Ep.3
「そろそろダンジェルに着くぞ」
「いよいよだね」
「うん、いよいよ!」
サンジュ父さんの言葉に、わたしと二―ルくんは二人ではしゃいだ。
その様子を見ていたサンジュ父さんは口を開けて笑っていたし、カインもなんとなく微笑ましそうに見ている。ルイさんに至っては超絶甘スマイルを浮かべていたもんだから、絶対そちらには顔を向けないように気をつけていた。
わたし達は体を寄せ合って、移動車の窓から外の光景を眺める。
やばい、ずっと行きたいと思ってた場所だから、興奮が半端ないぞ。さっきから胸がドキドキする。
「ドキドキするねー」
「ねー」
二―ルくんがわたしの真似をしてにっこり笑う。
今はまだ草原が広がってるところしか見えないけれど、このもう少し先に、この国の首都があるんだ。王様が居るらしいから、きっとお城もあるに違いない。
そこで、急に移動車が止まった。
「「?」」
何もない所で急に止まったので、わたし達は不審に思って首を傾げた。
すると、わたしと二―ルくんが居る所の正反対の扉が開いて、バーントさんが顔を覗かせた。
「マツリ、二―ル」
「どうかした?」
「した?」
二―ルくん、かわいいなぁ、もう。
名前を呼ばれたので、彼の元に近寄った。
すると外に出るように視線で指示される。そして、小さな微笑と共に言われた。
「お前達の興奮状態はよくわかったから、前に移れ。そっちの方が、しっかり見られるだろう」
「~~っ、バーントさん大好き!!」
「大好き!」
最高だよ、もう。
感動のあまり彼の左腕に飛びついて悦びを表現してみた。二―ルくんは右腕に飛びついている。
「わかった。わかったからさっさと行け。お前達が行かないと、馬車が進まん」
バーントさんも苦笑を浮かべながらわたし達を促した。
「うん」
「やったー!」
わたしと二―ルくんは満面の笑みを顔に浮かべて、コウヤさんの待つ、移動車の操縦座席に乗り込んだ。大人三人分ほどの広さのあるそこは、小柄なわたしと二―ルくんを乗せただけではそんなに広さは変わらない。
前に並んでいる三頭の馬をすごく傍で感じたのは今回が始めてだ。
コウヤさんの隣にわたしが座って、その反対側に二―ルくん。そして二―ルくんを挟むようにバーントさんが最後に乗り込んだ。
「落ちないように気をつけてくださいね」
馬の手綱を引き、走る用意をしながらコウヤさんが忠告する。
それにちゃんとわたし達が頷いたのを確認して、コウヤさんが鞭を叩いた。
馬達が走り出す。
いつも移動車の中にいるから、感じられなかったモノを、たくさん感じる事が出来た。
風を切る音、瞬く間に通り過ぎていく木々や風景。そして、わたし達を包む青い青い空。
周りに広がる風景は、一秒ごとに違う顔を見せてくれる。
自動車では強すぎると感じる風も、馬車のせいか速度のせいかとても心地よい。
そして見えてきた、一つの門。まだ小さくてよくわからないけれど、それでも門だとわかるという事は、かなり大きなものに違いない。その周りに広がる建物達。
その中でも一際存在感を放つ壮大な建物。その姿はあまりにも壮大で、一瞬息をするのも忘れるぐらいに意識を奪われた。
そう、それは、誰しも一度は想像した事があるだろう城の形をしていた。
「あれが、ユーベルト城」
コウヤさんの声が聞こえた。
彼の顔を見上げれば、前方を見据えたままのコウヤさんの横顔が目に入る。
一つに結んでいる長い黒髪が、風の吹くままに後方に広がっていた。
「この国を治める王の住む場所。アルゼンテンを象徴する、最大のシンボルですよ」
「・・・ユーベルト、城」
あの城、どこかで見たことがある気がした。
絵本とかで出てくる城と同じような感じなんだけれど、そうじゃない。もっと身近の、もっと昔に。
たとえば、そう、昔、父が描いてくれた城みたい。
● ● ● ● ● ● ●
ダンジェルは、王の膝元というに相応しい素敵な場所だった。
門を潜れば眼前に広がる大きな建物達。レンガの大きな建物が直線に何列にも並んでいて、その間の道々は石畳で出来ていた。
その道の入り組みようは半端なく、迷い込んだら絶対元の場所には戻ってこられないような気がする。姐さんの言っていた事は本当だったんだ。
更に進んでいくと大きな広間に出て、そこには市場らしき店が並び、人々でごった返していた。
そこを避けるように、コウヤさんが馬を誘導させる。でも、やっぱり大きな移動車は目立つ。人々の目線がわたし達の方に集まってきた。
「さて」
広場の端で、コウヤさんが移動車を止めた。
それと同時に移動車の中から他のみんなも降りてくる。
バーントさんがこっちを見た。
「すぐに戻ってくるから、ここで大人しく待っていろ」
「うん」
「くれぐれも、勝手にどこかへ行かないでくださいね」
「はい」
コウヤさんもそう忠告を残して、大人達は全員どこかへ歩いていってしまった。
そうか。コウヤさんにもわたしはそう認識されてしまっているのか。ちょっと悲しくなったよ。
留守番時の用心棒を任されているらしいセピアが、わたしと二―ルくんの座って居る所へ器用に飛び乗ってきた。
「みんな、どこに行ったんだろうね?」
「わかんない」
「すぐに帰ってくるだろうし、大人しく待ってよう」
人々の視線をさっきから感じまくっているが、みんな遠巻きに見るだけで、別に何も言ってこないし、その視線もどちらかといえば好奇心に溢れているみたいだった。
しばらく市場の様子を観察しておく。
親子連れが買い物をしていたり、男女のカップルが仲良く歩いていく所も見えた。女同士で、はしゃぎながら宝石らしきモノを見ている様子もはっきり見ることが出来る。
いいなぁ。わたしも、同世代の女の子と友達になりたいなぁ。
今のわたしになら、心の底から分かり合える友達が出来るかもしれない。いや、作りたい。
だって、ここで出来た女性の知り合いなんて、姐さんだけだもん。それに、姐さんは大人で妖艶で、一緒に買い物に行こうと気軽に誘える相手なんかじゃない。
「・・・・あ」
更に町の様子を観察していると、深緑のマントを被った誰かが走っていくのが見えた。
マントのフードから零れ落ちている杏色の長い髪と、その体形から、それが女の子だという事を察する事が出来たわたしは、きっと旅の中で色々な事を培ってきた結果に違いない。
女の子の走り去った後を、柄の悪そうな男達が三人小走りで追う。
・・・・・もしかしなくても、追われてる?
「・・・二―ルくん、すぐに戻ってくるから、ここで待っててね」
「お姉ちゃん!?」
「セピア、二―ルくんお願いね」
「ワフッ!」
その言葉が否定だとしても、わたしにはわからないから、あえて無視をさせていただくよ。
「だめだよ、かってに動いたらっ」
「大丈夫、すぐに戻ってくる」
「でも・・・」
「動いちゃだめだよ」
そう言い残して、わたしは移動車から降りた。
向かう先はもちろん、あのマントの少女の後。
あんな厳ついおじさん達に追われてる所を見てしまったら、どうしても助けたい衝動に駆られてしまった。きっとルイさん達に怒られるだろうな。
自分が悪いことをしている自覚はあるから、一瞬足の動きが鈍くなった。
でも、今はあの女の子を探す事に専念しよう。
わたしは四人の走って行った街路に向かって走り出した。
走りながら考えた。みんなと長いこと旅をしてきたわたしは、無駄に正義感に溢れた人間に成長しつつあるのではないだろうか、と。




