Ep.12
葬式が終わって数日の間、わたしは大学に通った。
もう、大分心の整理も出来ていたし、これ以上学業を疎かにしてはいけないと、コウヤさんに諭されたためだ。
あの日、おばあちゃんの葬式が終わってから、コウヤさんが考え込む事が多くなった。一人でいつも憂いを帯びた顔をしているのだ。そんな時、彼は決まって右腕を強く握り締めていた。
カインも随分やさしくなった。いつも、わたしを気に掛けてくれる。やっぱり、彼の前で大泣きしてしまったせいかな。
二人には、今も家で大人しくしてもらっているけれど、たまに一緒に図書館に行って調べ物をする。もちろん、異世界に帰る方法だ。
二人は絶対に帰らないとだめだ。わたしが、こっちに帰ってきたように。
でも、帰るにはやっぱりわたしが必要かもしれない、というのがコウヤさんの意見だ。
わたしと物理的な交渉をしていた二人がこちらの世界に来たって事は、同じ事が起きたとき、また前みたいに物理的交渉を交わせば、戻れるんじゃないかと。
そうなると、必然的にわたしもまた、向こうの世界に行かなくてはいけなくなるけれど。
それはあまり良い考えではないと思ったわたし達はこうして、別の帰り方を探している。可能性はほぼゼロに近いけれど。
「こちらの世界でも、異世界ってやつは珍しいんだな」
「当たり前だよ。みんな、そんなの御伽話だと思ってる」
「確かに、説明のしようがないのでは当然でしょう」
「だが、このままってわけにもいかないだろう」
カインが持っていたペットボトルを一口飲んだ後、口元を拭いながらコウヤさんを見た。
その視線を受けて、コウヤさんも頷く。
わたしだって同じ考えだ。
「もし、帰る方法があるとすれば、それはやはり・・・」
コウヤさんの視線が、二人の真中を歩くわたしに向けられる。
今、わたし達は図書館からの帰り道で、公園を歩いていた。
季節的にも散歩にはもってこいだし、ビルの中を歩くより、こうして公園を歩いていた方がコウヤさんとカインも安心すると思う。
だから、わたしはこうしてよく二人を散歩に誘っていた。
三人で買い物にいくことはない。カインが間違って商品を壊したりなんかしたら、元も子もないないもんね。
わたしだって、財布の中身は惜しいんだ。
「わたしのよくわからない力だけだよね」
自分の手の平を見つめた後、その手を胸に持っていく。
ここが熱さで痛みを持った時、きっとわたし達は向こうの世界に行ける。
せっかく自分の世界に帰って来て、また異世界に飛ばされるのは正直素直に喜べないのは確かだけど、二人を返す為ならば、仕方がない。
それに、心のどこかでサンジュ父さん達に会いたいって思ってるのも本当だから。
「大丈夫。わたし、がんばってみるから」
「・・・あなたを、これ以上巻き込みたくはないのですが」
コウヤさんの静かな声に、どことなく頼りない音が含まれた。
そんな事言わないで欲しい。
「巻き込みたくないなんて、言わないでよ。わたし、もう、これ以上にないってぐらい二人を巻き込んでるし。わたしに出来ることなら何でもするよ」
「・・・・あぁ」
「ありがとうございます」
感謝されることなんて、何もしてないのにな。
わたしは二人を見比べて笑った。
「いつになるか検討もつかないけど、また突然って事もあるかもしれないし、身の回りの支度、しといたほうがいいね」
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唐突って言葉は、わたしのためにあるのだろうかと、本気で悩むときがある。
「・・・・・っ」
夕食の用意をしていた時だった。
野菜を切っていると、ふいに頭の奥にある映像が過ぎって、そのすぐ後に胸の奥が小さく痛んだ。
包丁の動きを止めて、しばらくじっとしたまま、痛みの原因を考えてみる。
痛みは治まらず、胸の鼓動がどんどん早くなっていくのがわかった。
でもまだ。まだ、胸が熱くなっていない。
「!」
今度は鮮明に、脳裏に過ぎった光景。
「マツリさん?」
隣で野菜を炒めていたコウヤさんが、急に動きを止めたわたしを訝しげに覗き込んでくる。騒ぎを聞きつけたカインも、キッチンに入ってきた。
「・・・・い、今」
包丁を置いて、胸に手を置いた。
そこが、熱を持ち始めた気がした。
「まさか」
すぐにすべてを悟ったらしいコウヤさんが、ガスの火を止めて、キッチンにあったものをすべて直し始めた。カインも部屋に戻って、あらかじめ用意をしておいたモノを持ってくる。
わたし達は、リビングに集まった。
「・・・・・っ!」
胸を両手で押さえ込みながら痛みに耐える。
体中が熱くなって、胸が痛い。
わたしが、こちらに戻ってくる直前に感じた痛みだ。
「マツリさん・・・すみません」
「・・・すまない」
コウヤさんとカインの謝罪が聞こえた気がした。
何に対して謝っているのか考える事も出来ないほど、わたしの頭は痛みのせいで朦朧としていた。
また、この世界と離れないといけない。
でも、もう、思い残す事なんてこの世界にはないはずだ。
わたしの一番の帰る理由だった祖母ももう居ない。
透さんと稔さん、怒るだろうな。また、遠出するって聞いたら。でも大丈夫か、手紙も書いておいたし。
それが最後に考えた事だった。
座っていた場所に突如空間が出来た気がして、その後落ちていく感覚がした。
わたしが自分の部屋を開けたときに感じだモノとまったく同じ。
ただ違うところ、それは、わたしの傍に誰かが居るって事。
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目を開けたその先では、乱闘が起きていた。
すぐ目の前で繰り広げられる、真剣を使った戦い。
やっぱり、見慣れないものに違いはないので、小さく心が震えた。
怖いと思う。なんで、わたしの前でこんな戦いが起きるんだ。
わたしは、傍にあった木の後ろに隠れた。
とりあえず、この情況をどう打破しようかと思案してみるものの、わたしの後ろには深い森が広がっていて、一度入れば絶対出てくることは出来ないだろう。
かといって、乱闘の中にはいっていくなんて馬鹿な真似はしたくないしな。
ぐずぐすとそんな事を考えていたのいたのがいけなかったんだ。
「おいっ、今すぐおれの仲間を放せ!!」
後ろからそんなドスの効いた声が聞こえると共に、体を抱えられた。
・・・・・・あ、デジャブゥ。
「こいつがどうなっても知らねぇぞ!!」
首元に突きつけられた鋭利な刃物の感覚に、恐怖とかそんなものの前に、溜息をつきたくなった。
ほんと、わたしって学習力ないよなぁ。どうしてこう好き好んでこんなポジションに居なくちゃいけないんだろう。
けれど、人質にされたのはほんの数十秒。男につかまったまま森を出た瞬間、男は後方にぶっ飛ばされ、わたしは力強い腕の中に抱き込まれた。
「あぁ?誰が仲間を放せだぁ?」
右から聞こえてきたのは、不機嫌そうな太い声。―――サンジュ父さんの声。
「それは聞けない話だな」
左から聞こえてきたのは、深みのある静かな声。―――バーントさんだ。
「悪いけど、彼女に手を出したら、ただじゃ済まなくなるよ?」
頭上から聞こえる、艶やかなテノールの声は、ルイさんのもの。
振り返って男の反応を見れば、コウヤさんに捕まったまま気を失っていた。その傍へ、二―ルくんを抱え、セピアを従えたカインが歩いてくる。
「よしっ、みんな戻ってきたな」
サンジュ父さんが晴れ晴れとした嬉しそうな笑顔でわたし達見回した。
「三人が一気に居なくなったから、本当に焦ったよ」
「ちゃんと戻ってきたからよかったものの」
ルイさんの言葉に、バーントさんが溜息をついた。
「三人共!おかえりなさい!!」
「ワフッ」
二―ルくんが笑顔で言って、セピアがそれに続くように甲高く吼えた。
わたしは空を仰ぎ見た。
そこに広がるのは、澄み切った青空。雲一つない晴れ渡った空。
この世界の雲は、晴れの空を選んだってことだろう。
―――おばあちゃん、わたしは、大丈夫。まだこうして、戻る場所が、ちゃんとあるから。
―――だから、お父さんとお母さんと一緒に、わたしの事を、見守っていてください。




