Ep.1
第四章のスタートです。
「今からダンジェルに向かうぞ」
サンジュ父さんのその一言が発端となり、わたし達は今この国の首都に向かうことになった。
移動車の中にある棚の、わたしに分け与えられた場所に、国から持ってきたリュックを置いた。とりあえず、使えそうなものを持ってきたのだ。主に、サバイバル用品。もちろん、携帯などの電気用品は持ってきてはいない。だって使う必要がないから。でも、インスタントカメラは持ってきた。みんなの大切な瞬間を、撮っておきたいを思ったから。
「え・・・・って事は、こっちも二週間以上経ったって事!?」
移動車での道中、サンジュ父さんに話しを聞かされたわたしは、もちろんその事実に驚いた。
ちなみに、ルイさんとカインが移動車の操縦に回っているため、今は居ない。でも、コウヤさんが居るので、向こうでの話も何かと話し易かった。だから今、その話し合い的な事をしているのだ。
「でも、わたし達が向こうに居たのも二週間ぐらいだから・・・」
意味もなく指を折りながら頭の中で考えてみる。小さい頃やっていた癖のせいかな、こういう単純な計算をする時だけ、どうしても反射的に指を折ってしまうんだ。特に必要な事でもないのに。
「つまり、マツリさんの世界とこちらの世界の時間差はほぼ変わらないということになりますね」
「・・・同じくらい」
それって、すごいことなんじゃないだろうか。わたしがこちらの世界に二ヶ月居て、その間元の世界も二ヶ月ぐらい過ぎていたわけで。
「・・・わたし、元の世界で二ヶ月も行方不明だったって事、だよね」
「そうだろうな」
わたしの小さな呟きに、バーントさんが律儀に答えてくれた。
よく考えてみれば、少しおかしい所もあった。わたしが最後にこの世界に居た時は、まだ真夏の暑い日が続いていたはずだったのに、今はもう気持ちの良い風が吹いている。大分過ごしやすくなった気候に変わっている。つまり、そういう事なんだろう。ちゃんと時は進んでいると。わたしとコウヤさんとカインがむこうの世界に行っている間に、こちらでもすでに夏から秋への季節変わりがあったと。
わたしが今居る国、アルゼンテンはどちらかといえば温暖な地域で、気候的には日本に似ている。だからこそ、こうして季節の境目がわかるのだ。
「本当に、帰ってこなかったらどうしようかと思ったぞ」
サンジュ父さんがわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。完全に気が抜けた状態だったわたしの頭は、彼の腕の動きに合わせて、前後左右に揺られる。
「お前達がどこに行ったのかさえ、確かめようもなかったからな」
いつものように帽子を目深に被ったままのバーントさんのお言葉。
・・・・はい、まったくその通りでございます。
「さみしかった・・・・」
「あ、うん。ごめんね」
二―ルくんがわたしの胸に顔を埋めたまま低く呟く。
すごく悲しそうな物言いだったので、彼の機嫌をとるために、わたしは二―ルくんを抱きしめる腕に力を込めた。
前回、彼の前からいきなり姿を消したのはわたしだけだった。しかし今回はコウヤさんやカインも一緒で、しかも二週間以上という長い期間姿を消してしまったから、その間の二―ルくんの精神不安定さは半端じゃなかったと、ルイさんに聞いた。
ちょっとした事でも過剰反応して、何かあればすぐに泣きそうになっていたとか。子供は周りの些細な変化にも影響されやすいから、大切な仲間が一気に消えた事がかなり堪えたんだろう。
本当に、ごめんね。
そんな意味を込めて、首のすぐ下にある二―ルくんの頭を撫でてあげた。その動作に合わせて、二―ルくんが更に顔を摺り寄せてくる。
そのかわいらしい仕草に、自然と笑みが零れた。
「クゥ―ン」
セピアも、なんだか甘えた声を出して、わたしの足元に擦り寄ってきた。
彼にも心配かけたなぁ。
なんでか知らないけれど、セピアは本当にわたしを守ろうとしてくれていると思う。初めて会った時から、今までずっと。
それはまるで、わたしの事を昔から知っていて、それで大切に思っているって感じ。
もちろん、そんな事、ありえないんだろうけどね。
しばらくして、移動車が止まった。
「今日はここで野宿だ」
そう言って、ルイさんが扉を開けてくれる。
彼の言葉を合図に、わたし達は移動車から降りて、野宿の準備を始めた。
分担はこうだ。わたしとコウヤさんは夕食作り。ルイさんと二―ルくんとセピアは薪集め。サンジュ父さんとカインはその辺に賊が居ないか確認しに行って、バーントさんは移動車の中で地図を確認していた。
よく考えてみると、みんな無意識の内に行動しているようだった。まるで、それが、最初から自分達の仕事かのように。
そういえばわたし、彼らの事、何も知らない。
知っているのは、ただ、旅芸座の一行として戦争の色濃く残る町を回ってみんなを元気付けていることだけ。二―ルくんの出生は知っているけれど、他のみんなは全然知らない。
彼らが誰なのか、一体何故旅をしているのか、どうやってみんなが出会ったのかさえ。
わたし、何も知らなかった。
「マツリさん、今日は何を作りましょうか」
「・・・・・」
「マツリさん?」
「・・・・・・・ぁ、あ、うん。何?」
深く考え込み過ぎてしまったせいか、コウヤさんの言葉を聞いていなかった。
二度目に呼ばれてやっと気づいて、彼に顔を向ければ、さながら能面のような無表情な顔の彼と視線がぶつかった。
全然表情筋は動いていないけれど、一緒に居た時間が長いせいか、彼の気持ちがなんとなく気配でわかるようになってきた。
明らかに不審がられている。
「今日は、魚のソテーでいいでしょうか?」
「うん」
でも、コウヤさんはそれ以上は触れてこない。
彼はそんな人だ。絶対に自分からは踏み込んでこないし、彼自身も踏み込まれることを拒んでいる。なんていうんだろう。近くに居るはずに、わたしのコウヤさんの間には何か見えない壁があって、それ以上はお互い立ち入れないのだ。それは、他のみんなも一緒。コウヤさんは、誰にだって距離を置いてる。まぁ、サンジュ父さん達はそんな事気にも止めていないようだけど。
誰とでも分け隔てなく仲良くしてる。そりゃあ、一緒に旅をする仲間だから、当然なのかもしれない。
そんな彼だから、こちらから入り込んでいくしかないんだと思う。
けれど、わたしは知っている。
いつも何の感情もその顔に浮かべないコウヤさんが、時々本当に辛そうな顔をしている事。そんな時、決まって彼が自分の右腕を掴んでいる事にも。それはまるで、何かを押さえつけようとしているような、痛々しいものだった。
「コウヤさん、わたし、みんなの事、全然知らない」
「・・・・」
フライパンの上で調味料を組み合わせて味を作っていたコウヤさんの動きが止まる。それからいつものように静かな表情でわたしを見つめてきた。
しばらくの間、互いの心理を測るように目を合わせ続けた。
「まき、もってきたよー!」
「賊は居ないようだから、大丈夫だろう」
「後数日もすれば、ダンジェルに辿り着けるはずだ」
周りに他のみんなが集まってきた。
それでも、わたし達二人は動かなかった。
「マツリ?」
「コウヤ、どうした?」
ルイさんとカインの不審気な声が聞こえてきた。みんなが、更に近づいてくる気配を感じ取りながら、わたしはもう一度、はっきり自分の思いを口にした。
今度は、みんなに聞こえるようにはっきりと。
「わたし、みんなの事、ちゃんと知りたいよ」
だって、わたしもみんなの仲間・・・でしょ?




