Ep.7
ある程度走ったところで、わたしは自分が迷子になったことに気がついた。
見渡すかぎり、廊下しかない。
いつもなら、迷ったとオロオロするしかないのだが、今回だけは違う。
先ほどのコウヤさんとカインとのやり取りの中で、果てしなく自分という人間に落胆していたわたしは、迷子になったことで、さらに自分が悔しくなった。
本当に自分は、救いようもない馬鹿で、人に面倒ばかりかけて、自分の気持ちのままに行動して相手を傷つけて。
最低最悪の人間だ。
もう、こうなったら着く所につけ。
半分以上色々なものを放棄したわたしは、勘だけを頼りに歩き出した。
どこまでも続く廊下を、右に行ったり左に曲がったり。
ただ歩き続けた結果、見事に城の外れに出てきた。
行き止まりになった時、丁度目の前にあった扉をひらけば、外に出られたのだ。外に出て上を見上げれば、城が見えた。城の逆を見れば、丘の端とその下に広がる森。
完全に、ここは端っこですね。
でも、なんとなく一息つけた。
久しぶりに自然を近くに感じたからだろうか。それとも、暗いところに一人になったからだろうか。
昔はよく、真っ暗ではないがある程度暗いところに、一人で何もせずにしゃがんでいた。何となく落ち着いたのだ。わたしは決して暗闇は好きではない。でも、安心する事はあったのだ。
その頃を思い出して、わたしは地面にぺったりと座り込んだ。
周りには何もない。
人っ子一人居ない、とてつもなく静かなところ。
ただ、城の窓から洩れる明りだけが唯一わたしの現在地を教えてくれる。
「・・・・はぁ」
溜息が出た。
なんに対しての溜息なのか、もうわからない。色々ありすぎて、一つの溜息じゃ収まらないような気になる。
俯いて、自分なりに頭の整理をしていると、急に足音が聞こえてきた。
周りが静かな分、こういう些細な音がよく聞こえる。
顔を上げて、また色んな意味で頭が混乱した。
「リディアス・・・・」
また、なんだって彼がここに。
いつものように、真っ黒なマントに体を包み、真っ白な包帯で顔の半分を隠した真っ青な髪を持つリディアスは、何も言わずにこちらに向かってきた。
いつ見ても、壮観な色合いだ。
今回も、黒馬さんは居ない。
地面にしゃがみ込んだままのわたしの前にやってくると、ただじっとこちらを見下ろしてきた。
起こしてくれるわけでもなく、かといって言葉を交わしてくれるわけでもない、ただ、黙って見てくるのだ。・・・そうでしたね。彼はそういう人でしたね。
彼といると、どうしてもわたしの方から動かないといけないという気になる。そして、その行動を彼はこれまた黙って受け入れてくれる。
だから、わたしは自分の両手を彼の方に差し出した。
「起こして、ください」
リディアスといると、少し我が侭になるのかもしれない。
彼は黙ってわたしの手を引っ張って立たせてくれた。でも、しっかり立つ前にわたしがバランスを崩したせいで、リディアスの胸にしがみ付く形になった。
「・・・・・ごめん」
「・・・・・」
胸の中にある色んな言葉を、その一言で片付けた。
いつの間にか彼のマントの胸元を握っていた。離れなくちゃいけないとわかっていても、今はもう少し、誰かに傍に居て欲しかった。誰でもいいから、ただ、黙って、傍に居て欲しかった。
胸板に頬を押し付けて、深呼吸をする。
すると、リディアスの手が、頭の上に乗った。
頭を宥めるように叩いてくれる手。
そうだった。彼は、無言ながらも、こうして安心させてくれる。一番、私が安心するやり方で。
「ありが、とう」
「・・・・・・・・・いや」
どれくらいそうしていただろう。
わたしはリディアスを見上げた。彼はちょうどルイさんと並ぶくらい長身だ。だから、少し上を向かないと顔全体が見えない。
ここまで近くで顔を見たのは初めてだ。
長い前髪の奥に隠れているすっと流れるような瞳。その色は、たくさんの色を混ぜた感じだった。
こんなに近くに居ても、彼の顔はよく見えない。この包帯、ほんと邪魔だな。
「ねぇ、包帯外してもいい?」
わたしの問いに、リディアスは無言を貫く。
これは明らかな拒否。
気になるんだけどなぁ。
「どうしてもだめ?」
ここでも無言。いや、瞳の奥に剣呑な色が見えた。
これ以上突っ込むと、なんか色々やばい事になりそう。
ちぇ、つまんないな。見るかぎりでは結構綺麗な顔のつくりをしていると予想できるけど、包帯を取っていないので真相はわからない。これで、唇がたらことかだったら・・・・想像できない。
でもそれはそれでおもしろそう。
「なんでここに居るの?」
忘れかけていた質問を投げかければ、すいっと瞳を逸らされた。
どこまで無言を通す気だこの男は。
ここまで話の続かない人に会ったのは初めてなので、ちょっと腹がたった。確かに彼はわたしのヒーローなんだけど、人としての何かが足りていない。それは、コミュニケーションスキル。
「さっきからずっと話かけてるんだから、少しは返事してよ」
逸らされた彼の頬を両手で挟んで、こちらを向けさせる。
無理矢理下を向かされたリディアスの瞳に、批判の色が見えたが知るもんか。彼とは、こうでもしなければ会話が出来ない。
「はい、もう一回質問。・・・なんで居るの。リディアスも、城の人なの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・違う」
なんですか、その長い間は。色々葛藤していたような声音で。本当に彼はルイさんと並ぶくらい分からん人だ。
「じゃあなん「マツリっ!」
リディアスの頬を挟んだままの体制で立っていたわたしは、後ろから聞こえたその声に反応するのに遅れた。
とりあえず、手を離して顔だけを後ろに向けた。
それから、やってきた人物を確認すると、体半分を後方に向ける。
「ルイさん、コウヤさん」
ルイさんは、すごい顔をしていた。コウヤさんは警戒している顔。
そこで、後ろにリディアスが居る事を思い出す。
そりゃあ、こんな人見たら誰でも警戒するわな。その誤解を解くために、わたしは彼を紹介する事にした。わたしが動かないと、きっと彼は即牢屋行きになる。
「えっと・・この人がリディアス。・・・・いつもわたしを助けてくれる命の恩人なんだ」
「・・・君、が」
紹介した後も、二人は警戒態勢をとかない。
特に、ルイさんの表情は険しすぎる。険しすぎて殺気立ってるようにも見えた。
なんで。
「何故、ここに居る」
ルイさんの質問に、リディアスは答えなかった。
まずい。彼の無口さが逆に仇となっている。
「なにが目的なのかな。・・・いつもいつも、マツリの周りをうろついているようだけれど」
「ルイさん!」
そんな言い方失礼だ。
「そんな言い方しなくても」
そう思って非難の声を上げれば、リディアスに向いていた殺気がこっちに向かってきた。
「マツリ、おいで」
「っ」
その怖すぎる瞳に、動けなくなった。
リディアスが、背後で動く気配がする。恐る恐る後ろを向けば、こちらに背を向けて去っていこうとしていた。
捕まらないためにもそうした方がいいけど、今、この状況で居なくなられるのは、非常に心細い。
ルイさんはすごく怖いし、コウヤさんにはどう顔向けしたらいいのかわからない、最悪な状況なのに。
何歩か歩いた所で、ふいにリディアスが振り返った。
けれど、彼が見たのはわたしでも、ルイさんでもない。
今まで一度も口を開かず、ただその場にいただけのコウヤさんを見ていた。
「――――もがけばもがくほど」
リディアスが淡々とした口調で言葉を並べた。
「鎖は食い込む」
その言葉に、コウヤさんははっとしたような表情をした。
「逃げなければ、それもまた」
リディアスのその言葉は、呪文のようにも聞こえた。
「愚かな人間の象徴」
そう言い残して、リディアスは去っていった。
その背中を、わたし達三人は黙って見送った。
わたしは知らなかった。わたし達の中で一番接点がなさそうなこの二人が、実は誰よりも深く、悲しい思いで繋がっていたという事に。




