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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.12

 

 サンジュ父さんとの話が終わって、わたしは彼に連れられるがままに屋敷の前に佇んでいた馬車に乗り込んだ。

 これから、サンジュ父さんの実家に向かうらしい。そこは言うなればつまり、わたしの父の実家ということ。

 彼の母が、わたしに会いたいと言っているらしい。もう一人の祖母に会えるという事なのだ。


「ターキトール兄上は、もう十年も前に死んだんだったな」

「・・・うん」

「お前が気に病む事じゃない。兄上は、戦士なんだ。大切な娘を守るために死んだんだったら本望だろうさ。ただ、お前一人を残していくことだけが、一番の気がかりだっただろうな」

「そう、だね」


 馬車の中で向き合うように座っていたわたし達は、生前の父について語り合っていた。

 語り合ったというよりも、サンジュ父さんが質問をして、それにわたしが答えるというもの。サンジュ父さんは、生前の父の様子を知りたかったらしい。

 けれど、どの質問も回答が難しいものばかりだった。

 それもそのはず。父も母も十年前に死んでいて、当時わたしはたったの九歳。写真がなければ、両親の面影さえもうあまり覚えていないというのに、どうやって詳しい事まで話して聞かせろというのだろう。

 サンジュ父さんはそれでいいと言った。

 お父さんが幸せだったのなら、それでいいと。

 彼にしてみれば、そう思える日がくること自体ありえないと思っていたらしい。若い頃の兄に対する憎悪はすごかったのだと、照れながら語ってくれた。


 もしかしたら、と思う。

 話を一旦止めて、馬車の窓の縁に頬杖をつきながら外を眺めた。

 程よい速さで進む馬車の横を流れるように過ぎる景色たちに、心が癒された。

 今、周りには建物はあまりない。あるのは、大きな野原とそこに咲く花達。

 サンジュ父さんのお母さんは、病気で臥せっていて、その養生のために今は別荘で過ごされているのだという。

 けれど、どうしても、突然居なくなってしまった息子の大切な忘れ形見に会いたいと言って聞かないらしい。

 もしかしたら、これがわたしがこの世界に呼ばれた理由の一つなんじゃないのかな。本来なら父の役目なのだろうけど、それが叶わないから、代わりに娘のわたしが、父とその家族の蟠り(わだかまり)を解かなければいけないのかもしれない。


「マツリ、長殿を憶えているか」


 前に座って、同じように外を眺めていたサンジュ父さんが唐突に言葉を投げかけてきた。


「うん」


 わたしはすぐに頷いて返す。

 忘れるはずがない。

 この世界に来たばかりの頃、ある町で出会った老人。あの時、彼が背中を押してくれたおかげで、一時は自立心を高める事もできた。

 一度みんなから離れる事で、ようやく自分が彼らと一緒に居ていいのだという事を実感できたんだ。自分の居場所を見つけたのだ。

 いつか、もう一度彼に会えたなら、お礼が言いたい。

 あの人のおかげで、今のわたしが居ると言っても過言じゃないから。


「長殿は、ターキトール兄上の剣の師匠だった方だ。幼い頃から、よく二人で修行に明け暮れていた」

「それって」

「あの時、長殿はマツリを見て誰かに似てると言っただろ?・・・あれは多分、お前の父さんの事だよ。長殿も、ターキトール兄上がこの国に居ないという事だけは知っている。だからきっと、もう会う事のない愛弟子の面影を持つおまえに何かをしてやりたいと思われたんだ」

「・・・・・・」


 意外な繋がりを知って、思わず瞠目した。

 それじゃあ、まるで、すべてが父を通して繋がっているみたいじゃないか。

 そんな事って。


「お前の父さんは、死んでも、ちゃんと娘を守ってるってことだ」


 心の声を聞いたかのようなサンジュ父さんの言葉に、わたしは小さな笑みを浮かべるしかなかった。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


 サンジュ父さんに連れられてやってきた屋敷は、別荘にも関わらずすごく大きなものだった。

 三階立ての大きな洋館。


「いくぞ。母上が待ってる」


 サンジュ父さんに背中を押されるように、わたしは屋敷の中に入った。

 そこでもまた、心臓が止まりそうになるほど驚いた。


「「「御帰りなさいませ」」」


 屋敷内に入ったわたしを迎えてくれたのは、四人の使用人の人たち。みんな、それなりに年齢のいった人達のようだ。


「悪いが、すぐに母上に面会をさせてもらう」


 自分よりも歳がありそうな人達に軽口でそう返すサンジュ父さん。


「畏まりました。すぐにご案内を」

「お茶はお部屋の方にお持ちします」


 使用人の人達は、すぐに一礼して自分の仕事に戻っていった。

 一人だけ残って、わたし達の案内をしてくれるようだ。

 この出迎えようは、もしかしなくても。


「サンジュ父さん・・・。この家って」

「ヨサック家は、一応貴族だぞ。この家は、代々優秀な将軍を輩出してるからな」


 やっぱりかぁぁぁ。


 足は階段を上るために動かしながら、頭は項垂れるように落ちる。

 そうだろうね。貴族とかそういった人達じゃないと、王様の側近なんてとてもじゃないけど無理だと思う。


 ・・・・・ってことはつまり。カインやバーントさん、ルイさんもコウヤさんもみんな、それなりに位の高い貴族の出ってことになるのかな。

 わたしと、生きる次元が違いすぎるんですけど。

 現実を思い知って、さらに項垂れた。

 自分も、一応その高い位の貴族の血を半分受け継いでいるのだが、今の私にはまったく欠片さえ頭に残っていなかった。


「奥様。サンジュ様が御戻りでございます」


 使用人の男性が扉を軽くノックした後、部屋の中に向かってそう声をかけた。

 それから、わたし達が通れるように扉を開けて彼自身は脇に避けた。本当に、ドラマとかで見る執事みたい。いや、本物だろうけど。


「母上。ただ今戻りました」


 まずは息子であるサンジュ父さんが声をかける。

 その後ろにわたしが続いた。

 正直に言えば、すごく怖いし緊張している。

 サンジュ父さんは、兄がすべてを置いて行ってしまった事に憤りを覚えていたけれど、母親の場合また違った見方ができるんじゃなかろうか。

 例えば、大事な息子を連れて行ってしまった女の娘とか。

 幸か不幸かわたしは母似ともよく似ていると言われる。

 さて、どう対応するべき、か。


「母上。連れてきました。・・・ターキトール兄上の娘です」


 そういって、サンジュ父さんが体をずらしてわたしの姿を前に押し出した。


「この人が、ターキトール兄上と俺の母。ランジェラ・ヨサックだ」

「・・・はじ、め、まして・・・」


 ここで、わたしは初めて祖母と対面する事になった。

 つい先日まで、存在すら知らなかった、けれどきちんと血の繋がっているおばあちゃん。


「・・・・」


 部屋の中央にある大きな向かい合わせのソファーの片方に腰かけているその人はまだそれなりに若く見えた。それでも六十は軽く超えているはず。

 白髪は見当たらない。上品に纏めて、右肩に流してある綺麗な髪は、父と同じ茶色。つまり、わたしの色を同じもの。

 顔には歳相応にいくつもの皺があったけれど、それでもとてもかわいらしく見えた。

 全体的に、上品で美しくて、それでも芯が強そうな女性。

 まさに、幾人もの気高い騎士を輩出してきた一族に相応しい女傑。


 ―――この人がわたしの、もう一人の、おばあちゃん。 



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