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キセキが起きるその場所へ  作者: あかり
第五章:変わりゆく現在(いま)
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Ep.4


「・・・リ、マツリ」


 誰かに名前を呼ばれる声と、肩を揺すられる事で、わたしの意識は浮上した。


「・・・ん」


 ゆっくり目を開けて飛び込んできたのは、ルイさんのドアップ。そりゃあもうドアップだった。彼の吐息が顔にかかる位に近くで。


「うぐあぁ!?」


 乙女なわたしは、乙女らしからぬひどい叫びを上げて飛び起きた。

 何も考えずに目を閉じていた結果、どうやらわたしは眠りの底についていたらしい。ただ座っていただけのソファーの上に、普通に横になっていた。

 わたしの叫び声を真っ向から受けたルイさんは、久しぶりに、超絶脅スマイルを装着されていた。


「私の顔を見てそこまで驚いてくなんて。私は悪魔か何かかい?」


 ・・・・悪魔ではなく、魔王です。


 もちろん、そんなことは言わなかったけどさ。


「えー、いや、あの~」

「まぁ、いいよ。マツリ一緒においで、みんな待っている」

「待ってる?」

「もうすぐ夕食だからね」

「・・・・マジですか」


 窓を見れば、確かに日が暮れかかっていた。

 どんだけ寝ていたんだろう。


「ほら」


 ルイさんがいつものように手を出してくる。これに掴まって起きろということなんだろうが、今のわたしには少し躊躇われた。


「いや、わたし一人でも・・・わっ」


 断りを入れて、自分で起きようとすれば、問答無用で手をとられ、そのまま彼の方に引っ張られた。

 勢いあまって彼の肩口に額をぶつけた。そのままやさしく両肩を包み込まれた。


「いっ・・・・」

「何を気にしてるかは知らないけれど」


 ルイさんの真面目な声が聞こえた。


「君は、君らしく居ればいい。変な気を使う必要なんてどこにもないんだからね」

「・・・は、はい」


 完全に見透かされた気がした。


「じゃあ行こうか」


 体を離し、ルイさんが歩き出した。

 彼は、騎士の着るような長袖長ズボンの上に、白い羽織りを着ていた。それは、彼が偉い人である事を示すもの。


「あ、そうだ」


 室を出る直前、ルイさんが何かを思い出したように声を上げて止まった。そして、後ろに立つわたしを見てにっこり笑って言った。


「言い忘れてたけれど、よく似合っているよ、そのドレス」

「あ、ありがとうございます」


 魔王(仮)になったと思ったら、人の考えている事を当てて見せて、かと思えば、超絶甘スマイルを向けてくる。

 ルイさんは、本当によくわからない。

 

●  ●  ●  ●  ●  ●  ●  


 わたしは、ルイさんの案内の元、夕食の席を目指しつつ廊下を歩いていた。

 さすがは広大な城の中だけはある。廊下を歩くだけでもかなり長い道のりだ。その廊下に敷かれた絨毯もワイン色のゴージャスなもので、そこを歩いている自分がひどく場違いな気がする。

 目の前を歩いているルイさんは、見るからに貴族ですって感じがして、なんだか情けなくなった。

 ついいつもの癖で溜息が出そうになるのを必死で押し戻した。

 ルイさんは、ありのままのわたしで良いと言ったけれど、きっとそれは、彼や旅のみんなの前だけで許される事だと思う。

 他の人達は、わたしを知らない人達は多分、ありのままのわたしと接したところで「生意気な小娘が」としか思わないに違いない。

 少し、背伸びをしないといけないかも。


「シナマレリーンが、随分懐いているようだね」


 ルイさんが不意に声をかけてきた。


「あ、うん」


 いつのまにかわたし達の間に距離が出来ていた。ルイさんが立ち止まって待ってくれていたので、わたしは早足で彼の傍に向かった。二人、並んだところでまた歩き出す。


「彼女はよく屋敷を抜け出すから、みんな困っていたんだ」 

「かなり活発なお嬢様なんだね」


 シナちゃんの新たな一面を発見した。


「というよりも、外を見て回るのが好きなんだ。特に街の様子を見て回るのが好きでね。使用人の目を盗んでは一人で外に出てしまうから、両親もどうにも出来なくて」


 シナちゃんの事を話すルイさんの表情は、まさに兄の顔をしていた。


「今回は本当にありがとう。あの時君が妹を見つけてくれなかったら、きっと彼女は今ここには居ないよ。・・・感謝しても仕切れない。両親も、ぜひお礼がしたいと言ってるから、今度家に来てくれるかい?」

「そんな、お礼なんて大袈裟な。・・・・それに、あの時も、リディアスが助けてくれたの。だから、わたし一人の力じゃないよ?」

「リディアス?」

「そう。本当に、いつも絶体絶命の時に助けてくれるの」


 わたしはリディアスの姿を思い出して笑み崩れた。

 本当に、彼はわたしのヒーローのような気がする。


「へぇ・・・そうなんだ」


 わたしの笑みが深くなるのと反対に、ルイさんの瞳から色が消える。


「・・・ルイさん?」

「なんだい?」


 いつもの笑顔を浮かべている彼だけど、明らかに纏っている空気が違う。


「なに、怒ってるの?」

「怒ってなんか」


 背筋が凍るような笑顔を浮かべて、ルイさんは堂々と嘘を申されました。もう、完全に嘘ですよね。絶対何か怒ってる。わたしにもわかるんだもん。

 それでも、ルイさんは答えをはぐらかしたまま歩みを進める。


「いつも助けてくれると言ってるけど、例えばどういった時に?」


 ルイさんが正面を見据えたまま質問してきた。その様子はまるで、あえてわたしを見ていないようで、少し寂しくなった。


「助けるって、リディアスが?」

「そう」


 記憶を手繰ってみる。


「えーと、最初に会った時はわたしが山賊に襲われそうになった時。二回目は、わたしが迷子になった時。・・・あの時、リディアスはわたしに娘を亡くされた夫婦に会わせてくれて、あそこで色々心の整理が出来たんだと思うんだ。で、後はシナちゃんと男の人達に追い掛け回された時に助けてくれた」

「・・・そうか」


 ルイさんの声音が明らかに冷たい。


「ねぇ、マツリ。その『リディアス』って出来すぎていると思わないかい?」

「・・え?」

「そうじゃないと、どうしてそんなに都合よく現れる?」

「偶然でしょ?」

「偶然、ね」


 ルイさんのわたしを見る瞳の奥で何かが揺れたように見えた。

 



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