Ep.11
その日は、朝からサンジュ父さんと一緒に居た。
城に来て初めてかもしれない。こうして、サンジュ父さんとちゃんと向き合ったのは。
二人共、なんとなくお互いを避けていた節があったから。
いや、避けていたのはわたしで、サンジュ父さんは仕事があって会えなかっただけ。だから、結果的にこうして会う日が先延ばしにされたのだ。
でも、その時はやってきた。
「マツリが、ターキトール兄上の娘だという事は、わかった」
わたしが見せた写真を見つめながら、サンジュ父さんがようやく口を開いた。そのおかげで、わたし達の間に下りていた長い沈黙が破れる。
「わたし、いつもサンジュ父さんのこと、お父さんに似てるって言ってたけど、血の繋がった兄弟だったら当然だね」
「あぁ」
サンジュ父さんの顔色が優れない。
でも、そのことにはあえて触れなかった。だって、なんとなくわかっていたから。
だからこそ、わたし自身少し緊張しているし、居た堪れない気持ちにもなっている。
わたしの目の前に座っていたサンジュ父さんは、持っていた写真を見つめたまま、重い溜息をついた。それから、まるで何かに耐える様にに目を閉じる。
その様子を、わたしは黙って見守る。
再び瞳を開いた彼の表情は、とても静かで落ち着いていた。何かに決着をつけたような顔。何かにけじめをつけた顔。
「俺はな、マツリ。兄をあまり快く思ってはいない。いや、憎んでいた。ついこの間までは」
静かに語りだしたサンジュ父さんの言葉を、黙って聞く。
「・・・家族や友人や、すべてを捨てて、ある日突然居なくなった兄を、許せるほど、あの頃の俺は大人じゃなかった」
サンジュ父さんの弱々しい笑顔が見えた。
「あの時、俺はまだ二十代に成り立てだった。その頃すでに兄上は王の側近として将軍の座についていて、国の若い男達の憧れの的だった。そしてそんな兄上を、俺も尊敬していた。兄上に負けないように毎日特訓をして、城で働いて屋敷に戻ってこない兄上の分まで家を守ろうと必死になってな。そしていつか、憧れてやまない兄上の傍で、共に王に仕える事が出来たらと夢に見て」
サンジュ父さんが言葉を切ってわたしを見た。
その表情は読み取れないが、一体何を考えているのだろう。
「・・・・・だが、その夢は夢のまま消えた。ある日突然、見知らぬ女性とどこかへ消え去った兄上が、俺には理解できなかった。誰よりも愛して誇りに思っていた息子を亡くした父は病に倒れ、母もまた泣き崩れた。友人達も皆嘆き悲しんで、行方不明になった兄上を懸命に探し出そうとした。連れ戻そうと。けれど、王がそれを許さなかった。兄上はわかっていたはずだ。彼が居なくなる事で、どれだけの人が悲しむかという事を。それでも、女性と生きる道を兄上が選んだと知った時、俺の中の兄の像が崩れ去った。・・・・まぁ、兄上よりも、もっと誇りに思ってもらえるような将軍になろうと我武者羅になったおかげで、今の地位に上り詰める事が出来たんだけどな」
サンジュ父さんの明るい笑顔。
その笑顔が、また、父の面影と重なった。
「兄上が、あの時居なくなったおかげで、今の俺があると言っても良い。兄上の面影を求めて生きてきたのは本当だからな。・・・・それに、兄上があの時、お前の母親と出逢ったおかげで、マツリと会う事も出来た」
「・・・サンジュ、父さん」
「そう思えば、もうこれ以上、兄上を憎む理由が見当たらない。・・・俺も、もういい歳だ。この辺で、けじめをつけてもいいんじゃないかと思う。・・・兄上の大切な娘であるお前が、兄上の代わりにこうして俺の元にやってきてくれた。これで、十分だ」
サンジュ父さんの苦笑いが、何故か胸に染みた。
「お前が、俺の中に父親の影を見たのは当然だ。俺は、兄上の代わりになろうと一生懸命になっていたから。・・・・だがな、これだけは憶えておいて欲しい」
サンジュ父さんの真剣な顔が、わたしを射抜く。
「俺は、俺だ。マツリの父親に似ているとしても、俺は、サンジュ・ドル・ヨサックなんだよ。兄上ばかりを追いかけていたあの頃の俺は、もう、居ない」
わたしはただ黙ってその言葉を受け入れた。
サンジュ父さんは、わたしの中に居るお父さんに向かって今の言葉を放ったのだと思えたから。
王や妃様がわたしの中に両親を見て、懐かしんでいたように。彼もまた、わたしの中に父を見て、今まで心のうちに秘めていたものを懺悔したに違いないのだ。
わたしは立ち上がって、サンジュ父さんの前に立った。
そこで、サンジュ父さんはようやく目が覚めたようにわたしを見つめた。
ほら、彼はわたしを見ていたわけじゃない。
でも、これからは。
「サンジュ父さん、わたしは、ちゃんとサンジュ父さんを見てる。例え、お父さんに似てるとしても、実の娘のわたしには、ちゃんと違いが分かるから。・・・・だから、サンジュ父さんも、わたしのこと、ちゃんと見てよね。ターキトールじゃなくて、マツリを」
「もちろん、分かってるぞそれくらい」
「うん」
サンジュ父さんが、やさしくわたしを抱きしめてくれた。
わたしも、彼の大きな背中に手を回して、抱きしめ返す。
これでもう、わたし達二人の中に蟠り(わだかまり)も何もない。
父を通して、わたし達の絆はより確かなものに変わったような気がした。
「ねぇ、一つ、聞いてもいい?」
肩に顎を乗せた状態で、わたしは一つ疑問をぶつける事にした。
「なんだ」
「サンジュ父さんが、時々物言いたそうな顔してたのって、自分達の正体を隠してるのが後ろめたかっただけじゃなくて。・・・・わたしに、お父さんの面影を見つけたから?」
その質問に、サンジュ父さんは言葉に詰まったようだった。
彼自身、どうやら気づいては居なかったらしい。
無意識の表情だったようだ。
だったら、これ以上深く触れるのは止めておこう。




