Ep.2
この世界の夜は本当に静かで真っ暗だ。
日本であれば、車の行き交う音とか、都会のネオンのせいで少しは騒々しくなるのに、ここではそう言ったことはまったくない。
今居るのが森の中だから、余計にそう感じるのかもしれないけど、それでも、周りは何も聞こえない。時々聞こえてくるのは、動物や虫の鳴き声だったし、わたしを照らしているのも、月と星の光だけ。
でも、わたしはこういうの、嫌いじゃない。不便ではあるけれど、これが自然なんだと実感出来て、なんだかほっとする。
体操座りをした状態で空を仰げば、満天の星が夜空を覆い尽くしていた。
木々の生い茂っている場所と、湖の境界線の所にいるので、星達がいつもより近くに感じる事が出来た。
一人で星を見上げながら、数日前の会話を思い返す。
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『今はまだ、何も、言えない』
素直に打ち明けたわたしの気持ちは、サンジュ父さんの苦しげなその一言に打ち消された。
みんなも、申し訳なさそうな顔で、それでも何も言わなかった。
『これは、我々だけの問題ではない。そう簡単に、口は出来ないんだ』
バーントさんが言った。
『でも、ダンジェルに着けば、すべて話してあげられる。それまで、待っていてくれるかい?』
『私達は、決してマツリさんを信用してないというわけではありません。わかってくださいますか』
『ただ、まだ、言えないんだ』
ルイさんもコウヤさんもカインも、ただ「今は言えない」と繰返すだけだった。
けれど、ダンジェルに着けば、すべてがわかると。
その時の彼らの表情がすべてを語っていたように思えたから、だから、わたしは待つ事にした。
サンジュ父さんが時々、ちょっと難しい顔でわたしを見ていた理由が少しわかったと思う。きっと、自分達の正体は隠している事が、後ろめたかったに違いない。
いいんだよ。
わたし、信じてるから。
みんなが好きで隠し事をしてるわけじゃないって事も、いつかちゃんと話してくれるって事も。
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「・・・・」
本当に、空、綺麗だな。
昔見た、プラネタリウムみたい。
星の光がどことなく青く見えるし、光の強弱もちゃんとわかる。昔、誰かが、「雪が、空から降って来た星に見えた」って言っていたけれど、今なら分かる気がする。確かに、こんなに小さな光が振ってきたら、雪みたいに見えると思う。
あんまり星とか星座には詳しくないけれど、ここまで満天の星達を見たら、なんだか星座を探してみたいって気持ちになった。
北斗七星とか、こっちにもあるんだろうか。
ふと頭を過ぎったのは、有名な星。
地球では、北斗七星はいつも北にあるから、旅人達の道標の役割を果たしていたらしい。こっちの世界にも、そういう道標の役割を持つ星ってあるのかな。
もしあったら、迷った時、その星を目印に進んでいけるのに。わたしが一人で迷った時も、星を頼りにまた、ちゃんとみんなの所に帰れるのに。
そもそも、星座っていうのがあるのかも些か疑問ではある。
うん、今度聞いてみよう。
そこで一旦考えをまとめた所で、立てていた膝をもっと自分の方に寄せた。
それにより、体操座りをするわたしはもっと小さくなった。
後ろから、人の歩いてくる足音がして、その体制のまま後ろを振り返った。
「星、好きなのかい?」
「・・・あ、ルイさん」
「隣、いいかな?」
「どうぞ」
体操座りで縮こまってるわたしを不審に思うこともなく、ルイさんは隣に腰を下ろすとわたしに習うように夜空を見上げた。
ルイさんはよくわたしの元にやってくる。こうやって、夜一人で居ると必ずといっていいほどわたしを迎えに来てくれる。心配してくれてるんだろうけど、ちょっと過保護過ぎやしないかな。
マントを着ていないルイさんは、どこかゆったりとした仕草で星を見上げている。
「・・・・・」
本当に、絵になるよなぁ。
整いすぎているルイさんの横顔にわたしの目は釘付けだ。そのバックには満天の星空。
あぁ、羨ましすぎる。なんで彼は男なのに、女のわたしよりこんなに綺麗なんだろう。しかも踊りは出来るし強いし、・・・魔王だし。
コウヤさんもバーントさんも男前で取っ付き難い所もあるけど、良い人達だし。
サンジュ父さんは、かっこいいけどおっさんだし、カインはちょっと切れやすいけど、でも二人共すごく強くてやさしい。
・・・・神様は不公平だ。なんでわたしにもっと使える特技とかくれなかったのさ。美貌はもう諦めるとしても、物覚えの良さとか、反射神経の良さとか、欲しいものはいっぱいある。そのどれも、今のわたしは持ってはいない。
だからいつも、みんなの足手まといになってしまうんだ。
「ん?」
「あ、ううん。なんでもない」
不思議そうにわたしを見てきたので、慌てて視線を外して誤魔化した。
いかんいかん。
最初はただ彼の横顔に見蕩れてただけなのに、いつのまにか神様に文句言ってた。わたしの思考回路って時々変なところに行くからなぁ。気をつけないと。
「あ、そうだ」
せっかくルイさんが居るんだし、ここで星座の話とか聞かせてもらおう。
「ねぇ、ルイさん。この世界って、星座とかあるの?」
「・・・・・まぁ、あるけど・・・」
「じゃあ、北斗七星とかある?」
「北斗、七星?」
やっぱり、これは日本の言葉になっちゃうのか。
「そう。・・・北にある七つの星のことなんだけど。ちょうど柄杓・・・こんな感じの形で、旅人の道標になる星」
「・・・・七星都のことかな」
「七星、都?」
それはまた、不思議なお名前だことで。
「そう。この国首都の真上にある七つの星の事だよ。北・・・ってわけではないけれど、旅人達の道標にはなっているよ。四季を通して、絶対に動かない星達だからね」
「へぇ」
同じだ。わたしの世界にある北斗七星と、同じ。
「マツリ、明日にはダンジェルに着くよ」
「ほんと?」
「あぁ。・・・でも、頼むから迷子にはならないでくれるかい?」
「・・・・・」
失礼な。
それじゃあまるで、わたしが小さなお子様みたいじゃない。迷子の件は、わたしにだってどうしようもない事なんだから、文句を言われたって困る。
「君が私達から離れなければいいだけの話だよ」
「・・・確かに」
「今度また君が居なくなったら、本当に困るからね」
「二―ルくんも、最近じゃ、わたしの行動に敏感だもんね」
わたしがちょっとみんなから離れるたびに、どこに行くか聞いてくるもん。
二―ルくん、なんだか旅の一行のみんなに似てきたかも。無言で抗議してくる所はバーントさんとかコウヤさんみたいだし、時々口うるさくなる所はルイさんやカイン、サンジュ父さんに似ている。・・・・・そうか、こうして子供は大人になっていくのね。
そこでわたしは、ちょっと遠い目になった。
「二―ルもだけど」
わたしの言葉にルイさんは苦笑した。
それから片方の手をわたしの頬に添えてくる。
彼の手の動きに合わせるかのように、わたしの顔も自然とルイさんの方を向いた。
「・・・ルイ、さん?」
「二―ルだけの話じゃないよ」
ルイさんが耳元に口を寄せながら、内緒話をするように耳打ちをしてきた。
彼の首元が目の前にあって、少し良い匂いがした。これが、ルイさんの匂い、なのかなぁ。男の人なのに、良い匂いだ。
「私だって、マツリが居ないと、困るんだ」
「っ!?」
すぐ傍で囁かれたその美声にもだけど、その内容に吃驚した。
十九年生きてきて、こんな事言われた事ない。
困る?・・・困るってどういう意味!?
「さて、もう行こうか。そろそろ寝ないと明日が辛いよ」
「る、る、ルイさん・・・」
「なに?」
「あの、困るって・・・・」
「そのままの意味だよ」
「・・・」
「さぁ、帰ろう」
ルイさんが手を差し出してきた。断る理由を思いつけなかったわたしは、素直にその手を掴んで立ち上がる。そのまま引っ張られながら歩いた。
よかった、今が夜で。
ルイさんと手を繋いで歩きながら、わたしはそう思った。
きっと今、わたしの顔、真っ赤になってるだろうから。




