったことがあった。
それは、シナちゃんの表情がほんの僅かに翳ったこと。いつも笑顔を絶やさない彼女の笑みが凍りついた気がした。何か、引っ掛かる事でもあったのだろうか。
「それで、専門分野は治療のはずのルイシェル医師長も、時々研究に参加してるみたい。新しい治療法でも見つけてるんじゃないかしら。あの人誰よりも研究熱心だから」
「へぇ。すごいんだねぇ」
ルイさん、やっぱり凄い人のようだ。
それじゃあ益々わからなくなる、あの日の不可解な行動。
「それをいうなら、コウヤ様も凄いわよ」
アイシャが付足してきた。
「この国で唯一の隠密機動部隊の総司令なんだから。しかも、まだまだ全然若いのに」
話がルイさんからコウヤさんに移った。
シナちゃんの不自然な表情もなくなった。
「それって、やっぱりスパイのことだよね?」
「まぁ、簡単にいえばそうなるわね。でも、それだけじゃないわ」
アイシャのノリが、なんだかもう、ニュースのアナウンサーか、テレビの実況の司会者みたいに思えてきた。すごく助かるけれど、よく憶えていられるな。
「隠密部隊はそれなりに大きくて、しかも、国が完全に信頼している人間達しかいないんだから。裏切りが出れば、すぐに処分される。今の所そんな人は出なかったけれどね。・・・・だからこそ、隠密部隊はこの国に関するあらゆる機密事項を管理しているの。その人達は、部隊の中でも幹部だけだけど。後は、他の国に偵察に行ったり、潜入調査をしたり。そのすべてを束ねているのがコウヤ司令官なのよ」
『司令官、一番、謎』
「そうなのよねぇ」
「・・・わかる」
シナちゃんの的確な指摘にアイシャも頷いた。それにつられるようにわたしも短く肯定する。
「隠密っていうから、確かにみんな謎めいてる人ばかりなんだけれど。・・・・コウヤ司令官は他の誰よりも謎が多いわ」
あの無表情で口数も少なく、あまり立ち入ってこないコウヤさんは、正直わたしにとっても永遠の謎である。仮面のような表情の下で何を思い、何を考えているかなど、誰も知りえるわけがない。
人一倍良い人な分、またさらに謎は膨らむ一方だし。
「あんまり人と会話をしている所も見たことがないから、あなたがコウヤ司令官と歩いている所を見たときは本当に驚いた」
「まぁ、一番お世話になってるからねぇ」
「それってすごいことよ」
アイシャの目がキラキラしている。
「コウヤ司令官って、普段何を考えているのかわからないけれど、あの容姿にあの地位でしょ?もう、若い娘達からの人気は、ルイシェル医師長やカイン様と並ぶほどなんだから」
そう話す彼女の頬は少しばかり紅潮しているようだ。
もしかしなくても。
「アイシャって・・・・その娘達の一人?」
『正解』
わたしの何気ない指摘に、何故かシナちゃんが答えてくれた。
しかも、とびっきりの笑顔付きで。胸のどこかがズキュンって鳴った。
「でも、憧れよ?・・・・少し前に、コウヤ司令官が剣の練習をしている所をたまたま拝見して。すごく鮮やかだったから」
「ほぉ」
彼女ならではの憧れ方である。
「あの素早さも、身の軽さも、すべてが素晴らしくて、思わず見蕩れたわ。それで思ったの。私もいつか、あんな風になれたらって」
「コウヤさんも、貴族出身なの?」
「どうなのかしら。あの人、出身が不明なの。・・・でも、顔付きからして、その、カオラズス出身じゃないかって噂も立って。すぐに収まったんだけれどね」
少し言いにくそうに告げられた地名に、記憶を呼び起こす。
「カオラズスって、敵対している国の事でしょ?」
つい最近まで、その国と戦争をしていたのだと聞いた。
「あの国は、閉鎖的なの。他の国の人間が入る事を許さないし、かといって自国から出ることも許さない。だから、誰も今のカオラズスの現状を知らないのよ。一つ分かっているのは、あの国の住民達は他の四つの国とは違う顔付きをしているってことだけ。例えば、コウヤ司令官のような」
つまり、東洋的な顔付きをしているという事か。日本人とか、そっち系の。
「・・・そういえば、マツリも、少しコウヤ司令官の顔付きに似ているわよね」
「で、でも、カオラズスから来たわけじゃないからね?」
「分かってるわよ」
アイシャはそう言って笑い、シナちゃんも笑顔で頷いていた。
少し罪悪感を抱いたのは、わたしが嘘をついているから。でも、ずっと嘘を付き通すつもりはない。然るべき時が来たらちゃんと言うつもりだ。
「でも、わたし、もうどんな顔してコウヤさんに会ったらいいのかわからないよ」
解説のような会話が途切れた時、わたしはそう言って椅子の背凭れにダラリと寄りかかった。
「ずっと、失礼なことばっかり言ってる」
「コウヤ司令官はそんな事で態度を変えるような方じゃないわよ」
『そう』
アイシャやシナちゃんがフォローを入れてくれるけど、問題はそこじゃないんだ。
「全部許してくれるから、逆にこっちの罪悪感が積もっちゃうんだよ~」
人間、たまには責められないと、泥沼に埋まっていってしまうと思うんだ。
「それは・・・」
図星を突かれたらしく、アイシャが困ったようにシナちゃんを見た。シナちゃんもまたアイシャ見返す。
どうやらこの質問は彼女達にも身に憶えがあるものらしい。
「罪悪感に溺れたままじゃ、何も始まらないんだし、まずが自分を変える事よ」
アイシャの締めの言葉は、わたしの胸に鋭く突き刺さった。
これでもがんばって変わってきたつもりだ。これ以上に、一体どう変えろというのだろう。




