Ep.7
わたしは、極限にまで目を見開いて、目の前に立つ王を凝視した。
さっき、彼の口から零れた名前の主を知りえるからこそ、すごく驚いている。
「・・・なん、で、母の、名・・・を?」
すると王妃が王のすぐ隣に寄り添うようにして立った。彼女の瞳もまた、懐かしさで溢れている。
わからない、一体なにが。
「あなたは、異世界から、来られたのでしょう?」
この場に居る関係のない人間に聞かせないための配慮か、王妃は心持声を小さくしながらそう言ってきた。その言葉もまた、わたしの疑問を深めるには十分で。
「・・・・なん、で」
そんな事、なんで国の王と妃様が知っているの。
わたしのそんな疑問も、王より発せられた次の言葉ですべて解決した。
「そなたの母もまた、異世界からの訪問者だった。・・・・そして、父は、この世界の元、住人」
言葉を失った。
信じられなかった。
その真実は、到底信じられるわけがなかった。
しかし、頭のどこかで、ひどく納得している自分が居る。おぼろげにしか覚えていないけど、父も母も、たまに、どこか遠くを懐かしんでいる顔をしていた気がするから。
父の書いた城がこの国の城と酷似している事にも、納得がいく。自分の仕えていた城だもん。そりゃあ、似た形になるよね。
でもまさか、両親がこの世界に居たなんて。
すると、王妃が話を続けるように口を開いた。それは、小声ではなく、その場にいる人間に聞かせるような大きな声音だった。
「あなたの母・・・マユリは、わたくしの生涯の友、そして、王の初恋の相手でした」
「・・・・・」
後方から、戸惑いの空気を感じることが出来た。それはもちろん、サンジュ父さん達からだと思う。誰だってそんな事考えても居なかったはずだ。まさか、異世界から来たはずの少女の両親が、王や王妃と既知の仲なんて。
「そして、そなたの父もまた、我のよき師であり、兄のような存在であった」
王はそう言ってわたしの後ろに視線をずらした。わたしもその視線を追って後ろを振り返った。その先に居たのは、サンジュ父さん。
「マツリ、君の父の名はなんという?」
「・・・相良・・・タキト、です」
「彼の本名はね、タ―キト―ル・デル・ヨサック」
「!?」
サンジュ父さんの表情が明らかに変化した。すごく驚いている顔。
けれど、わたしもすぐに、彼と同じ顔をする事になった。
「君の父は、サンジュの、年の離れた実の兄だ」
「!?」
今、聞いてはいけないなにかを聞いた・・・気がする。
なに?父がなんだって?
「兄上が・・・・マツリの、実の父?」
サンジュ父さんが声を振り絞るように呟いた。それは半ば、自分に言い聞かせるようでもある。
『兄上』
それが本当に、わたしの父なのだろうか。
わたしの疑問に気づいてか、王が再びわたしの視線を移してきた。
「その髪の色は、父親譲りだ。・・・そなたの面差しもまた、父上によく似ている」
「あなたは二人の血を均等に受け継いでいる。・・・あなたの髪質とこげ茶色の瞳はお母様。面影は父親似といわれる事はありませんでしたか?」
「・・・・・はい」
まったくその通りです。
ここで、二人の言っている事が間違いじゃないって事がわかった。
じゃあ、本当に、サンジュ父さんはわたしの父の弟で・・・わたしの、血を分けた叔父になるのか。これで納得もいく。なんであんなに父とサンジュ父さんを重ね合わせていたのか。
血が繋がっていたら、似るのは当然の事。
「・・・・・・」
思わず顔を覆っていた。
近しい肉親は、みんなわたしを置いていってしまったと思っていたのに。もう、わたしは一人になったと思っていたのに。
「サンジュ・・・父さん・・・が」
わたしの、叔父さん。
わたしの、ちゃんと血が繋がった、叔父さん。
住み慣れた場所から遠く離されて、初めて逢えた、父の、弟。
わたしは置いていかれたわけじゃなかった。
「マユリとターキトールのたった一人の愛し子。我らは、そなたを心から歓迎しよう。余の大切な友人の娘として。大切な、客人として」
王がそう言って微笑んでくれた。
その隣で、王妃もやさしく笑ってくれる。
二人共、わたしの両親の事を本当に大切に思ってくれていたんだという事が、なんとなく理解できた。二人はきっと、わたしを通して両親を見ている。
そんな気がした。
「ありがとう・・・ございます・・」
この世界に来て、わたし、本当に泣き虫になったよ。
今、なんで自分が泣いているのかわからない。
でもこれは、哀しみの涙なんかじゃない。
ただ嬉しかったんだ。
すぐ傍に、血の繋がった肉親が居た事に。そして、両親が生きた証しがある場所を訪れる事が出来たことに。
たくさんの事実が明かされたこの時、わたしの新たな物語りが始まろうとしていた。




