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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.13


 ランジェラ様はわたしを見て、この世の終わりでも見たかのような表情をされた。

 これまでにないほど大きく目を見開いて、わたしを見つめてくる。

 そこまで大袈裟なほど凝視されたわたしは、居心地が悪くてしょうがない。彼女から、どんな反応が返ってくるのか予想が出来ないから尚更。


「・・・あなた・・・・お名前は?」


 もう一人の祖母は、外見に相応しく、凛とした声を持っていた。

 全然歳をとっているようには見えないほど、鈴の鳴るような高音の綺麗な声。

 やっぱり、生きる場所が違うからかな。母方のおばあちゃんとは全然違う。


「マツリ、です」


 俯きつつ答えた。

 顔を見るのが怖い。


「もう少し、・・・・近くへいっらしゃい」


 彼女に直にそう言われてしまえば、反対のしようがない。

 わたしはゆっくり彼女の座るソファーの隣に腰を下ろした。手を伸ばせば、お互いに触れることのできるぐらい近い位置。


「・・・・・まぁ」


 ランジェラ様が、まるで太陽の光に晒されたことがないようにさえ思えるほど白く細い腕を伸ばしてきた。

 その手が、俯いているわたしの頬に触れる。

 ぴくりと、肩が跳ねた。


「ターキトールに、そっくり」


 響いた声音の中にあったのは、懐かしさと親愛だけ。

 思い切って視線を上げれば、泣き笑いを浮かべたランジェラ様の顔が見えた。


「あなたが、ターキトールの、忘れ形見なのですね」

「・・・はい」

「マツリ、といいましたか」

「・・・・・・・はい」

「ありがとう。私の元に、来てくれて」

「・・・っ」


 ずるいよ。なんで、そんなにやさしい顔をして、お礼をいうの。

 わたしの父は、母親であるあなたを置いて、異世界へ行ってしまったのに。父に似ているわたしを見て、きっと、言いたい事はたくさんあっただろうに。


「歓迎します。・・・・あなたは、私の、孫娘なのですから」


 彼女が、その時浮かべた笑顔が、父とサンジュ父さんの笑顔に重なった。


 あぁ、父は色んな大切なものを捨てて、わたしに生をくれたのか。


 唐突にそんな事を思った。


 別に、父の生き様を否定するわけではなし、彼が母と一緒になってくれた事は本当に感謝している。ただ、思い知ってしまった。彼が、何を犠牲にしていたのか。何を、切り捨てて、何を手に入れたのか。

 どれほどの思いで、この世界を捨てたのかはわからない。

 けれどただ一ついえること。それは、わたしには絶対に出来ない事を父は選んで生きてきたという事。

 もしも、彼がまだ生きていたなら、本当にたくさんの事を教えてもらえただろう。人生について、たくさんの事を諭してくれただろう。

 母も、生きてさえ居れば、もっとたくさんの事を教えてくれた事は違いない。

 ありえない未来に思いを馳せて、一人で落ち込みそうになった。

 今更のように、両親が恋しくなった。

 

 

「・・・そうですか。ターキトールはもう」


 父の死を告げたとき、ランジェラ様の瞳が小さく翳った。


「ごめんなさい」


 思わず謝ってしまったわたしを見て、サンジュ父さんが少し厳しい目を向けてきた。わたしが自分を悲観視したから怒っているのだ。

 わたしの謝罪に、ランジェラ様は小さく首を振った。

 今、わたし達は三人でお茶をしていた。庭の一角に、みんなで座って話しをしているのだ。ランジェラ様は病弱のため、車椅子での生活を余儀なくされているらしいという事は、この時知った。


「あの子は、人一倍頑固で、そして何より自分以外を守るために生涯を捧げようとしていました。その願いを、最後の最後に娘に捧げる事が出来たのですから」


 ランジェラ様は、そう言って笑った。

 やっぱり、母親だから。

 わたしなんかより、過ごしてきた時間が長いから。

 彼女は、父の事をよく知っていた。そして、色々な事を教えてくれた。

 わたしはただ黙ってその話を聞く。

 サンジュ父さんも、懐かしそうに父の思い出話を語ってくれた。


 ……少しだけ、居心地が悪く思う。


 そしてすぐに、サンジュ父さんの仕事の都合もあり、城に戻らなければいけな

くなった。


「また、いらして下さいね。マツリさんなら、大歓迎です」

「・・・はい、お話できてとても嬉しかったです。ありがとうございました」


 やさしそうに笑うランジェラ様に深く頭を下げてお礼を言った後、わたしはサンジュ父さんと一緒にやってきた時に乗ったものと同じ馬車に乗って、城へ帰った。


●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


「・・・・・・・」


 城に戻った後、サンジュ父さんに別れを告げて部屋に戻る道を歩いていたわたしは、顰め面のまま自分の思考を奥深くに沈めていた。

 腕を組んで、罪悪感に浸っていると言い換えることもできる。

 そう、罪悪感なのだ。最後に、ランジェラ様にずいぶん素っ気無い態度をとってしまったような気がして、ひどい罪悪感に襲われているのだ。


「・・・あぁ」


 正直言えば、複雑な気持ちだった。

 ランジェラ様やサンジュ父さんが話す父の思い出話を聞くうちに、ひどく打ちのめされた気持ちになって。二人はただ、わたしのために思い出を語ってくれただけなのに、途中からまったく知らない父の像が出来上がってしまった。

 なんで、二人はこんなに父の事を知っているんだろう。もちろん、父は、ランジェラ様やサンジュ父さんの家族だから当然だ。でも、わたしは彼の娘なのに。一番近い存在のはずのわたしは、当人の事を何も知らない。


 ―――簡単に言うと、悔しかった。


 たくさん知っているサンジュ父さん達に嫉妬し、何も知らない自分が惨めだった。

 それは母も同じ。

 おばあちゃんや透さんの話を聞くたびに、自分の無知を呪っていた。

 よく考えれば、それはただの子供の独占欲。

 みんなに、わたしの両親が取られたようで、悲しかったからなのかもしれない。


「全然、成長してないなぁ」


 わざと声に出して、自分に言い聞かせるように呟いた。

 いつの間にか、どこか知れない庭に出ていた。まただ。また、変な所に出てしまった。しかも、何となく一人で居るには最適な場所。


「どう帰るよ・・・」


 こんな人気のない場所から、どうやって部屋まで戻れと言うのだ。

 色々考える事がありすぎて、頭を抱えたくなった。


「マツリさん?」


 声を掛けられた。

 後ろを振り返れば、よく見知った顔が立っていた。


「コウヤさん」

「どうしました、このような所で」


 たまたま通りかかったようなコウヤさんが、わたしのすぐ傍まで歩いてくる。

 よくよく考えれば、わたしはよく自分の所在地を見失うけれど、その度にそんなわたしを助けてくれる人が現れる事に思い当たった。

 わたしのこの特殊能力、もっと他の所に活かせないのかなぁ。

 コウヤさんが目の前にやってきたと同時に、わたしは頭を下げた。

 この間の非礼をまだ詫びていない。


「コウヤさん、この間は本当にすみませんでした。わたし、その・・・・」


 これ以上言うと、言い訳になってしまいそうで、言葉を止めた。

 恐る恐る彼の顔を仰ぎ見る。

 コウヤさんが怒っているとは考えにくいが、それでも、嫌われたり鬱陶しがられたりしていないだろうか。

 視界に入ったコウヤさんの顔は、いつものように非常に読み取りにくかった。けれど、怒っていないということも鬱陶しがっていないということも、なんとなくわかった。


「もういいですよ、マツリさん。何も考えずにご両親の話を持ち出してしまった私にも非はありますから」

「で、でも」

「もう、この話は終わりにしましょう。マツリさんも、人間です。・・・・時には感情の枷が外れてしまう事もあるのですから」

「はい」


 コウヤさんの静かな声に、ささくれ立った気持ちが静まっていく。

 でも、コウヤさんほど感情いないなの言葉が似合わない人も居ないのではないだろうか。

 特に何かを言うかでもなく、ただ立っているだけのコウヤさんを見上げながらそう思った。だから、ちょっと聞いてみた。


「コウヤさんは、感情の枷が外れる事ってないの?」

「私、ですか?」

「そう。だって、いっつも落ち着いてるから。・・・・わたしは、いつも情緒不安定なのに」

「また、何かあったのですか?」

「う・・・な、なんでもない!」

「わかりました。深くは聞きません」


 コウヤさんはそう言ってすぐに黙った。

 ここで、彼の引き際のよさを少し怨んだ。もう少し聞き入ってくれたなら、わたしも打ち明けられるのに。自分から悩みを話すのは、ちょっと難しい。

 だから、気づいてってサインを送る。何をないフリをして、他人が踏み込んできてくれるのを待っている。もし、「悩みがあるなら言ってみ?」って言われたら、それだけでわたしは心配されてるんだと安心して心の内を話せるのに。

 すごく自分勝手な言い分だけど。


「・・・コウヤさんって、絶対に踏み込んでこないよね。だからなのかな、感情が変わらないのは」

「えぇ・・・・。そうかも、しれませんね」

 

 その後、わたしはすぐに自分の失言に気づいた。

 感情が変わらないって決め付けてしまった。知ってるのに。彼が時々辛そうな顔をしていることに。

 

 コウヤさんの静かな瞳の奥を、何かが横切った。




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