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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.6


 肖像画があったのは、想像していたところよりも静かであまり人気のない廊下の突き当たりだった。

 でも、配置があまり目立たないところでも、肖像画が飾ってあるって事はそれなりに有名で大事な人だったってことだろう。


「この方だ」


 カインが連れてきてくれた肖像画の前で、わたしは息を呑んだ。

 肖像画に描かれた男性は、中央にしっかりと立っていた。背景もなにもないところに立っているはずなのに、何かに溢れている絵。腰にかけた剣の鞘に手を置いて、自信に満ち溢れた真剣な眼差しを向けてきていた。

 この男性を、わたしはよく知っている。何故なら彼は。


「・・・・・・お・・・父さん」

「間違いないか」


 言葉が出ないまま、彼の言葉を首肯した。

 首を縦に振りながらも、視線は目の前の絵から外れない。

 わたしはポケットに入れていた写真を取り出した。それは、わたしが生前両親と祖母と撮った写真。ただ一つ、これだけは肌身離さず持っていた。

 それと、絵を見比べる。

 果てしなくこげ茶色に近い、しかしちゃんとした茶髪の短髪に、外国人なんだと納得させられた緑と灰色が混ざった不思議な色の瞳。

 「お父さん、モデルみたいでかっこいいいね」と友人に褒められるその整った容姿に、広い肩幅。

 わたしが記憶する笑顔はそこにはなかったけれど、でも、間違いない。

 みんなの言うターキトールは、わたしの血の繋がった父だ。

 つまり、わたしは、半分この世界の血を継いでいるという事。

 もしかしたらそれが、わたしをこの世界に送った何かに繋がっているのかもしれない。わたしは無意識に、自分の胸元に手をやった。

 その隣で、絵を見上げながら、カインが話しを始めた。


「ターキトール殿は、団長が今の座に就かれるまで将軍の地位にいたお方だ。彼の剣の才能は、国はもとより、他の国々でも名を轟かせるほどのものだった。・・・・・オレはまだガキだったから、詳しくは知らない。だが、『雷鳴の獅子』の名はよく憶えてる。・・・あの人は「で、でも!お父さんもお母さんは何もっ」


 お父さんのことを話すカインの言葉を遮って必死で言い募った。

 だって、二人は何も。


「ですが、マツリさんのおばあ様の不可解な言葉への説明はつきます」

「!?」


 突然真横から聞こえてきた言葉に、わたしは飛び上がらんばかりに驚いた。いや、実際に驚いてカインにぶつかりましたけれども。


「コウヤさん・・・」


 カインは気づいていたようだった。さすがは騎士様。こういう気配とかには目敏いんだね。


「憶えていますか、おばあ様が亡くなる直前に私達に残した言葉を」

「う、うん」

「確かに、今考えればすべて説明はいくな」


 左側のコウヤさんの意見に頷けば、右側のカインが目を細めて同じく納得するように頷いた。そうだ、この二人があの時傍にいたんだ。


「・・・つまり、おばあちゃんは、知ってたってこと?」

「いかにも怪しいオレ達を見ても、何も言わずに家に置いてくれた。もしかしたら、お前のばあさんには見分けがつくのかもな。こっちの世界の住人か向こう側かが」 


 とすると、カインが帽子を脱いだ時に驚いていたのは、彼らが普通の人間じゃないって気がついたからなのか。お父さんと同じだと感じとったからなのか。


「マツリさんのお父上に親類縁者は居なかった。何故なら、彼はこの国出身だったから」

「で、でも、そうしたら籍とか・・・」

「籍?」

「その国に住む権利を証明するものです。人はみんな生まれ時にそれを持ってるんです」

「あぁ、戸籍のことか」

「・・・うん」

「何かが変わるのかもしれません。ターキトール殿はもう二度とこの世界に帰ってこないと決心したからこそ、何かが起こったのかもしれませんし、あるいは・・・」


 コウヤさんがわたしを見た。


「他に、何か帰る方法があるのかも、しれません」

 頭がぐちゃぐちゃになっていく。

 何が真実で、何が・・・。

「だが、まだわからないことがある」

 カインだ。

 彼もまた、わたしを見てる。

「ばあさんは、こうも言っていた。「母と同じように、マツリも過酷な試練を受ける事になる」と。その時は、オレ達に守って欲しいと」


 だめ、何かが胸の奥で疼き始めた。

 せっかく崩れてきたはずの何かが。


「あなたのお母上の名前は?」

「真由里、です」 

「マユリ様は、何か?」


 コウヤさんのその言葉に、わたしの何かが切れた。

 後方に下がることで、彼らから離れる。

 二人の姿を同時に視界に納められるくらい遠くなったところで、叫んだ。


「二人はっ、そんなこと、教える前に死んだんだから・・・っ」


 せっかく前を向いたのに、また、二人の死が胸に突き刺さる瞬間が来た。


「わたしが、色んな事分かる前に、居なくなったんだから!!」

「・・・マツリ」

「すみません。軽率、でした」

「・・・・っ」


 二人の哀しみの篭った声を聞いて、我に帰った。


 ―――なにを、してるんだろう、わたしは。


 あれだけみんなに迷惑をかけて、前を向いたと宣言して。おばあちゃんが死んだ時にも、色々心配かけて、今、真実を突き止めようとする二人の言葉に、いとも簡単に逆上して。


 ・・・・・・最悪だ。


 ほんとうに、わたしは、最低な人間だ。

 悔し涙と悲しくて泣いた涙に、恥かしさの涙が加わった。

 俯いて、目元に手をやる。

 見ないでほしい。こんな、愚かな自分を。


「・・・・・わたし、ごめん。ちょっと、色んな事がぐちゃぐちゃになってさ。・・・・頭、冷やしてくる」


 それから体を180度回転させて廊下を駆け抜けた。

 二人は、追っては来なかった。



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