Ep.4
「早く来い!!」
「っ!」
あ、居た。
少しの間、街路を彷徨っていたわたしだったけれど、男の野太い声が聞こえたので、そちらへ当たりをつけて走ってみた。もちろんビンゴ。
三人で女の子を囲んで、一人が、彼女の手首を掴んでいる。
少女のフードを被ってはおらず、その顔が外気に曝されていた。
「・・・・・・うっそ・・・」
思わず声が洩れた。
すごいかわいらしい顔立ちをした少女に目を奪われてしまったのだ。大きな瞳も、すらっとした鼻も、小さなぷっくりとした唇も。すべてパ―フェクトなアングルで、その色白の小顔に収まっていた。杏色のストレートの髪は光でキラキラ輝いていて。
どこのフランス人形かと思った。
「思った通りだな。これは儲かるぞ」
やっぱり思った通りだった。
きっとあの男達は、少女を売り飛ばそうとしている。確かに、あんなに可愛いんだもん。きっと高値で買取手が見つかるはずだ。
でも、このわたしがそんな事見逃すわけがない。
彼女にも、きっと家族が居るんだ。もし、少女がいきなり消えてしまったら、きっと家族は嘆き苦しむ。そんなの、絶対に嫌だから。
家族が居ないわたしにはわかる。家族の誰かが居なくなった時の哀しみ。
「ちょっと待ちなさい!」
大きな声を出して男達の動きを止める。
その間に、全速力で走って、美少女と男達の間に割り込んで距離を置いた。
これくらいなら、なんとか出来る。サンジュ父さんの修行の成果だ。
「あーん?なんだぁ、お前?」
「正義の味方気取りか、お嬢ちゃんよ」
うん、さすがに彼らはわたしが女だってすぐに気がついたな。変な所で感心してしまった。
「お前も売りに出されたいのか?・・・・それなりにはなりそうだが、この娘に比べたらガラクタにもならん」
「・・・・」
ウザッ!
そんな事、言われなくたってわかってるよ!
なに、こいつ、ガラクタって言った?わたしの事、ガラクタって言った!?
最悪だ。何故、年頃の娘のわたしが、こんな変態ロリコンのおっさんどもに、ガラクタ扱いされなきゃいかんのだ。
「・・・・走るよ、来れるね?」
わたしの耳打ちに、表情を硬くしたままの少女が小さく頷く。
「まぁ、二人でもいいよな」
「あぁ、金さえ入ればどうでもいい」
男達が話し合いらしきものをしている間に、逃げられそうな場所を探す。
今居るのは、建物の並ぶ街路の一つで、後ろが壁。でも、前には男達が居る。
ここでもし走り抜けたとしても、絶対にすぐに追いつかれる。
こっちとら、少女二人なんだ。大の男三人と追いかけっこをして勝てる自信なんてこれっぽっちもないのは当然。
さて、どうしようか。
そう思案していると、美少女が、強くわたしの腕にしがみ付いてきた。
「・・・・・・」
・・・・・頼りに、されてる?
年代的に、わたしと同い年ぐらいだろう。でも、どこか世間離れしている彼女が頼れる相手は、今、わたししか居ない。
なんだろう。急に勇気が湧いてきた。
彼女を守れるのはわたしだけ。そして、彼女もわたしを必要としてくれている。
誰かを守りたいと思う気持ちが強ければ強いほど、人はその力を発揮できるというけれど、わたしにも出来そうな気がした。
彼女の手をぎゅっと掴んで、逃げる用意をした。
こうなったら一かバチかの賭けに出るしか、助かる方法はない。すべてはタイミングだ。
この街路を抜けて、表の通りに出て、助けを呼ぶまでの間に逃げ切れればいいんだ。
「・・・いくよ」
美少女が頷いた。
「しかし、女二人連れていくとは言ってないぞ」
「大丈夫だろう。一人二人増えても」
「そうだ、どうせ非力な女に変わりはない」
1.2.3・・・・今だ!
心の中で三つ数え終わった時、わたしは少女の手を強く握ったまま、男達の横をすり抜けた。もちろん、全速力で。
「なっ!?」
「ま、待てっ」
「おい、追いかけるぞ!」
わたしの狙った通り、男達は戸惑い過ぎて、すぐには追ってこなかった。そりゃあそうだ。ついさっき、女は非力だとかなんとか言ってたんだから。
けれど、仲間の一人が追う事を提案してからは、すぐにわたし達の後を追ってくる。
「・・・っ」
女の子には申し訳ないけれど、もう少し走らなければ、命はない。
迷路のように入り組んだ街路を、ただ当てずっぽうに走り回る。
どこか、どこかに大きな通りはないの。
途中、女子供しか入れないような細い通路を通る事で、少しの間時間は稼げた。でも、それだけ。その通路を抜ければ、すぐに男達がやってくる。
「がんばって・・!」
すでに息切れ状態の女の子を励ましながら、わたしは走った。わたしも、すでに足がガクガクして限界に近かったけれど、走る事を止めようとは思わなかった。
「!」
目の前に見えたのは壁。
間違った・・・。もう一歩手前の街路を走り抜ければ通りだったのに。わたし、違う所に来てしまった。
「・・・手間取らせやがって」
「さぁ、嬢ちゃん?もう逃げ場はないぜ」
「いい目をしているな。殺気立って・・・・そそられる」
壁に背中を貼り付けているわたし達に向かってくる三人の男達。
もうだめだ。逃げられない。
ここで、売られちゃって、どこか遠くに行かないといけなくなるのかな。あぁ、サンジュ父さん達になんて言えばいいんだろう。勝手にどこかへ行ってしまった挙句、遠くに売られるとか。馬鹿の極みとしか言い様がない。
「大人しく着いてきて・・・ゴフッ」
わたしの手首を掴んでいた男が、語尾に不可解な言葉を発した。
少しの時間差の後、男が泡を吹きながら倒れた。
「うぎゃっ」
白目を開けたままその場で気を失った男の顔が気持ち悪くて、思わず声を上げてしまった。女の子も、わたしの腕に顔を押し付けて、その視線を遮った。
「あ・・」
その後ろに立っていた人影を見つけ、わたしは驚きに目を瞬いた。
「リ、ディアス」
なんで、彼がこんな所に?
「なんだ、お前は」
「・・・・」
もう一人の男が向かっていったが、そんな彼の顔に無言で拳を殴りつけるリディアスさんは、ちょっと卑劣ではないだろうか。
二人目の男も、呆気なく沈没する。
「お、憶えてろよ!!」
力量の違いを思い知らされたであろう最後の男は、そんな滅多に聞けないような王道の捨て台詞を残して、その場を走り去った。
「・・・・無事、か」
「あ、うん」
男の捨て台詞にすべての思考を持っていかれていたわたしは、リディアスの言葉で、今の状況を思い出した。
いつものように包帯を巻いているリディアスが近づいてくる。
今はもう怖くないその姿だけど、やっぱり、包帯なしの彼の素顔を見てみたいものだ。きっとかっこいいんだろうな。体形もスラリとしているし、良い男には違いない。
「ありがと。また、助けてもらっちゃったね」
「・・・・・・・・来い」
ちぇ。人がせっかくお礼を言ってるのに、なんなんだこの態度。
でも、早くこの薄暗い街路から出たいのは本心なので、黙って彼の後について、表通りへと向かった。
「大丈夫?」
未だにわたしの腕にしがみ付いたままの少女に声を掛ければ、小さな頷きが帰ってきた。
それから、深く頭を下げてくる。
「・・・・君、もしかして・・」
さっきから、一言も言葉を喋らない女の子。
男達に捕まっていた時だって、悲鳴すら上げていなかった彼女。
わたしのその問いに、何が言いたいのか察してくれたらしい彼女が、小さな微笑と共に軽く首を上下に振った。
やっぱり、喋ることができないのか。
「助かってよかった」
美少女が嬉しそうに笑う。
彼女のその笑顔が誰かと重なった。誰かは分からない。でも、彼女の笑顔に近い誰かの笑顔を、どこか別の場所で見たことがある気がした。
「・・・・・ここで」
リディアスが途中で止まって、背後を顎でしゃくりながら、先へ行くように促す。
そこは、人々で賑わう表通りだった。
いつの間にか着いていたらしい。
「え、どうして?」
「・・・・」
リディアスは何も答える事なく、静かにマントを翻して、元来た道を引き返していった。
なんで、こういつも、わたしの言った事無視するかなぁ。
美少女は、そんな彼の後ろ姿に礼をしていた。
良い子、だな。どこかの貴族か何かなのだろうか。
「ねぇ、あなたは貴族の人?」
少女が頷いて見せた。
そうか。なら、世間離れしてても頷けるな。
「じゃあ、帰ろうか。帰り道、教えてくれる?」
「・・・・」
わたしのその言葉に、女の子の視線が宙を彷徨い始めた。
なんか、分かりやすい子だなぁ。
「わかんないのね」
彼女の今の気持ちを代弁してあげると、その通りだというように、彼女が頷いた。その無垢さがかわいらしくて、「いつまでもその白さを保っていてください!」と懇願したくなった。
でも、問題は彼女だけではなかった。
「・・・・どうしよう、かな・・」
少女が首を傾げて、わたしを上目遣いに見上げてくる。
「うーんとね。わたし、今、仲間の人と旅をしてて・・・・でも、黙って出てきちゃったから、みんながどこに居るかわかんないんだよね」
「・・・・」
「あ、違うよ。別に、あなたのせいなんかじゃないから」
少女が眉をハの字に曲げるかのように困った顔をしたので、すぐに訂正した。
すごい。美少女は何かを言ったわけでもないのに、なんとなく彼女の言いたい事が理解できた。自分、すごい。
「どうするかなぁ~」
こうなってしまったのは自業自得としか言い様がないんだけど、ルイさんのあの、超絶獄スマイルを拝むような事はできるだけ回避したいと思う、本気で。




