Ep.1
第五章スタートです。
「マツリ様のお部屋はこちらになります」
王が去り、サンジュ父さん達が自分達のやるべき事を片付けるため、その場から居なくなってしまったため、わたしは一人の使用人らしきの女性に連れられて、ある部屋へ案内された。
「あ、ありがとうございます」
お辞儀をしてお礼を言えば、やわらかな笑顔が返ってきた。
「いいえ、とんでもございません。・・・・後ほど、世話役の者を向かわせますので、詳しい説明などは彼女の方からお聞きくださいませ」
「・・・せ、世話役!?」
ちょっと待って、そんなの要らないよ!!
「い、いえ。わたしは一人でも・・・」
「いけません。あなたは、王の大切な御客人でございます。失礼のないよう、配慮するのが我々の役目でございますから」
「・・・・」
誰かに袖を引っ張られた。
あ、そうだ。シナちゃんも一緒に着いて来てくれたんだ。
隣を見れば、小さく頷いている彼女の姿が見えた。それが何を促しているのか理解したため、わたしはそれ以上抵抗はせずにその申し出を受け入れる事にした。
シナちゃんのジェスチャー的には、彼女に歯向かうのはあまりよろしくないという事らしい。この女性、結構偉い人なのかもね。
「では、ここで失礼させて頂きます。世話役がくるまでの間、お部屋で後寛ぎくださいませ」
女性は腰を九十度に曲げて深くお辞儀をした後、洗礼された優雅な動作で去っていった。
「・・・・」
本当に腰を九十度に折ってあいさつする人、初めて見た。
シナちゃんに腕を引かれながら部屋に足を踏み入れる数十秒の間、わたしは小さな感動を味わった。
けれど、その小さな感動も、すぐに大きな驚愕に変わる。
「!?」
開いた口が塞がらないというのは、こんな時に使うのかな。
もう驚きすぎて、顎が外れそうだ。
部屋の中を見て、わたしはそんな状態に陥るくらい驚いた。
いや、お城のお部屋だからさ、すごい事はわかっていた。わたしはどうやら客人として、ここでお世話になるらしいから、それを加えても、すごい事になりそうなのは覚悟していた。
でも、やっぱり頭で思っているのと現実で直面するのとでは、全然違うって事が今身に染みてよくわかった。
「・・・・もぉ・・・」
市場の方に帰りたい。
部屋の広さは、日本で祖母と住んでいた家の広さとほぼ同じくらい。つまり、普通のマンション(二つの部屋とリビングとキッチン)と同じくらいって事。下には豪華な赤い絨毯が敷き詰められていて、棚やクローゼットが並んでいる。中央にはキングサイズ以上の大きな天蓋付きのベッド。その前に置かれているソファーも細かい細工がされているようで、絶対ウン十万はいくはず。
こんな立派過ぎる部屋を、わたし一人で使えと・・・?
眩暈が起こりそうだった。その場でふらりといって、気を失ってしまってもいいかなと思う。
そんなわたしの動揺に気づいた様子もなく、シナちゃんはクローゼットを開いて、なにやら物色していた。そうだね。彼女はお嬢様だから、こんなに広い部屋も普通だと感じてしまうんだろう。
何かを見つけたような反応をしたシナちゃんが、ちょいちょいと手招きをしてわたしに傍に来るようにジェスチャーで示した。
なんだろうと不思議に思いながら彼女の傍に寄っていくと、シナちゃんはわたしの前に二つのドレスを見せてきた。
どちらも、漫画やアニメの中でしかお目にかかったことのないようなドレス。地球で、外国の人達が着ているようなイブニングドレスなんかじゃなくて、もう、あからさまに貴族が着ますよって感じのドレス。
いやーな予感がわたしの中を駆け巡る。
「・・・・これを・・・着ろ、と?」
コックリ。
シナちゃんが笑顔で頷いてきた。それから、二つのドレスを持ち上げて見せながらわたしを見つめてくる。どうやら、どちらがいいのか選んでくれているらしい。
まぁ、ドレスの良し悪しなんてわたしにはまったくわからないから、そちらの方が助かる。
わたしとドレスを交互に見ながら、シナちゃんが検定している間、わたしもわたしでそんな彼女を何とはなしに眺めていた。
彼女、ルイさんの実の妹なんだよね。
こう、すごく意外というか。確かにルイさんはお兄さん的なイメージはあるけど、弟を持っていそうだと勝手に思っていたのだ。
でも、実際はわたしと同じくらいの妹さんで、彼女も文句なしにかわいくて綺麗。将来は、絶対に国でも随一の美女になる予感がする。
そんな彼女とお近づきになれたわたしはなんと幸福なのだろう。
ようやく考えが纏まったらしい。
シナちゃんが一着の服を差し出してきた。
深い赤、強いて言えばワイン色のドレスだ。でも、フリフリなどはまったく見当たらず、どちらかといえばシンプルな感じ。長袖のそれは手首の所でキュッと引き締まる作りで、首元はハイネックになっていた。胸元のところは二つに別れていて、右の紐を左のボタンに掛けて締める。
とりあえず、着替えてみることにした。靴はそのままブーツを履くことにする。だってこれの方が履き慣れてるし、動きやすい。
「こんな感じで、いいの?」
シナちゃんが瞳を輝かせて首を縦に振ってくれた。それから何か思いついたように、一緒に持ってきたスケッチブックに何かを書き始めた。
前にサンジュ父さん達に使っていたものと同じ奴だ。
どうやらそれは、彼女が他人とのコミュニケーション用に使うものらしい。
サラサラと何かを書き、それをわたしに見せてくる。
「・・・・か、かわ・・いい?・・えーと、これ・・・なら・・・・・」
よ、読めません。
わたしは項垂れる。彼女の書いている言葉がわたしには少ししか理解できなかった。それは当たり前だ。だってわたしは本当に簡単な単語や、人の名前しか読めないのだから。文章はまだ荷が重過ぎます。
「・・・ごめん・・・ね」
せっかく友達が出来たのに、彼女の話たいことがわたしには少ししか理解出来ない。
わたしは思わず蹲って自己嫌悪に陥ってしまう。
すると、シナちゃんが何でもないと言うように背中を擦ってきてくれた。うぅ、やさしいなぁ。
顔を上げて彼女と見詰め合った。
きっと彼女となら、仲良くなれるね。
「失礼いたします」
新しくできた友人とにこにこと笑い合っていると、扉の方から声が聞こえた。
見れば、さっきの女性と同じような服を来た少女が扉の前に立っていた。きっと彼女が、わたしの世話役・・・になった人だろう。
ホントに、世話役なんて要らないんだけどな。
「今日からあなたの身の回りの世話をさせて頂きます、ジュエリと申します」
彼女の声質には、何の感情も篭ってはいなかった。
「あの、世話役って、わたし、出来る事はちゃんと自分でします、から」
「そういうわけにはいきません。あなたは大切な客人であり、ワタシはただのメイドです。客人の世話をするのがワタシの役目」
「・・・はい」
「何かお困りの時はいつでも声を掛けてくださって構いませんし、何かわからない事があればどうぞ遠慮なく聞いていただければありがたく思います」
ジュエリはそう言って礼をした後、そのまま部屋に入ってきた。
何をするのかと見守っていれば、黙ってベッドメーキングを始めた。
なん、だろう。ジュエリの言葉の端々に、なんとなく棘を感じた。言ってる事は、わたしをここに連れてきた女性と一緒のはずなのに。
彼女のわたしを見る視線も、どこか普通とは違う。一瞬、睨まれた気がした。
なんでかはわからない。でも、わたしはきっと、ジュエリに快く思われては居ないと、直感的に感じた。こういうの、女の勘っていうんだろうか。
黙々と作業を進めるジュエリを見つめていれば、後ろから肩を叩かれた。
シナちゃんだろうかと思って振り返れば、案の定彼女が、兄譲りの綺麗な笑顔を浮かべて立っていた。その手にはスケッチブック。
「・・・・案内、してくれるの?」
さっきのわたしの行動を察してくれたのだろう。文字がとても簡潔なモノに変わっていたので、わたしにもどうにか理解出来た。
それでも、やっぱり自分の理解した言葉が正しいのか確認するために疑問返しをしてみると、シナちゃんは肯定の意を示すかのように頷いてくれた。
という事で、わたしはシナちゃんの案内の元、人生初の城巡りというモノをする事になった。
誤字脱字などがあればぜひ教えていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。




