Ep.4
「・・・リ、マツリ」
誰かに名前を呼ばれる声と、肩を揺すられる事で、わたしの意識は浮上した。
「・・・ん」
ゆっくり目を開けて飛び込んできたのは、ルイさんのドアップ。そりゃあもうドアップだった。彼の吐息が顔にかかる位に近くで。
「うぐあぁ!?」
乙女なわたしは、乙女らしからぬひどい叫びを上げて飛び起きた。
何も考えずに目を閉じていた結果、どうやらわたしは眠りの底についていたらしい。ただ座っていただけのソファーの上に、普通に横になっていた。
わたしの叫び声を真っ向から受けたルイさんは、久しぶりに、超絶脅スマイルを装着されていた。
「私の顔を見てそこまで驚いてくなんて。私は悪魔か何かかい?」
・・・・悪魔ではなく、魔王です。
もちろん、そんなことは言わなかったけどさ。
「えー、いや、あの~」
「まぁ、いいよ。マツリ一緒においで、みんな待っている」
「待ってる?」
「もうすぐ夕食だからね」
「・・・・マジですか」
窓を見れば、確かに日が暮れかかっていた。
どんだけ寝ていたんだろう。
「ほら」
ルイさんがいつものように手を出してくる。これに掴まって起きろということなんだろうが、今のわたしには少し躊躇われた。
「いや、わたし一人でも・・・わっ」
断りを入れて、自分で起きようとすれば、問答無用で手をとられ、そのまま彼の方に引っ張られた。
勢いあまって彼の肩口に額をぶつけた。そのままやさしく両肩を包み込まれた。
「いっ・・・・」
「何を気にしてるかは知らないけれど」
ルイさんの真面目な声が聞こえた。
「君は、君らしく居ればいい。変な気を使う必要なんてどこにもないんだからね」
「・・・は、はい」
完全に見透かされた気がした。
「じゃあ行こうか」
体を離し、ルイさんが歩き出した。
彼は、騎士の着るような長袖長ズボンの上に、白い羽織りを着ていた。それは、彼が偉い人である事を示すもの。
「あ、そうだ」
室を出る直前、ルイさんが何かを思い出したように声を上げて止まった。そして、後ろに立つわたしを見てにっこり笑って言った。
「言い忘れてたけれど、よく似合っているよ、そのドレス」
「あ、ありがとうございます」
魔王(仮)になったと思ったら、人の考えている事を当てて見せて、かと思えば、超絶甘スマイルを向けてくる。
ルイさんは、本当によくわからない。
● ● ● ● ● ● ●
わたしは、ルイさんの案内の元、夕食の席を目指しつつ廊下を歩いていた。
さすがは広大な城の中だけはある。廊下を歩くだけでもかなり長い道のりだ。その廊下に敷かれた絨毯もワイン色のゴージャスなもので、そこを歩いている自分がひどく場違いな気がする。
目の前を歩いているルイさんは、見るからに貴族ですって感じがして、なんだか情けなくなった。
ついいつもの癖で溜息が出そうになるのを必死で押し戻した。
ルイさんは、ありのままのわたしで良いと言ったけれど、きっとそれは、彼や旅のみんなの前だけで許される事だと思う。
他の人達は、わたしを知らない人達は多分、ありのままのわたしと接したところで「生意気な小娘が」としか思わないに違いない。
少し、背伸びをしないといけないかも。
「シナマレリーンが、随分懐いているようだね」
ルイさんが不意に声をかけてきた。
「あ、うん」
いつのまにかわたし達の間に距離が出来ていた。ルイさんが立ち止まって待ってくれていたので、わたしは早足で彼の傍に向かった。二人、並んだところでまた歩き出す。
「彼女はよく屋敷を抜け出すから、みんな困っていたんだ」
「かなり活発なお嬢様なんだね」
シナちゃんの新たな一面を発見した。
「というよりも、外を見て回るのが好きなんだ。特に街の様子を見て回るのが好きでね。使用人の目を盗んでは一人で外に出てしまうから、両親もどうにも出来なくて」
シナちゃんの事を話すルイさんの表情は、まさに兄の顔をしていた。
「今回は本当にありがとう。あの時君が妹を見つけてくれなかったら、きっと彼女は今ここには居ないよ。・・・感謝しても仕切れない。両親も、ぜひお礼がしたいと言ってるから、今度家に来てくれるかい?」
「そんな、お礼なんて大袈裟な。・・・・それに、あの時も、リディアスが助けてくれたの。だから、わたし一人の力じゃないよ?」
「リディアス?」
「そう。本当に、いつも絶体絶命の時に助けてくれるの」
わたしはリディアスの姿を思い出して笑み崩れた。
本当に、彼はわたしのヒーローのような気がする。
「へぇ・・・そうなんだ」
わたしの笑みが深くなるのと反対に、ルイさんの瞳から色が消える。
「・・・ルイさん?」
「なんだい?」
いつもの笑顔を浮かべている彼だけど、明らかに纏っている空気が違う。
「なに、怒ってるの?」
「怒ってなんか」
背筋が凍るような笑顔を浮かべて、ルイさんは堂々と嘘を申されました。もう、完全に嘘ですよね。絶対何か怒ってる。わたしにもわかるんだもん。
それでも、ルイさんは答えをはぐらかしたまま歩みを進める。
「いつも助けてくれると言ってるけど、例えばどういった時に?」
ルイさんが正面を見据えたまま質問してきた。その様子はまるで、あえてわたしを見ていないようで、少し寂しくなった。
「助けるって、リディアスが?」
「そう」
記憶を手繰ってみる。
「えーと、最初に会った時はわたしが山賊に襲われそうになった時。二回目は、わたしが迷子になった時。・・・あの時、リディアスはわたしに娘を亡くされた夫婦に会わせてくれて、あそこで色々心の整理が出来たんだと思うんだ。で、後はシナちゃんと男の人達に追い掛け回された時に助けてくれた」
「・・・そうか」
ルイさんの声音が明らかに冷たい。
「ねぇ、マツリ。その『リディアス』って出来すぎていると思わないかい?」
「・・え?」
「そうじゃないと、どうしてそんなに都合よく現れる?」
「偶然でしょ?」
「偶然、ね」
ルイさんのわたしを見る瞳の奥で何かが揺れたように見えた。




