Ep.6
「マツリ、こちらへ来い」
「・・・・え?」
目の前の光景に度肝を抜かれていたわたしは、サンジュ父さんの言葉に反応するのが遅れた。それでも、他のみんなの視線が集まって、王様とお妃様に見つめられては、どうしても動かなくちゃいけなくなる。
わたしはその視線の嵐に耐えながら、ゆっくりとサンジュ父さんの隣に並んだ。
本物の王様の姿を間近で見ることが出来て、正直少し嬉しかった。
彼は、妙齢の男性で、大体サンジュ父さんと同じか少し上くらい。凛々しい顔付きの人で、すごくどっしりとした空気を纏っている気がした。背筋は真っ直ぐ伸びていて、瞳も年齢を感じさせないほど鋭く光っていた。でも、そんなに怖い印象はない。ただ圧倒されるだけ。それに、金髪の髪の毛が少し眩しい。
彼の隣にいるお妃様も、妙齢の方だった。王と同い年か、ちょっと下くらい。王と並んでいてもおかしくないくらい綺麗な人。髪の毛は金髪と茶髪のミックスで、中々お洒落な感じの人なのかなと思えた。立ち方も洗礼されているようで、見ただけでお妃様だ!ってわかる女性だった。
二人とも、揃いも揃って青い目をしていた。
王の視線がわたしに向いた。
その途端、鋭かった瞳の奥に、何か別の色が灯ったような気がした。
なんだろう、なんでそんなに懐かしそうな瞳でわたしを見てくるのかな。そしてそれは、隣のお妃様も同じ。彼らの後ろに佇んでいる男性もまた、何かを言いたそうな表情を浮かべていた。
「・・・・彼女が、例の娘か」
「えぇ」
バーントさんが答える。
なんで王様がわたしの事を知っているの?それに、例のって・・・。
そこで脳内を過ぎった会話があった。
だいぶ前に聞いた事のある会話。わたしが最初に独り立ちしようと決めるきっかけになった会話。
『これいじょう、彼女が居ては、我々はますます動きずらくなる。・・・・報告もしにくい』
『でも、彼女を一人置いておくわけには・・・』
『・・・・・・・・バーントの懸念も間違ってはいないが』
『どうするか・・・』
そして、バーントさんが村や町を行く度にしていたこと。村人や村の中を見回って、その様子を何かに書き記していたこと。
更に、姐さんがポツリとこぼしていた言葉。
『けどあいつらはそれを全部断って、あくまで男だけで生活していた。まぁ、職業が職業なだけに、変に干渉されたくなかったんだろうけど』
それらの記憶が、一本に繋がった。
答えを確信して、サンジュ父さんを見上げた。
「みんな、国の・・・・偉い人達・・・だったの?」
すると、サンジュ父さんが申し訳なさそうな顔でわたしを見下ろした。それから、わたしの頭に手を乗せて、まるで幼子をあやす様に軽く撫でてくる。
「偉いかどうかは分からんが・・・あぁ、確かに俺達は、国に・・・王に仕えている人間だ」
「・・・」
驚きこそしたが、その答えはいとも簡単にわたしの胸に治まった。
だから、簡単に素性を明かせなかったのか。
今考えてみれば、サンジュ父さん達の行動の一つ一つが、ただの旅の一行にしては丁寧だったということに気づく。
そして、彼らがわたしを見捨てなかった事にも。
もしも、彼らがただの旅の一行であれば、例え大怪我をしていた少女がいたとしても、今のサンジュ父さん達のように丁寧な世話なんてしないと思う。
せいぜい、小屋に薬か何かを置いて、さっさと立ち去ってしまうはずだ。
でも、サンジュ父さん達はそれをしなかった。何故なら、高貴な人間だったから。しっかりとした知識を持って、ちゃんとした所に住んでいた彼らであれば、怪我をした少女を見捨てることはできない。
どうして移動車があんなに豪勢なのかも、何故カラナールであんなに良い部屋を取れたのかも、そして、なんで村の人達にあんなに歓迎されていたのかも、すべて納得がいった。
すべては、国が派遣した、旅の一行だったから。
「俺は、王の護衛と騎士団の団長をしている。皆は、将軍と呼ぶけどな」
サンジュ父さんが自分の地位を明かした。
「私は、貴族出身の医師団長を務めているよ。医師団長は三人居て、その中の一人さ」
ルイさんが苦笑と共に名乗った。
「オレは、騎士だ。将軍のすぐ下につく、近衛騎士をまとめる隊長を任されてる」
カインの言葉。
「私は隠密部隊の司令官を務めています」
言葉少なにコウヤさんが紹介した。
「そして俺が、右大臣。王の右腕として王の指示の元動いていた」
最後にバーントさんが言った。
もうさ、凄過ぎて言葉がなくなるよね。皆さん、どうして揃いも揃ってそんなに地位が高いわけ?
みんな超有名人になれるよ。てか、もう有名人だよ。バーントさんなんて、かの有名な右大臣だからね。王の右腕みたいな位置にいるからね。
サンジュ父さんも、将軍だって。
だからか、あんなに護身術の教え方がうまいのは。
「皆、私の側近だ」
王が言った。
左様ですか。・・・・もう、いいんですけどね。もう、みんなの地位を改めて聞いたところで、頭のどこかがクラッシュしてますからね。
でも、驚くのはまだそれだけじゃなかった。
王がわたしに向かって手招きをしたのだ。それは、こちらに来るように促しているわけで。
王に会ったのはこれが最初で、どう対応していいのかわからない。困ったようにサンジュ父さんを見れば、すぐに行くように合図された。
渋々言われた通りにする。
もう、体がカチコチだ。
わたし、大丈夫かな。手と足、同時に出てないかな。
王のすぐ傍に立った時、彼がこれまでにないくらい暖かな笑みを浮かべた。隣の王妃様も同じように微笑んでいらっしゃる。後ろに立つ男性もだ。
彼は、今この場にいるみんなより歳上に見える。強いて言えば、五十代前後。そう、もしお父さんが生きてたら、きっと彼くらいの歳のはずだ。
「?」
それにしても、なにがそんなに嬉しいんだろう。
これは素朴な疑問だと思う。
そう考えていると、王の片手がそっとわたしの頬に触れた。
びっくりして思わず肩が上がった。
すると、王は安心させるように頬に触れていた手を、今度は右肩に乗せる。それは、どこか愛情を感じさせる触れ方で。
まったくもって身に覚えのないわたしは、困惑するしかない。だって、わたし達初対面のはずだから。
でも、その考えもすぐに吹き飛ばされる。
「思っていた通りだ」
王が呟いた。
「君は、マユリに、よく似ている」
「え・・・・?」
彼の口から洩れたその名前に、わたしは息をするのも忘れるぐらい驚いた。心臓が、一瞬止まった気がした。
マユリ、真由里。それは、わたしの母の名前。
その名前を、どうして王が?




