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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.10

 迷子になっていたわたしを助けてくれたアイシャレラこと、アイシャは、暇だったわたしを剣の練習の見学に連れて行ってくれた。

 彼女と会ったのは二回目だが、同い年ということもあってすっかり打ち解けた。

 それも一重に、アイシャのさっぱりとした人柄のおかげだといえる。

 廊下を歩いているわたし達を見て、人々は何を思ったのだろう。

 アイシャが連れて来てくれたのは、一番最初にわたし達が出会った場所。城に面した片隅の庭だ。彼女はいつもここで一人剣の練習に励んでいるらしい。

 目的地に着いてから、アイシャはすぐに細身の剣を取り出して鍛錬を始めた。

 わたしは廊下と庭の境界線に座ってその様子をぼんやりと眺める。早速、アイシャはわたしの存在を忘れてしまっている。それほど練習に集中しているということで、そんな集中しまくっている彼女はかっこいい。

 綺麗っていう表現の仕方もあるけれど、ここはかっこいいの方がしっくりくる。

 すばやく風を切る剣の切っ先は、そのすばやい速さゆえにとても切れのある動きをしていたし、アイシャが動くたびに大きく広がるドレスさえも優雅に見えた。そして、彼女の真剣な顔。

 すべて洗礼されているようで、女性が剣を持つ素晴らしさを教えてくれているようだった。

 でも、この国はそんな事が許されているのだろうか。剣の使う場所に身を置くということは、命の危険があるということ。貴族の娘さんだったら、尚の事難しいんじゃないんだろうか。

 それにしても、この鋭い動きと剣さばきはそう簡単に身につくものではない。これはきっと、長い間鍛錬を続けてきた結果だ。

 じっとアイシャを見ていたわたしだったけれど、途中一度だけ視線を外した時があった。その時、ふと塔の方に視線をやれば、その窓から見えた人影。


 ―――シュリル王子だ。


 お姫様のような王子様は、その可憐で繊細な顔で窓から外を眺めていた。その視線が向かう先に居たのは、わたしの予想が正しければ、アイシャだ。


 ……違う。あれは確実にアイシャを見ている。 


 しばらく王子の様子を観察していたわたしだったけれど、王子は結局わたしが見ている事に気がつかないままその塔の窓から離れていった。その際ちょっと挙動不審だったのは、妹さんか誰かに声を掛けられたせいだろう。

 あの人も、人の視線とかに疎いのかな。サンジュ父さんやカイン、ルイさんもコウヤさんもバーントさんもみんな気づきそうなぐらい見つめていたんだけれど。

 とりあえず、わたしはシュリル王子の観察が好きになっているようだった。

 その後もしばらくわたしとアイシャの二人きりで、それぞれの時間を共用していたけれど、アイシャが剣の動きを止めた所でその時間も終わる。


 「・・・・ごめんなさい。あなたが居る事すっかり忘れてた」

 「ううん、大丈夫」


 なんとなくわかってたから。


 「いったん剣を振るい始めると、周りが見えなくなるの。私の悪い癖なのよ」

 「良いんじゃないかな。それだけ集中してるってことでしょ?」

 「そう言ってくれると嬉しいわ」


 剣を鞘に収めて傍にやってきたアイシャは、あれだけ動いていたにも関わらずまったく疲れているようには見えない。更にすごい事に、彼女は汗すらかいていないようだった。

 さすがとしかいいようがない。


 「アイシャは、長い間剣をやってるんだ」

 「え?」

 「だって、すごく慣れてるみたいだったから」 

 「あら、わかるのね」


 アイシャがわたしの隣に腰を降ろしてきた。普通の貴族のお嬢様なら、『ドレスが汚れるわっ』とか言ってそんな事しないだろうに、アイシャはまったく気にしていないようだった。

 それとも、わたしはお嬢様というものにすごい偏見を持っているのだろうか。

 今のところあったお嬢様、つまりシナちゃんとアイシャは、わたしの想像していたお嬢様とは非常にかけ離れた性格をしている。


 「うん、それなりに。サンジュ父さ・・・将軍・・・様に少しだけ習っていたから」

 「へぇ、将軍に。・・・ねぇ、私の前では、いつもの呼び方でいいわよ。無理して変な呼称使わなくても」

 「いいの?そっちの方が助かる」


 アイシャのありがたい申し出を、わたしは素直に受け取った。


 「そうね、剣を手にとってから、もう十年以上は経ってるんじゃないかしら」

 「この国では、そういう事が許されてるの?」

 「そういう事?」

 「女の人が剣を持ってもいいかってこと」

 わたしの質問に、アイシャが何かを思い出したように「あぁ」と呟いた。

 「そういえばあなた、遠くの国から来たばかりなのよね」

 「・・・・・う、うん」


 アイシャの言葉で、わたしは今の自分の立ち位置を知った。

 どうやら、異世界から来たということは伏せてあるらしい。遠くの国から来たばかりという事になっているのか。

 きっとバーントさんや王の配慮のおかげだ。

 彼らに感謝しつつ、アイシャに話を合わせる。アイシャは特に不審に思うこともなく話を続けた。


 「あなたの国も、女性が剣を持つ事は許されていないのね」

 「あなたもって・・・」

 「もちろん、この国でも、こんな事許されているわけがないでしょ?」

 そう言って、アイシャが軽く剣を掲げた。軽い苦笑と共に。

 「え、でも、だって」

 「誰も知らないわ。私がこうして剣をしてるって事。・・・・将軍以外は。彼以外の誰か一人にでも知られたら、きっともう剣は出来なくなる。取り上げられるに決まってるもの。・・・・私は一応、貴族の娘なんだし」


 アイシャの言葉を聞いたとき、脳裏の奥にシュリル王子の姿が蘇った。

 王子は、アイシャが剣をしていることを知っている。でも、アイシャが誰も知らないと思っているって事は、彼はきっと誰にも言っていないんだ、このことを。


 でも、なんで?


 「・・・じゃあ、なんでわたしに見せてくれたの?」


 ふと思いついたささやかな疑問。

 すると、アイシャが簡潔に答えてくれた。


 「だってマツリは、最初に会った時に、私が剣をする様子に見蕩れてたって言ったでしょ?だったら、私が誰にも言わないでってお願いすれば、きっと言わないと思ったの。また、見たいでしょ?」


 随分と自信と確信に溢れた言葉だったけれど、確かに間違ってはいないので、首を縦に振った。


 「でも、なんでアイシャは剣を持ってるの?この国では、女性が剣を持つことは許されていないんでしょ?」


 見つかればきっとなんらかの形で罰せられる。

 そんなリスクを背負ってまで、なんで彼女は剣を操るのだろう。

 わたしの素朴な疑問に、アイシャが苦しげな笑みを浮かべた。彼女自身は、苦笑をしているつもりなのだろうけど、苦し紛れの笑顔であることは見間違いようがない。

 わたし、また、余計なことに触れてしまったのかもしれない。 

 浅はかな質問を人に聞いて、そのせいで何度も人を傷つけてきたのに、また同じ事を。

 すると、アイシャがわたしの目を真っ直ぐに見つめてきた。

 わたしの茶色の目と、アイシャの浅黄色の瞳がぶつかる。


 「無力のままじゃ、守りたいものも守れないでしょ?」


 その言葉の意味を、わたしが知る術なんて、どこにもなかった。



●  ●  ●  ●  ●  ●  ●


 それから一週間とちょっと。

 

 「マツリ、あなた、本当に迷子になるのが得意なのね」

 「・・・・そんなつもりはないんだけど」

 「そういう人に限って、そうなのよ」

 「でも認めたくない……」

 『仲良し』

 「まぁ、あれだけ道に迷われて、その度に拾ってたら、ねぇ?」

 「返す言葉もありません」

 「シナマレリーンも、あんまりこの子一人で城の中をうろつかせちゃだめよ。・・・いつか、とんでもない所に迷い込んでしまいそう」

 『大丈夫』

 「シナマレリーンが、『私に任せろ』だって。よかったわね」

 「うぅ」

 

 わたしに、二人の女の子の友人が出来ました。

 二人共わたしと同い年で、とてもいい子。

 もちろん、シナちゃんとアイシャのことだけどね。



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